第52話 最終日の朝、絶品の料理
但馬牛の極上ディナーに沸き、ほおずきの柔らかな灯りのもとで白熱の人狼ゲームを繰り広げた夜が明けて。
湯の原温泉オートキャンプ場の朝は、どこまでも澄み切った青空と、山あいの木々を渡る爽やかな風とともに幕を開けた。
昨夜の盛り上がりが嘘のように静まり返ったキャンプサイトには、鳥たちのさえずりと、遠くの木々が風に揺れる心地よい葉音だけが響いている。
「ん……むにゃ……。うわあ、朝だぁ……! 昨日はあんなに遅くまで盛り上がったのに、朝の空気がめちゃくちゃ美味しくて、一気に目が覚めちゃった!」
キャンピングカーのベッドから一番に飛び出してきた七柰が、両手を大きく上に伸ばして伸びをする。まだ少し寝ぼけ眼ながらも、その表情は今日の旅の始まりに対するワクワク感と、最終日を迎えたちょっぴり名残惜しい切なさが入り混じった、キラキラとした輝きに満ちていた。
続けて、テントのチャックがスーッと開き、美波さんが顔を覗かせる。
「おはよう、七柰ちゃん。昨日はあんなに遅くまで人狼ゲームで大騒ぎしたのに、一番乗りで起きるなんてすごいね。空気、本当にひんやりしてて気持ちいい」
美波さんの後から、美怜さんや涼花さん、菱川さんたちも次々とテントや車内から姿を現す。
「おはようさん! いやあ、気持ちいい朝やなあ」
「おはようございますっす! いやぁ、昨日の夜の人狼ゲーム、最後のオチが鮮やかすぎて、朝になってもまだ頭の中でリフレインしてるっすよ!」
菱川さんと茅野さんが元気いっぱいに声を弾ませる。
「おはよう、菱川さん、茅野さん。ふふ、みんなのあの驚いた顔は、今思い出しても面白かったわね」
美怜さんが上品に微笑みながら、朝の冷気を胸いっぱいに吸い込む。洗練されたその佇まいは、キャンプの朝であってもどこか優雅な雰囲気をまとっている。
少し離れた特等席では、正樹叔父さんと叶姉さんがすでに優雅に朝の散歩を終えて戻ってきたところだった。
「おはよう、皆。昨日の夜はあんなに遅くまで賑やかだったのに、全員しっかり起き出してくるあたり、若いって素晴らしいねえ」
正樹叔父さんが穏やかに笑いかけると、叶姉さんが微笑んで頷いた。
「鳥のさえずりと清らかな朝露の匂いに包まれて目覚めるなんて、都会の喧騒を離れたキャンプならではの贅沢だね。皆の晴れやかな顔を拝見しているだけで、こっちまで心が洗われるようだよ」
旅の最終日である四日目の朝。この素晴らしい旅が終わってしまう寂しさを少しだけ胸に秘めながらも、一行は今日も最高の一日にするべく、手際よく朝の支度に取り掛かったのだった。
旅の朝といえば、毎回の美味しい食事が外せないお楽しみの一つだ。初日の朝はホテルでの優雅な和朝食、二日目の気比の浜キャンプ場では香ばしい焼きおにぎりと炭火の海鮮あら汁を堪能した。
では、最終日である今日の朝食はどうするか。
姫子さんと美波さんが中心となって前夜から綿密に計画されていたのは、『スキレットで作る焼き立てダッチベイビー(ドイツ風パンケーキ)と、ごろごろ野菜の食べるミネストローネの朝食セット』だった。和食が続いたあとの、ちょっとおしゃれで心躍る洋風のモーニングである。
「皆、お待たせ! 今日の朝食は一味違うよ。昨日の夜の但馬牛や海鮮の余韻とはまた違った、おしゃれなキャンプブレックファーストをご用意しました!」
姫子さんが大きな声をかけると、キャンプの調理スペースには次々と香ばしく甘い香りが漂い始めた。
まず主役となるのは、スキレットを使って強火で一気に焼き上げた『ダッチベイビー』。外側はサクッと香ばしく、中はモチッとした食感の生地に、朝摘みのフレッシュなレモンの果汁をキュッと絞り、粉糖を上品に雪のようにふりかける。さらに、その上に甘酸っぱいブルーベリーや新鮮なイチゴ、たっぷりのメープルシロップをトロリとかければ、まるで北欧のカフェに出てくるような極上のパンケーキの完成だ。
「わぁぁ……! 見てこれ、めちゃくちゃお洒落……! パンケーキのフチがふっくら膨らんでて、甘い香りがふわぁって漂ってきたよぅ!」
七柰がテーブルの前に駆け寄り、キラキラとした瞳でスキレットを覗き込む。
「本当だね……! 和食の朝ごはんも最高だったけど、この焼き立てのダッチベイビーと甘酸っぱいベリーの組み合わせ、朝のテンションが一気に上がっちゃう!」
美波さんが手際よくお皿に取り分けながら、嬉しそうな笑みを浮かべる。
そして、そのパンケーキに合わせるもう一つの主役が、前日の『たじまんま』の買い出しで仕入れていた新鮮な根菜やトマトをふんだんに使った『ごろごろ野菜の食べるミネストローネ』だ。
「お待たせしました! 昨日のオマール海老のビスクとはまた違って、トマトの酸味と野菜の旨味がギュッと詰まった、身体が芯から温まるスープだよ!」
姫子さんが両手で丁寧にスープカップを配る。その丁寧な手つきには、彼女の優しい人柄がそのまま表れていた。
「うわっ、このスープ、トマトの優しい酸味と玉ねぎやベーコンの甘みがめちゃくちゃ染みるっす……! 朝の冷えた身体に、この温かさがたまらないっすね!」
茅野さんがスープを一口飲んで、幸せそうに目を細める。
菱川さんも、ダッチベイビーを大きな口でパクッと頬張り、その美味しさに大きく頷いた。
「いやぁ、朝からこんなおしゃれで美味しいものが食べられるなんて最高やなぁ! レモンの爽やかさとメープルシロップの甘さが絶妙にマッチしてて、何枚でもいけそうやわ!」
咲さんは、運ばれてきたミネストローネをスプーンですくい、じっくりと味わうように息を吹きかけてから口に運んだ。
「うん、美味しい……。野菜の食感がしっかり残っていて、スープに溶け込んだトマトの自然な甘みと酸味がすごく上品ね。昨日のビスクが濃厚なご馳走なら、こちらは毎日でも食べたくなるような、優しさが詰まったスープだわ」
そう言って微笑む咲さんの横で、夢乃さんはダッチベイビーの生地のフチをサクッとナイフで切り分け、メープルとレモン、さらに添えられたホイップクリームをたっぷりと絡めて口に入れた。
「んん〜っ! 外側はカリッとしてるのに中はもちもちで、この食感たまらないですね! レモンの酸味がきいてるから、甘いのに全然重くなくてペロリと食べられちゃいます。カフェのモーニングみたいでテンション上がります!」
夢乃さんが目を輝かせると、涼花さんも負けじとダッチベイビーにフォークを伸ばし、大きな一口を頬張った。
「ほんとです、これめちゃくちゃ美味しい! 甘酸っぱさが絶妙で、焼きたてアツアツなのが最高ですぅ。それに、このミネストローネを一緒に食べると、スープの塩気がアクセントになって、無限にループできちゃいそう……!」
涼花さんがスープとダッチベイビーを交互に味わいながら幸せそうに頬を緩める。
少し離れた席で朝食を囲んでいた正樹叔父さんと叶姉さんも、この洋風の朝食にすっかり魅了されている。
「なるほど、最後の朝にこのチョイスは憎い演出だねえ。甘酸っぱさと温かいスープのバランスが完璧だ」
「うん、本当においしい。上品な甘さと野菜の優しい味わいが、今日の旅のエネルギーをしっかりと満たしてくれるね。料理上手な皆のおかげで、毎回の食事が本当に楽しみだよ」
全員が温かな朝食を囲みながら、弾けるような笑い声とカップの触れ合う音を響かせる。
最高の一日のスタートを切るにふさわしい、贅沢で温かなひとときだった。
§
美味しい朝食でお腹を満たしたあとは、旅の最後を締めくくるための大切なミッション──キャンプサイトの完全撤収である。
「さあ、みんな! 美味しい朝ごはんのあとは、来たときよりも美しく! テントを畳んで、道具をしっかり車に積み込んでいくよー!」
姫子さんの元気な号令に合わせ、メンバーたちの動きが一気にキビキビと切り替わる。
「美波さん、ペグの泥を落としたり、ロープをまとめるの、手伝います!」
「ありがとう、七柰ちゃん。じゃあ、私はそっちのタープのポールを分解しちゃうね。息を合わせて一気に片付けちゃいましょ」
美波さんと七柰が息の合ったコンビネーションでテントの骨組みを次々と片付けていく。
美怜さんと涼花さんは、食器類や調理器具をきれいに洗い上げてコンテナボックスへ丁寧に収納し、茅野さんはスマホをかまえて、みんなのテキパキ働く姿を「今の瞬間、めっちゃ絵になってるっす!」とシャッターに収めていく。
菱川さんも大きな荷物を軽々と持ち上げながら、車への積み込みをテキパキとこなした。
「いやぁ、初日の頃は『無事にキャンプできるんか?』って少しハラハラしたけど手、うちもずいぶん手際よくなったわ! みんなで協力するって、ほんまに楽しい!」
正樹叔父さんも満足そうに頷きながら、自分の荷物を車に積み込む。
「本当にそうだね。皆の成長スピードには驚かされるばかりだよ。お互いを思い合いながらここまでやってこられたことが、何よりの宝物だね。さて、いよいよ今日のメイン、空の駅とローカル鉄道の旅情を味わいに行くとするか!」
すべての荷物が積み込まれ、使わせてもらった区画が来たときよりも美しく綺麗になったキャンプサイトを確認したあと、一行はそれぞれの車に乗り込んだ。エンジンが心地よい低音を響かせる。
受付けでチェックアウトを終え、湯の原温泉オートキャンプ場を後にした車列は、旅の最終目的地である『空の駅』と『ローカル鉄道』が待つロマンあふれるルートへと走り出していった。




