第46話 レトロな湯の町と夜空を焦がす夢花火、気比の浜へ続く最高の夜
山深き渓流でのヤマメつかみ取りと川遊びで心地よい疲労と爽快感を味わった一行は、冷えた体を温かいお茶とタオルで整えると、夕暮れが近づく空の下ふたたび車を走らせていた。
午後の豊かな自然を満喫したあと、車列が向かったのは日本海に面した港町──香住や浜坂のエリアだ。夕方の漁港近くにある新鮮な海産物を扱う直売所や魚市場に立ち寄り、今日の夜、そして明日のキャンプで楽しむための最高の食材を買い込むためである。
「うわあ、見てくださいこれ……! まだ透き通るくらい新鮮な白イカに、脂がのった地魚がこんなにたくさん並んでますよ!」
車から降り立った七柰が、魚市場の店先に並ぶ色鮮やかな魚介類を見つけて目を輝かせる。
隣にいた菱川さんも、関西弁を響かせながら目を丸くした。
「ほんまや! めっちゃピチピチしてて美味しそうやん! これ絶対、夜に刺身とか網焼きにしたら最高のやつやんなぁ!」
美波さんがテキパキとカートを押し、美怜さんと一緒に次々と厳選した食材をカゴに入れていく。
「白イカは鮮度が命だし、今夜食べる分と明日用に分けて、しっかりと強力なクーラーボックスに入れておきましょう。氷もたっぷり詰めておくわよ」
「さすが美怜さん、準備が完璧っすね! 私、このお魚の目利きとか全然わかんないから、すごく勉強になるっす!」
茅野さんが感心したようにパチパチと手を叩き、涼花さんもその後ろでそっとうなずいた。
「うんうん……! 香住や浜坂の海の幸って、ブランドとしてもすごく有名ですもんね。こんなに贅沢な食材を皆で買い出しできるなんて、なんだか夢みたいです……!」
買い込んだばかりの新鮮な白イカや旬の地魚は、プロ仕様の強力なクーラーボックスへと慎重に詰め込まれていく。氷の冷気が立ち込める中、魚介類が傷まないように万全の配慮を済ませると、正樹叔父さんが満足そうにうなずいた。
「いやあ、これだけの極上の海の幸を仕入れられたなら、今夜の夕食やキャンプの楽しみが何倍にも膨らむな。みんな、ナイスチョイスだぞ」
叶姉さんも微笑みを浮かべながら、手元のパンフレットに目を落とす。
「うん、本当にお見事だね。新鮮な白イカなんて、東京ではなかなかお目にかかれない贅沢品だもの。今夜の温泉街での散策も楽しみだけれど、そのあとの夜の語らいがますます待ち遠しくなるね」
姫子さんが地図を確認しながら、元気いっぱいに全員に声をかけた。
「さあ、食材の準備は完璧。ここからは、いよいよ今日の宿泊地近くのレトロな温泉街──城崎温泉へと向けて、夕暮れの海岸線を走り出すよ!」
§
夕暮れの橙色の光が山々と川面に反射し始める午後六時。
一行の車列は、独特の情緒をたたえた歴史ある温泉街、城崎温泉へと到着した。
国の登録有形文化財なども多く残る街並みは、柳並木が続く大谿川の両側に太鼓橋が架かり、浴衣姿の観光客が下駄の音をカランコロンと響かせながらそぞろ歩いている。まさに日本の原風景とも言える、圧倒的にレトロで美しい空間が広がっていた。
「わぁぁぁ……! すごい! 何ここ、まるでタイムスリップしたみたいに素敵な街並みですね……!」
七柰が車から降り立つやいなや、両手を合わせて感動の声を漏らす。川沿いに並ぶ木造建築の旅館や、温かい灯りをともす提灯の明かりが、夕暮れの空に美しく溶け込んでいた。
「本当ですね……! 川にかかる橋と柳並木のコントラストが絵画みたいに綺麗だわ。下駄の音も、なんだか心地いいリズムに聞こえます」
夢乃さんもその美しい景観を前にうっとりとしている。
「皆、はぐれないように気をつけてね。今日はこの温泉街で、それぞれ自由に夕食を食べたり、お土産の買い出しをしたりしながら、夜の花火までの時間を満喫しよう!」
姫子さんの合図に合わせ、メンバーたちはグループに分かれて、レトロな温泉街へと繰り出していく。
「ねえねえ、美波さん、あっちのお店で湯けむりが上がってるよ! 何売ってるんだろ?」
「本当ね、温泉まんじゅうかな。ちょっと覗いてみましょっか」
美波さんと七柰が仲良く並んで老舗の和菓子屋の店先を覗き込む。
少し離れた場所では、菱川さんと茅野さんが地元の名産品が並ぶお土産屋さんを冷かしていた。
「見てこれ、カニの形をした可愛いキーホルダーやで! 京ちゃん、これお揃いでどう?」
「うわっ、ほんとっすね! めっちゃ可愛いし、旅の記念にぴったりっす!」
二人はキャッキャと楽しそうに小さな小物を手にとって笑い合う。
一方、美怜さんと涼花さんは、落ち着いた佇まいのカフェやジェラートのお店をチェックしながら、ゆったりとしたペースで石畳の道を歩いていた。
「涼花ちゃん、足の疲れは大丈夫? 結構たくさん歩いたから、無理しないでね」
「はいっ、美怜さんありがとうございます! 景色が綺麗すぎて、全然疲れなんて感じないです……! あ、あそこのお店の看板、すごく可愛いですね……!」
涼花さんがパッと笑顔を咲かせながら指差した先には、地元特産の食材を使ったおしゃれなジェラート屋の看板が掲げられていた。
街のあちこちから、香ばしいカニの焼き物の匂いや、ジューシーな牛串の香り、甘いお菓子の香りが漂ってきて、お腹が空いた胃袋を心地よく刺激する。歴史の重みと現代のワクワクが絶妙にミックスされた城崎温泉街の夕暮れは、訪れる者すべての心を優しく包み込み、最高の癒やしを与えてくれていた。
§
温泉街での楽しい夕食や食べ歩き、そして細かな買い出しを終えた一行が、指定された観覧スポットや川沿いの開けた場所へと集まってきたのは、夜の帳が完全に下りた午後九時手前のことだった。
夏の夜空はすっかり濃い藍色に染まり、川面に街の明かりがキラキラと揺らめいている。
そんな静かな夜の温泉街に、突然「ドンッ、ドーン!」と腹の底に響くような重低音が鳴り響いた。
「わっ……! 始まった……っ!」
七柰が両手で胸元を押さえながら、パッと夜空を見上げる。
城崎温泉では、夏の夜の風物詩として知られる夢花火が打ち上げられる日だった。温泉街のすぐ近くの夜空をキャンバスにして、次から次へと色鮮やかな大輪の花火が打ち上がっていく。
「すごいわ……! 街のすぐ上で上がるから、首が痛くなるくらい間近に見えるで!」
菱川さんが両手をパッと広げ、夜空に広がる光のシャワーを見上げて歓声を上げる。
茅野さんもスマホをかまえ、鮮やかな花火の光跡をカメラに収めようとする。
「タイミングバッチリっすね……! 夜空と温泉街の古い街並みに花火が映えて、めちゃくちゃ綺麗に撮れてるっす!」
「本当に……! まるで絵のなかに飛び込んだみたいな美しさだね。こんな間近で花火を楽しめるなんて思っていなかったから、すごく感動しちゃう」
美波さんがうっとりとした表情を浮かべ、隣に立つ美怜さんもうなずいた。
「ええ、音の迫力もすごいわね。胸の奥までドーンと響いてくる感じが、夏の夜の特別感を一層引き立ててくれるわ」
夜空を焦がすように次々と打ち上げられる花火は、赤、青、金、銀と色を変え、パッと大輪の花を咲かせては、夜の闇へと消えていく。その光の余韻が、温泉街の木造建築や石畳、そして彼女たちの瞳をドラマチックに照らし出していた。
少し離れた特等席で見守っていた正樹叔父さんも、満面の笑みを浮かべて夜空を見上げる。
「いやあ、素晴らしいな! この規模の花火をこんな間近で堪能できるとは、最高のサプライズだ」
叶姉さんも、扇子を胸元にあてながらうっとりとした表情を崩さない。
「夜空に咲く大輪の花と、温泉街の情緒がこれほどまでにマッチするなんて……。忘れられない夏の夜の思い出になるね」
涼花さんは、あまりの美しさと迫力に言葉を失ったようにぽかんと口を開け、一発一発の花火が上がるたびに「わぁ……綺麗……」と小さくつぶやきながら、胸の前で両手をぎゅっと握りしめていた。
夜空を彩る夢花火のフィナーレを飾る連続打ち上げがドーンと響き渡り、夜空が昼間のように明るく照り輝いた瞬間、一同からは割れんばかりの大きな歓声と拍手が巻き起こった。
§
午後九時を少し回った頃、夢花火の熱気と感動が冷めやらぬまま、一行はそれぞれの車に乗り込んだ。
本日の宿泊地となるのは、城崎温泉街から車でおよそ10分という抜群の近さを誇る『気比の浜キャンプ場』だ。花火の余韻に浸る間もなく移動できるため、夜遅くであっても移動の負担が少なく、スムーズにキャンプサイトへとアクセスできるのが最大の魅力である。
「うわぁ、花火が終わってからあっという間に着いちゃったね! 本当に10分もかからなかったよ!」
七柰が車窓の外に広がる日本海の気配を感じながら、驚いたように声を上げる。
車がゆっくりと『気比の浜キャンプ場』の敷地内に滑り込み、エンジンを停止させると、車のドアを開けた瞬間に、波の音がさらさらと心地よく耳に飛び込んできた。目の前には、日本海に面した広大な砂浜と、夜風に揺れる松林が広がっている。
「さすが奏多君のリサーチね。城崎温泉からこんなにすぐ近くに、こんな開放的なキャンプ場があるなんて本当に便利だわ」
美波さんが伸びをしながら微笑む。
僕は満足げに胸を張った。
「ですよね。城崎温泉で思いっきり夜の街や花火を楽しんだあと、すぐにテントやキャンプサイトに戻ってこられるようにしたかったんです。夜の海風を感じながら過ごす時間も、最高に贅沢だと思いませんか?」
「最高っす! 温泉でポカポカに温まった体に、この夜の海風がめちゃくちゃ気持ちいいっすね!」
と茅野さんが元気に両手を上げる。
「ほんまになぁ! しかも、さっき香住と浜坂で買い込んできたあの新鮮な白イカと地魚のクーラーボックスがあるんやから、今から夜の宴を始めるしかないやん!」
菱川さんが関西弁でテンション高く叫ぶと、一同から「賛成ー!」「お腹空いてきちゃった!」と次々に声が上がった。
手際よくランタンの灯りがともされ、キャンプサイトの一角にテーブルと椅子がセッティングされていく。昼間に買い込んだばかりの香住・浜坂の極上の白イカや地魚をクーラーボックスから取り出し、さっそく簡単な調理や網焼きの準備が始まった。
「さあ、皆さんお疲れ様でした! 城崎温泉の夢花火と、最高のロケーションに乾杯しましょ!」
姫子さんの元気な音頭に合わせて、冷えたドリンクを片手に全員のグラスが軽やかに合わさる。
「「「かんぱーーいっ!」」」
夜の日本海の潮騒と松林のざわめきをBGMに、透き通るような白イカの刺身を一口頬張った七柰が、「んんーーっ! 甘くてとろけるーーっ!」と飛び跳ねるように感動の声を上げた。
「本当ね……! 身がプリプリしていて、さっきまでの楽しかった温泉街や花火の思い出が一気に蘇ってくるわ」
美怜さんがグラスを傾けながら、優しく微笑む。
少し離れた場所では、正樹叔父さんと叶姉さんも、落ち着いた大人の雰囲気の中で地魚の網焼きを囲みながら穏やかに語り合っていた。
「いやあ、今日は朝の伊根から始まり、山の渓流、そして夜の城崎温泉と花火、さらにここ気比の浜でのキャンプと、濃密で素晴らしい一日だったな」
「うん、本当に。若い皆の弾けるような笑顔を見ているだけでも、こっちまで元気を分けてもらえるよ」
波の音が静かに夜の闇を揺らす中、美味しい海の幸と弾む笑い声、そして温かな仲間たちの絆が、気比の浜キャンプ場の夜をどこまでも深く、優しく満たしていく。
明日への期待を胸に抱きながら、最高の夜の宴はいつまでも和やかに続いていった。




