19話 昭和16年12月中旬その6
「はぁ~、戦争中なのに綱紀粛正に余分な時間を取られるだなんて、頭が痛くなってきたよ……」
未来の頭痛薬いります? 半分は優しさでできていますよ?
それはそうと、精神注入棒で話が脱線してしまいましたね。
今は輸送船団の護衛の話のほうが重要なのでした。
「それよりも、商船の運航に関してですけど、よろしいでしょうか?」
「ん、続けて」
ちょっとやさぐれて、投げやりになっている感じがしますね。
まあ、陛下がやさぐれたくなる気持ちも理解できますけど、ちゃんと聞いてもらわなければなりません。
「商船は定時連絡で報告することが義務付けられているのですけど、これは直ぐにでも止めさせてください」
「桜子さんのことだから、当然、理由があるのだろう?」
「定時連絡で頻繁に暗号通信をしているというのは、それだけで敵に情報を与えていることになります」
これも、ある意味において利敵行為と同然の所業だよなぁ。
なんで、誰も止めさせなかったのだろ?
歴史を知っている私からしてみれば、この時代の日本人って馬鹿なんじゃないの? とか思えてしまう、やらかしをしまくっているのですよね。
その中でも、この商船の定時連絡はもはや海軍を庇うことすらできない、特上のやらかしの一つだと思います。
海軍は商船が現在どの位置を航行しているのか? 無事なのか? とかの情報を知りたいが為に、定時連絡をさせていたのでしょうけど、はっきりいってアホですね。
定時に無線を飛ばしていれば、商船がどの航路を頻繁に使っているのか?
『この時間にこの位置で無線を発したから、数時間後にはこの辺りを航行している可能性が高いだろうから、ここで待ち伏せをして襲撃を仕掛けよう』
そういった情報が敵に丸分かりではありませんか。
日本が敗北した原因の一つのに、不必要な無線を頻繁に打電していたというのがあると思います。
ミッドウェー島は飲料水が不足している。山本長官が前線を視察する。こんなの一々暗号を組んで打電する必要なんてありません。
この不必要に打電した暗号を解読されて、ミッドウェー海戦では大敗を喫する切っ掛けを作ったし、ブーゲンビル島上空で山本五十六は暗殺されたのですから。
もっとも、歴史を知っているからこそ、上から目線で言えるのだとは思いますけど、それでもなんだかなぁと思わされます。
しかし、もう少し物事を多面的に捉えて警告を発せられるような、柔軟な頭を持った人間はいなかったのでしょうかね?
集団の狂気によって思考停止していたとしか思えないような、一億総白痴化ですよ。
まあ、だからこそ戦争への道を突き進んで、当然の如く敗北したのかも知れません。
「外務省だけでなく、海軍や商船の暗号も解読されていると?」
「はい、間違いなくそのうち解読されます。現に私の前世では、昭和18年になると海軍の暗号も商船暗号も大部分が解読されていました」
暗号を変更して強化することも必要でしたね。
ピコちゃんに既存で使われている暗号無線を流用できる技術で、敵に解読され難い暗号を開発してもらいましょう。
『ピコちゃん、ちょっといいかな?』
『マスター、暗号の件でしょうか?』
『話が早くて助かるよ』
さすがは、私のアシスタントであるピコちゃんですね。察しが良くて助かります。
『暗号でしたら、もう既に新しい暗号は用意できてますよ』
『おおっ! さすがはピコちゃん! 準備がいいね』
『まあ、ピコマシンであるわたしに掛かればお安い御用です』
でも、暗号の解読を防ぐには、発信する頻度を下げることが重要なんですがね。
ワンタイムパッドでもない限りは、数打ちゃ当たるの総当たりをしていけば、時間は掛かるけどそのうち解読される可能性があるのだから。
欧米人というのは、そういうことをネチっこく遂行できるから諜報戦に強いのでしょうね。
こうやって陛下と話していると色々と足りないモノが見えてきますから、一人で考えているよりも良い方策も浮かびそうですね!
「桜子さんの歴史では、それで、山本五十六が死んだのであったか」
まあ、ぶっちゃけ山本五十六が戦死しようがしまいが、私にとってはどうでもいいことなのですがね。
むしろ、堀悌吉が欲しい。誰だ! 堀悌吉を予備役に放り出したのは?
……私の書類上の父親である総長宮殿下と東郷平八郎だったよ。
日本海海戦の英雄で軍神の東郷平八郎も晩年は耄碌して、軍神(笑)に落ちぶれていたような気がしないでもない。
というか堀悌吉を海軍から追い出したのは、海軍軍縮条約に反対した艦隊派全員だな。
日米開戦の種は昭和の初め頃から、もう既に蒔かれていたということですね。
「それもそうですけど、商船に定時連絡をさせるということは、敵に撃沈してくださいと言ってるのと同義です」
「定時連絡をさせるということは、敵に居場所を教えているということか? 無線封鎖が定石ではないのか?」
「それが普通ですね」
真珠湾攻撃にしてもミッドウェー海戦の時にしても、自分たちが作戦行動中の場合には、敵に見つかるまでは無線封鎖しているのに、商船には定時連絡をしろとか可笑しな話ですよね?
「そうだよね。子供でも分かりそうな事なのに、海軍は何を考えているのだ?」
「明治以降負け戦を知らないから、どこか戦争を舐めているんですよ」
「さらに頭が痛くなってきたぞ……」
ロキソニン差しあげましょうか?
「現在、日本の商船は約630万トンありますけど、何も対策をしなければ、来年に100万トン、再来年には200万トン。三年後には400万トンの商船が撃沈されますね」
「今ある船の全て以上ではないか……」
「まあ、今後三年間でに300万トン近くの商船を建造していますので、拿捕したのと合わせて一応は400万トン近くは残っていました」
「しかしその船舶量では、全ての需要を満たすには足りないのだね?」
まあ、そうですね。400万トンの船舶量では戦前に比べたら三割減なのだから、間違いなく国民にひもじい思いをさせるでしょうね。
さらにその400万トンの中から、徴用で軍にも取られるのだから経済活動を支える船舶の数は、さらに減ることになるのです。
「そして終戦時には、約220万トンしか残りませんでしたし、そのうち約100万トンは航路を封鎖されて南方から動けなくなってましたね」
「桜子さん、不貞寝してもいいかな?」
ダメです。君主とは、たとえ耳に痛い話だったとしても、ちゃんと耳を傾けて聞く義務があるのですから。
「しかも、それら残った船も戦時標準船が多数を占めていたので、10ノット出せれば御の字だし船底も一重で隔壁もなしの上、作りは粗雑ときてましたね」
「良いところを上げるのが難しい船ということか」
「下手をしなくても、小型の台風でも簡単に沈没するような船ですね。開戦時からあったまともな船で終戦時に残っていたのは、30万トン程度だったとか」
まあ、アメリカでさえ、リバティ船という日本の戦時標準船と似たような船を大量に作ってはいるのですが。
このリバティ船、ハズレを引いた船では航行中だけでなく、停泊中にも勝手に自壊するという恐ろしい船だったようですけど……
それでも、日本の戦時標準船に比べたらまだマシでしょうね。当たりのリバティ船は、本来予定していた五年の耐用年数を上回って、戦後も長く活躍したのですから。
そして、リバティ船で問題なのがその数であります。四年弱の間に2700隻という大量の数を建造しているのですよ。
リバティ船の他にも、T2タンカーとかも大量に建造してますし、もうね。一体どれだけの造船能力があるのか呆れてしまいます。
これこそが、アメリカの工業力、底力を見せつけられた数字なのだと思い知らされましたね。
「つまり、今あるまともな商船を出来る限り守らねばならぬのだな?」
「そうなりますね。それと、もう少しちゃんとした船を造る必要もあります」
「やっぱり、不貞寝してもいい?」
ダメです。君主とは、たとえry
「それと、徴用する漁船の特設監視艇。この漁船をちゃんと軍属として遇さないと、後世において恥を掻くことになります」
「また、海軍がやらかしたのかい?」
「これは、陸軍もですね。まあ、戦争末期だったので、ちゃんとした手続きなど無視して、現場が急いで徴用した結果なのですが」
「もう、寝る……」
まあ、陛下が不貞寝したくなる気持ちも理解できますので、今日はこれぐらいで勘弁してあげますか。
おやすみなさいませ。
※※※※※※
東京 海軍省
「海防艦を大量に建造しろだと?」
「ああ、占守型を簡素な作りにして、量産性を高めた海防艦が大量に必要だ」
「大陸や南方と往来する通商路の防衛のためか」
「ああ、シーレーンの防衛は焦眉の急だよ。それを理解していない人間が多すぎるのが問題だな」
「しかし、そもそもの話、造船所が足りるのか? 民間の小規模な造船所でも、駆逐艦や商船を作らなければいかんのだぞ?」
「今まで船を建造したことのない鉄工所とかにも、声を掛けて作らせないと厳しいだろうな」
「素人の建造だとしても、やらないよりはマシか……」
「最初は誰でも素人だよ。同じ鉄を扱っているぶん、鉄工所は飲み込みが早いと思うぞ」
「餅は餅屋ということか。それなら、木造の漁船しか作ったことのない造船所にも声を掛けてみるか?」
「街の鍛冶屋を木造船の造船所に派遣すれば、鉄の船も作れるようになるな」
「まあ、最初の一隻を竣工させるには、艦政本部から派遣した技官が付きっきりで指導しなければならんとは思うけどな」
「そうだな、その方針で行くか。ああ、それとな」
「あまり聞きたくはないのだが……」
「聞け。商船の定時連絡を廃止するようにとの通達が出た」
「それはまたなんでだ?」
「敵の潜水艦に居場所を教えるようなモノだからだとさ」
「言われてみれば、確かにその通りだな……」
「海軍の都合で商船を撃沈されるわけにはいかないそうだ」
「商船の撃沈が続けば、必要な資源が内地に届かなくなって、そのうち干上がるということか?」
「そういうことだな」
「戦争どころではなくなるのだな……」
「そもそもの話、アメリカとの戦争それ自体が初めから無茶なんだよ」
「そりゃそうだ」




