20話 追浜飛行場にて その1
昭和16年12月下旬 横須賀 追浜飛行場
今日は横須賀にある海軍の追浜飛行場にお邪魔しています。
太平洋戦争は、先日攻略に失敗したウェーク島に対して第二次攻略戦を仕掛けて、見事に攻略に成功してウェーク島を占領したとのことでした。
アジア方面に目を向ければ、昨日の時点で香港が陥落しています。
ここら辺は、私の歴史と同じ日程を消化しているみたいですね。
だから、ドイツとイタリアは本当ならばしなくてもいいはずの、アメリカへの宣戦布告なんかも、当然ながらとっくの昔にしちゃっています。
日本の真珠湾攻撃の成功と、マレー沖海戦で戦艦を二隻撃沈したことで、舞い上がってしまったのかな?
もっとも、ドイツから宣戦布告しなかったとしても、遅かれ早かれアメリカの方からドイツに対して宣戦布告していたとは思いますけど。
だからヒトラーも、どうせアメリカと敵対するのであれば、早めに攻撃したほうがマシと考えたのかも知れません。
ヒトラーが宣戦布告した理由は、アメリカからのレンドリースを積んだ船を早めに多く撃沈しなければ、イギリスとソ連が強化されてしまうからなのでしょうね。
アメちゃんもイギリスの船団に、アメリカ国旗を掲げた商船を平気で紛れ込ませたりしていましたもんね。
まあ、ドイツからの宣戦布告はアメリカからしてみれば、宣戦布告の口実を作る手間が省けたと喜んだだけのような気もしますが。
その一方で、アメリカに宣戦布告したと聞いたドイツの軍人で現状をちゃんと認識している人は、お通夜モードだったんだろうなぁ。ご愁傷様です。
でも、日本は悪くありませんので、苦情ならオーストリア出身のチョビ髭伍勤上等兵に文句を言ってくださいませ。
それで現在、東京湾の上空を試験飛行している零戦を眺めているところです。
外付け落下燃料タンクである増槽と、爆弾を装備していない以外は、ほぼフル装備の全備重量でのテストになります。
ようは、空戦時の状況に一番近い重量でのテストということですね。
双眼鏡を覗き込んだり、目のいい人は額に手をかざして空を眺めています。
私はというと、普通に空を見上げているだけです。私の視力はピコマシンのおかげで倍率も自由自在ですので、双眼鏡なしでも双眼鏡で見ている以上に詳細に見えるのですよね。
神の目(丙)といった感じでしょうか?
「おおーっ! 追いついて追い抜いた!」
「速いな。300ノットを超えているのではないか?」
空技廠の技術屋のオジサンたちも大喜びでなによりです。
300ノットは時速に換算すると、555kmですね。通常の零式艦上戦闘機二一型の最高速度が、533km/hでしたので、4.5%程度のスピードアップになります。
まあ、追い抜いた機体は、300ノット以上出ているのですがね。
追い抜いた機体も追い抜かれた機体も、エンジンは同じ栄一二型で、940馬力になります。
ひ、非力だ……
「いや、もっとだ。310ノット近くは出ている感じがするぞ」
正解です。私のピコマシンの目で測定した結果は、571km/hと表示されていますので、308ノットですね。だから正確には、7%のスピードアップということです。
はっきりいって、この追い抜いた方の機体はもう既に零戦ではなく、新型の別の機種といっても過言ではない性能アップを果たしてしまいました。
いやまあ、零戦なんですがね。五二型に近い性能といった感じでしょうか?
テストをした結果の順番としては、21世紀のハイオクガソリン > 21世紀の添加剤を入れたこの時代のガソリン > この時代のガソリンに四エチル鉛を加えたハイオク。こんな感じでした。
オクタン価でいえば、100、96、91といったところでしょう。
「これが、100オクタン価と高性能オイルの力ということか……」
「通常使用しているガソリンもオクタン価91とは公称しているけど、実質は精々87程度だもんなぁ」
「オイルもペンシルベニア産のグリーンオイルが欲しいよ」
まあ、ペンシルベニア産パラフィン系の最高級オイルが欲しいという、その気持ちは理解できるよ。
「その高性能の航空ガソリンやオイルを大量に生産している国に、戦争を仕掛けるなんて無謀だよなぁ」
「その国から禁輸されたからだろ?」
「まあ、そうなんだけどさ」
しかし、たとえアメリカに戦争を仕掛けても、その高品質なブツが手に入るわけではないのですがね。
日本が南方を占領したところで、硫黄分が多い低品質の原油しか手に入れることはできないのだから。
軍艦乗りは、重油が手に入って大喜びだとは思いますけど。
でも、飛行機乗りからしてみれば、微妙な油田のような気がしますね。
まあ、油田が無いよりかは、マシではありますけど。
「竹山技術顧問、このオクタン価100の航空ガソリンと高性能オイルは、何処で手に入れたのですか?」
おっと、私に話を振ってきましたか。竹山技術顧問って呼ばれるのは新鮮ですね。一瞬、誰のことなのか考えてしまったよ。
「対米開戦前の禁輸される前に、アメリカから取り寄せました」
嘘は言ってないよ、嘘は。戦争や禁輸はされてないけど、実際に取り寄せているしね。
まあ、取り寄せたのは、未来の日本からなんですがね。でも、オクタン価向上のブースト添加剤はアメリカ製だから、少しは本当のことだったりもするのかも知れません。
「では、我が国で作ったわけではないと?」
「残念ながらもそうですね」
「うーん、我が国の技術力では、やはり厳しいのか……」
基礎の科学や化学の技術力や工業力の殆どの分野で、日本は欧米先進国に比べると十年や二十年遅れていますし、厳しいのは仕方ありません。
「航空ガソリンには、四エチル鉛を添加しているのですよね?」
もっとも、四エチル鉛がどういったモノなのかまでは知らんけど。
四エチル鉛の現物も見たことないですしね。
ピコマシンを通じて知識としては知っているけど、私には実際にその専門分野を勉強や研究をしたという経験がありませんしね。
つまり、私の知識は、畳の上の水練。それ以下ということになります。
「その通りですが、なにぶんにも毒性の強い危険な物質だから製造に手間が掛かって、十分な量を添加出来てないのが現状ですね」
なるほどね。だから、日本のガソリンはアメリカのガソリンに比べてオクタン価が低かったのか。
まあ、それだけではなくて、原油の産出地の成分の問題とかもあるとは思うけど。
でも、私が未来からハイオクガソリンを取り寄せるのにも限度がありますので、この時代でオクタン価を高めることが出来るのであれば、この時代で製造するほうが効率的であります。
私が未来からガソリンを購入する場合、ハイオクってリッターあたり税込みで、159円もするんですよね。零戦二一型の燃料タンク525リットルを満タンにすると、83475円も掛かるのだ。
二十円金貨一枚では足らないのです。しかも、これは一機の一作戦分での金額なのですから、一度の作戦に数十機の零戦が活動するし、戦争終結までのトータル費用を計算したら眩暈がしてきちゃいますよ。
だから、空戦開始時に投下して捨てることになる、増槽に入れるガソリンはレギュラーで我慢してもらおう。低オクタンから高オクタンのガソリンに切り替えたら、ノッキングしそうな気もするけど。
高オクタンから低オクタンじゃないから、もしかしたら大丈夫なのかも知れないけど。
それにしても、消費税だけではなくて、ガソリン税まで取られるとは……
漁船が使う軽油には軽油税が掛からないように、航空ガソリンには、ガソリン税って掛からないのではなかったの?
ひょっとしたら、ガソリンスタンドのホームページの燃料予約販売から買ったのが不味かったのかも知れません。まあ、ガソリンスタンドの小売りは自動車に給油するのが前提なので、仕方ないのかも知れないけど。
チェーンソーや草刈り機に小型の発電機とかで、少量のガソリンを携行缶で購入する人が、自動車で使用するガソリンではないので、道路特定財源であるガソリン税は払わないとか、普通はわざわざ言いませんもんね。
つまり、ガソリンの用途までは斟酌してくれないということみたいでした。
もっとも、道路特定財源は、一般財源化されたみたいだけど。
しかし、節約しようと思ったら購入先を変更するしか、ガソリン税をちょろまかす方法はなさそうですね。
石油元売りから直接買えないかな?
それと、問題があった。私がガソリンスタンドからガソリンを買って給油した時に思ったのだけど、1秒間に3リットルしか異空間から給油できないのですよ!
3500リットルの燃料タンク車に給油して満タンにするのに、二十分も掛かりましたので間違いありません。
それでも、実際のガソリンスタンドで給油するよりも早い気がしますね。
本物は1秒間で1リットル程度しか給油できなかったはずですので。
まあ、異空間から取り出した給油ホースをタンクローリーの穴に差し込んで、一度レバーを握れば放置していても構わなかったので、満タンになるまでボケ~っと眺めていただけではあったのですが。
しかし、3.5キロリットルとは、零戦7機分程度しか満タンにできない量でしかないのですよ。70機分で200分、350機分で1000分。
つまり、16時間以上……
こんなのまどろっこしくて、やっていられません!
オマケに陸軍機の分もあるのだから、給油するだけで一日24時間じゃ足らないではありませんか。
つまり問題は、私がハイオクガソリンを供給するのが現実的ではないのだから、どうにかしようと考えているのでした。
四エチル鉛が足らないとなると、どうしましょうかね? ニトロでブーストを掛けるぐらいしか思いつかないぞ。
ちなみに、ニトロはニトロでも、ニトログリセリンではありませんよ?
燃料ブーストを掛けるのは、ニトロメタンです。
でも、ニトロメタンを使うのって、自動車レースとかでも使っているのだから、意外といいアイデアのような気がしてきました。
ダメ元で提案だけでもしておきましょうか。塩梅が悪かったら、また別のアイデアを考えればいいのだしね。
「ニトロメタンは試してみましたか?」
「ニトロメタンですか? いや、ニトロメタンが効果があるとは初耳です」
燃焼させるのに時に必要な酸素消費量が少なくて済むのが、ニトロメタンの特徴みたいです。
まあ、うぃき先生の受け売りなんですがね。
しかし、ニトロメタンは空気の薄い高高度での燃焼が可能なのだ!
つまりそれは、高高度でのレシプロエンジン搭載の航空機の性能低下が小さいということに他なりません。
高高度性能が低かった日本軍機にとって、ニトロメタンは起死回生の起爆剤のような気がしますね。たぶんだけど……
「ニトロメタンを0.1%ガソリンに添加するだけども、変わるはずです」
「ふーむ…… そう言うのであれば、一応試してみますか」
何事もトライアンドエラーの積み重ねなのだから、頑張って下さい。
もっとも、ニトロで強制的にブーストを掛けると、エンジンの寿命が短くなるような気もしますけど。
「それと、ニトロメタンを混合したガソリンを使用する場合は、排気管の末端をやや外側に向けたほうがいいと思います」
推力式単排気管の排気ガス推力の効果が失われない程度にだけどね。
それか、耐熱合金板を張ったほうが効果的かな?
というか、もしかしたら推力式単排気管を装備した機体って、日本軍機にはまだなかったかも知れません。
零戦だと五二型からでしたね。昭和18年になってからかぁ。
推力式単排気管はロケット効果があるから、推力式単排気管を装備していない機体に比べると、速度が20km/hぐらい速くなる効果があるんだよね。
それか、Fw190タイプの排気管のほうが効率は良いのかな? 五式戦がFw190を真似していましたしね。
これは早めに、集合式排気管から設計を変更するようにと言っておかねば。
「それはまた何故です?」
「燃焼しきれなかった水素と一酸化炭素が排気管の出口で空気に触れると火を噴きますから」
「なるほど、道理ですな」
ドラッグレースのマシンが火を噴きながら走っている、アレと同じ現象ですね。
「それと、オイルに硫化モリブデンは試してみましたか?」
「二硫化モリブデンがオイルの品質向上に効果があると?」
「硫化モリブデンは摩擦係数が低いですから、オイルの添加剤に最適かと」
「ああ、なるほど。それは確かに潤滑油には必要な要素ですね」
「輝水鉛鉱なら日本でもそこそこ採掘できるはずですから、試してみる価値はあるかと思います」
検索したら、岐阜県の白川村にある平瀬鉱山や島根県の大東鉱山とかで、そこそこの量の輝水鉛鉱が採掘できたと書いてありました。
なんでもかんでも私が未来から物品を取り寄せるよりかは、この時代で可能なことは、この時代でやるほうがいいと思いますしね。
もしかしたら、この時代の日本でもニトロメタンや硫化モリブデンを試していたのかも知れないけど、この世界線では未知だったということでw




