115話 花より団子
小さな円卓のテーブルに幾重にも積み上げらていく木製の食器を呆然と見つめる俺とミゼア。
「ゼ、ゼセット、もうちょっとゆっくり味わって食べたらどうだい?」
弟の下品で卑しいほどのガッツきに、客の目を気にしたミゼアが軽く引きながらマナーを促しているのだが、育ちの悪そうなゼセットが気にする素振りを見せることなく、目の前に並べられた料理を次から次に口に放り込んでいく。
姉弟でここまで品性に差が出るとは、ある意味すごいな。
「ごんにゃ、うばびめび……ぐったの――」
「の、呑み込んでから喋りなよ。何言ってるかさっぱりだよ」
ゼセットは斜め前に置かれていたレモネードに手を伸ばし、口の中のモノを一気に流し込むと木製のコップをドンッと机に叩きつけるように置いた。
「旨い! こんな旨いもモノを食ったのは数百年振りだ!」
まるで貧しいスラムの子供が初めて店で食事をしたかのように瞳を輝かせているゼセット。
俺もこの店の料理は先ほどミゼアと食したが、正直そこまで舌が唸るほどのモノではなかった気がするのだが?
一体コイツは数百年間なにを食って生きてきたんだ?
ミゼアとのリアクションの違いに少々驚きはしたが、よくよく考えてみればホルムデヒドのお気に入りだったミゼアとでは、扱いが違ったのかもしれんな。
「喜んでくれたのたのなら良かったな。で、少しは俺を敬う気になったか?」
「黙れ! せっかくの馳走が不味くなるだろう」
キリッとした鋭い目線を透かさず向けてくるゼセットだが、その顔には食べカスがくっ付いており、威厳も迫力もあったものではない。
「これを食ったらさっさとこんな島からは出て、このクソともおさらばするぞミゼア」
テーブルの中央に置かれたバスケットの中からバターの香ばしい匂いを醸し出すパンを手に取り頬張るゼセットに、ミゼアは少し頬をピンクに染めて恥ずかしそうに口にする。
「そ、その事なんだがなゼセット。私は正式にアルトロの女になることを選んだんだ」
「そうか、それは良かったな。………………は?」
口に押し込んだパンをモグモグと頬張るゼセットは、数秒間の沈黙を経て自らの魔技で凍りつくというスゴ技を披露している。
カチッカチカチと凍てつく音を立てながら凍りついてしまったゼセットの顔の前で、テーブルに手を突いて身を乗り出し手をサッサッと素早く振るミゼア。
「だ、大丈夫かいゼセット。あんたリアクションが豊かになったね」
――パリーンと音を鳴らし床に氷の結晶が飛び散ると、ゼセットは立ち上がり俺の胸ぐらに手を伸ばした。
「貴様呪印を使ってミゼアを脅したのか!」
「ちょっと落ち着きなよゼセット!」
弟ゼセットの態度に堪らず席を立ち、俺の胸ぐらを掴み取るゼセットの腕に手を伸ばすミゼア。
「違うんだゼセット。私の意思でそうするって決めたんだよ」
「は? 自らの意思で決めただと? お前は頭がおかしくなったんじゃないのかミゼア。それに父や母の眠る村に帰ると言っていただろう」
見つめ合ったまま黙り込んでしまった姉弟。
しかし、ミゼアが俺の側にいると決断したのも正しい選択だと俺自身思う。
なぜなら、ミゼア達は今後確実にクルセ=クレリバに命を狙われることになるだろう。
束印をクルセ自身がミゼア達に刻んだのなら、既に術者であるクルセにはミゼア達が何らかの方法で束印を無効化している事に気づいているはずだ。
だとしたら、俺の側にいることが一番安全だとミゼアは判断したんだろう。
俺は女と交わした約束は守る男だ。
だから、ミゼアは既に知っている。自分達が探していたクロム=エトワールが俺だという事を。
昨夜毛布に包まりミゼアにその事を話したとき、信じてもらえないかもしれないと思っていたが、ミゼアはすんなりと信じてくれたのだ。
ミゼアが俺をクロムだと信じるに至る事実が既にあったからだと思う。
一つがホルムデヒドを圧倒した俺の強さ、もう一つはクルセが刻んだ束印をいとも簡単に上書きしたという事実。
この二つを考慮したとき、ミゼアの中で俺=クロムとなったのだろう。
しかし、俺はミゼアにその事を他言しないように釘を刺したので、今もゼセットを見つめながらチラチラと俺に視線を向けてきては、助けを求めている。
「落ち着くのだゼセットよ。ミゼアは俺に惚れておるから側に居たいと決めたのだ」
「戯言を吐かすな! 昨夜俺がいないのをいいことにお前がミゼアを脅したに決まっている! そうなんだろミゼア?」
「全然違うよ」
首を振って嘆息するミゼアを見て、ガーンとゼセットの頭上の空気が重たくなるのを感じる。
ゼセットはテーブルに両手を突き項垂れている。
「ゼセットよ、お前は俺といるのが嫌かもしれんが、そう悪い事ばかりではないのだぞ」
「どういう事だ」
項垂れながら顔をこちらに向けてくるゼセット。
「お前金はあるのか? 滅びた故郷の村に帰ってミゼアとお前が食って行けるだけの甲斐性はあるのか? だが、俺の側にいるならミゼアはもちろん、その弟を養って行くことなど俺には容易い。今食ったこんな飯よりももっと旨いものがいつでも食えるのだぞ? 悪くなかろう?」
ゼセットはテーブルに積み重ねられた木製の皿を見つめ、歯を食いしばっている。
コイツは花より団子タイプの意地汚い奴だな。
「それに、お前が故郷の村に帰り、亡くなった両親に会いに行くのは、クルセを倒してからなのでは? 家族や村の者達を殺したクルセを放って置いて、一体どの面下げて会いに行くのだ? 仲間は一人でも多い方がよかろう?」
「……………っく」
落ちたな。実に単純でわかりやすい単細胞だな。
まぁ、俺がクルセと戦う事はないが、希望を与える事は心を支配する上で重要なことだ。例えそれが嘘だったとしてもな。
ゼセットはガタンっと音を鳴らし椅子に腰を深く落としては、右手をパンに伸ばし口に運ぶと、拗ねた子供のように左手をポッケに突っ込みながらそっぽを向いた。
「糞みたいな飯用意してみろ、殺すからな」
「ゼセット……」
ミゼアは安堵の息をスゥーっと吐き出し、親が子を見守るような眼差しでゼセットに微笑んでいる。
旅は道連れ、その言葉の意味はなんなのだろうな?
こうして俺達が出逢った事に意味はあるのだろうか?
ないのかもしれないし、あるのかもしれない。仮になかったとしても良いではないか、意味のあることが正解とは限らないのだ。そうであろう?
なにはともあれ、やはり旅は楽しい方がいい。
さぁ、目的の妖精の都に旅立つとするか。
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