32 地下回廊
リアンは頭を悩ませていた。
テーブルの上には、エムリア中央教会の見取り図が広げられている。
中にはどのように調べたか想像もつかないが、警備の配置や交代時間がまとめられた書類も含まれていた。
こちらは全てアイザック直筆だ。
今まで兄上の頭の良さを分かっていたつもりだったが、こうして自分で物事を考えるようになるとその優秀さには目を見張る。
「それで、良い案は浮かんだのか?」
と、ナハト。
先程からアドルフのブラッシングに余念がない。
やる気はあるのだろうか。
「さっぱり。警備の穴は無さそうだし、だからと言って強行突破は難しいし。」
見れば見るほど頭が痛くなってきた。
エムリア教会には常時1000人以上の神官や修行者が務めている。
それを掻い潜って潜入するのは非常に困難だ。
「ふーん。ちょっと見せてみな。」
ブラッシング終えたナハトが、ひょいと教会の見取り図を奪った。
そしてうんざりした表情を浮かべる。
「こりゃー難しいな。変装で潜入ってのは?」
「顔が割れてるから難しい。それに変装だとアドルフを連れていけないから。」
知らない場所に潜入する以上、匂いや気配に敏感なアドルフの助けは必要だろう。
さすがにアドルフを連れての変装は無理がある。
「地下回廊は?」
「教会までは続いてないんだ。手前の森までは行けるんだけど。」
アイザックにもらった周辺地図を使い、教会手前にある森を指し示した。
森から教会までは歩いて10分程度の距離がある。
「ここは……」
ナハトは地図を見たまま黙り込んでしまった。
ぶつぶつと独り言を呟いているが、聞き取ることはできない。
仕方なくリアンも再び地図を覗き込む。
この森にはリアンも訪れたことがある。
教会手前に広がった森は手入れがされており、周辺住民の憩いの場になっていた。
森を横切るように流れる川近くでする読書は至福の一時だ。
「このグレーの線は何だ?」
ナハトが地図上のあちこちに延びるグレーの線を指した。
森を横切る川からも、数本の線が延びている。
「それも川だよ。雨季になると増水して、そのグレーの線全てが川になるんだ。」
王都ブレイジアでは、町に水が溜まってしまわないように一部の土地が低く作られている。
乾季の間は道路として使用できるが、雨季になればそこが水の通り道となるのだ。
それにより効果的に水を町の外に排出することができる。
「上手くできてるもんだ。ところで……この川の形に覚えはないか?」
ナハトは感心したように呟いた。
そして何かに気付いたのか、リアンに問いかける。
「川の形? 王宮からブレイジアの外へ向かって伸びて……って、貸して!」
リアンはひったくるようにしてナハトから地図を奪い取り、地図の隅々まで目を通す。
そして記憶を探りながら川の形を確かめていく。
「これって地下回廊のルートとほぼ同じだ。この川は町の外れに出られるルートで、こっちの川は森に出られるルート……全部一致してる。だけど知らないルートもある。」
リアンは信じられない思いで地図をなぞっていく。
言われてみれば町へ続く地下回廊の出口付近には川が多い。
しかし、これ程まで一致していたとは思わなかった。
否、それほど熱心に地図を見たことがなかったため気付かなかったのだ。
「やっぱりそうか。もしこれが本当に一致してるとしたら……これを見ろ。」
1本のグレー線がエムリア中央教会のすぐ近くまで伸びていた。
リアンの知らないルートだが。
「教会まで地下回廊で行ける可能性がある?」
そうだとしたら地下回廊の出口は教会内部にある可能性が高い。
今までの経験上、地下回廊の出口は見つかりにくい場所にあるため潜入にも有効だろう。
「試してみる価値はあるな。」
ナハトは、にやりと笑った。
翌日、リアンとナハトは教会に向かって地下回廊を歩いていた。
教会近くの森まではすぐ辿り着いたが、ここから先のルートが見当たらない。
森へ出るための扉で行き止まりとなっており、脇道はなさそうだ。
「行き止まりみたいだ。川の形からすると、この辺りで分岐できるはずだけど。」
リアンは周囲の壁を確かめるが、それらしき道は見つからない。
しかし、どこからか風の流れを感じる。
アドルフに目をやれば、扉から少し離れた所にある壁を気にしているようだった。
しきりに匂いを確かめている。
「アドルフはこの壁が怪しいってさ。」
リアンも一緒になって壁を確かめた。
しかし、通り抜けれらそうな隙間は見当たらない。
「もしかしたら隠し扉かもしれない。ナハトとアドルフは下がってて。」
リアンはエレメンタルで右手に炎を宿し、壁に触れた。
アドルフが気にしていた辺りを中心に少しずつ範囲を広げていく。
そして、ある一点に触れた瞬間。
触れた石が緑色に発光を始めた。
しかしすぐ発光は終わり、元の石に戻ってしまう。
「これは、特定のエレメンタルを流し込むと開く仕掛け扉みたいだ。発光の仕方からして、強力な風のエレメンタルが必要だと思う。」
リアンのエレメンタルに反応したから、仕掛け扉であることは間違いないだろう。
しかし、風のエレメンタルを持たないリアンに開けることはできなかった。
「へー便利な扉だな。けど、リアンもアイザック殿下も風のエレメンタルなんて使えないだろ。」
「大丈夫。打って付けの者がいるから僕に任せてくれ。」
リアンは胸を張って宣言した。




