114話 第二の変態
照りつける太陽の日差しは海に乱反射し、まるで俺の身体を焼き払うかの如く集中砲火を浴びせてくる。
額から流れる汗は止めど無く、まるで拷問でも受けているかのような喉の渇きを誘発する。
俺は昨夜からずっとこの砂浜で正座をしている。
助けを求めようにも声が出ないのだ。
姉のミゼアは最愛の弟である俺を放って、あのクソ人間と宿にしけ込みやがった。
本人は戸惑っている振りをしていたが、あれはかなりノリノリだった。
俺にはわかる。この世に生を受け三百数十年、ずっと一緒だったんだ。
ミゼアが誰を番に選ぼうが俺には関係ないことだが、あのクソ人間だけは断じて許さん。
それにミゼアはこの俺をこんな所に置き去りにしたのだ、もはや俺の怒りは頂点に達している。
陽が昇りもう随分と時間が経ち、この砂浜にも多くの者が押し寄せてきている。
「ねぇ見て、あの人なんで砂浜で正座なんてしているのかしら?」
「私もずっと気になっていたんだけど、さっきからずっとよ」
痛い、視線が痛すぎる。
俺だって好きでこんな所で固まっている訳ではない。
だが、どうしようもない。体がピクリとも動かないんだ。
「まるでウミガメの産卵じゃない」
「ふふ、やめてよ。まさか本当に産んでる訳じゃないわよね」
「てゆーか、アイツさっきからやたら汗を流してこっち見てるんですけど」
「きっと昨日の変態の仲間よ」
「昨日の変態ってなんの話よ」
「昨日もいたのよ、あそこの木の下でフンがフンが言って三角座りした変態が」
くそったれえええええええええええ!
「いやだぁ、絶対そいつの仲間よ」
「ちょっとあたし言って来るわ。このままじゃ気軽に遊べやしないもの」
「ブブ子ちゃん頼もしい!」
「ビシッと言ってよ、お願いよ」
「任せなさい」
聞こえてんだよ糞女どもが!
俺の前にドシドシと巨漢を揺らしながら、みっともない皮下脂肪をぶら下げたオークのようなメス豚が歩み寄ってきた。
「ちょっとあんたいい加減にしてもらえるかしら? いくらあたし達が魅力的だからって、そうじっと見られていると気味が悪いのよ!」
黙れメス豚! 失せろ、早く失せろ。
「ちょっと……なに黙り決め込んでんのよ。聞いてんのあんた?」
ああああ! 見なければいいんだろ。
身体を動かす事も喋る事もできない俺は、瞳を閉じることにした。
「いやだああああ! なに目えつぶって想像してんのよ! 嘘でしょこの変態! ちょっとみんな聞いてよ、この変態あたしの身体をガン見して想像する為に目を閉じたのよ!」
何を言っている? 貴様のような豚に興味のあるオスなどいるわけないだろう。
こうなったら魔気を込めて睨みつけ、追い払ってやろうと瞳を開けると、豚だけではなく、大勢の女が俺を見下ろし冷徹な視線を向けてきやがる。
「まずはあたしのビンタを喰らいなさい」
おい、待て待て待て待て待て待てよ!
――バシッ――
豚の全体重が込められた張り手は強烈だった。
脳が揺れ意識が霞むほどだ。
しかし、それからが地獄だった。俺を取り囲んだ女達が四方から殴るは蹴るはやりたい放題。
一頻り暴力を振るった後は、満足したのか去っていった。
鼻から血が滴り落ちても拭うことすらできやしない。
俺は一体いつまでこうしていればいい。
◆
俺は目覚めたミゼアと宿からほど近いカフェテラスで、少し遅めの朝食を取っていた。
まぁ、朝食と言っても時刻はもう昼過ぎなのだが。
ミゼアは昨夜の俺とのワルツが余程お気に召したのか、上機嫌で完全に俺の虜となっている。
「私のも食べなよアルトロ。ほら、あ~ん」
「あ~ん」
もう完璧にパラダイスの住人となったミゼアと食事を済ませた後は、冷たい紅茶を飲みながら二人で談笑していたのだが、不意にまた思い出してしまった。
俺は一つ咳払いをして、大切な話をミゼアにする事を決意した。
「ミゼアよ」
「なんだい、アルトロ」
「非常に言いにくいことなのだが……」
「私とアルトロの仲じゃないか、気にせず言ってごらん」
「そうか、では気にせず言うとしよう。ゼセットをずっと浜に正座させたままだった」
――ガタンッ――
ミゼアがテーブルに両手を突いて、物凄い勢いで立ち上がった。
ミゼアの顔を見ると少し顔色が優れんように見える。
「不味いよアルトロ。あの子絶対キレてるよ! こんな所で茶なんて飲んでる場合じゃないよ! 早くゼセットの元に行くよ!」
俺達はすぐにカフェを出て、ゼセットが待つ砂浜に到着して、正座するゼセットを見て絶句してしまった。
ゼセットは魔物にでも襲われたのか、何故かボコボコになっているのだ。
そんなゼセットを見て、ミゼアが慌てて駆け寄り膝を突いては袖口でゼセットの鼻血を拭いている。
「だ、大丈夫か、ゼセット」
「…………」
「怒っているのかい、ゼセット。本当にゴメンネ」
「…………」
喋らないゼセットを心配するミゼアだが、喋らないのではなく喋れないのだろうな。
俺はゆっくりとゼセットに近づくと、ゼセットは俺に気が付いたのか、物凄い殺気を俺に放っている。
「しゃ、喋っていいぞ」
「貴様あああああああああああああああああああああああああ! 殺してやるううううううううううううううううううう!」
「「…………」」
あまりの鬼気迫るゼセットの迫力に思わず俺とミゼアは言葉を失ったのだが、そんなに怒る事でもなかろう。
「こ、これは精神を鍛える鍛錬だったのだぞ」
「黙って早くこれを解けえええええええええええええ!」
「わ、わかったわかった。すぐに解いてやるから落ち着くのだ。いいな? 普通にして良いぞゼセット」
「殺おおおおおおおおおおおおおおおおす!」
座り続けるという命令が解けたゼセットはすぐに立ち上がり、一にも二にも俺を殺そうと襲いかかって来たのだが、
――ボテッ――
「「へ?」」
どうやら足が痺れて歩くどころか、一人で立つことも困難なようだ。
なんと哀れな男だ。
「私の肩に掴まりな」
プルプルと足を震わせながら、ミゼアの肩を借りて立ち上がったゼセットだが、怒りの極一部は姉のミゼアにも向けられているようだ。
「随分と艶が出ているじゃないかミゼア」
「そ、そうかい。そんな事はないと思うけどね……」
「まぁいい、だが貴様だけは許さんぞ! 俺は変態扱いまでされたんだぞ! この恨みと屈辱は絶対に忘れんぞ!」
「と、とにかく、腹が減っておろう? 喉も渇いておろう? 俺が奢ってやるぞ。こう見えても俺は王子様でお金持ちなのだからな」
「そんなもので許されると思うなよ!」
「とにかく何か胃に入れた方がいい。そうすれば怒りも少しは収まるかもしれないよ」
物凄い目で俺を睨んでくるが、ミゼアに掴まりプルプルと仔鹿のように脚を震わせるゼセットは、なんかみっともない。
みっともないゼセットを連れて俺達は先ほどのカフェに行き、飲み物と食事を注文してやると、余程腹を減らしていたのか驚異的スピードで次々と平らげていくゼセット。
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