第44話 水の上の家、伊根の舟屋で過ごす心躍るひととき
『Hygge BASE京丹後』での温かな朝食とスムーズな撤収作業を終えた一行を乗せた車は、青空の下、日本海の海岸線を走る国道を軽快に進んでいた。
窓を全開にすると、胸のすくような潮の香りと、少し冷たさを含んだ爽やかな海風が車内を駆け抜けていく。
「うわぁぁぁ、海が見えてきたーーっ! めっちゃ綺麗!」
後部座席の窓から身を乗り出すようにして声を上げたのは七柰だ。目の前に広がるのは、さえぎるもののないどこまでも深いコバルトブルーの日本海。太陽の光を浴びた水面が、まるで無数のダイヤモンドを散りばめたようにキラキラと輝いている。
「本当ね。見晴らしのいい芝生のキャンプ場から一転して、こうして一気に青い海が広がると、一段と解放感が増してワクワクするわ」
隣に座る美波さんが微笑む。
助手席に座る姫子さんも、地図を片手に満足げにうなずいた。
「事前のリサーチ通り、海沿いのドライブルートは最高だね。京丹後は爽快なロケーションが次々に変わるから、本当に贅沢な旅だよ」
「ねえねえ、今日の最初の目的地って、あのテレビとかでよく見る『舟屋』のところなんですよね? 水の上に家が建ってるって、子どもの頃から写真で見てずっと憧れてたんですよ!」
七柰が両手を頬にあてながら、ワクワクを隠しきれないといった様子で弾んだ声を上げる。
隣に座る美波さんも、穏やかな笑みを浮かべながら窓の外の景色に目を細めていた。
「ええ、伊根の舟屋よ。1階が船のガレージになっていて、2階が居住スペースという独特の建築様式が約230軒も立ち並んでいる場所なの。海と生活が完全に一体化している、全国的にもすごく珍しい漁村なんだって
美怜さんがタブレットで調べた情報をスラスラと解説すると、七柰が「すごーい! まさに海の上の秘密基地みたい……!」と目を輝かせる。
車はやがて、穏やかな湾に沿って入り組んだ小さな港町へと差し掛かった。山と海に挟まれた狭い土地に、昔ながらの風情を残す木造の建物がズラリと並んでいる。海のすぐ脇に軒を連ねる家々は、まるで水面にぷかぷかと浮かんでいるかのように見え、訪れる者すべての心を一瞬で奪うような独特のノスタルジックな美しさを放っていた。
「わぁ……! 本当に海の上に家が建ってる……! 写真で見るより何倍もすごい景色ですね……!」
車がゆっくりと駐車スペースに滑り込むのと同時に、一同は感嘆のため息を漏らしながら、次々と車外へと降り立ったのだった。
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伊根湾めぐりの遊覧船乗り場に到着した一行は、ちょうど出航直前の便にタイミングよく乗り込むことができた。オープンエアの2階デッキ席に陣取ると、穏やかな湾風が髪を優しく揺らす。
「わあ、風が気持ちいいー! 出発するよー!」
汽笛の音がポワーンと低く響き渡り、遊覧船がゆっくりと桟橋を離れて動き出す。エンジン音が心地よい振動となって伝わり、船尾から広がる白い航跡が青い海に美しい一本の線を描いていく。
船が進むにつれて、目の前に広がる景色はさらにドラマチックに変化していった。水面に映り込む山々の緑と、古くから続く舟屋の重厚な板壁が織りなすコントラストは、まるで一幅の日本画のよう。都会の喧騒を完全に忘れさせてくれるような、静かで圧倒的な時間がそこには流れていた。
「ねえ、みんな見て! あっちの舟屋の1階から、本当に小舟が出入りできるようになってるよ!」
姫子さんが指差した先では、住民の方が実際に船を操縦して海へ繰り出そうとしているところだった。
家の玄関のすぐ前が大海原という環境に、メンバーたちは「すごーい」「映画のワンシーンみたい……」と興味津々でレンズを向ける。
と、その時──。
「クワッ! クワッ!」
どこからともなく、大量のウミネコやカモたちが一斉に遊覧船を追いかけて飛んできた。船の周りを囲むようにバサバサと翼を羽ばたかせ、まるで「エサをちょうだい!」とアピールするかのように、つぶらな瞳でこちらをじっと見つめている。
「わっ、すごい数の鳥さんたちが寄ってきたー!」
七柰が驚きながらも、思わず嬉しそうに両手をパチパチと叩く。売店で購入していたカモ・ウミネコ用のエサの小袋を開けると、待っていましたとばかりに周囲の空気が一気に賑やかになった。
「ほら、七柰ちゃん、あげるならこうやって手に持って……」
美怜さんがコツを教えながら、手のひらに小さなエサを乗せる。
七柰が恐る恐る手を差し出すと、空中で器用にホバリングしたカモが、風を切るようにシュッと素早くエサをついばんでいく。
「きゃっ! くすぐったいけど、めっちゃ可愛いー! 手のひらがポカポカする!」
その様子を見ていた菱川さんも、「私もやってみるわ!」とエサの袋を手に取り、恐る恐る手を伸ばした。
「うわっ、すごい勢いや! でも、すごく人懐っこくて可愛いな……! ほら、こっちにもちょうだい!」
次々と飛んでくるカモたちにエサをあげながら、デッキの上は一気に笑い声と歓声で満たされていく。
正樹叔父さんもカメラを構え、カモたちと戯れる菱川さんや七柰の楽しげな瞬間を次々とシャッターに収めていた。
「海風は少し冷たいけど、みんなでこうして並んで風を受けるの、すごく青春って感じで最高だね!」
美波さんが満足そうな笑みを浮かべながら、青く澄んだ海原の向こうに目を細める。伊根湾の美しい景観と、予測不能なカモたちとのふれあいに夢中になっているうちに、あっという間に30分の遊覧船クルーズはフィナーレを迎えたのだった。
§
遊覧船を降りた頃には、潮風をたっぷり浴びたお腹が心地よく空腹を訴え始めていた。
「さて、待ちに待ったお昼ご飯の時間ですね!」
と姫子さんが声を弾ませる。
本日のランチの舞台となるのは、伊根町観光協会の2階に位置する『舟屋食堂』だ。観光の拠点として抜群のロケーションを誇るだけでなく、なんといっても目の前に伊根湾の穏やかな海がパノラマのように広がる最高のシチュエーションが魅力である。
階段を上がって店内に入ると、木の温もりを基調としたアットホームで居心地の良い空間が広がっていた。大きなガラス張りの窓からは、先ほどまで乗っていた遊覧船や、目の前に浮かぶ舟屋の景色がそのまま一枚の絵のように飛び込んでくる。
「わぁ、ここからの景色もめちゃくちゃ綺麗……! 海がすぐそこに見えるよ!」
「本当ね。席数もゆったりしていて、すごく落ち着く雰囲気だわ」
窓際の特等席に案内された一行は、メニューが開かれた瞬間、全員が「うわぁ……!」と息を呑んだ。日本海の荒波と穏やかな伊根湾が育んだ極上の海の幸が、これでもかとメニューの紙面を彩っている。
定番の豪華な『海鮮丼』をはじめ、地元ならではの珍しい『アオリイカ丼』、さらには旬の魚介を使った各種定食など、どれもこれも魅力的すぎて一つに絞るのが難しいほどだ。
「どうしよう……どれも美味しそうすぎて、本気で迷っちゃうんですけど……!」
夢乃さんが頭を抱えながらメニューをジッと見つめ、行ったり来たりしていると、咲さんがクスリと笑った。
「せっかくの伊根だもの、私はやっぱり定番の海鮮丼にいくわ。マグロにタイ、ブリ、甘エビ……日本海のオールスターが揃ってるみたいだからね」
「私は……うーん、やっぱりこれにするわ」
と、美怜さんが指差したのは名物の『アオリイカ丼』だ。
「アオリイカって、甘みが強くてモチモチした食感が抜群じゃない? しかも地元で水揚げされたばかりの新鮮なやつなんて、ここでしか食べられない味よね」
「あ、私も美怜さんと同じアオリイカ丼が気になるわ。あの透き通るような美しさに惹かれちゃうねん!」
と菱川さんも便乗する。
「じゃあ私は、色々な海の幸が一度に楽しめる特製海鮮丼にするっす。それを、みんなで少しずつシェアしませんっすか?」
と茅野さんが提案すると、「それ最高だね! ぜひそうしようよ!」と全員の意見が見事に一致した。
注文を済ませ、窓の外を行き交う小舟を眺めながらおしゃべりを楽しんでいると、待ちに待った料理が運ばれてきた。
「お待たせいたしました! 特製海鮮丼と、伊根名物アオリイカ丼でございます!」
店員さんがテーブルの上にどんぶりを置いた瞬間、一同から思わず歓声が漏れた。
目の上に現れた『特製海鮮丼』は、どんぶりからはみ出しそうなくらい贅沢に盛られたネタがキラキラと輝いている。脂の乗ったブリのピンク色、タイの透き通るような白身、濃厚な赤身のマグロ、そしてトロリととろけそうな甘エビに、仕上げのイクラが宝石のように散りばめられていた。
そして、美怜さんと菱川さんが注文した『アオリイカ丼』は、まるで芸術品のように美しくスライスされたイカの身が、幾重にも重なって真っ白な花を咲かせている。その中心には黄金色の卵黄がポンと乗せられており、いかにも濃厚で食欲をそそるビジュアルだ。
「いただきます……っ!」
待ちきれなくなった七柰が、まずは一番食べたかった海鮮丼のマグロを一口。口に入れた瞬間、思わず両手でほっぺたを押さえた。
「んんーーーーっ! 美味しすぎるーーーっ! 身が締まってて、甘みがジュワって口いっぱいに広がるよー!」
「本当だ……! このブリ、脂がのってるのに全然しつこくなくて、いくらでも食べられちゃいそう!」
と、美波さんも感動したように箸を進める。
続いて、美怜さんがアオリイカ丼に手を伸ばした。中心の卵黄をプチッと崩し、黄金色のトロリとした液体を白いイカに絡めてから、一口パクッと口に運ぶ。
「……っ! これは反則だわ。ものすごくモチモチしていて、噛めば噛むほどイカ本来の甘みがとろけ出してくる……! 特製のタレと卵黄のコクが絡み合って、言葉を失う美味しさよ」
「本当やね……! 食感がサクサク、モチモチしていて、こんなに美味しい イカを食べたのはじめてやわ!」
菱川さんも目をキラキラさせながらうっとりとうなずき、茅野さんも海鮮丼のタイを味わいながら「お出汁の効いたお味噌汁も、冷えた体に染み渡るっすね……」と和やかな笑みを浮かべた。
目の前に広がる伊根湾の穏やかな海を眺めながら、新鮮で極上の海の幸をみんなでワイワイとシェアし合う至福のランチタイム。美味しい笑顔と弾む会話で、テーブルの上は終始温かな熱気に包まれていた。
「お腹いっぱい、大満足……!」
と、七柰がお腹をポンと軽く叩きながら幸せそうなため息をつく。
「さて、美味しいランチでエネルギーも満タンになったことだし、午後の観光に向けて、さらに京丹後の魅力を満喫しに出発しましょー!」
姫子さんの元気な掛け声に合わせ、一行は笑顔を揃えて『舟屋食堂』を後にし、次の目的地へと軽やかな足取りで向かっていくのだった。




