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29 契約

 人食い熊を倒したリアンは近隣の村に救護を要請した。

村から連絡を受けた王宮の兵たちが洞窟まで押し寄せ、ユリス殿下を連れ帰って行った。

そんな中、リアンは残った猟師たちと共に熊を解体している。

エレメンタルを扱える熊の構造に興味があった。


「こうやって解体しても普通の熊と変わんねーな。」

隣で解体を見ていたナハトが呟いた。

今の所、他の熊と変わった点は見られない。


「そうだな。瞳の色ぐらいしか違いがない。」

死んで尚、熊の瞳は鮮やかな黄色をしていた。

それにしてもこの色……どこかで見たことある。


「リアンたちの体も、俺たちと変わらないのか?」

ふと、ナハトがこちらに視線を向けた。


「僕は医学に詳しい訳じゃないから、そのあたりは分からない。」

気にしたこともなかったが、エレメンタルを扱える者とそうでない者の差は何なのだろう。


「ふーん。あと解体してないのは頭くらいか。」

主要な部分は猟師たちに解体され、皮や肉など用途ごとにまとめられている。

頭は特に使い道もないため、洞窟に残されたままだった。

用は済んだと、猟師たちは解体したものを手にして引き上げていく。

洞窟には、リアンとナハトだけが取り残された。

万が一の事を考え、頭も解体してみようか。


 ――カラーン

熊の頭を剣で切り開くと、透明な石のようなものが転がり落ちた。

手に取り確認すると、子どもの拳くらいの大きさだ。


「なんだそれ?」

ナハトも興味深そうに覗き込む。


「分からないけど不思議な感じがする。エレメンタルを使ってる時と同じような感覚。」

上手く説明できないが、力を放出している時のような感覚だった。


「じゃあそれが熊の力の正体か。」


「その可能性が高い。一旦王宮へ持ち帰って兄上に見てもらおう。」

これ以上調べても分かることはなさそうだ。

アイザックと相談した方がいいと判断した。


「兄上? 王宮に兄がいるのか?」

……しまった。一瞬遅れて自分の失言に気付く。

熊を倒して気が緩んでいた。

気が動転したリアンは、反射的に仮面を抑えてしまう。

それを見たナハトはニヤニヤしている。


「なるほどな。その仮面が秘密ってわけか。」

ナハトがじりじりと距離を詰めてきた。


「いや、さすがにこれを見せる訳にはいかない。」


「手伝ってやったこと、忘れたわけじゃないよな。」

ぐっ……それを言われると弱い。


「リアンがどんな顔してても気にしないぜ。」

口角を上げたナハトが、さらに距離を詰めてくる。

これは玩具を見つけた時の子供と同じ表情だ。


「……分かった。ただし条件がある!」

逃げられないと自棄になったリアンは叫んだ。

ナハトは歩みを止める。


「何だ?」


「僕と専属契約を結んで、エムレーア王国に来てもらう。その条件が飲めないなら顔を見せる事はできない。」

この条件はそう簡単には飲めないはずだ。

傭兵をやっている以上、行動を制限されることを嫌うだろう。


「構わない。」

しかし、ナハトは即答した。

驚いてナハトを凝視すれば、何でもないような顔をしている。


「……はっ? 自分が何を言っているのか分かっているのか?」


「俺は、お前のことが気に入ったからな。それに傭兵にも飽きてきたころだ。そろそろ専属契約を結ぶのも悪くない。」

ただし俺は高いぜ、とナハトは続けた。

まあ、お金の心配はないだろう。

出発前にモナから必死に説明されたのを思い出す。


「本当に良いんだな。」

リアンは念を押して確かめた。


「当たり前だ。傭兵は絶対に雇い主を裏切らない。」

ナハトの強い意志を宿す瞳と目が合う。


「分かった。契約成立だ。」

リアンは仮面に手を伸ばした。

ナハトは、その光景に息を飲む。

そして2人の間に沈黙が流れた。


「お前……いや、あなたはアイザック殿下?」

絞り出すように呟いた声が聞こえた。


「言っただろう。僕はリアン、エムレーア王国第一王子アイザックの双子の弟だ。これからよろしく頼むよ、ナハト。」

ナハトは口をパクパクさせてこちらを見ている。

理解が追い付いていないようだった。

何で、そんなはずは……という呟きが漏れ聞こえてくる。


「僕は認知されていないから王子ではない。普段は兄上の影武者をしている。」

そう説明すると、ナハトは俯いてしまった。

肩が震えている。

専属契約を結んだことを後悔しているのだろうか。

しかしそれは杞憂だったようで、ナハトは突然笑い出した。


「はははっ!俺はついてる。まさかこんな面白い事に立ち会えるなんてな。」

笑いが止まらないと言った様子のナハトに、リアンは少しムッとする。

何がそんなに面白いというのか。

リアンの心情が伝わったのか、ナハトは笑いを引っ込めた。


「悪い。あんまりにも衝撃だったのと、歴史が分かる瞬間に立ち会えるかもって思うと興奮してな。」

リアンの肩をバシバシ叩くナハトは上機嫌だ。

とりあえず、熊にやられた傷が痛むから肩を叩くのはやめてほしい。


「よろしく頼むぜ、リアン()()

リアンはため息を吐いた。

本当に分かっているのだろうか。

その呟きがナハトに届くことはなかった。

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