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女子高生のオモチャ  作者: 三ノ月
第七章 悪の脈動
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第○四○話 『人型の靄』

お久しぶりです、短いです。


「――さあ、準備は整った」

 どれだけ悩み、苦しもうが。

 敵は、待ってなどくれない。

「未来ある子どもたち――無難な将来のため、夢を潰された子どもたち――解き放つがいい、飽くなき欲望ユメを」

 虚ろな目、力なき四肢。ダラリと提げられた手に持たれていたのは、ベルトのバックル部分だけを取り出したような形をしたもの。しかし、通常のバックルに比べてやや大きく、形状が歪である。

「以前の失敗は、精霊に準ずる要素がなかったため……ならば、擬似精霊(AI)での制御にしてやればいい。少々強引ではあったが、現状は問題なし。美詩女が食らったイーターの情報との統合性も良好だ。ああ、ようやくここまで来た」

 珍しく感情の高ぶりを表に見せる多賀城は、目の前に広がる光景を、自らが作り出した光景を賛美する。

 ――数十人である。ベルトのバックル部分、その形をしたオモチャ(ヽヽヽヽ)。全員が全員、それを腰に当てた。小気味良い衣擦れの音と共に、バックル部分から飛び出したベルトが巻きつく。


「――変身」


 ぽつり。誰かがそう呟いた。

「変身」「変身」「変身」「変身」変身、変身、変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身変身。


『Eater』


 浮かぶ文字列はたったの五文字。文字列は少年少女の身体を包んでいき、全身を作り変えていく。

 戦えない身体から、戦える身体へ。

 諦めるしかなかった身から、再度挑戦することのできる身へ。

 誰も彼もが、夢を追い求められる身体へ。


 ◆


 その日、聖は彩音と共に実行委員の仕事をサボっていた。最初に集合すべき場所へ赴かず、学校を飛び出て街をぶらぶらとしている。

 周囲の人間はそれぞれの悩みを抱えているのだろう。しかし聖には、そのどれもがちっぽけに見えて仕方が無い。自分に比べればあんたらなんて。らしくない負の感情は留まるところを知らない。

 いいや、らしくないなんて、自分が勝手にそう思っていただけではないか。あるいは他者からの評価を、そのまま鵜呑みにしていただけではないか。本来の聖はもっと卑屈で、他人の幸せを素直に喜べなくて、暗くて、陰鬱で、取り得なんて一つも無いようなガキではなかったか。

「また悩んでんなこの子。難しく考えるのは似合わないって。もっと気楽に楽しむことだけ考えようよ」

「似合わない……ねえ、本当にそう?」

「え?」

 隣を、それこそ気楽にのん気に歩く友人に問う。

「私には似合わないって……それ、彩音から見たら、だよね。でも私はそうは思ってない。これが私って気がする」

「じゃああんたは、悩んでる時が一番落ち着くんだ?」

「え? いや、ううん……むしろ逆。すっごくもやもやして、落ち着かない。でもそういうことじゃなくて」

 まくし立てようとするも、彩音の手がそれを遮った。もう少しで唇に触れたであろう人差し指をチッチッと振り、

「そういうことだよ。はい、肩の力を抜いてリラックスぅ。……落ち着かないことばっかりして、もっともやもやして。それが似合わないって言ってんの。自然体じゃないなら似合わない。少なくとも、あんたに関してはそうでしょ」

「……何を根拠に」

「拗ねんなって。根拠? そんなの簡単だよ。結構長いこと、あんたの友人やってるあたしが言うんだ。もうそれが根拠でしょ」

 どこか力強く言う友人に対し、返す言葉は見つからず。まだ納得しないまでも、それ以上会話を続けるのがめんどうくさくて無視をする。

 なぜだろう。どこか心がささくれ立っている。苛立ち、不安、それらがストレスに直結し、嫌なことばかり考える。

「まーったく、世話のかかる子だこと。ああ、そだ。パフェ食べに行こう。あんたはいつも美味しいモノを食べたら気分が晴れてた!」

「――――。いつも、って」

「甘いもの大好きだもんね、聖って。いっつも人生は苦いけど、甘いものは甘いから好きって言って」

「いつも、いつもいつもって、いっつもって……!」

「それからさ、バレてないつもりかもしれないけど、店頭で仮面ヒーローの――」

 栓で締められていたものが、一気に吹き出た。


「――何も知らないくせに!」


 何も知らない。何も知らないくせに。私がどれだけ苦しい思いをしているか。彩音はいつだってわかったフリ。踏み込まず踏み込ませず――そう、そんな関係が心地よかった。はずなのに。

 自分でも理解できていない感情の本流が吹き零れ、抑えきれない。

「……聖?」

「もう、わけわかんない……!」

 彩音を置いて走り出す。もしかしたら追いかけてきてくれるかも、なんて思って、でも足音は近づいてきてはくれなくて。なんだ、結局自分も、彩音のことをわかった気になっていただけなんだって、無意味に落胆して。

 プラスに振られていた感情が段々と、マイナス側に傾いていく。徐々に磨り減って、ゼロに近づいていく。

 そんな時に限って、世界は優しくない。


 ◆


「革命よ!」


 ◆


 瞬間、街を怒号が包んだ。

 爆発音にも近いそれは、聖の周囲、あちこちから響き渡っている。

「なにこれ、爆破テロ……!?」

 しかし辺りに黒煙は立ち上っておらず、爆破されたにしては炎も上がらない。ただ土煙が視界を塞いでいるだけだ。

「ユメ、ユメを――」

 鳥肌が立つような、色と温度のない、無機質な声。土煙に紛れ聞こえてくるそれは、多方向から聞こえてくる。というか……近づいてくる。

「あ、彩音……!」

 視界が遮られていく。聖の友人はどこにいるのだろう。自分から離れて行ったくせに、こういう時ばかり姿を追い求める。しかし足元すらままならず、飛び散っていた瓦礫、その破片に足を引っ掛ける。ふわりと宙を舞う感覚、その数瞬後に、聖の全身と地面がこすれた。

「あづっ……!」

 膝をすりむいた、頬をすりむいた。痛い、痛い。

 瓦礫があるということは、何か建物が崩れたのか。この土煙はそのため? 依然声は近づいてきており、それから逃れるように、立ち上がった聖は走り出す。

 足取りは不安定だ。また転ぶかもしれないという恐怖心と、彩音を探して彷徨わせる視界。反響し、繰り返される声はすぐ耳元まで――、

「だ、誰か」

 喉が、震える。

「助けて――」


「――そのために、」

「オレたちがいるんだぁ――ッ!!」


 ◆


 土煙を切り裂いて現れたのは、氷の鎧を身に纏った誰かと、バンダナを頭に巻いたガラの悪そうな少年であった。

「ったく、ホント、オレたちってつくづくタイミングが良いよな! ここら辺ウロウロしてる時にピッタリ現れてくれるもんだ!」

「小太郎の嗅覚、俺にも分けてくれない?」

 横薙ぎに振られた大剣によって視界が晴れて行く。そこに見えたのは、

「――ひっ」

 背後の少女が、息を呑む。ああ、確かに薄気味悪い光景だ。

 靄だ。人型の黒い靄が、うじゃうじゃと湧いている。ここに駆けつけるまでに聞こえた声はこの靄のものか。

「今回の敵さんは随分趣味が悪りーな。まだ化物みたいな形の方がやりやすかったぜ」

 白石が呟けば、黒い靄どもの注意はそちらへ向く。栗原はその隙をついて、

「ここは危ないから、早く逃げ――えぁ? み、宮城?」

 庇った少女の避難を促そうとしたが、そこにいたのは見知った顔である。――宮城聖。戦いの記憶を失ってからも、この少女はとかく戦場に巻き込まれる。

「くそ……小太郎! 先に宮城を逃がす! 一人で持ちこたえられるか!?」

「あァ!? 今なんつッ――うぉ!? その靄、形変わるのかよ!」

 余所見をした小太郎に向かって、黒い靄どもが肉薄する。その手を鉤爪のような形に変え、両足はまるで獣のそれ。人型であろうと結局は化物である。

「だぁぁあああああクソッ!」

『Entertainment 〝Hummer〟』

 右手に持ったけん玉の球部分が巨大化していく。ゾウすらも屠れそうなそれは、材質さえも変化していた。木から鉄へ、ただの球から棘を生やす。当たれば大怪我は免れない、紛れもない殺傷武器だ。

「あー考えろオレ、ない頭振り絞れ!? これ当てても怪我させず、なおかつ一気にとっちめる方法……!」

 この黒い靄が、小太郎の知っているものであるならば。きっとその中には、意識が混濁した誰か(ヽヽ)がいるはずだ。オモチャが暴走しているだけなら、

「傷つけないように、傷つけないように……」

 そして小太郎は、けん玉を振るった。

 ジャララララッ! 小太郎がけん玉を振るう挙動に遅れて、鉄球が宙を舞う。近づいてくる人型の靄どもをまとめて片付けられて、かつ傷つけない、そんな方法を実践するために。

「少しでもズレればアウト、ズレればアウト! いっけぇぇえええええ!」

 ――最初に一人に、鉄球のように材質が変化したチェーン部分が当たる。そこを基準にして鉄球は振るわれ、二人、三人とチェーンで囲まれていく。

「大人しくお縄に捕まっとけ!」

 ジャララララッ! ……そして、最後の一人。

 チェーンに巻かれて、人型の靄の数人が身動きを封じられた。

「――――。……っはぁ、オッケーオッケー、オレにしては上出来だ」

 終いにはチェーンで何重にも縛り上げられ、完全に封殺。これで栗原が少女を逃がすための時間稼ぎは上手く行っただろう。というか、時間稼ぎどころか倒したことになるのではないだろうか。

「敵を捕縛って、最上の勝利じゃねーか? アイツが戻ってきたら早速尋問だなこりゃ。……っていうか、宮城を逃がすとか言ってたけど――ん?」

 勝利の余韻に浸るのも束の間、やけに靄の人数が少ないことに気付く。

「あれ、さっき確認した限りじゃ、もっと数いたはず……もしかして、」

 取り逃がした。




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