110話 自由?
ホルムデヒドの一部が俺の心の中に沈んでいくのを確認した俺は、外の世界へと意識を集中させた。
薄瞼をゆっくりと開き視線をミゼア達に向けると、ビクッと身体を仰け反り驚嘆している。
俺はミゼア達の顔を見ながら、口の中に入っている触手を噛みちぎり、モグモグと触手を食べてやった。
「あ、あんたそんなの食べたら腹壊すよ」
「ずっと思っていたが、この人間は相当イカレているな」
ミゼアは首を突き出し食あたりを気にしてくれている、腹を壊せば今晩ハッスルできなくなるかもしれないと気にしているのだろう。
ゼセットはブンブンと首を左右に振っては呆れている。
「この程度なんの問題もない。それよりホルムデヒドはどうなった?」
「あのザマだよ」
「あれでは殺す価値すらない。お前一体何をした」
ミゼアとゼセットは顎先をクイッとホルムデヒドに向けて応えてくれているが、その表情を見る限り、もうホルムデヒドに興味はなさそうだな。
今のホルムデヒドの姿を見たら、二人の復讐心が消えるのも無理はないのかもしれない……。
「って誰だよあれ!?」
「誰ってホルムデヒドに決まっているだろ」
「白々しい奴だ。お前がやったのだろう」
目を向けた先にいたホルムデヒドは、女座りをし目は虚ろになり、フサフサだった髪の毛は全て抜け落ち老人のような見た目へと変貌を遂げていた。
心と体は確かに繋がっているが、精神に深く負担がかかると本当にあのような見た目へと変わり果ててしまうのだな。
「しかし見事なものだな。あのホルムデヒドの変わりようは面白いな」
「面白いって……私達が問いかけてももう反応すらしないよ。あれはもう死んだも同然さ」
「まさに廃人だな。自らの技によって自らの心を破壊してしまうとは、愚の骨頂だ」
「で、アイツを殺したかったのだろ? 殺さんのか?」
「あんなのもう殺す価値すらないじゃないか。それに今のホルムデヒドにはもう何もできやしないさ」
「ミゼアの言う通りだ。あんなのを殺したら俺達の名折れだ」
「そうか……では俺が殺してもいいのだな?」
「「は?」」
「あ、あんたあれを殺すのかい? アイツはもう何も出来やしない、言わば生き人形のような相手だよ」
「全くだ。殺す必要性を感じんな。」
「それは情けか? 同情か? 死ぬほど殺したいと願っていた相手を今殺せるのに、それをせんのはただの弱さだな」
俺の発言が気に食わなかったのか、顔を顰めるミゼアと、一歩前に体を突き出すゼセット。
「俺達が弱いだと!? 舐めるなよ人間ごときが」
「やめときなゼセット」
俺に掴み掛かろうとするゼセットの前方に体を入れ制止するミゼア。
「すまん、言い方が悪かったな。俺が言いたいのはつまり、優しさは時に脆さに変わるという事だ。憎しみや恨みを断ち切るためにはどうすればいい? 許す事で救われると言う者もいるかもしれん、だが俺はそうは思わんのだ。許した気になっていてもふとした瞬間に、波のように感情は押し寄せてくる。その度にお前たち姉弟の心はホルムデヒドという男に支配され続けるのだ」
俺の言葉に耳を傾け、冷静になったゼセットとミゼアは変わり果てたホルムデヒドをただ見つめている。
そうだそれでいい、これから俺と共に行動をする事になるお前達は、敵に情けなど掛けてはいけないのだ。
冷酷さを装っているゼセットは、実はミゼア以上に甘いと俺は踏んでいる。
なぜならコイツは殺せる筈だったメルトや爺さんを殺していなかったのだ。
そんな事がこの先も続けば、何れコイツの行動が俺の仲間に危険を及ぼすことにもなりかねないのだ。
戦場で優しさなど不要だ。それがモノにしたい女でもない限り、殺すのがセオリーだ。
それに、メルトとの約束はホルムデヒドを倒すことだ。
倒すとはつまり、殺すという事だろ? ホルムデヒドが生きていれば難癖をつけられ妖精の都へ連れて行かない何て言われる可能性もある。
俺の一番の目的は飽くまで妖精の都へ行くことだ。
その為にはホルムデヒドを殺して置く必要がある。
「さてと、それではホルムデヒドにトドメを刺して早いとこハッスルタイムと行くか!」
「待て!」
ホルムデヒドの元に歩み寄る俺を呼び止めるゼセットが、心を決めたようだ。
「そいつは俺の手で殺す。確かにお前の言う通り、こんなゲス野郎に情けをかけてやる必要などなかったな。長きに渡り縛られていた呪縛から解放された喜びと、ホルムデヒドの情けない姿を目にして、安心してしまったのかもしれんな」
「ゼセット……。私達は自由を勝ち取ったんだよ」
「ああ、今一つの復讐に終わりを告げよう」
真っ直ぐとホルムデヒドを見つめ俺の横を通り過ぎていくゼセットの眼には、確かな決意が感じられた。
座り込み、虚ろな瞳で一点を見つめるホルムデヒドの目前で立ち止まり、見下ろすゼセットは、ホルムデヒドの首目掛けて右手を振り抜いた。
ホルムデヒドの躰から首が切り離され、凍りついた断片からは一滴の血も流れることなく、呆気なくホルムデヒドの生涯は幕を閉じた。
「終わったんだな」
「私達は自由になったんだよゼセット。これで父さんや母さんが眠る村に帰れるよ」
囁いたゼセットの背中を見つめながら、瞳を潤ませるミゼア達には……非常に言いにくいことなのだが、俺の呪印で縛られているという事を忘れてるんじゃないのか?
寧ろ束印なんかよりも遥かに強力なのだが……。それにミゼアは俺の側室になりたいと言っていたから、魔大陸のどこぞの村などに帰れはせんぞ?
この二人の姉弟は俺の所有物となった事をちゃんと理解しているのだろうか?
今更なかった事になどできんぞ。もし暴れるような事があれば……呪印でお仕置きしちゃろ。
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