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第二十一話 温情

 川島はいつも通りの日々を送っていた。深沢の一件以来、深沢もレンタルビデオ屋のバイトをしている。決して、深沢と同じ日になることはなかったが……。そして、木村はというと。




「今日、高木さんから次の取材の予定を聞く日だから」




 相変わらずモデル業に励んでいた。『BW』の記事以降、あらゆる雑誌からのオファーがあって引っ張りだこ状態だった。


 山積みになった仕事も川島と深沢のことを考えるとなかなか片付かなかった。しかし、それが約束だということを忘れることなく堅実に守っていたのは木村の良いところだった。


 この体や状態にも慣れてきて、何の問題もなく日々を送っていた。そんなある日、川島の電話が鳴った。




「はい」




「あ、もしもし。健太?」




 その電話の主は川島の母親からだった。仕送り金や野菜、米を送ってもらう時は電話がかかってきたり、かけたりしていた。この日もいつものように仕送りの話をして電話を切ろうとした。




「じゃあ今回はそれだけ送ってくれよ。よろしく」




 すると次の瞬間、母親から思いもかけない言葉を聞かされたのだ。




「わかったわ。あ、それと近々あんたのとこに行くけんね」




 自分がこの状況になってから初めてのことだった。そのため川島は驚きを隠せなかった。




「え!? いつくるんだよ?」




「え? ってあんたねぇ。親なんやけん普通でしょうが。一週間後ぐらいになるや思う。お父さんも一緒やけん」




 一週間後。まさかの展開だった。




「何しに来るんだよ?」




「可愛い息子の顔、見によ」




「来なくていいよ!」




 川島は少しヤケクソになりながら応対したが、母親は聞く耳を持たなかった。


 少し小さいため息をつきながら、川島は話を終わらせ電話を切った。




「来週くるんだ」




 木村は電話を切った川島に確認するように言った。




「くるんだ。じゃないよ! こんな状況がバレたらどうするんだよ!」




 川島はあまりにも突然の出来事と木村の何も感じていない言葉に少し苛立っていた。




「あ、そっか。確かにあたしの服とか雑誌とかたくさん置いてあるし」




 それを聞いてから川島は部屋中の女性用の洋服や雑誌、装飾品をダンボールに詰め込み始める。




「ちょっとー、あたしの着る服ぐらい置いといてよ!」




 木村は急に行動し始めた川島に焦りながら言う。川島は一切聞いていないようだったが、三着程度の洋服と装飾品を一つの箱にまとめた。一週間はこれでなんとかしろということだろう。


 ある程度片付けると、ようやく川島は一息ついた。




「これで前日に箱ごとクローゼットに収納すればいいな」




 川島は小さくため息をついて、腰を下ろした。自分の荷物を引っ越しするかのように箱にまとめられた木村はあの服を着ようと思っていたとか、あの雑誌はまだ読みかけだとか小言を言っていた。




「うるさいな。一週間ぐらい辛抱しろよ」




 川島は木村を一蹴してから夕食の準備をし始めた。木村は準備中も「あたしは流行の最先端にいないといけない」などとぶつぶつ小言を並べ続けていた。そして、前日まではいつもの生活を送って前日はバイトを入れず、部屋の掃除や木村の荷物の整理を行った。




「なんとかなるか」




 川島は少し不安になりながらも一方でどこか楽観的に次の日を迎えた。


 昼頃になって、川島の部屋の呼び鈴が鳴った。




「はいはい」




 川島は親であることを認識しながら、ドアを開いた。




「健太、久しぶり。元気にしとったんけ?」




 母親はドアが開くと、すぐにハイテンションで近所のおばさんのように田舎の方言混じりで話しかけてきた。




「別に普通だよ。うるさいな」




 川島はこのテンションがうっとうしいと言わんばかりの受け答えをする。




「うるさいはないでしょうが、あんたは。親に向かって」




 まさしく母親らしい一言を投げかけてくる。どこの母親でもこんな感じなのだろう。そして、の

 このこと部屋の方へ入っていく。


 父親は母親に押されていて特に話もせず、「おう」と一言言って母親に続いて入ってくる。




「あらー、意外ときれいにしとるんじゃないか」




 母親は部屋がやたらときれいになっていたので驚いていた。




「当たり前だろ」




 川島はグラスに麦茶を注ぎながら返事をする。




「女でも出来たか?」




 父親がふと問いかけてくる。普段黙っているわりに言葉を発すると地味にダメージを与えてくる。


 その質問に川島は少し慌ててしまい、注いでいた麦茶をこぼしてしまった。




「バカ! そんなの出来てねーよ」




 川島はとっさに反論しながら、タオルでこぼした麦茶を拭いた。




「あら? 動揺しとるじゃないか」




 母親がすかさず突っ込んでくる。




「どれだけ慌ててんのよ」




 木村までもが脳内で突っ込んできた。




「うるさい」




 川島は木村に言うために声を発する。そんな息子を見て両親は驚いた表情をする。




「いや、だから出来てないってことだよ」




 川島はとっさにフォローしながら、グラスを二人のいるテーブルまで持っていく。両親は呆れ顔で部屋を見渡している。




「んで、何しに来たんだよ?」




 川島はあまり詮索されないよう両親に尋ねた。




「あー、ちょっとした観光。桜とか温泉とか。小旅行やね」




 母親はサラッと今回の目的を並べた。桜……。言われてみればもうそんな季節だった。桜なんて気にすることが出来ない程、最近の生活は忙しかった。




「そうか。じゃあさっさと民宿でもホテルでも行けばいいじゃんか」




 川島は極力、部屋の中に長居させたくなかった。しかし、そうたやすく立ち去るような相手でもない。




「何言いよると? あんたの顔見るのが第一やったんやけん」




 母親というものはたとえついででも巧みに口を弾ませて、思ってもいないことを言ったりするものだ。




「うそつけ。明らかについでだろ」




 今度は川島が呆れたように言い返す。母親は少し苦笑しながら、その場を受け流した。




「ちょっとトイレ借りるぞ」




 今度は父親がトイレに立った。立ち上がって父親がトイレに向かって行くのを見ながら、川島は相槌を打った。数分後、父親がトイレから戻って来た。その間も川島は母親とたわいない話をしていた。


 ふと気付くと、父親が熱い眼差しで見つめていた。




「どうしたんだよ。親父」




「ん、いや……」




 父親の様子がおかしかったので川島は首を傾げた。しかし、大して気にも止めず再び積もり積もった話を続けた。少し経ってから今度は川島がトイレに行くと席を立った。


 その際、また父親からの視線を感じた。何事かと思いながら、父親の顔を見る。すると、父親は深く頷いた。


 川島にはこの行動が何を意味するのかわからなかった。


 とりあえず、トイレに行ってから話を聞こうと洗面所へと向かった。用を足して、手を洗っていると今まで黙って親子の会話を聞いていた木村が驚いたような声を出す。




「あ!」




「何だよ? いきなり」




 川島は今度は何事かと木村に問いかける。




「健太……歯ブラシ……」




 木村は言いづらそうに言った。川島はそう言われてすぐに歯ブラシの立っているグラスに目をやった。そこには三本の歯ブラシが並んでいる。


 二本はごく普通の歯ブラシである。残る一本、つまり木村が使用しているものは可愛らしいいかにも女の子用であると見ただけでわかる。


 ようやく川島は事の重大さを把握した。


 父親が立つ前と立った後の様子が変わったのも納得できた。最後の頷きもつじつまが合った。川島は父親が勘違いしているとわかった。


 しかし、母親の前で言及しなかったのは気遣っているのだろうと思うと胸が熱くなった。




 その後、川島は歯ブラシを隠して部屋へと戻った。父親の視線を浴びているのに気付いたので川島はコクリと頷いた。




「いいの? 弁解しなくて?」




 頷いた川島の行動を見て、木村が反応する。さすがに川島は声を出すと怪しまれると思い、木村の問いに反応しなかった。


 一時はどうなることかと思っていたが、結局何事もなく両親が去る時間になった。仕送りとして持ってきてもらった野菜を見て、川島は礼を言った。




「ちゃんと冷蔵庫に入れとくんよ」




 母親はそう言いながら、玄関で靴をはいた。川島は適当に言葉を返して、玄関で見送ろうとした。




「この玄関はどうにかならんと?」




 今度は少しため息混じりで母親は玄関の山のように散らばっている靴を見た。玄関だけは手が回らなかったため靴で溢れかえっていた。




「せっかく下駄箱があるんやけ、ちゃんと入れんしゃい」




 そう言って母親は下駄箱を開いて靴を片付けようとする。




「あ! もういいよ。自分でするから」




 川島はとっさに下駄箱にかけた母親の手を払いのけた。下駄箱の中にはたくさんの木村の靴やミュールが収納されているため、開けられては全てがパーになるのだ。




「まったく。ちゃんと片付けるんよ」




「わかった、わかった。片付けとくよ」




 またも呆れたような母親の言葉に反応しつつ最後まで緊張していた。そこに救いの手を父親が差し伸べる。




「さぁ、母さん行こう」




「そうね。じゃあまた来るけん」




「もう当分来なくていいよ」




 ごく普通の親子の会話をしながら、ようやく両親は去っていった。見送りを済ませ、部屋に戻ると大きく息を吐いた。




「こんなに疲れると思わなかったよ」




 川島は少しベッドに横になることにした。その時、木村から先程の質問を問いかけられた。




「どうして言い訳しなかったの?」




 川島は仰向けになりながら、一呼吸おいて話し始める。




「あそこは親父も気を遣ってくれてたから。何か言い訳するより良かったんだよ。それに下手に

 言い訳すれば、事が大きくなってしまうだろう」




 川島は目を瞑ったまま静かに言った。

 本当に疲れているのだと読み取れた。その答えに木村はとくに何も言い返さなかった。


 数分後、川島は小さく寝息をたてていた。

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