魔法少女、丘で転がる。
お待たせしました、説明回続編です。
男はよく磨かれた、大鎌をわたしの首めがけて振り下ろした。
そうして、わたしの命は終わる……はず、だったのに。
ダァン!!
その時、一発の銃声が丘の上に響きわたる。
「ぐあっ!?」
その一発の銃撃と共に、男の手から大鎌が弾きとばされた。
手放す角度も計算ずくであるかのよう、わたしに傷一つ負わせる事なく、男の手から放りだされた薔薇とドクロで彩られた大鎌は……。
絶妙な角度で男の手を離れて、柔らかな草をなぎ倒しなだらかな丘の傾斜を滑り落ちていく。
それは一瞬の出来事で。
いったい何があったというのだろうかと、わたしは死を免れた感動より先に、そう思ってしまった。
「いってぇぇぇ!! 誰だぁっ、俺に傷を付けたのはぁっ!」
だがこれは、好機だ。
手の甲から血を流し、盛大にわめく男はわたしから完全に意識が逸れている。
そうして、精神的肉体的苦痛より解放されたわたしは、男の足の下から這い出て、プリティいる丘の下へと……みずから傾斜を転がり落ちたのだ。
緩やかな傾斜を落ちるわたしの耳に、それは届いた。
「……全く、僕が数日反省房に入れられただけでこの騒ぎとは、君も成長が見られないね。狂犬は結局狂犬でしかない、ということかい」
……丘のむこうから。
とても優しい声がした。
けだるくて甘く掠れた、どこか退廃的な。
転がり落ちた先で。
わたしはプリティに助け起こされながら、丘の上のやりとりを聞く。
「……なんで手前ぇが無事にいんだ、裏切り者ぉっ!?」
「君はいちいち怒鳴らねば話も出来ないのかい、ギャン・グー。『霊質』 の獲得の為に、いちいち各地で殺人事件など起こしていたら、また地下活動に逆戻りだと僕は何度も言ったね? 盟主も、君の暴走を大変厭っているよ」
青々した草を踏みしめ、ゆったりとした声で、同僚を諫める人が丘の上へと姿を現す。
それは確かに、わたしが会いたかった……あの人で。
「何の為に、組織が迂遠なプランを選んでいるか考えもしないの? 幾ら文明が後退したと言っても、君が狙うような資質の高い貴族達、エリート達の力は格別さ」
サクサクと、草原を踏んで歩いてくる彼は、男を見据えてそう語る。
「彼らは今の世界を牛耳る者達だ。だのにそれを……世界を回す支配者の掌中の玉を、殺して回るのが早い? 破滅願望でもあるのかい、君は」
呆れ声を上げる美青年は、ストックを肩に当て、銃口をしっかりと相手に向けて、不良男の方へと歩み寄っていた。
……その姿にわたしは理解する。ドエースが、あの男を撃った狙撃者。窮地のわたしを、助けた人なんだ。
しかし……。
いつもはアシメなキメ髪の銀の髪はくしゃくしゃに、シャツのボタンが幾つかちぎれて裾がズボンから飛び出しと、暴漢にでも襲われたのかとでもいう格好に、わたしの感動はちょっぴり疑問の方へと傾いた。一体何が彼の身に起こったのか。
そんな、一丁荒事をこなしてきましたって格好でも、男前度が落ちないのだから美形ってすごいな。
「るせぇっ!? オンナ使ってチマチマとカスみてぇな回収してる手前ぇが言うんじゃねぇ、役立たず!!」
「基礎研究が進んでもいないのに、資源ばかり集めてどうするんだい。そんなだから……」
下品に怒鳴る同僚をいなす、呆れ声。
「結社の特別室にまた、戻ることになる」
ため息のような声が、丘の上に落ちる。
「……っ、嘘だ」
「事実さ」
アンティークな外装のライフル銃の銃口を、愕然とした表情で動きを止めた不良男に向けるドエースは端的な物言いで、いつものけだるげな表情を、不快に歪めた。
彼は次第に、わたしの滑り落ちた丘の下を庇うような位置へと、回り込み始める。 そんな、極めて冷静な動きをしながら……。
おかしな事を言い出す。
「それにね、その子は殺させない。僕は、その子が……当代の魔法少女が、とても気に入っているんだよ。これから必死に口説いて、一生隣に置いて。平和に長く良質の『霊質』 を得ようとしているんだ」
これは、とんでもない爆弾だ、わたし的には。
「これは盟主も同意していてね? 僕の計画は、既に折り込み済みの案件なんだ」
わたしは丘の下でプリティと並んで草原に座り込みながら、それを聞く。
「……口説っ……!!」
わたしは絶句し、草露に汚れた頬が、早まる鼓動に熱くなる。
「ご主人!! また性懲りもなくあやつに絆されおって!」
隣で何かプリティが言ってるけど、それどころじゃないよ。
それでなくとも、危機一髪を助けられ。
それでなくとも、またわたしの願いを知らず聞き届けてくれた……彼は、わたしの恩人なんだよ。
わたしが顔を真っ赤にし、ドエースの言葉にドキドキしてる間も、丘の上では話が続いている。
「結社に処分された身で、よく言うなぁ!? こんなゴミクズを気に入ってるたぁ、ショボい作戦をチンタラ回すゴミクズだけあるぜ、ハッ、クズ同士お似合いだ!」
「それはどうも。三年も結社の監視の下、特別室に詰めていたセンパイに言われると、大変含蓄がある言葉だね。再びあそこに戻りたいとは、余程監獄暮らしは快適だったのかい?」
「るせぇ!? 俺は力を温存されてただけだっつーの!!」
負傷した手を押さえながらも、優れた体捌きを見せつけ、さっと身を屈めた姿勢から素早くドエースへと近づくと、ローキックを繰り出す不良男。
ひょいと軽くその蹴りをかわしたドエースは、男の体勢が崩れたのをいいことに、軽い足取りで位置調整。不良男を引き離して、ハァとわざとらしい息を吐き。
「折角、纏まった長期休暇を頂いたからと、求婚の根回しの為にあちこちの国を回ってたら、これかい? 目を離すと、君は本当に……ずさんで無駄な傷害事件ばかり起こすんだから、理解に苦しむよ」
堂に入った狙撃体勢で銃口を不良男に向け直し、ゆるゆるとした独特の口調で、またわたしの心揺るがす事をさらりと言う。
当然わたしは丘の下、彼の言葉に操られ、一段と熱を上げてしまう。
「求婚…っ!!」
両手で頬を押さえてイヤイヤと頭を振るわたしは、多分、傍目でみて気持ち悪いぐらい乙女してる。
「ご主人っ! 気をしっかりと持てというに!!」
ゆさゆさと肩を揺すぶられるけど、わたしはもう乙女心の暴走に、ドエースしか見えない。
一方、丘の上では不良幹部が青筋を立てていた。
「チッ、手前ぇのクソとろい計画なんてどうでもいいんだよっ! それよりよくも俺を傷付けやがったな、テメェは散々いたぶってから殺してやる!」
彼に撃たれた手を押さえて叫ぶ、同僚だが。
殺意の籠もった目を向けられたドエースは気のない素振りで、冷酷に。
「それはいい。歯向かってくれるなら、僕も自衛の為だと言い訳が出来る」
不良幹部を斬って捨てる。
「それに……君が暴走して、事を起こすようならその阻止に生死を問わぬと言われてるからね」
「……ッ! 知った、ような、口を」
その内容に、不良男は言葉を詰まらす。
「いいや、君も理解してる筈だよ? 結社も黙ってないと。だからこそ、ずさんながらも隠蔽計画を練っただろう。でも選んだ相手が最悪だったね……あの子らは僕に懐いてるから、何でも相談してくれる」
「……クソ、あのアマぁ口を割ったのかよ、クソが、役に立ちゃしねぇ」
男は最悪だ、とばかりに汚い言葉を吐き捨てる。
「まあ、それでなくとも、僕の大事な子に手を出した時点で、僕は君を確実に処分出来るように動いていた訳だけれど……本当、いつも君は、選択を間違うよね」
「……るせぇ、オンナを誑かすしか能の無い手前ぇなんかが、俺を嗤うなあっ!」
男は吠え、がむしゃらにドエースへと殴り掛かる。
……丘の上では、とてつもないシリアスな状況が続いている。
分かってる、分かってるけど。
わたしはそれどころじゃない。
余りにも決定的な事を、言われてしまった。
口説くと、求婚する、と。
ドエースの、余りにも饒舌で情熱的なわたしへの求愛に、わたしの乙女心は暴走寸前だ。
「ご主人っ、あんな破廉恥な男に耳を貸すでないっ!!」
それより、何より。
また彼に会えたことが、嬉しくて……。




