第十六話 撮影
その後は、何事も無くいつも通りの時間配分で日々を送った。
おかしかったのは深沢の行動だった。ここ数日の行動と同じで夜になると街に出て、夜も更けた頃に帰ってくる。深夜徘徊を繰り返す日々だった。
そして、土曜日がやってきた。この日は木村の雑誌撮影のある日だった。木村は朝から出かける準備をして、事務所へと向かった。
高木の元へ行くと、高木ももう準備を終えていた。
「おはよう。真衣ちゃん」
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
お互いに軽く挨拶を交わすと、事務所を出て高木は車を事務所の前まで持ってきた。
木村もそれに乗り込むと、撮影スタジオへと向かった。撮影スタジオまでは車で三十分ほどかかる。
その間、高木は木村の気を紛らすようにたわいない会話をしてくれていた。
撮影スタジオに着くと、『BW』のスタッフと思われる男性が二人を出迎えた。
「お待ちしてました。木村さんと高木さんですね?」
そのスタッフは軽く頭を下げてから尋ねた。木村と高木も少し頭を下げる。
「はい。今日はよろしくお願いします」
ここでも木村の前に高木がスタッフに挨拶をする。もちろん隣にいる木村もお辞儀をする。
「それでは、中の方へどうぞ」
スタッフは二人をスタジオ内へ通した。スタジオの中には一人のカメラマンがいた。
木村の目には一面ブルーの景色が広がっていた。背景の色はブルーが使われるとすぐにわかった。
カメラマンが二人に近付いてくる。
「今日、撮影を担当させていただく前田です。よろしくお願いします」
前田と名乗ったそのカメラマンを見て、先日インタビューの時に写真を撮っていた人だと木村は気付く。
前田は二人に名刺を差し出した。二人は名刺を受け取ると、前田に挨拶する。
「マネージャーの高木です。今回もよろしくお願いします」
高木が軽く会釈をすると、木村も続いて挨拶を交わす。
「先日はありがとうございました。今日もよろしくお願いします」
「あれ? 覚えていてくれましたか。よろしくです」
前田はインタビューに手一杯になっていた木村が自分のことを覚えていたことに驚きながら、笑顔で頷いた。
「えーと、木村さんをフィッティングルームへ連れて行ってあげて下さい」
前田はスタッフにそう言って、木村の方を向きなおす。
「木村さん、今日の衣装はフィッティングルームに用意してあります。着替えて、またこちらへ戻ってきて下さい」
そう言うと、前田はスタッフに目で合図をした。木村はスタッフに連れられてその場を後にする。
スタジオを出て、廊下を歩いていると、左手にフィッティングルームとかかれた部屋があった。
「それでは中で着替えてから出てきて下さい。私は外で待っていますので」
スタッフはそう言ってフィッティングルームのドアを開けて、木村を促した。
木村は部屋の中に入ると、部屋の鍵をかけた。
そして、用意されていた服が木村の目に入る。
すぐ近くにパステルカラーのパンプスとストールも置かれていた。
「すごいな」
川島の声が木村に響く。
「うん。ちょっと緊張してきた」
木村は少し不安になってきていた。それもそのはずだろう。
スタジオを目の当たりにして、衣装が用意されているわけだ。
やっぱり現実味を帯びてきたように木村は感じていた。
用意された服を見ると、「春到来!」にふさわしい花柄のワンピースだった。
木村は素早く着替えると、フィッティングルームのドアノブに手をかけた。
「頑張れよ!」
その瞬間、川島からの激励の言葉が飛んだ。
木村はコクッと一回深く頷いて、フィッティングルームの扉を開けた。
すると、スタッフが部屋の前で待っていた。
「やっぱり似合いますね! さすがモデルさんです」
スタッフは木村を見てにこやかに微笑んだ。木村は少し嬉しくなった。
「ありがとうございます」
やっぱり女性は褒められると弱い。木村の不安も少しほぐれた。
「では、スタジオの方へ戻りましょうか」
スタッフは先程の道のりを木村を連れて歩いた。スタジオに入ると、高木と前田から同時に声があがる。
「おー!」
「いいじゃない! 真衣ちゃん!」
高木が木村を褒めると、前田も二、三回首を縦に振る。
「じゃあ、そこに立ってもらえるかな?」
前田は木村をじっくり見終わってから立ち位置を指示した。前田に言われた通り、木村はブルーの背景の前
に立つ。
「ちょっとポーズとってもらってもいいかな?」
前田の言葉に木村が困るかと思ったが、少しもたじろぐことなくポーズを自然にとっていった。
この辺りは木村の性格もあってのことだろう。
撮影は小一時間で終了した。様々なアングルやポーズのショットを撮った。
「予定より早く終わりましたよ。これも木村さんの要領が良かったからですよ」
前田は木村の初仕事ぶりに満足していた。
「ありがとうございます。前田さんが撮って下さったからですよ。また是非よろしくお願いします」
木村も前田に礼を言った。社交辞令というやつらしい。
そんなやり取りをしてから前田がスタッフを呼んだ。
「木村さんをフィッティングルームへ連れて行ってあげて下さい。あと、この写真はいつ掲載されるのかな?」
前田が聞くと、スタッフはすぐに答える。
「はい。二週間後の発売になります。恐らく、数ページ割くと思いますよ」
前田は頷いて、木村を連れて行くよう促す。
「あ、いいですよ。覚えてますから。一人で行けます」
木村は親切なスタッフにそう告げた。
スタッフは少し困った表情をしたが、すぐに笑顔になって「わかりました」と返した。
木村は一人でフィッティングルームへと向かった。部屋に入ると、自分の着ていた服に着替える。
「真衣、お疲れさん」
川島の声が脳裏に響く。木村はその声を聞くと、小さくため息をついた。
「本当に疲れたよ。今すぐ変わって欲しいくらいだけどね」
木村が少し苦笑しながら言うと、すかさず川島から言葉が返ってくる。
「家に帰るまでもう少し頑張れ!」
川島の声も少し笑い混じりだった。木村の表情も疲れてはいたが、少し安心したような笑みがこぼれていた。
木村は素早く着替え終わると、スタジオへと戻った。すると、撮影スタジオの入口に高木が待っていた。
「真衣ちゃん、お疲れ様。家まで送るわ」
高木はそう言うと、木村と共にスタジオを後にした。
木村は高木の車に乗り込み、家まで送ってもらうことになった。
「どうだった? 今日の仕事は。やっぱり少し疲れた?」
高木は帰り道の車内で木村にこう聞いた。
「はい。疲れました。でも、楽しかったです。これからもこの仕事を続けていきたいと思いました」
木村は初仕事に疲れながらもこの仕事への意気込みを力強く言い放った。
「その意気よ。これから真衣ちゃんには売れっ子になってもらわないと! ただ……」
高木は語尾を濁らせた。これには木村も首を傾げる。
「ただ?」
「しんどくなったら、無理をせずにいつでも言いなさいね」
高木は木村をさりげなく気遣った。木村はこの言葉に少し涙ぐんだ。
「はい……」
そうしているうちに家の前まで着いていた。
「今日は本当にお疲れ様。発売が楽しみね。もし何かあったら連絡するわね」
高木は助手席に座っていた木村に声をかけた。
木村はシートベルトを外し、ドアに手をかけてから言葉を返す。
「はい。わかりました。今日はありがとうございました」
木村はドアを開けて車を降りた。木村が降りると車はゆっくりと走り出した。木村は軽く頭を下げる。
バックミラーから確認出来たのか、クラクションが一回鳴った。木村は車を見送ってから家の中に入った。
家に入ると、すぐに化粧を落としてベッドに倒れ込んだ。
「健太、ご飯にしよ」
木村は本当に気の抜けた声で話す。
「はいよ。お疲れさん」
川島の返事が聞こえて、体が川島のものに変化していく。
交代すると、川島は夕食の準備を始める。夕食を食べ終えると、風呂に入って早めに眠ることにした。




