10 兄弟
当初の心配を他所に、モナのいる生活にはすぐ慣れた。
気配りが上手く、一緒の部屋で過ごしていても居心地の悪さを感じない。
それに地下室は以前より快適になった。
壁際には花が生けられるようになり、部屋の手入れも行き届いている。
決して以前が汚れていたわけではない。
忙しいフェンリーと、そのようなことに無頓着なリアンでは手が回らなかったのだ。
部屋の隅には図書コーナーが設置され、モナが図書塔から借りてきた本が置かれている。
本は定期的に入れ替えられているようで、現在はエムレーア王国の歴史や天体観測についての本が置かれていた。
リアンも眠る前や手持無沙汰の時に目を通している。
フェンリーとは仕事を分担しているようで、重要な連絡や毒見のための食事関係はフェンリーが、それ以外の雑務をモナが引き受けているようだ。
フェンリーは仕事が減ったと喜んでいた。
ちなみにモナが連れて来られた日、毒を混入させた犯人はすぐに見つかった。
過激派の料理人が、給仕の直前に混入させたそうだ。
ただし単独犯行だったということで大きく騒ぎ立てられることはなかった。
本当のところは分からないが。
そんなこんなで比較的平和な日が続いていた時だった。
ある朝フェンリーから手紙を手渡された。
『本日夜、玉座の間の裏にて待機せよ。声をかけるまで姿を見せぬよう。他言厳禁とする。』
簡潔に綴られた文の筆跡は、国王アルバート=ブレイズのものだ。
玉座の間は非公式な謁見や家臣との謁見に使用されている。
危険人物が謁見にくるから有事に対処せよということだろうか。
しかしそれをリアンに頼む意図が分からない。
優秀な近衛騎士などいくらでもいるのだ。
それに他言無用ということは、アイザックやフェンリーにも内密ということだろう。
こんな時こそ兄上の知恵を借りたいというのに。
しかしいくら考えてもリアンに分かることはない。
できることと言えば、夜に備えて剣やナイフを研いでおくことだけだった。
夕食後、リアンは地下回廊を通って玉座の間へ向かった。
そして玉座の裏側へ辿り着く。
ここからだと玉座の正面からは死角になっており、回り込まれない限り見つかることはない。
玉座に国王の姿はまだないようだ。
しかし玉座の正面に見知った気配を複数感じ、ぎょっとした。
見知った所か、慣れ親しんだ気配である。
バレないように覗き込むと、兄弟たち、つまりエムレーア王国の王子・王女が勢揃いしていた。
もちろんその中にはアイザックの姿もある。
他言無用とは、そのためだったのか。
しばらくして宰相が姿を現すと、国王が入場する旨を告げた。
アイザックを含めた兄弟たちやその場にいた近衛兵、宰相など全ての者が膝をつき国王の入場を出迎える。
国王アルバート=ブレイズ。
歴代でも稀に見る強力な炎のエレメンタルを保持し、若い頃は戦場で名を馳せていたそうだ。
恵まれた体躯を活かした槍は、王国中探しても敵う者がいないと言われている。
国王が玉座につくと、緊急していた空気が少し和らいだ。
「皆がこうして集まれたこと、嬉しく思う。」
国王の通る声が、玉座の間に響き渡る。
「今日集まってもらったのは他でもない。2月後に行われるブレイジア祭についてだ。」
ブレイジア祭とは、王都ブレイジアで年1度開催される祭りのことだ。
国中から人々が集まり、3日間に渡って開催される。
「今年は20年に1度の式念祭も兼ねているため、数多くの神事や来賓が予定されている。そこでお前たちにも仕事を任せる事とした。」
「アイザック。」
国王が名を呼ぶと、アイザックが返事をして立ち上がった。
「お前は、神炎の儀の手配をしろ。教会との調整も任せる。」
「かしこまりました。」
アイザックが右腕を胸にあて、了承の意を示した。
神炎の儀とは、式年祭で行われる特別な神事である。
宮殿の上で燃え盛るエターナルブレイズの位置を変えるのだ。
置き換え先は、時の預言者により儀式の1週間前に指定される。
現在は東の棟に設置されているが、過去には中央塔や西の塔、時には図書塔に設置されていたこともあった。
「ナタリーもその補助をするように。」
第四王女ナタリーが慌てて立ち上がり、返事をした。
ナタリーは第二王子エリックと同母兄妹であり、兄妹の中で最も強力なエレメンタルを保持している。
それ故の采配だろう。
教会とエレメンタルは関わりが深い。
「エリック。お前は国外からの来賓に対応するように。来賓の予定は宰相が把握している。」
第二王子エリックが立ち上がり、了承の意を示す。
心なしか上機嫌に見えた。
国外とのパイプを作るチャンスでもあるからだろう。
「メリルとエヴァも頼んだぞ。」
第二王女メリルと第三王女エヴァがそれに応じた。
メリルは第二王子と同母姉弟、エヴァは第三王子と同母兄弟だ。
姉妹の中で最も美しいメリルと、母が国外出身のエヴァであれば対応しやすいだろう。
「ニコラ、ライオネル。お前たちは剣闘会の手配だ。」
第三王子ニコラと、第四王子ライオネルが立ち上がった。
第三王子は、兄弟の中で1番の武闘派だ。
国王の恵まれた体躯を色濃く受け継ぎ、自身も騎士団に身を置いている。
そんな意味で適役と言える。
第四王子はまだ幼く、強いニコラに憧れている。
それが汲み取られたのだろうか。
またこの場にはいないが、隣国へ嫁いだ元第一王女カミラもブレイジア祭の折には帰国するそうだ。
その後、それぞれの仕事内容をある程度説明したところでお開きとなった。
各々国王に挨拶をした後、その場を去っていく。
最後に残ったのは国王とリアンだけであった。
そうなるよう宰相に予め指示してあったのだろう。
国王は玉座の後ろに控えていたリアンへ向き直った。
「聞いての通りだ。お前にも仕事を与える。」
「何なりと。父上。」
正直、嫌な予感はしていたが当たってしまったようだ。
面倒事に巻き込まれたくないと思いつつも、それを顔に出さないよう返答した。
「この時期になると国外から紛れ込む不審者が増える。毎日数時間で良いから、酒場や歓楽街を中心に見回りにあたってくれ。兵を動かすと目立ちすぎるからな」
「承知しました。」
それくらいなら問題はない。
少し散策の範囲を広げるだけだ。
いくつかの注意事項を確認して国王とは別れたのだった。
人物紹介
◆アルバート=ブレイズ(47)
エレムーア王国の現国王。
◆ニコラ=ブレイズ(18)
エレムーア王国の第三王子。
◆ライオネル=ブレイズ(9)
エレムー王国の第四王子。
◆メリル=ブレイズ(17)
エレムーア王国の第二王女。
◆エヴァ=ブレイズ(15)
エレムーア王国の第三王女。
◆ナタリー=ブレイズ(12)
エレムーア王国の第四王女。




