6話 昭和16年12月7日その4
ずずぅ~…… もぐもぐ…… ずずぅ~…… もぐもぐ……
更に引き続き、昭和天皇と羊羹をつつきながら、お茶をいただきながら駄弁っております。この空間は和みますね。
もう真珠湾攻撃開始まで、あまり時間は残されていません。
「そういえば、ハルノートって日本側に手渡されたの以外に、元々はもう少し日本にも配慮した原案があったみたいですよ」
まあ、私はハルノートの内容がそこまで日本にとって厳しすぎる内容とまで、そこまでは思えないので、なんでこんな程度の要求で日本側がブチ切れたのか、イマイチ理解が及ばないのですがね。
結局のところ、今まで流した血を無駄にするのを世間に批判されるのが怖かったのだと思います。戦前の日本人って放火や焼き討ちが大好きですしね。
しかしそれで、アメリカと戦争して更に十倍以上の血を流すのだから、もうね、呆れてしまうわけなんですよね。
もっとも、この時代の日本人と私とでは価値観が違いますので、一概に批判することはできないとは思いますけど。
「そのハルノートの原案を修正して我が国を煽ったのが、アカのシンパということか……」
「ついでに蒋介石も日本が不利になるようにと、ロビー活動をしていましたね」
「蒋介石は我が国と戦争中だから、当然ながら我が国の足を引っ張ってくるだろうな」
「そもそも、日本は支那に拘りすぎなんだと思います」
そもそもの話、中国大陸は中国人のモノであって、日本人のモノではない。
それを理解してない、または理解したくない、業突く張りの日本人が最大の問題だと思いますね。
あんな魔境に首を突っ込みたがる人の気が知れません。
租界の中だけで大人しく商売が出来れば、べつにそれで構わないと思うのは、私がこの時代の日本人ではないからなのかも知れないけどさ。
でも、逆の立場だったら、日本人も中国人に反感を持つでしょ?
つまり、移民の禁止、外国への渡航も厳しくするとか、世界中で外国と外国との人の往来を制限すれば、世界は平和になるという寸法であります。
まあ、現実問題としては、経済活動が停滞するから無理なんだろうね。
「支那通やアジア主義者、支那に利権を持つ連中が幅を利かせているのが頭の痛い問題と理解はしているよ。少なくとも僕はね。政治家や軍人は知らんけど」
「それらの欲の皮が突っ張った連中が纏めて死んでくれたらいいのに。ついでにアカや極右に軍国主義者も」
「桜子さん、それはまた過激な発言だね」
あ、大陸不介入の支那通の人は必要ですので、死なないで下さいませ。
「でも、それらの連中が纏めていなくなれば、国内も静かになるとは思いませんか?」
「まあ、それは確かにその通りだけど……」
日本人って熱しやすくて冷めやすいし、極端から極端にブレる民族性だから、荒療治も意外と上手くいくような気がするのですよね。
敗戦という荒療治は見事なまでに、日本人を大人しくしましたしね。
まあこの方法は、アメちゃん頼みでしたか。
そして、そのアメちゃんを怒らす時間が刻々と迫っているのですよね……
「話をハルノートに戻しますけど、あと二時間ぐらいでタイムリミットですね」
「タイムリミット?」
「夜の10時ぐらいまでに、開戦の中止を決定しないと間に合わなくなりそうですので、あと二時間程度の猶予ということです」
「うん……」
いまが夜の8時過ぎだから、6時間後には第一次攻撃隊が真珠湾に向けて発艦し始めているでしょうしね。
「といいますか、マレー方面ではもう既にイギリスの哨戒機を撃墜しているはずです」
「なんと! まだ宣戦布告前ではないか!」
おそらくイギリスの哨戒機は、中国との戦争で日本軍が占領した地域か、インドシナの日本の勢力範囲近くを偵察していたのだと思います。
だから、ギリギリ自衛の為と言い訳できる範囲ということなのかな?
「宣戦布告といえば、アメリカもイギリスも日本が宣戦布告するのは知ってましたよ」
「もしかして、暗号が解読されている?」
「はい。パープル暗号、外務省の暗号にアメリカ側が付けた名前ですね。この暗号は98%ぐらい解読されていたという話ですから」
わざわざドイツが親切に、日本の外務省の暗号が解読されていると教えてくれたのに、外務省は使い続けていたんだっけ?
そういえば、海軍の暗号もかなりの部分が解読されていましたね。
だからアメリカ軍は、ミッドウェー海戦で先手を取れたし、山本五十六をブーゲンビル島上空で待ち伏せできたのでしょう。
つまり、使い捨てのワンタイムパッドが最強ということですね!
「なんということだ…… それでは、ハワイでアメリカ軍が手ぐすねを引いて待ち構えているということになるのか……」
「いえ、日本が戦争を仕掛けてくるとは分かっていましたけど、ハワイが攻撃されると思っていたアメリカ人は少数でしたので、真珠湾攻撃は一応成功しました」
そう、真珠湾攻撃は中途半端に成功しちゃったんですよね。
空母は不在で討ち漏らしていますし、撃沈や大破着底させた旧式戦艦も二隻を除いて、最終的には戦列に復帰しちゃいましたしね。
まあ、アメリカも意固地になって、旧式戦艦を修復させたみたいですけど。
それと、港湾設備と重油タンクが攻撃の対象外だったのが解せん。
まあ、日本側からしてみれば、石油タンクは地下に埋めるモノと認識していたみたいなので、同情の余地は多少あるのがも知れないけど。
でも、真珠湾奇襲なんて、どうせ一回こっきりしか通用しないのだから、やるなら徹底的にやっとけばよかったのにとか思わなくもない。
「成功したのか。しかし、一応?」
「宣戦布告の通達が真珠湾攻撃の一時間ぐらい後になっちゃったんですよ」
「それでは騙し討ちをしたも同然ではないか……」
「実際にアメリカは、リメンバーパールハーバーを合言葉にして、日本に復讐を誓いましたね」
まあ、真珠湾攻撃が宣戦布告の後だったとしても、48時間後から戦闘を開始する国際慣習に則ってなかったら、騙し討ちと非難されても仕方ない気もしますが。
「その真珠湾攻撃の代償が、300万という死者の数ということなのか……」
「だから今からでも開戦を中止してほしいのが、私の本音ではあります」
「僕も本音では戦争に反対だよ。だけど、僕一人が開戦の中止を訴えたところで、一度作戦を開始して動き出した軍隊を止めるのは難しい」
「ラジオ・トウキョウで開戦中止を伝達するのは間に合わないのでしょうか? 当然、陸海軍の無線にも呼びかけますけど」
でも、独断専行で既成事実を積み重ねて行くのが、十八番の人間が多数いるのが問題なんだよなぁ。
そして、たとえ独断専行だったとしても、成功すればお咎めなしどころか出世もできるのだから、みんな味をしめちゃったのでしょうね。
しかし、横並び大好きな日本人はどこに行ってしまったのでしょうか?
「たった二時間で関係各所に根回しをするのは、ほぼ無理な注文なんだよ」
あ、これはもう開戦やむなしと諦めちゃっている感じがしますね。
「陛下の鶴の一声で何とかなりませんか?」
現人神である天皇陛下が、『米英との開戦は中止!中止! 部隊は帰投せよ!』とか、ラジオ・トウキョウで繰り返し叫んだら、現場の将兵も思いとどまるような気がするのは、甘い見通しなのかな?
「僕は現人神とか呼ばれているけど、実際にはお飾りに毛が生えたようなモノなんだよ」
「あー、君臨すれども統治せずってヤツでしたかー」
「うん、そんな感じ」
そっか、私が思っていたよりも戦前の天皇って絶対的な君主ではなかったということでしたか。




