112話 嘆きの砂浜
西側の入口から街に入ると光石の明かりが街を照らし、無情にも半壊した木材の住居の前で力なく座り込んでいる者達の姿が確認できた。
とはいえ、街の被害は西側だけのようで、街の中央付近に差し掛かると住人達はまるでお祭り騒ぎのように騒ぎ散らかしている。
ある者は木材製の手作り感溢れる温かみのある打楽器を叩き。
ある者はリズムに揺れながら優しい音を響かせる弦楽器を奏で。
音に合わせて陽気に踊る者や、歌いだす者など様々な種族がごった返し、とてもさっきまで死を目前にしていたとは思えん光景に、少し驚いてしまった。
「本当は悲しいんじゃよ……だけど悲しんでばかりでは生きてはいけないから、悲しみに暮れないように皆無理にでも騒いでいるんじゃ。これは云わばこの島の者達なりのレクイエムなんじゃ」
住人達の光景に圧倒された俺はロッジの爺さんの説明を受け、なんとなく納得した。
眼を凝らし、しっかりと住人達の顔を見ると、確かに皆の瞳には涙が溜まっている。
「俺っちも今日は朝まで踊るぞ」
住人達のから騒ぎに混じるため、メルトは駆け出し踊りの輪に加わり、それを見たタコルは瞳を輝かせている。
「お前は付いてくんなよ!」
さっき蹴り飛ばした事をまだ根に持っているのか、タコは眼を吊り上げ俺に丸い顔を向けると、ぷいっと顔を振ってメルトの後を追いかけて、奇妙なタコ踊りを披露している。
「頼まれてもあんなダサい踊りなんぞ誰がやるか! 恥を知れ、恥を」
それよりもミゼアはどこに居るのだ。
俺の情熱的な腰つきダンスはミゼアに披露するのだ。
キョロキョロと首を振ってミゼアを探すが、ここにはミゼアの姿もゼセットの姿もないようだ。
う~んと腕を組み眉を『ハ』の字にしていると、住人から何やら情報を聞いた爺さんがミゼア達の居場所を口にしている。
「どうやら元ホルムデヒドの部下のゼセット達は、東の海岸でお前さんを待っているようじゃよ」
「東の海岸? なんでそんな所に居るのだ?」
「おそらく島の者達に気を使ったんじゃないかの?」
「そうか、助かった。では東の海岸まで行ってみるとするか」
俺は燃え盛る漆黒の翼で夜空を駆け抜けると、一直線でミゼア達が待っている東の海岸へと向かった。
海岸の上空にたどり着くと、爺さんが教えてくれた通りミゼア達の姿が砂浜に確認できた。
俺がミゼア達の元へゆっくりと下降すると、ミゼアとゼセットの背後にいる数十人の魔族や魔物がざわついている。
砂浜に降り立った俺に小動物が尻尾を振るようにミゼアが近づいて来たので、力一杯抱きしめてやる。
「ちょ、ちょっと何するんだ!」
「なにって? 抱きしめてやっているのではないか。皆が見ておるから照れておるのか? 可愛い奴め」
「照れてなどいない、離してくれ」
恥ずかしがるミゼアと俺の抱擁を邪魔するように、額に血管を浮き上がらせた鼻息荒いゼセットが詰め寄てくる。
「貴様いい加減にしろよ! 今すぐミゼアから離れろ!」
「なぜ俺がお前の命令に従わねばならんのだ。それに見ろ、ミゼアだって喜んでおるではないか」
「何が喜んでいるだ! どう見ても嫌がっているだろう!」
ミゼアが俺を拒絶する訳ないであろう。この弟はシスコンの上に目が悪いのではないか?
ミゼアを抱きしめる俺の肩に掴み掛かろうとするゼセットに、俺はビシッと言ってやる。
「我名に従えゼセット、お座り!」
「な、なんだこれは!? からだっ……が、かっ……てに」
俺に手を伸ばそうとしていたゼセットの腕がピタリと止まり、まるで古びた仕掛け人形のようにプルプルと小刻みに震えながら、ゆっくりと砂浜に正座をする哀れなゼセット。
「き、きさま……なにを、し……た」
顔を真っ赤にしては歯を食いしばり、全身に力を込め抵抗しようとするゼセットだが、無駄だという事がわからんのか。
ミゼアは首を回し、お行儀良く正座をするゼセットを見て困惑している。
「ゼセット、あんた何をしているんだ?」
「そ、そこに……いる、くそに……きけ」
ミゼアは俺の顔を見るや否や、両手で俺の胸を押し退けて、ゼセットの傍らで膝を突いている。
誰がいつ俺の胸から離れて言いと言ったのだ。
許せん! 呼び戻してやる!
「我名に従えミゼア、来い!」
「っひぃ!」
両膝を突いていたミゼアはピーンと背筋を伸ばし起立すると、やはり俺の事が恋しいようで、片時も離れたくないと言わんばかりに、俺の胸へと飛び込んできた。
「そうか、そんなに俺を想っているのだなミゼア」
「な、何なんだこれは!? 体が勝手にっ……」
「そうか! 無意識下で体が勝手に俺を求めてしまうほど胸を焦がしているのだな」
「ふざけ……るなよ、きさ……ま」
「イヤっ! ちょっと、触りすぎだ!」
俺はミゼアのお尻に両手を伸ばし、ガッツリと鷲掴みにしてモミモミクルクルと遊んでやる。
「ヒヒヒ、堪らん!」
あまりの楽しさについ心の声が漏れてしまった。
「ア、アルトロだったな、これはどういう事だ? なぜ体がいう事を聞かない」
「どういう事もこういう事もない、お前達はもう俺には逆らえんのだぞ」
「な、なんだと! きさま……どういう、ことだ」
「忘れたか? お前達は俺の呪印で縛られているのだぞ。俺の命令一つでお前達は何でも言う事を聞いてしまうのだ。クルセとか言う奴の束印より遥かに強力だぞ」
「「!?」」
「じょ、じょうだん……じゃない、こんなのは……じゆう、とは……よべん」
「誰がいつ自由にしてやるなどと言った? ちゃんと俺は最初に聞いたであろう? クルセと俺の奴隷どちらがいいかと。俺を選んだのはお前達であろう?」
「あんた私達をハメたのかい?」
「ハメてなどおらん。それに俺の側室になりたがっていたのだから、問題なかろう?」
「……そんな事言った覚えはないよ!」
「照れずとも良い。それにそこにいる連中にも呪印を施すのであろう? 面倒だが、ミゼアたっての希望だから聞いてやるのだぞ!」
「……っえ?」
「ふざけ……るな!」
俺はミゼアの身体を一度離し、ごちゃごちゃと細かい事を気にするゼセットに口を噤むよう命令し、クルセの束印に縛られる者達に向き合った。
「「「「…………」」」」
どうやらこの哀れな戦闘奴隷たちは、ゼセットやミゼアの様子と今の会話を聞いてドン引きしているようだ。
俺が一歩前に足を踏み出せば、このアホ共は一歩後ろに後ずさりしてしまう。
そんな愚かな奴隷たちに、二ターっと微笑んでやると、皆一斉に背を向けて砂浜を駆け始めた。
「「「「逃げろおおおお」」」」
昔、姉様たちから聞いたことがある。青春を謳歌する時、人は砂浜を駆けるらしい。
人間ではないが、俺は青春を謳歌する奴隷たちを追いかけては、次々に呪印を刻みつけてやった。
「「「「いやああああああああ」」」」
潮風が優しく吹き抜ける月夜の晩、押しては引いてを繰り返す波打ち際を駆け抜けた無数の悲鳴が、この嘆きの砂浜の由来となった。
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