第50話 星降る夜の但馬牛パーティーと、奇跡のドラマ化祝賀会
但馬の小京都・出石での風情ある城下町散策と、粉まみれになって奮闘した手打ち皿そば体験の余韻を乗せた一行の車列は、夕暮れ時の淡い茜色に染まる但馬の道を南下していた。
出石から車でおよそ三十〜四十分ほど走ったところにある日高町エリアへ向かう道中、今日の晩餐を最高のものにするための重要なミッションが控えていた。
それは、日本が誇る最高峰のブランド牛『但馬牛』をはじめとする極上の食材を買い込むことだ。
「ねえねえ、皆さん! いよいよ今夜のキャンプ場に着く前の一大イベント、食材の買い出しですよ! 昨日の香住・浜坂の海鮮もすごかったけど、今夜はお肉だよね……肉!」
スマホのマップを確認しながら、七柰がワクワクを隠しきれない様子で声を弾ませる。
その隣で美波さんが楽しそうに微笑んだ。
「ふふ、七柰ちゃん、張り切ってるね。今夜宿泊する『湯の原温泉オートキャンプ場』に行く途中には、まさにぴったりの場所があるからね」
車がスムーズに駐車スペースへと滑り込んだのは、地元でも非常に有名なJAたじまのファーマーズマーケット『たじまんま』の敷地だった。広々とした店内には、地元の農家さんが朝摘みしたばかりの新鮮な旬の野菜や特産品がずらりと並び、さらにその一角には、肉の芸術品とも称される但馬牛の極上ブロックやスライス肉がこれでもかと豊富に陳列されている。
「うわぁ……! 見てこれ、このお肉の綺麗なサシの入り方……! めっちゃ美しいピンク色してて、見るからにとろけそうやん!」
車から降り立つなり、店内へ一番乗りで飛び込んだ菱川さんが、関西弁のアクセントを全開に響かせながらガラスケースに張り付く。
茅野さんも後ろから小走りで追いかけ、目を丸くした。
「ほんとっすねー! 霜降りのレベルがもう桁違いっすよ! こんな立派な但馬牛のステーキ肉、人生で片手で数えるくらいしか見たことないっす……!」
美怜さんがカートを押し進めながら、冷静かつ的確に食材のチョイスを進めていく。
「12人分の大人数だから、お肉の量はしっかり確保しておかないとね。但馬牛の厚切りステーキ用と、みんなでワイワイつつける焼肉用のカルビやロース、それからダッチオーブンで作るスープ用の新鮮な野菜もたっぷりカゴに入れましょう」
「さすが美怜さん、段取りがパーフェクトっす! 私も野菜コーナーで、甘そうなトマトとかキノコを爆買いしちゃうっす!」
茅野さんが嬉しそうにカゴへ野菜を追加していく。
涼花さんは、少し離れたお肉のパックをじっと見つめながら、控えめに両手を合わせた。
「うぅ……お肉のパックを見るだけで、お腹がグーって鳴りそうになっちゃいますぅ……。でも、こんなに美味しそうな但馬牛を皆で食べられるなんて、今から夢みたいです……!」
買い込んだばかりの極上の但馬牛や新鮮な野菜は、プロ仕様の強力なクーラーボックスへと丁寧に詰め込まれていく。
正樹叔父さんも満足そうに頷きながら、カートの重さを確かめた。
「いやあ、素晴らしいラインナップだな。これだけの食材が揃えば、今夜のキャンプの晩餐は最高の盛り上がりになること間違いなしだ」
叶姉さんも、微笑みを浮かべながらうなずく。
「うん、本当に。旅の最後を飾るにふさわしい、贅沢な夜の宴になりそうだね」
そうして、食材の買い出しを終えた一行は、夕暮れの陽光を浴びながら、いよいよ本日の目的地である『湯の原温泉オートキャンプ場』へと再び車を走らせた。
§
出石から南下すること約四十分。
日高町の豊かな自然に抱かれた『湯の原温泉オートキャンプ場』のゲートを、一行の車列がゆっくりとくぐり抜けた。
ここは、車をそのまま横付けできる広々とした区画サイトに、電源や屋外流し台が完備された極めて高規格なオートキャンプ場である。大型のミニバンやキャンピングカーを並べるのにも非常に適しており、アウトドア初心者がいるグループでも安心して快適に過ごせる理想的なロケーションだ。さらに、敷地内には自慢の天然温泉(露天風呂付き)が併設されており、観光で歩き疲れた体をすぐに癒やせるという最高の環境が整っている。
「うわぁ……! ここ、すっごく綺麗で広々としたキャンプ場だね! しかも電源も流し台もついてるなんて、ホテルのコテージみたいに快適そう!」
七柰が車から飛び降りるやいなや、周囲の開放的な景色を見渡して両手を広げる。
「ほんまやなぁ! しかも、このあと敷地内の温泉に入れるんやろ? 最高のスケジュールす
ぎて、テンションが天井知らずやわ!」
菱川さんが関西弁でノリノリに両手を突き上げる。
「さあ、皆! 暗くなる前に手際よくテントやタープ、そしてディナーの準備を始めましょ。電源サイトだから、大型の電気ホットプレートも使えるよ!」
姫子さんの頼もしい合図に合わせ、メンバー全員がそれぞれの役割に分かれてテキパキと動き出した。
「美波さん、そっちのペグ打ち手伝います!」
「ありがとう、七柰ちゃん。じゃあ、ここのロープをしっかり固定していきましょうか」
美波さんと七柰が息を合わせてテントをしっかりと固定し、美怜さんと姫子さんたちも自分たちのテントの設営を頑張る。
涼花さんは、キャンプ用のテーブルやチェアを一つずつ丁寧に並べながら、食器のセッティングを進めていた。
「あ、あの……! お皿とカトラリーの準備、人数分バッチリ並べましたよぅ。みんな、お手伝いできることがあったら言ってくださいね!」
茅野さんも「あたしはホットプレートの配線と、調理器具のセッティングを完璧にサポートするっす!」と元気に駆け回る。
少し離れた場所では、正樹叔父さんと叶姉さんが、全体の安全確認や大人の落ち着いた雰囲気でのチルスペースを作ってくれていた。
「いやあ、皆の動きが本当に見事だね。あっという間に快適なキャンプサイトが完成しちゃったよ」
「うん、若いのに手際が良くて感心してしまうね。さあ、いよいよ待ちに待ったディナーの時間の始まりだよ」
設営が終わったキャンプサイトには、すでに夜の帳が降り始め、周囲の木々の間から美しい星空が顔を出し始めていた。
§
夜の冷気が心地よく肌を撫でる中、キャンプサイトの中央には温かなランタンの灯りがともされ、いよいよ12人分の豪華な夕食の調理がスタートした。
今回のディナーの主役は、先ほど『たじまんま』で仕入れたばかりの極上『但馬牛』である。最高の状態でお肉を味わうため、いくつかの重要なコツが徹底されていた。
まずは、12人分ともなると膨大な量になるお肉を、冷蔵庫から出してすぐ焼くのではなく、焼く30〜40分前にクーラーボックスや室温に戻してしっかり常温に戻すという基本の徹底だ。こうすることで中心までしっかりと火が通り、焼きムラを防ぐことができる。
「よし、お肉の準備はバッチリね。それじゃあ、厚切りの但馬牛ステーキは、1人ずつ細かいのを焼くんじゃなくて、『大判で豪快に焼いてから切り分ける』スタイルで行くわよ」
美怜さんが指示を飛ばしながら、分厚い大判の但馬牛ステーキ肉を鉄板へと滑り込ませる。ジュワァァッと耳まで心地よい最高のサウンドと、食欲を限界まで刺激する香ばしい肉の香りが夜空に広がった。
「うわぁ……! めちゃくちゃいい匂い……! 焼肉用のホットプレートも2台体制でフル稼働してるから、お肉の待ち時間もなくて最高っす!」
茅野さんがホットプレートの周りでパチパチと焼けるカルビやロースを嬉しそうに見つめる。
「一気に焼きすぎると鉄板の温度が下がっちゃうから、3〜4人前ずつ、食べるペースに合わせてこまめに焼いていくのがコツだよね!」
七柰がトングを片手に、慎重かつ手際よくお肉をひっくり返していく。
強火で表面をカリッと香ばしく焼き色をつけた厚切りステーキは、そのままアルミホイルに包んで数分間じっくりと休ませる(レストする)。このひと手間で、ジューシーな肉汁が肉全体に行きわたり、最高の状態に仕上がるのだ。
「そして、スープの主役はこちらだよ!」
姫子さんがダッチオーブンの蓋をパカッと開けると、中から鮮やかな赤色をたたえたスープが湯気を上げて現れた。
それは、ダッチオーブンを贅沢に使い、エビの濃厚な旨味と生クリームをふんだんに合わせた『濃厚オマール海老のビスク』である。立ち上る芳醇なエビの香りと鮮やかな色合いが、キャンプの夜の食卓をパッと華やかに彩り、冷えた身体を芯から優しく温めてくれる。
「わあ……! このスープ、めちゃくちゃ濃厚でエビの風味がすごいっす……! 高級レストランの味そのものっすよ!」
茅野さんがスープを一口飲んで、目をハート型にさせながら感動の声を上げる。
「ほんまに、このオマール海老のビスク、体がポカポカ温まって最高やわぁ……! しかも、但馬牛のお肉は、まずはシンプルに『塩とわさび』や『岩塩』で肉本来の甘みを味わうって……贅沢すぎやせんか!?」
菱川さんがお箸で絶品の但馬牛ステーキをパクリと頬張り、その美味しさに天を仰いだ。
その隣で、咲さんも但馬牛を一口サイズにカットして口に運び、目をパチクリとさせてから満面の笑みを浮かべた。
「んっ、美味しいわね。 塩とわさびで食べると、お肉自体のジューシーな旨味と甘みがダイレクトに引き立つわ。濃厚なビスクと一緒に味わうと、まるで洋食のフルコースをキャンプ場で食べてるみたいで、夢見心地になるわね」
その隣で夢乃さんも幸せそうに両頬を押さえる。
「うんうん……! お肉が口の中でとろけるように柔らかくて、噛むたびに旨味がジュワッとあふれてきます……!」
美波さんと美怜さんも、特製のタレと塩を使い分けながら、但馬牛の奥深い味わいをじっくりと堪能していた。
「美味しいね。美怜」
「ええ、本当に。お肉本来の甘みと上品な脂のバランスが素晴らしいわ。ワインやドリンクが進んじゃうのも無理ないわね」
涼花さんも、小さくカットされたお肉を慎重に口に運び、「んぅ……! すっごくジューシーで、でも全然しつこくなくて……美味しいですぅ……!」と目を細めて喜んだ。
少し離れた席では、正樹叔父さんと叶姉さんが、但馬牛のステーキとオマール海老のビスクをゆっくりと味わいながら、夜空に輝く満天の星を見上げていた。
「いやあ、今日のディナーはこれまでの旅の中でも最高傑作だな。お肉もスープも文句なしの美味しさだ」
「星空の下でいただく料理は、何倍にも美味しく感じられるね」
そんなふうに、但馬牛のステーキや焼肉、そして濃厚なオマール海老のビスクを囲みながら、満天の星空を眺める最高のシチュエーションに浸っていたその時──。
突如として、静かな夜のキャンプサイトにスマホの着信音が響き渡った。
「あ、私、ちょっと電話がかかってきたみたい……。ごめんね、すぐ戻るから……!」
電話の画面を確認した叶姉さんが、少し驚いたような表情を浮かべながら席を少し外した。
そして数分後、戻ってきた叶姉さんの瞳には、うっすらと感動の光が宿っていた。
「皆……少し、聞いてくれる? 今、私の担当編集から伝えられて……私の書いた小説のテレビドラマ化が正式に決定したとのことだったんだ……!」
その言葉がキャンプサイトに響いた瞬間、時間の流れがパッと止まったかのような静寂が訪れ、その直後、文字通りの大歓声が爆発した。
「えええーーっ!? ドラマ化ですか……!? うそ、すごすぎるっ……!!」
七柰が両手で口を抑えながら、飛び跳ねて驚きの声を上げる。
特に、叶姉さんの小説の大ファンである美怜さんは、その場から立ち上がり、両目を潤ませながら駆け寄った。
「本当ですか……!? 叶先生……本当におめでとうございます……! 私、先生の小説のファンとして、これほど嬉しいことはありません……! あの情熱であふれた青春の舞台が映像になるなんて、もう感動で胸がいっぱいです……!」
美怜さんの熱い祝福の言葉に続き、他のメンバーたちからも次々と歓声と拍手が巻き起こった。
「マジで凄すぎるっす!! ドラマ化なんて、もう伝説レベルの快挙っすよ! 叶先生、本当におめでとうございますっす!」
茅野さんがパチパチと両手を叩き、菱川さんも「いやもう、びっくりしすぎて腰抜かすかと思ったわ! めっちゃめでたいやん、すごすぎるわ!」と大絶賛する。
その熱気の中、夢乃さんがパッと明るい笑顔を咲かせて叶姉さんのもとへ駆け寄った。
「叶先生、本当におめでとうございますっす……! 私も、先生の描くキャラクターたちの掛け合いが大好きで、いつも元気をもらってたんです! そんなお話がテレビの画面で動くなんて、今から楽しみすぎて待ちきれないです!」
続いて、咲さんも穏やかで上品な笑みを浮かべながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「おめでとうございます、叶先生。素敵なサプライズですね」
「本当に、こんな素晴らしい瞬間に立ち会えるなんて感激だよ。叶さんの才能がこうして形になるなんて、最高の夜だね」
美波さんが優しく微笑み、涼花さんも「おめでとうございますぅ……! ドラマ、絶対リアルタイムで全話録画して見ますね……!」と涙ぐみながら拍手を送る。
正樹叔父さんもグラスを片手に、満面の笑みで叶姉さんに歩み寄った。
「いやあ、おめでとう、叶! 君のたゆまぬ努力と才能が、こうして大きな花を咲かせたんだね。父親として心から誇らしく思うよ」
叶姉さんは、あふれ出る感動を抑えきれないようにそっと目元をハンカチで押さえながら、美しい笑みを浮かべた。
「ありがとう……皆、本当にありがとう。私一人では、決してこんな素敵な奇跡を迎えることはできなかった。この旅で皆と出会い、温かい時間を共有できたからこそ、神様がくれた最高のプレゼントだと思っているよ」
「これはもう、お祝いするしかないね!」
姫子さんがパッと両手を叩いて声を上げる。
「実はね、今日のこのキャンプの夜のために、皆で乾杯しようと思って、特別な『ノンアルコールのシャンパン』をこっそり買ってきておいたの!」
姫子さんがクーラーボックスの底から、スタイリッシュなボトルを誇らしげに取り出した。
「わあ、さすが姫子さん、準備が良すぎるよ!」
「それじゃあ、みんなグラスを持って!」
夜空に輝く満天の星々、パチパチと燃え盛る焚き火の音、そして極上の但馬牛の香りに包まれたキャンプサイトで、全員がグラスを高く掲げた。
「叶先生の小説ドラマ化と、私たちの最高の旅の夜に──かんぱーーいっ!!」
「「「かんぱーーいっ!!」」」
グラスとグラスが軽やかに重なり合い、澄んだ美しい音が夜空の星々へと吸い込まれていくように響き渡った。
ノンアルコールシャンパンの爽やかなシュワシュワとした炭酸が喉を潤し、みんなの笑顔と祝福の言葉が、湯の原温泉の夜をどこまでも温かく、永遠の思い出として刻み込んでいく。




