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9 メイド

 早朝の地下室。

いつものように剣の鍛錬を終えたリアンを横目に、フェンリーが朝食の準備をしていた。

ブルック邸でつけられた切り傷はほとんど癒え、包帯も取れている。

痕が残るようなこともないそうだ。


「おまたせしました、リアン様。朝食の準備が整いました。」


「ありがとう。」

リアンはテーブルにつき、朝食に手を付け始める。

サラダ、パンと順番に口を付け、スープを口に運んだ時だった。

舌に独特な苦みを感じた。

この苦みは知っている。


「フェンリー、毒だ。このスープに毒が入っている。おそらくフレア草。」

フェンリーはすぐに風のエレメンタルで侍女と連絡をとり、地下室から去って行った。

アイザックの下へ向かったのだろう。


 それにしてもフレア草か。

フレア草は、炎のような赤く美しい花を咲かせる植物であり、王都周辺に多く咲いている。

そのまま触れる分には問題ないが、特別な手順で加工すると猛毒となってしまう。

それこそ純度の高いものであれば、1口含んだ瞬間に命を失ってしまうような。


 リアンは、テーブルに残ったままのスープにもう1度口をつけた。

この洗練された苦み。

かなりの腕をもった薬師が、高純度に製薬したようだ。

兄上の口に入っていたかと思うとゾッとする。


 アイザックの食事に毒が混入されることは決して少なくない。

頻度で言えば、年に数回はあると言える。

特に王位継承争いが激化してからは、1月と開かずに混入されたこともあった。

犯人はアイザックによりすぐ特定されるため、解決は早いのだが。

きっと今回も兄上が何とかするだろう。

しかしいつ呼び出されるか分からないため、今日は部屋で待機した方が良さそうだ。


 途端、退屈になってしまった。

部屋でできることとなると限られてしまう。

読書でもしようか。

いや、フェンリーがいないと図書塔から本を持ってきてもらうこともできない。

剣の鍛錬も先程終えたばかりだし、エレメンタルの訓練をするには広さが足りない。

どうしたものか…。


 ――コン、コン

そんなことを考えていた時だった。

扉を叩く音に思考を中断させる。


「フェンリーです。入ってもよろしいでしょうか。」

妙に早い。

何か確認し忘れたんだろうか。

疑問に思いながらも声をかけた。


「入ってくれ。」

扉の外からフェンリーと1人の女性が入ってくる。

いつかの偽シスター、モナだった。

ここにいる意図が分からずフェンリーへ目を配らせる。


「アイザック様に言いつかり、連れて参りました。今後私の手が回らない時は、彼女がリアン様の身の回りのお世話をさせて頂きます。」

フェンリーは、モナをリアンの前に押し出して自己紹介を促した。


「モナと申します。リアン様付きのメイドとなりましたので、よろしくお願い致します。」

王宮のメイド服を身に着けている。

黒を基調とした落ち着いたデザインはモナに合っていた。


「ああ……じゃなくて、兄上は何と?そもそも僕の事をどこまで伝えてあるんだ?」

リアンの混乱した様子に、フェンリーは苦笑しつつ顔を寄せてきた。

そして、モナに聞こえない程度の声で話しかけてくる。


「アイザック様からの伝言です。拾った者の面倒は最後までみるようにと。もちろんリアン様の事情もお伝えしてあります。」


「なっ。彼女は犬や猫じゃないんだぞ。」


「もちろんです。リアン様のメイドとして扱ってください。前々から、今日のような時は私以外の従者が必要だと思っていたのです。本当ならもう少し教育してからお連れする予定でしたが、丁度よかったので今日から働いてもらうことにしました。」

フェンリーは、にっこりと答えた。

これは、リアンが何を言ってもダメなパターンだ。


 もう1度モナの方へ目を向ける。

キョトンとした黒い瞳と、目が合った。

以前会った時よりも、ずいぶん幼く見える。

憑き物が落ちたような無垢な表情をしているからだろうか。


「彼女が僕の秘密を漏らしたらどうするつもり?」

そもそも僕の世話なんかよりも、そちらの方がよっぽど重大な問題だ。


「ご心配には及びません。モナがリアン様の事を口外しようとすると声が出なくなるよう、私のエレメンタルで仕掛けを施しました。もちろん、本人の合意は得ていますよ。」


「……まぁ。それなら良いんだけど、つくづく便利な能力だね。」

時々、フェンリーの有能さが怖くなる。

そんなことを感じるのは僕だけなんだろうか。


「補助能力は、風の特権ですからね。」

確かに昔から、攻撃の炎、防御の土、バランスの水、補助の風と言われているが、フェンリーの風はいささか有能過ぎる気がしている。



 リアンはフェンリーから離れ、改めてモナに向き直った。

「待たせた。聞いていると思うが、僕はリアン。アイザック兄上の双子の弟だ。これからよろしく頼む。」


「こちらこそよろしくお願い致します。」

モナは再び頭を下げた。

その様子を満足そうに確認したフェンリーは、毒の調査の続きがあるからと去って行った。

地下室には、リアンとモナだけが取り残される。



「ところでモナは……いや、何でもない。」

尋ねようとして言葉にならなかった。


「どうかされました?」


「読みたい本があるんだが、図書塔から持ってきてくれないか。」

誤魔化すように頼み事をした。


「どのような本がよろしいでしょうか。」


「薬草図鑑を頼む。」


「かしこまりました。行ってまいります。」

去っていくモナの後姿を見送り、リアンは1人ため息を吐いた。

どうしてこんな事になったんだろうか。

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