5話 昭和16年12月7日その3 3/15加筆
ずずぅ~…… もぐもぐ…… ずずぅ~…… もぐもぐ……
更に引き続き、昭和天皇と羊羹をつつきながら、お茶をいただきながら駄弁っております。この空間は和みますね。
もう対米英開戦を阻止するのは半分ほど諦めました。
「そういえば、ゾルゲってもう逮捕されてましたっけ?」
「ゾルゲ? ああ、彼なら10月の半ば頃に逮捕されているよ」
えーと…… ふむふむ…… 検索したら確かに、10月18日に逮捕とか書いてありますね。
せっかくの高性能なピコマシンボディも、私の頭が人間的な思考だから、能力を十分に使いこなせてないのが問題ですね。
「そのゾルゲとかいうソ連のスパイがどうかしたのかな?」
「盧溝橋開戦からこの方、日本が戦争へと突き進む道に、陛下は違和感を覚えたことはありませんでしたか?」
「それは確かに、打つ手打つ手が裏目に出たり悪手だとは…… まさか、コミンテルが裏で暗躍していたのか!?」
「全部がコミンテルのせいだとまでは言いませんけど、この流れの大枠を作ったのは共産主義者どもでしょうね」
コミーという宇宙人は、敵の内部に浸透するのが異様に上手い生き物だと思います。
そして、情報を盗み出したり扇動やら内部分裂やら破壊工作やらをやらかすのですよ。
共産主義革命を達成するためには、何をやっても許させるんですって!
とっても素敵ですね。私も赤い貴族になっておこぼれを頂きたいモノであります。
まあ、粛清されなければという但し書きは付くのですけど。
共産主義ってみんな平等のはずなのに、なんで特権階級が生まれるのか不思議ですよね?
「なんたることだ……」
「第二次上海事変から不拡大方針を撤回して、全面戦争に突入させたのは誰でしたっけ?」
「そういえば、珍しく陸軍は反対しておったな。近衛と米内が強硬だったと記憶している」
「ゾルゲ事件で逮捕された尾崎という新聞記者は、近衛首相の政策ブレーンでしたね」
「まさか、その尾崎が近衛を唆したとか?」
「当時の書記官長だった風見もでしょうね。彼もまた共産主義者ですから。昔、自分が主筆の新聞でマルクス賛美を連呼していましたよ」
「なんだと!? 風見がそんな人間だとは聞かされてないぞ!」
あー、やっぱり陛下も、共産主義者は嫌いだったんですね。
しかし、君主制とは相容れないのだから当たり前でしたか。ロシアでは帝政が倒されてますもんね。
「盧溝橋事件が現地で一度停戦となり、不拡大方針も打ち出したにも関わらず、北支事変と称して派兵させるように仕向け、陸軍が要求してもいないのに大盤振る舞いで臨時の陸軍予算を付けるよう近衛を唆したのが、おそらくは尾崎と風見でしょうね」
臆病な麻呂が一人で、そんな重要な決断をできるわけないしね。
「なんで、そんな人間が書記官長や司法大臣に就いているのだ!」
「さあ? お公家さんの趣味じゃないですかね?」
「まったく近衛も人を見る目がない! 政権内部にまでアカが浸透していたとは由々しき事態だ」
どうどうどう、陛下落ち着いてくださいませ。まあ、煽ったのは私なんですがね。
それに、アカの浸透といえば、この時代ではアメリカもイギリスもドイツも大概でしたしね。もっとも、ドイツはアカ狩りでほぼ排除されちゃったけど。
「それと、トラウトマンの和平仲介を潰したのは、近衛と広田に米内がメインで潰したはずでしたね?」
「そうであったな……」
「広田弘毅はアジア主義者、米内光政はソ連寄りの人間です」
「広田は玄洋社に縁がある人間だからそうなのであろうな。しかし、米内がソ連シンパ?」
「過去にソ連寄りの発言はしていますね。それと、米内光政と風見章は仲が良いようで、しばしば会合を持っていたようですね」
「そう繋がるのか……」
「米内さんがソ連のスパイとまでは言い切れませんけど、女好きだから、誑し込まれたのだと思いますよ」
寝物語とかで、『上海在住の日本人は大変そうですね。いざとなったら軍が助けてくれるのでしょ?』とか聞かれたら、『当然だよ。助けるとも!』とか言って、オジサンは張り切っちゃうのでしょうね。
この程度の言葉でも思考を誘導することは可能なのだから、ハニートラップって性質が悪いわ。
「絆されて誑かされたということか」
「私の想像でしかありませんけど、当たらずとも遠からずかと」
「近衛はどうなのだ?」
「お公家さんは夢想家で全体主義者でしょうかね? あの人は基本的に地に足がついてない、無定見で無節操な風見鶏だと思いますよ。腰が定まらないから、都合が悪くなれば直ぐに椅子を投げ出しますしね」
「腰が定まらないとは言い得て妙だね。近衛の認識は僕も似たような所見だよ」
結局のところ、その立場に相応しい人間が、その地位に立って指導力を発揮できなかったのが、この時代の日本の悲劇だったのでしょう。だから、最終的に後の破局に繋がっていったのだと思います。
地位が人を作るのではなく、歴史という運命が位打ちを連打しているような状況でしょうか?
「これで、日本が泥沼に嵌っていった過程の辻褄が合ったような気がしませんか?」
「これでは皆が、我が国を破滅させたいと考えているとしか思えんぞ」
悪意のある人間は現状の日本を破滅させたがっているのでしょうけど、くだんの三人はそこまで考えて行動したわけではないと思います。
良かれと思ってやった行動が結果的に誘導されていただけだった場合が大半なのでしょうね。後は己の欲や保身とかでしょうか?
「それで、日本が中国、いえ、この時代では支那でしたね。日本が支那で泥沼に嵌ればシベリアが安全になります。そうなれば、極東シベリアに張り付けていた赤軍をモスクワ防衛に回せます。日本をアメリカと戦争をするように仕向けたのも同じ理由ですね」
「うーむ、そう言われてみると独ソ開戦以外は、ソ連の都合が良いように動いているのが理解できるな」
「ちょうど一昨日頃から、モスクワ近郊でソ連軍の反撃が始まっているはずですよ」
「その話、僕はまだ聞いてないぞ?」
モスクワの日本大使館にもまだ情報が集まってないから、本国に情報を送れないのでしょうね。あの国はガチガチの秘密主義ですから。
外国人が勝手に外を出歩いただけでスパイ扱いされかねませんので、ソ連で情報収集することは非常に難しいと思います。
そのくせ自分たちは外国で好き勝手に暴れているのだから、まったく嫌になっちゃいますよ。
「モスクワの手前25キロの地点がドイツ軍の攻勢限界点でしたので、ある程度ドイツ軍を押し返してモスクワ近郊の都市でも奪還すれば、当局から堂々と発表する予定なのでしょうね」
「つまり、ドイツ軍はモスクワを落とせないと?」
「そうなりますね。結果的には日本が同盟国であるドイツの足を引っ張る形となりましたし」
「まあ、自動参戦義務がないのだから、ドイツには諦めてもらうしかないかな。それに、独ソ戦はドイツが勝手に始めた戦争だよ」
日独伊三国同盟は評価できないけど、唯一褒めるべき点があるとすれば、自動参戦条項を形骸化したことだと思います。
もっとも、参戦義務があって日本がソ連と開戦していたら、ウラジオストックの港が使えなくなるので、アメリカからの援ソ船団が到着できなくてモスクワが落ちていた可能性は高いでしょう。
でも、モスクワが陥落したからといって、ソ連は降伏しないでしょうね。
「しかし、ドイツからは対ソ連戦に参戦しろと催促が届いてませんか?」
「陸軍はノモンハンで、ソ連恐怖症に罹患したみたいだよ」
「つまりドイツの要請を、まだ全然準備が出来てないとか言って、のらりくらりと躱しているということでしたか」
日本が参戦すれば、極東シベリアに展開しているソ連軍の大部分も欧州方面に移動させられませんしね。
しかしその分、満州の北半分はソ連軍に蹂躙されていたかも知れないけど。
チハ対T-34って、どんな罰ゲームですかね?
まあ、現時点でいえば、極東のソ連軍はスカスカだとは思うけどね。
「普段は威勢のいいことばかり言っているのに、おかしいよね?」
「自分勝手に"畏れ多くも"ってセリフを乱発している姿が目に浮かびます」
「あっはっは、僕の意思は微塵も含まれてなさそうなのが、まったくもって救いようがないね」
君主は孤独ってヤツなんだろうね。国のトップって絶対に罰ゲームだよなぁ。
「畏れ多くも! 大元帥陛下の御宸襟を悩ますは不忠の極み! 拠って掛かる困難を打ち払い支那を我が帝国の手中に収めん! こんな感じで都合良く言ってそうですよね」
「血の気の多い尉官や佐官は、本当にそう言ってそうで怖いよ」
「日本軍は口だけなら、世界を征服できそうな気がします」
「はぁ~、本当になんでこんな危なっかしい国に変貌してしまったのかな? 僕が若い頃の日本は、もう少し明るい国だったんだよね」
「主な原因を挙げるとすれば、海軍軍縮条約と大恐慌に満州事変でしょうか?」
日本は開国以来、日清日露に第一次大戦と、大きな対外戦争で負けを知りません。だから、勘違いして欧米列強なにするものぞと、気が大きくなっている人が多いのでしょうね。
あと、アジアで唯一の列強という誇りでしょうか? その誇りで、他のアジア人を下に見ているのだと思います。
アジア主義も、アジアを欧米列強の植民地から解放とはいっても、結局のところ、日本人が上の立場で、他のアジア人を下の立場に置きたいだけのような気がしますしね。
そういう視点に立って見ると、満州や支那で日本人が傲慢に振る舞っているのも理解できるのかな?
ようするに、政治家、軍人、国民全体が未成熟だったのでしょう。
まあ、日本人が浮ついているのは未来でも似たようなモノだとは思うけど。
「満州事変…… まったく好き勝手ばかりしおって!」
陛下の機嫌が急降下しちゃいましたよ。満州事変は、二・二六事件の次に地雷っぽいですね。
ここは一つ、話題の転換を図りましょうか。
「そういえば、アメリカの国務省や財務省の内部に、アカのシンパがうようよといるって知ってました?」
いまならベノナファイルに載っているアカのスパイも判りますけど、アメリカに恩を売る必要もなかったのでしたか。
でも、講和交渉の材料としては、使えるかも知れませんね。
それにつけても、意識高い系のインテリ層の人間と共産主義って親和性が高すぎやしませんかね?
「なに? これだから、アカは信用ならんのだ。我が国も気を付けねば」
「日本の官僚は共産主義というよりも、官僚型の計画経済、国家統制経済を目指している人が多そうですね。つまり、社会主義ですね」
「社会主義も危険ではないのか?」
まあ、国家社会主義ドイツ労働者党。そこまで突き抜けて逝ってしまうと危険だとは思いますけど。
「戦後の高度経済成長から昭和の最後まで、日本が外国からなんて呼ばれていたと思います?」
「桜子さんのその言い方だと、社会主義なのかな?」
「世界で唯一成功した社会主義国とか、皮肉を込めて呼ばれていたりしたんですよ」
ちなみに、この皮肉を込めた呼ばれかたって、私は大好きだったりします。
「つまり、ソ連は成功しなかったと?」
「最終的に社会主義や共産主義は、ロシア人の肌には合わなかったみたいですね」
まあ、冷戦やらアフガン侵攻やらで軍事費の支出が積み重なって、最後は勝手に自爆したような気もしましたけど。
「でも、日本人の肌には合ったんだね」
「社会主義が日本人の水に合ったとしか言いようがありません」
「社会主義が日本人には合うのか。ふーむ……」
日本人って個人主義じゃなくて、集団主義だから社会主義もどきに適応できたのかも知れません。
もっとも、21世紀の日本人は、かなり個人主義的になってきているとは思いますけど。
「でもその実体は、社会主義の皮を被ったバリバリの資本主義経済に官僚主導の指導が入って、みんなで仲良くお手手を繋いで横並びの護送船団方式を取ったからなのですがね」
「護送船団方式?」
「ほら、日本って村社会だから、他人の目を異様に気にするじゃありませんか?」
日本社会は村社会だったからこそ、みんな村八分を恐れて横並びになって、社会主義との親和性が高かったような気がしますね。
もっとも、21世紀の日本には村社会なんて、ド田舎ぐらいにしか残ってないとは思いますけど。
「そういえば、出る杭は打たれる社会とか習ったな。だから、みんなで仲良く横並びになるのか。なるほど、勉強になるよ」
「まあだからこそ、誰も責任を取りたがらないから、いつまで経っても何も決まらないとかという悪癖もあるのですが」
「何かを決めるのに時間が掛かるのは、その通りだと思うよ。僕もイライラさせられることが度々あるから、それってよく分かる話だなぁ」
まあ、DNA的に同じ日本人なんだから、百年未満の時間では民族の性質なんて、そうそう変わるわけがないよね。
茶飲み話から動かない… でも、あと数話も続くのだ…
サクサク書けないのは悪癖だよなぁ




