31 調査結果
アルビオン王国から帰国したリアンは、フェンリーとモナにナハトを紹介した。
「俺はナハト。リアンと専属契約を結んだ傭兵だ。よろしく頼む。で、こっちは黒狼のアドルフ。」
ナハトには、リアンと話す時も普段通りの口調で問題ないと伝えている。
そうである以上、従者のフェンリーやモナにも敬語を使うつもりはないようだった。
まあ、王宮仕えでないため特に問題はないだろう。
「よろしくお願いします。私は、リアン様の従者を務めるフェンリー=アゼリアと申します。リアン様に何かあった時は、まず私にご連絡頂けると助かります。」
フェンリーが従者のお手本のような礼をとった。
モナもそれに続いて挨拶をする。
「私はリアン様の専属メイドのモナと申します。お困り事があれば、何なりとお申し付けください。」
モナは初めて見る黒狼のアドルフに怖がっていたが、人に危害を加えない事が分かると徐々に慣れていった。
「毛並みがさらさらで素晴らしいですね。とても癒されます。」
今では熱心に撫で回している。
撫で方が心地よいのか、アドルフも満更ではなさそうだ。
「俺が毎日欠かさずにブラッシングしてるからな。」
ナハトも、アドルフの事を誉められて誇らしげだった。
これなら問題ないだろう。
フェンリーとナハトはすぐに意気投合してしまった。
よくリアンの話で盛り上がっている。
リアンとしては複雑な気分だが、今後の事を考えれば良いことだ。
話している内容は気になるが……。
有事の時すぐに駆けつけられるようにと、ナハトの部屋は地下に用意された。
将来のためにアイザックが用意しておいてくれた部屋で、リアンの部屋に隣接している。
これまで空き部屋だったが、一通りの家具は揃っていた。
兄上の先見の明には驚かされる。
そしてナハトが来て最も変わったこと。
それは朝の鍛練の時間だった。
今までは稀にフェンリーに付き合ってもらう程度だった鍛練に、ナハトが加わるようになった。
身一つで生計を立てる傭兵なだけあって剣の腕は確かだ。
双剣を操るトリッキーな動きは新鮮で、捕らえるのが中々に難しい。
毎朝、模擬戦をしているが勝率は五分五分だった。
そんなナハトのいる生活にも慣れ始めた頃、リアンはアイザックに呼び出された。
いつもの地下回廊を通ってアイザックの執務室へ向かう。
アルビオンから戻ってから1度も呼び出しがなかったため、アイザックに会うのは久しぶりの事だ。
執務室に到着したリアンは、ソファーに案内された。
「ナハトはここでの生活に慣れたかい?」
「はい。地下回廊が気に入ったようで、よくアドルフと出歩いてます。町にも出てるみたいですし。」
ナハトは地下回廊を制覇すると意気込んでいる。
リアンも付き合わされる事が多々あるが、新しいルートをいくつか発見した。
アドルフがいるお陰で、今まで気付かなかった道を発見できるのだ。
「それは良かった。何か困ったことがあれば、いつでも相談してくれて構わないよ。」
「ありがとうございます。」
「ところで今日来てもらった理由だけれど、エレメンタルストーンの事は覚えているか?」
アイザックは本題を切り出した。
「熊の頭から出てきたものですよね。何か分かったんですか?」
リアンもアルビオンから戻ってからずっと気にしていた事だ。
こうして呼ばれたと言うことは、何か情報を掴んだのだろうか。
「エムレーア王国の入出国者データを30年分調べたんだが、不審な点があった。」
アイザックは書棚から膨大な量の資料を取り出した。
分厚い辞書が何冊も出来上がりそうな量だ。
「この2、3週間でその資料を全て調べたんですか?!」
「単純なデータだからそれ程時間がかかる訳ではないよ。それで不審な点というのはここだけど……出国したまま戻ってこない者が定期的にいるんだ。」
アイザックの指し示すデータを見ると、月毎の入国者数と出国者数がまとめられていた。
エムレーア国籍を持つ者を抜粋したデータを見れば、全体的に出国者に対する入国者数が少ない。
しかし出国先での事故や移住する者を考慮すれば、それ程おかしなデータには見えなかった。
リアンは意図が汲み取れず首をかしげる。
「特にここを見てほしい。」
アイザックが何枚か資料をめくって別の表を指し示した。
それは20年前の入出国者データで、入国者の10倍以上が出国している。
さすが偶然とは思えない。
「これはちょうど20年前のブレイジア祭、つまり前回の神炎の儀が行われた月だ。そしてこちらが先月の入出国者データ。神炎の儀が行われた直後に多くの国民が出国している。」
20年前と、先月の入出国者データはほぼ一致していた。
「でもこれだけ多くの者が出国しようとすれば、国境で止められないでしょうか。」
出国時の審査はそれ程厳しくないとは言え、これだけの人数が出国しようとすれば怪しまれる。
そうなれば王宮にも報告があるはずなのだが。
「もちろん王宮にも報告があったよ。けれどそれをエリックが秘密裏に処理していた。」
「なっ……それって!」
これだけの出国者がいることを第二王子エリックが予め把握していたことになる。
偶然アイザックが入出国者データを調べていたため発覚したが、そうでなければ誰にも気付かれずに処理できていただろう。
「何か裏があることは間違いないだろうね。そしてこれが今月の出国者一覧だ。」
そこには数百人の名前が並び、何人かの名前の横にチェックが付けれらていた。
全てアイザック直筆のようだ。
「これは私が独自に調査した結果だが、チェックされている者は全てエムリア教の信者だ。先月出国者の8割以上を占めている。これの意図することが分かるか?」
「教会が国外で何かをしようとしている……それも神炎の儀の後に?」
頭が混乱してきた。
信者たちの出国に、神炎の儀。一体何が関係しているのか。
頭を抱えてしまったリアンの様子を微笑ましく見遣りながら、アイザックは続けた。
「ここからは私の推測になってしまうが、教会はエレメンタルストーンの研究のために信者を国外へ送り出しているんだろう。神炎の儀が終わった直後にそれが活発化するのは、エターナルブレイズがエレメンタルストーンに何かしらの影響を与えているからだと思う。残念ながらそれ以上の情報は読み取ることができないが。そこでリアンに頼みたい仕事があるんだ。」
「なんでしょうか?」
ここに呼ばれた経緯を思い出し、リアンは返答した。
「エムリア中央教会に潜入してエレメンタルストーンに関する資料を集めてくれないか?」
「……えっ?」
あまりに軽く言われたため、一瞬耳を疑った。
警備の厳しいエムリア中央教会に潜入するのは至難の業だ。
どこにあるのか分からないエレメンタルストーンの資料を探すとなれば、それなりに長時間潜入する必要があるだろう。
「昔のリアンだったら任せなかったけれど、今なら大丈夫だと思ってね。ナハトも付いているし問題ないだろう。」
その後、半ば押し付けられるようにエムリア中央教会の見取り図などを受け取り、地下室へ戻った。
これは……期待されていると考えても良いんだろうか。
重い足取りのまま、ナハトの部屋を訪ねるのであった。




