第53話 天空の赤橋と日本海のパノラマ、余部で味わう極上の海の幸
但馬の山あいを抜けた車列は、日本海に面した香美町の海岸線へと再び舞い戻ってきた。
車窓の向こう側に広がるのは、どこまでも青く澄み渡った日本海の水平線である。
そして、いよいよ旅の最終盤におけるハイライトの一つ、明治から昭和、そして平成から令和へとその歴史と記憶を受け継ぐ、鉄道ファンのみならずすべての旅人の心を捉えて離さない聖地へと近づいていた。
「うわあ……! 見て見て、あそこの海沿い、すごく鮮やかな赤い鉄橋がドンッと架かってるよ! あれが噂の……!」
助手席の窓から身を乗り出すようにして、七柰が感嘆の声を上げる。その視線の先で、青々とした日本海の海原と緑豊かな山肌のコントラストの中に、鮮烈な朱色をまとった巨大な鉄の橋脚がまっすぐに伸びていた。
後部座席でシートベルトを軽く緩めながら、美波さんが穏やかな笑みを浮かべてうなずく。
「そうよ、七柰ちゃん。あそこが、かつて『東洋一のトレッスル橋』と称された旧余部橋梁の跡地で、現在は空中展望台として生まれ変わった『空の駅』よ。たくさんの歴史ドラマが詰まった、本当に特別な場所なんだから」
車はスムーズに『道の駅あまるべ』の広々とした駐車場へと滑り込み、エンジンを静かに止めた。
全員が車から降り立つと、日本海の荒波が運んでくる心地よい潮風と、乾いた磯の香りが一斉に鼻腔をくすぐる。
「わぁ……! 目の前にそびえ立つあの赤い橋、想像してたよりもずっと大きくて、めちゃくちゃ迫力あるっすね……! この歴史の重みを感じる鉄骨の感じ、たまらないっす!」
茅野さんがスマホをさっと構え、下から見上げるアングルでシャッターを切る。
「ほんまやなぁ! 下から見上げるだけでもすごいのに、あんな高いところまでこれから上がっていくんやろ? めちゃくちゃワクワクするわぁ!」
菱川さんも関西弁のアクセントを響かせながら、軽快な足取りでエレベーターの乗り場へと歩き出す。
一行を引率する姫子さんが、手際よく全員の誘導をしながら声をかけた。
「皆、準備はいい? ここからは、旧余部橋梁の歴史を肌で感じながら、ガラス張りの斜行エレベーター『余部クリスタルタワー』に乗って、一気に高台の『空の駅』へと上がるよ! 目の前に広がる日本海のパノラマビューを、しっかり楽しんでいってね!」
その姫子さんの合図に合わせ、12人のメンバーたちはワクワクとした足取りで、タワーの入り口へと向かった。
ガラス張りの近代的な外観を持つ『余部クリスタルタワー』のなだらかな斜行エレベーターに、12人のメンバーが分かれて乗り込む。ボタンが押されると、エレベーターは静かに、しかししっかりと高台に向けて浮上を始めた。
「うわぁぁ……! すごい、すごいよ! 上に上がっていくにつれて、さっきまで見上げてた赤い橋がどんどん下になっていく! 海の青さも、どんどん広がっていくよ!」
七柰がエレベーターの大きなガラス窓に両手をぺたりと貼り付け、興奮したように声を弾ませる。
「本当ね……。山と海の間にこれだけの巨大な建造物を造り上げるなんて、当時の人たちの情熱と技術には本当に頭が下がる思いだわ」
美怜さんがその景色をじっと見つめながら、感嘆のため息を漏らす。
「足元がスケスケでちょっとゾクゾクするけど、この浮遊感たまらないわね。ほら夢、あっち側の窓、日本海が水平線まで一望できるわよ」
咲さんがガラス張りの床や壁に少し驚きつつも、楽しそうに隣の夢乃さんの肩をポンと叩く。
「ほんと綺麗ですね。青い海と空の間に、古い鉄骨の線が絵の具みたいにアクセントになってて……まるで、そのまま一枚の絵葉書になりそうな景色です」
夢乃さんは少し目を細め、風光明媚な景色に見惚れるようにそっと胸元で手を組んだ。
少し離れた場所では、正樹叔父さんと叶姉さんが並んで、エレベーターからの景色を楽しんでいた。
「いやあ、見事な眺望だな。下から見上げる鉄橋の力強さと、上から見下ろす日本海の広大さ、その両方をこうしてスムーズに味わえるとはよく考えられたものだ」
「かつてこの場所を多くの列車が走って、人々の生活や想いを繋いできたんだね。こうして現代の私たちがその歴史の舞台に立ち、美しい景色を共有できることが、何よりも贅沢な時間だよ」
叶姉さんが微笑みながら、帽子のツルをそっと押さえる。
エレベーターが最上部に到着し、タワーの扉が開いた瞬間、目の前には息を呑むような大パノラマが広がっていた。そこが、かつての線路跡をそのまま活かした展望スペース『余部空の駅』だ。
「わぁぁ……! 空と海の境界線がどこにあるのか分からないくらい、まっすぐな水平線が広がってます!」
涼花さんがパッと目を輝かせ、感動したように両手を胸元で合わせる。その足元には、当時の線路のレールや枕木が綺麗に保存されており、かつて列車が走っていた面影を今に伝えていた。
「ほんとっすねー! この線路の跡がそのまま残ってて、まるで空の上を歩いているみたいな気分になるっす! 写真の構図がどこを切り取っても最高すぎるっすよ!」
茅野さんが連写のシャッター音を心地よく響かせる。
「ねえ、皆さん、ちょっとこっちに来てください! あの赤い橋の柵のところから下を覗くと、足がすくみそうなくらい高いですよ!」
七柰に呼ばれて全員が柵の近くへと集まると、眼下には小さく見える道の駅や、どこまでも透明な日本海の青が広がっていた。心地よい潮風が全員の髪を優しく揺らし、旅の終盤にふさわしい爽快感と感動が胸を満たしていく。
空の駅のホームに設置されたベンチや、かつての列車をモチーフにしたモニュメントの周辺を歩きながら、メンバーたちはこの場所に眠る歴史の物語に思いを馳せていた。
「ねえ、美波さん。この余部橋梁って、昔は蒸気機関車やディーゼル車が走っていて、日本海からの強い季節風で何度も大変な苦難があった場所なんですよね?」
七柰のその問いに、美波さんが深くうなずいた。
「そうだよ、七柰ちゃん。何十年もの間、山陰本線の要として地域の人々の生活を支え続けてきたの。架け替え工事の歴史を知ると、この赤い鉄橋がただの観光地じゃなくて、人々の暮らしの証そのものなんだって胸にグッとくるものがあるよね」
「ほんまにそうやんなぁ……。厳しい自然環境と闘いながら、ずっとこの鉄路を守り続けてきた人たちの歴史があるからこそ、今のこの絶景に出会えているんやもんなぁ。なんだか、じんわりと感動しちゃうわ……」
菱川さんも関西弁のトーンを少ししっとりさせながら、目の前に広がる青い海をじっと見つめる。
「本当ね。風が吹き抜けるこの高さで、毎日安全を守り続けた人たちのことを思うと、ただ景色が綺麗っていうだけ以上の重みを感じるわ」
咲さんが感心したようにうなずく。
「過去にここで生きて、働いてきた人たちのドラマがあったからこそ、今の私たちがこうして風を感じていられる……。なんだか、小説のワンシーンのプロローグがふっと降りてきそうな、そんな深いストーリー性を感じる場所ですね」
夢乃さんはそっと目を閉じ、頬をな撫でる潮風を受け止めながら、どこか満たされたように微笑んだ。
正樹叔父さんは、感慨深げに鉄橋のレールの一部にそっと手を触れる。
「歴史のバトンが、こうして形を変えて次の世代へと引き継がれていく。旅の途中でこういう場所に立ち寄れるのは、本当に素晴らしいことだねえ」
「うん、過去の物語と現在の美しさがこうして美しく融合している場所……。小説を書く人間にとっても、非常にインスピレーションを刺激される素晴らしい空間だよ」
叶姉さんのその言葉に、美怜さんが大きくうなずいた。
「本当にそうですね。景色の美しさだけじゃなくて、そこに込められた人々の想いまで感じられる……この体験こそが、今回の旅の一番の宝物だわ」
そうして、空の駅から見渡す日本海の青さと、赤く輝く鉄橋の記憶は、メンバー全員の心に深く、鮮やかに刻み込まれていった。
§
余部クリスタルタワーと空の駅のパノラマビューを存分に満喫した一行は、心地よい疲労感と爽快感を胸に、再びエレベーターで下へと降りた。
到着したのは、まさにその余部橋梁の真下に位置する『道の駅あまるべ』の敷地内である。
頭上には先ほどまで歩いていた赤く巨大な鉄橋がそびえ立ち、そのすぐ傍には観光客や地元の活気で賑わう『食事コーナー』の建物が温かく迎え入れてくれていた。
「ふぅ〜、高いところから綺麗な景色をたっぷり堪能したら、急にお腹がペコペコになってきちゃったよぅ!」
七柰がお腹をポンポンと軽く叩きながら、美味しそうな香りが漂う道の駅の入り口を覗き込む。
「そうだね。朝のダッチベイビーから少し時間が経っているし、ちょうどいい頃合いかな。今日のランチは日本海の海の幸がたっぷり待っているよ」
美波さんが笑顔で頷きながら、12人の大所帯をスムーズに食事処へと誘導していく。
道の駅あまるべの食事コーナーは、余部橋梁の真下という抜群のロケーションにあり、観光のついでに立ち寄りやすいだけでなく、日本海の新鮮な海の幸をふんだんに使った絶品メニューが揃っていることで非常に有名だ。
「皆、席を確保したわよ。ここはね、香住ガニの身を贅沢に使った『余部鉄橋御膳』や、日本海の海の幸がぎっしり詰まった『空の駅定食』がおすすめなの」
美怜さんがメニュー表をテキパキと配りながら、全員に声をかける。
その名前を聞いた瞬間、メンバーたちの食欲スイッチが再び全開になった。
「マジっすか……!? 香住ガニのちらし寿司とか、絶対美味しいやつに決まってるっす! 私、昨日のお肉に負けないくらい、今日のカニを狙い撃ちするっすよ!」
茅野さんがメニューの写真を真剣な眼差しで食い入るように見つめる。
「ほんまやなぁ! ほら、この『空の駅定食』の刺身のラインナップもめちゃくちゃ豪華やで! 日本海の荒波にもまれて育った魚介なんて、美味しいに決まってるやん!」
菱川さんも関西弁のアクセントを全開に響かせながら、大興奮でメニューを選び始める。
涼花さんは、少し迷いながらも並んだ小鉢の写真に目を留めた。
「あ、あの……私は『空の駅定食』にしますぅ……! お刺身も天ぷらも両方食べられるなんて、贅沢すぎですぅ……!」
それぞれのオーダーが決まり、次々と運ばれてきた料理の数々は、まさに圧巻の一言だった。
テーブルの中央にドーンと置かれたのは、透き通るようなカニの身がこれでもかと敷き詰められた『余部鉄橋御膳』と、日本海の新鮮な旬の地魚の刺身や小鉢が所狭しと並んだ『空の駅定食』である。
「お待たせしました! 皆、いただきまーす!」
「「「いただきます」」」
姫子さんの元気な合図とともに、待ちきれないといった様子で全員が一斉に箸を手にした。
「んんーーっ!! 美味しいっ……!! この香住ガニの身がふわっふわで、口に入れた瞬間にとろけるように甘みが広がるよぅ……! 酢飯との相性も抜群すぎる!」
七柰がカニちらしを一口頬張り、両頬を押さえながら幸せそうに体を揺らす。
「カニの繊細な旨味はもちろんだけど、このご飯の炊き加減と錦糸卵のバランスが絶妙だよ。一口ごとに日本海の恵みを感じるような上品なお味だね」
美波さんがゆっくりと味わいながら、嬉しそうな笑みを浮かべる。
少し離れた席では、正樹叔父さんと叶姉さんが『空の駅定食』の刺身をつまみながら、ゆったりとした大人の時間を楽しんでいた。
「いやあ、このお刺身の新鮮さはどうだ。プリプリとした歯ごたえと、口の中に広がる脂の甘みがたまらないねえ。先ほどの空の駅の絶景といい、今日のここは五感すべてを満たしてくれる贅沢なスポットだ」
「美味しい海の幸をこうして皆とワイワイ囲みながらいただく時間は、旅の思い出のハイライトにふさわしいね」
叶姉さんがお茶を一口含みながら、綺麗に微笑む。
茅野さんはスマホでカニちらしのアップを撮影し終えると、我慢できずに大きな一口を口に放り込んだ。
「うわっ、この旨味はヤバいっす……! 写真を撮ってる間にもヨダレが出そうだったっすけど、期待を何倍も超えてくる美味しさっすね! ご飯が進みすぎて止まらないっす!」
「ほんまに、このロケーションといい、この海の幸のクオリティといい、今回の旅のチョイスは神がかってるわぁ……! お箸が止まらんくて困るわホンマに!」
菱川さんも関西弁で絶賛しながら、豪快にお刺身を平らげていく。
「美味しい。このカニ、噛めば噛むほど旨味がじゅわって広がるわ。刺身のコリコリ感も最高だし、空の駅でいっぱい歩いた後だから余計にしみるわね」
咲さんが美味しそうにカニを頬張りながら、満足げに大きく息をつく。
「お刺身の透き通るような美しさも、お出汁の優しいお味も、一つひとつが丁寧で……。なんだか、日本海の景色そのものを味わっているような贅沢な気持ちになります」
夢乃さんも小さな口で上品にカニの身を味わいながら、うっとりと目を細めて微笑む。
美怜さんや涼花さん、咲さんに夢乃さんも、それぞれの料理をじっくりと堪能しながら、これまでの旅の思い出話に花を咲かせていた。
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余部橋梁の真下という唯一無二のロケーションで味わう、極上の海の幸ランチ。
美味しい食事と絶景の話題で、道の駅のテーブル席は終始、明るい笑い声と和やかな雰囲気に包まれていた。
「ふう……食べた食べた! カニも新鮮なお刺身も、本当に最高だったぁ……! お腹がいっぱいで動けなくなりそうだよ!」
七柰が満足そうにお腹をさすりながら、すっかりリラックスした表情を浮かべる。
姫子さんは温かいお茶の入った湯呑みを手に取り、満足そうな顔で全員を見回した。
「皆、しっかりエネルギーチャージできたかな? 空の駅での歴史の散策とパノラマビュー、そしてこの絶品ランチ……山陰ジオパークと但馬の魅力を、本当に余すところなく満喫できたね」
姫子さんの言葉に、全員が力強くうなずく。
歴史のロマンが息づく余部を後にし、旅のスケジュールは、いよいよフィナーレへと向かって進んでいく。




