第二十話 来訪
一方、西岡は河井に生活主体を握らせていた。
河井は近くの高校に通い、普通の高校生と同じように生活を送っていた。
高校からの帰り道、西岡が河井に話しかける。
「どう? そろそろ学校にも慣れてきたでしょ?」
不意にそんなことを聞かれた河井は面倒くさそうに返事をする。
「学校なんて面白くないよ。無理に行かなくても生活するだけでいいじゃん」
そんな河井の不服そうな態度に西岡はまるで母親のように返す。
「高校生が一人、学校にも行かないで生活してるなんておかしいでしょ? 我慢しなさい」
「フリーターとかもいるのに?」
河井は学校に行かないでいいように話すが、西岡は取り合わない。そんなことを話しながら、家まで帰った。家に着くと、制服を着替えてくつろぐ。
そこへ西岡の声が聞こえてくる。
「今日もいつものように調べものをしたいからそろそろ代わってくれない? もうゆっくりしたでしょ?」
河井は納得していない表情で嫌々ながらも体を明け渡す。交代した西岡はパソコンを立ち上げ、データを調べていく。河井として生活を送り始めてから毎日かかさず転送した薬のデータを研究していた。膨大な量のため、まだ全然進んでいなかった。
データを調べ始めて二時間程経過した頃、何者かが西岡の家の呼び鈴を鳴らした。西岡はとっさに河井に交代するよう促す。
河井へと代わると玄関まで向かう。
「どうせ、いつもの新聞屋さんでしょ」
最近は勧誘が多く、特に新聞屋はしつこくやって来ていた。その度に河井に交代して応対するため面倒になっていた。玄関を開けようと声を出す。
「はい、どちら様で?」
ドアノブに手をかけたが、返事がないのでドアを開けなかった。
再び呼びかけて待ってみたが、やはり返答はない。イタズラかと思い、河井はのぞき穴から外を覗き込んだ。
「え!?」
驚きの声をあげたのは覗き込んだ河井ではなく、西岡だった。
その目に映ったのは紛れもなく峰島の姿だった。
「ちょっと代わってくれる」
西岡は慌てながら、河井に頼んだ。すると、その様子を察したのか河井は即座に交代した。
「出るの? そんなことしたら全部パーだよ?」
河井は西岡に無邪気に問いかける。
「ちょっと黙ってて!」
西岡は慌てながら河井を一蹴する。西岡は玄関を開けるのではなく部屋に戻り、パソコンの電源を急いで落とした。パソコンが完全に切れるか切れないかのところで、再び呼び鈴が鳴る。
返答もしないのに呼び鈴ばかり押すなと河井は苛立っていた。
西岡はパソコンの電源が切れるのを確認すると、急いで河井に再び代わるように頼む。河井に交代するが、西岡とは違ってどう対処して良いか河井にはわからない。
「ちょっと、美香さん。どうすんの?」
河井は西岡に助けを求める。西岡は脳裏で私の言うとおりにしてと一言言って、ドアを開けるよう指示した。
河井はようやくドアを開けた。
「はい?」
河井がドアを開けると、峰島はキョトンとした表情を見せる。
峰島は西岡が住んでいると思っていたためこの反応は当然と言えば当然だ。
そして、峰島は思考回路をフル活動させて一つの結論にたどり着いた。
「西岡くんか? やっぱりあの薬は成功したんだな!」
そう言って河井の手を掴んだ。河井は嫌そうな顔をしながら答える。もちろん、西岡の指示だ。
「は? 何言ってんだよ? じじい。気持ち悪いな! 離せよ!」
河井は峰島の手を振り払った。峰島は再び驚く。
「え? 西岡くんじゃ……」
「誰だよ。西岡って。俺は河井だよ!」
河井はいかにも最近の若者のように言い放った。
峰島は未だに状況が掴めなかったが、よく見ると前に立っている男は西岡が変化したにしては若すぎることに気付いた。
「河井? では、西岡という人がここに住んでなかったか?」
峰島は一番考えられることを尋ねた。尋ねられた河井はイライラしながら答える。
「あー、前に住んでた人がそんな名前だったかな? ちょっと前に俺が移り住んできたから、よく知らねーけど」
峰島は納得した表情を見せて、「そうか」と一言呟いて静かにドアを閉めた。
こうして、峰島は西岡の部屋を後にした。河井は部屋に戻り、ホッと一息ついた。
「一時はどうなるかと思ったよ」
「私もまさか家まで来るとは思わなかったわ。それにしてもじじいは言い過ぎじゃない?」
西岡も予期せぬ出来事を乗り切ってホッとしながら少し笑った。これで当分の間は峰島の目から離れられると思うとまた少し安心出来た。
こうして再び河井は西岡に交代し、データ研究に打ち込んだ。
一方、峰島は大家の元へ行き、話を聞いていた。
「先日までここに住んでいた西岡という人は引っ越しましたか?」
少し落ち着きを取り戻しながら、峰島は聞いた。大家である年配の女性は少し考えてから話し始める。
「あ、この間、出て行ったわね。でも、最近になって高校生が入ってきたから部屋は空いてないのよ」
大家の言葉で峰島は西岡が自分の元から逃げたのだと感づいた。
「そうですか。それでどこへ行ったとかは聞いていませんか?」
峰島は何としてでも西岡の居場所を突き止めようとしていた。
「さぁてね。そこまではちょっとわからないけど……ごめんなさいね」
大家はおばさんの微笑みで軽くあしらった。
実際は西岡から誰が訪ねてきても何も言わないように口止めされていたため、教えなかったのだ。
結局、峰島は何の手がかりも得られないままアパートを後にしたのだった。




