23 傭兵
国王の宣言から一夜明けた早朝。
アルビオンへ向かう準備をする一行にリアンは紛れ込んでいた。
今回はアイザックの従者という立ち位置で参加することになっている。
基本的にはアイザックの側に控えているため、他の護衛たちとの接触も最小限に抑えられるだろう。
従者が目深なフードを被っているわけにもいかないため、今回は仮面を身に着けた。
他の者には、顔に火傷を負っているからと説明済みだ。
アイザック一行の近くでは、現アルビオン皇太子妃のカミラも帰国の準備をしていた。
皇太子は都合が付かなかったということで、今回はカミラ単独での訪問である。
数人のメイドに従者、そして1小隊の兵を護衛として連れてきていた。
メイドたちが、手分けして馬車に荷物を運び込んでいる。
そんな集団のすぐ近く、見覚えのある黒狼がくつろいでいるのを見つけた。
気になって辺りを見渡せば、あの日の夜に出会った男が従者たちと共に荷物を運んでいる。
姉上の護衛だったのか。
リアンが見ていることに気付いた男が顔を上げたため、2人の視線が交差する。
「――お前、あの時の不審者だな。」
数瞬の沈黙の後、男がこちらへ近づいてきた。
くつろいでいた黒狼も立ち上がり、男に続く。
「よく分かったな。あなたはカミラ様の護衛だったのか。」
男が肯定するように頷いた。
「あの時と恰好は違うが雰囲気で分かる。そう言うお前はアイザック殿下の従者か。」
ほとんど顔を見せていないのに気付くとは、相当勘が良いのだろうか。
兄上と入れ替わる時には気を付けないといけないな。
「僕はリアン。アイザック様の従者をしている。よろしく頼む。」
しばらくの付き合いになるだろうと、リアンは自己紹介をした。
リアンは名前を隠す必要もないため本名で名乗る。
「俺はナハト。遠征の間だけカミラ様の護衛をすることになっている。で、こっちは黒狼のアドルフだ。」
ナハトがアドルフの頭を撫でた。
あの夜も思ったが、相当訓練されているようだ。
これだけ多くの人間に囲まれていても騒ぐ素振りがない。
「普段からカミラ様の護衛をしている訳ではないのか。」
「俺は傭兵だからな。今回もたまたまアルビオンで依頼を受けたんだ。」
その回答に納得がいった。
おそらくナハトはアルビオン出身ではないだろう。
他の兵や従者たちとは、明らかに顔立ちが違うのだ。
流れの傭兵と言ったところか。
「通りで。それに腕も立ちそうだ。」
あの日の夜、リアンが投げたナイフは簡単に叩き落されてしまった。
あの暗闇の中でそんな芸当ができるのは、相当な技術を持っているからに他ならない。
「傭兵は強くないと稼げないからな。むしろ俺はあんたの方が気になるぜ。ただの従者には見えない。」
疑うような眼差しでこちらを見てきた。
「僕も同じようなものだ。依頼を受けて、今は従者をしている。」
嘘は言っていない。重要な所を話していないだけだ。
「訳アリってとこか。まあ、アイザック殿下が選んだんだから怪しい奴でないことは認めるさ。」
ナハトは未だ納得していないようだったが、アイザックのことは信用しているようだった。
その後、いくつか言葉を交わしナハトとは別れた。
目的地は同じなのだから、今後何回も顔を合わせることになるだろう。
――太陽が真上に上がる頃。
カミラとアイザックの馬車は王都を抜け、アルビオンに向かう街道を走り続けている。
街道の脇には湿地帯が広がっていた。
現在は乾期のため地面がぬかるむ程度だが、雨期になれば一帯が水に沈んでしまう。
王都ブレイジアからアルビオンまでは馬車で10日程度だ。
できるだけ夜は町で過ごせるよう計画しているが、何日かは野営となる見込みである。
そのため、馬車には多めに物資が積み込まれていた。
護衛の騎士たちが馬で並走しているため、野党に襲われることはないだろう。
カミラの馬車を見れば、黒狼のアドルフも並走している。
リアンはアイザックの馬車に同乗していた。
2人きりのため仮面も外している。
「アルビオンでは、どのように話を進める予定ですか。」
リアンは、昨晩から気になっていたことを口にした。
来年の皇太子選を考えれば、今回の訪問は非常に重要なものとなる。
投票の確約を取り付けられれば申し分ないが、さすがにそれは難しいだろう。
しかし、アイザックに対して良い印象は持たせたい。
「本来であれば、私が国王となった時にアルビオンに利益があるとを示す必要があるんだ。しかし今の私に示せる利益は、姉を通してエムレーア王国との結び付きを強められる程度。あとは私の人間としての価値と、誠意を見せるしかないだろうね。」
「厳しい戦いになりそうですね。」
他の王子たちと比べて後盾の弱いアイザックは、駆引きに使えるような材料がほとんどない。
この1年、そんな厳しい状況で戦っていくことになる。
「だが代わりに、他の王子たちが持っていないとっておきの武器を持っているから問題ない。そうだろう、リアン。」
「お任せください。僕が兄上の武器となり、盾となってみせます。」
知識や駆引きでは力になれる気がしないが、兄上を守ることはできる。
「頼りにしているよ。」
人物紹介
◆ナハト(24)
流れの傭兵。
アルビオンで依頼を受け、カミラの護衛をしていた。
黒狼のアドルフを連れている。




