第49話 小京都の風情と白熱の皿そば打ち、香ばしい香りに包まれた出石の午後
香住海岸の壮大な断崖絶壁や神秘的な青の洞窟を巡る海上大冒険を終えた一行は、心地よい潮風の余韻を胸に、次の目的地へと車を走らせていた。
日本海の荒波が作り上げたダイナミックな景観から一転して、車列はなだらかな山あいを抜け、兵庫県豊岡市が誇る歴史香る城下町──出石のエリアへと足を踏み入れていく。江戸時代の面影を色濃く残すその街並みは、『但馬の小京都』とも称される風情豊かな場所だ。
「わあ……! 海沿いの景色もすごかったけど、こっちは急にタイムスリップしたみたいに雰囲気がガラリと変わったね! 白い壁のお家に、黒い板塀の建物がずらーっと並んでてすごく綺麗!」
助手席の窓から外を眺めながら、七柰が目を輝かせて声を弾ませる。
後部座席でシートベルトを軽く緩めながら、美波さんが穏やかな笑みを浮かべた。
「本当だね。出石は昔、城下町として栄えた場所で、町の中心には出石城の跡や、日本最古級の時計台として知られる『辰鼓楼』もあるの。今日の午後は、この歴史ある町並みの散策と、すごーく楽しみな体験が待っているよ」
車がスムーズに出石の観光駐車場に到着し、全員が車から降り立つと、どこか懐かしい木と土の香りがふわりと鼻腔をくすぐった。石畳の小道や、今も生活用水として流れる綺麗な水路では、色鮮やかな鯉がスイスイと優雅に泳いでいる。
「うわぁ、この街並みめっちゃ落ち着く雰囲気やんなぁ! なんか、お散歩しているだけでもめちゃくちゃテンション上がるわ!」
菱川さんが関西弁のアクセントを軽快に響かせながら、両手を大きく広げて背伸びをする。
隣にいた茅野さんも、さっそくスマホを構えて、レトロな街燈や白壁の蔵を次々とカメラに収めた。
「ほんとっすねー! 海の次は歴史ある城下町なんて、今回の旅行のバリエーションがすごすぎるっす! 写真映えするスポットが多すぎて、シャッターを切る手が止まらないっすよ!」
「皆、はぐれないように気をつけてね。今日の午後は、この美しい出石の町で、いよいよ伝統の『出石皿そば打ち体験』と、名物の皿そばの食べ比べに挑戦するよ!」
姫子さんの元気な合図に合わせ、メンバーたちは期待に胸を膨らませながら、体験道場へと続く風情ある小道を歩き始めた。
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情緒あふれる出石の街並みを少し歩いた先にある、伝統的な趣きの『皿そば打ち体験道場』へと一行は到着した。白壁の建物の中に入ると、香ばしいそば粉の香りがふわりと漂い、これから自分たちの手で麺を打つという高揚感が自然と湧き上がってくる。
「さあ、ここが今日のメインイベントの一つだよ! 本格的な出石のそば粉を使って、手打ちそばに挑戦! 皆、エプロンとバンダナの準備はバッチリかな?」
姫子さんが手際よく全員分のお揃いのエプロンを配りながら、朗らかな笑みを浮かべる。もちろん、全員気合十分で身なりを整えている。
道場の職人さんによる丁寧な見本と説明を受けたあと、いよいよグループごとに分かれてのそば打ちがスタートした。
「それじゃあまずはそば粉に水を少しずつ加えながら、しっかりと混ぜ合わせていくよ」
美波さんがテキパキとリーダーシップを発揮しながら、ボウルに盛られたそば粉に水を回しかけていく。
しかし、言うは易し行うは難し。これがなかなか一筋縄ではいかない。
「わわっ……! 水を入れすぎちゃったのか、なんだか指にすごくベタベタくっついてきちゃうよぅ……! ひゃあ、顔にそば粉がついちゃった……!」
七柰が両手をそば粉まみれにしながら、頭に結んだバンダナを直そうとして、おでこに白い粉を真っ白につけてしまった。その可愛らしいドジっ娘ぶりに、周りからクスクスと笑い声が漏れる。
「ふふ、七柰ちゃん、お顔が真っ白になってるわよ。水は一気に入れずに、少しずつ霧吹きみたいに散らすのがコツよ」
美怜さんが優しく微笑みながらアドバイスしつつ、手際よく自分の分の生地をしっかりとこね上げていく。さすが美怜さん、手つきが妙に様になっていて美しい。
少し離れたテーブルでは、菱川さんと茅野さんが大苦戦していた。
「ちょっ、待って待って! この生地、最初はサラサラやったのに、こねてたら急にポロポロ崩れてきそうになるねんけど! これ合ってるんかー!?」
菱川さんが頭を抱えながら、力任せに生地をグイグイと押し付ける。
隣でそば粉まみれになっている茅野さんも、必死の表情で相槌を打った。
「私の生地なんて、なぜか一部分だけすごく分厚くなっちゃって、まるで粘土細工みたいになってるっす……! 職人さん、助けてほしいっす〜!」
茅野さんが泣きそうな顔で職人さんを振り返ると、職人さんが優しく笑いながら「はっはっは、力を均等に入れながら、手のひらの付け根でしっかり練るんですよ」とコツを教えてくれる。
「なるほど、こうやって体重を乗せる感じっすね! よし、気合入れていくっす!」
茅野さんが再び両袖をまくり上げて生地に向き合う。
その隣で、涼花さんは一言もしゃべらず、まるで職人のような真剣な眼差しでじっと自分の生地と向き合っていた。
「え、えっと……。水加減を慎重にしながら、ゆっくり、丁寧に……。力を入れすぎないように、優しくなでるように……」
涼花さんが細い指先を器用に使いながら、まるで芸術品を扱うかのように丁寧に生地をまとめていく。驚くことに、涼花さんの作った生地は、初心者とは思えないほど滑らかで美しい円形にまとまりつつあった。
「すごいですね、涼花さん! めちゃくちゃ綺麗にまとまってますよ! まるで職人さんみたい!」
七柰が自分の顔の粉を拭うのも忘れて、涼花の完璧な手際をパチパチと拍手して褒め称える。
涼花さんは少し照れくさそうに頬を赤らめながら、「えへへ……ありがとうございますぅ……。なんだか、粘土細工の授業を思い出して集中しちゃいました……」とはにかんだ。
さらに、生地を麺棒で薄く均一に伸ばしていく工程へ。
「わっ、これ以上伸ばすと破れそう! 気をつけて、そーっと、そーっと……!」
「ああっ、端っこがちょっと切れちゃいました! でも、切ってしまえば分からないですよね!」
咲さんと夢乃さんからも歓声と悲鳴が上がる中、大人の見守る特等席では、正樹叔父さんと叶姉さんが温かい眼差しで若者たちの奮闘を見守っていた。
「いやあ、みんな一生懸命で見ていて微笑ましいねえ。若い子たちが粉まみれになりながら何かを作る姿って、本当に青春を感じるよ」
「うん、本当に。うまくいく子もいれば、少し苦戦している子もいるけど、皆でワイワイ楽しそうに作っているその過程こそが何よりも贅沢なスパイスだね」
叶姉さんが、見事な手並みで美しい細切りを完成させていく涼花さんに「お見事」と笑いかける。
最後は包丁を使って生地を均等な細さに切り分ける作業だ。
「太さがバラバラになっちゃったけど、それも手打ちの味ってことで!」
と七柰が笑い、ついに全員分の手打ち出石そばが見事に完成したのだった。
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自分たちの手で苦労して打ち上げた手打ちそばに加え、出石の伝統的な名店が誇る本場の『出石皿そば』の食べ比べがセッティングされた。
出石皿そばの最大の特徴は、小さな小皿に一人前あたり五皿が基本として並べられ、それを自分の好みに合わせてネギ、ワサビ、トロロ、生卵などの薬味とめんつゆを使い分けながら、何枚も重ねていくという独特のスタイルにある。
「わぁぁ……! 一人ずつ、この小さな小皿に盛られたおそばがずらーっと並んでて、めちゃくちゃ可愛い! しかも、何枚でも重ねていけるんだね!」
七柰が目の前に並べられた小皿のタワーを見て、ワクワク感を隠しきれない様子で目を輝かせる。
「そうよ。出石ではね、昔から男性は二十皿、女性は十五皿以上食べると『記念の証』がもらえるっていう伝統があるの。もちろん、自分の食べられる分だけでいいけれど、どこまでいけるか挑戦してみるのも面白そうね」
美怜さんがメニュー表を眺めながら上品に微笑む。
その言葉を聞いた瞬間、メンバーたちの闘争心がなぜか一気に燃え上がったようだった。
「マジですか……!? それ、絶対負けられないやつっすね! 私、昨日の海の幸からずっと食欲全開だから、二十皿の記録、余裕で狙っちゃうっすよ!」
茅野さんがメラメラと闘志を燃やしながら、さっそく目の前の一皿目をツユにつけてズルズルと勢いよくすすり込んだ。
「んんーーっ! 美味しいっ!! おそばの香りがすごく豊かで、コシがしっかりしててツルッとのど越しが最高っす……! これなら何枚でもいけちゃうやつっす!」
「ほんまやなぁ! 出石のそば、めっちゃ風味豊かで美味しいわぁ! しかも、途中で生卵とかトロロを入れて味変できるから、全然飽きへんのよな!」
菱川さんも絶賛しながら、ペロリと一皿目を平らげ、さっそく二皿目、三皿目と重ねていく。
美波さんと美怜さんも、それぞれのペースで薬味を上品に組み合わせながら、出石そばの上質な味わいをじっくりと堪能していた。
「本当に、お出汁の旨味とおそば自体の香りのバランスが絶妙だよ」
「ええ。これなら何皿でもいけそうな気がしちゃうのも納得ね」
その隣で、咲さんと夢乃さんもそれぞれの小皿に箸を伸ばし、目を輝かせていた。
「ほんとです、すごく美味しい……! 自分たちであんなに苦労して粉まみれになりながら作ったおそばだから、余計に味わい深く感じちゃいますね。少し不揃いな太さの麺があるのも、逆に手打ちならではの食感が楽しめて最高っす……って、私も茅野ちゃんの口調がうつっちゃった!」
夢乃さんが照れくさそうに笑いながら、二枚目の皿にそっとワサビを添える。
「ふふ、夢の言う通りね。それに、このパリッとしたコシの強さと、喉ごしの良さは名店のお墨付きならではって感じがするわ。私は特に、山芋トロロと絡めて食べるのがお気に入りかな。何枚でもペロリといけちゃいそうで、これじゃあお皿のタワーがすごいことになっちゃうかも……」
咲さんが優雅に微笑みながら三皿目を軽やかに平らげ、手際よく次の皿へと手を伸ばす。
涼花さんは、少し緊張した面持ちで自分の分の五皿を見つめながら、慎重に箸を動かしていた。
「あ、あの……私、そんなにたくさん食べられるか心配だったんですけど、おそばの口当たりがすごく優しくて、つるんって食べられちゃいますぅ……! 美味しいです……!」
小さく微笑みながら二皿目に手を伸ばす涼花さんの横で、七柰は驚異的なスピードでお皿のタワーを積み上げていっていた。
「五枚クリア! 六枚、七枚……まだまだいけるよー! だって、自分たちで作ったおそばも混ざってるから、美味しさ倍増なんだもん!」
七柰の勢いに押されながらも、全員がそれぞれのペースでお皿を重ねていく。
少し離れた席で見守っていた正樹叔父さんと叶姉さんも、出石皿そばの美味しさにすっかり魅了されていた。
「いやあ、この小皿で次々と味わうスタイルは、食べていて本当に楽しいねえ。俺もすでに十皿を超えたところだよ」
「やるね、お父さん。私も香ばしいそばの風味と、この滑らかなのど越しにすっかり虜になってしまったよ」
叶姉さんがゆっくりと一口サイズのおそばを味わいながら、綺麗にお皿を重ねていく。
そうやって、美味しい出石皿そばの食べ比べと、自分たちで粉まみれになりながら作り上げた手打ちそばの思い出に浸っているうちに、午後のひとときはあっという間に過ぎ去り、出石の城下町にも少しずつ夕暮れの柔らかな影が伸び始めていた。
「ふう……食べた食べた! お皿のタワーがこんなに高くなっちゃったよ! 」
七柰がお腹をポンポンと軽く叩きながら、満足そうに満面の笑みを浮かべる。
近くに座っていた茅野さんも、自分の積んだお皿の山を見て「やったっす! あたしも目標の二十皿を無事に突破して、記念の証をゲットしたっすよ!」
と誇らしげにカメラを掲げた。
「皆、本当によく食べたね。自分たちで打ったおそばの味は、また格別だったんじゃない?」
姫子さんが温かいほうじ茶を配りながら、全員の健闘を讃えて優しく微笑む。
甘い香ばしさと、心地よい満腹感に包まれた道場の空気に、みんなの笑い声が優しく溶け込んでいた。
「さて、但馬の小京都・出石での文化とものづくり体験、そして絶品の皿そばは心ゆくまで堪能できたわね。いよいよ私たちの旅も、次の目的地へと進んでいくわよ」
美怜さんのその言葉に、全員がシャキッと背筋を伸ばす。
歴史ある城下町の風情と、自分たちの手で作り上げた最高の思い出を胸の奥に詰め込み、一行は再び車へと乗り込んだ。
夕日に染まり始める但馬の山並みを背に、旅はいよいよクライマックスの舞台へ走り出していく。




