第43話 潮風香る朝と、次の目的地へ、笑顔が弾むキャンプ二日目の幕開け
鳥たちの瑞々しいさえずりが、どこか透明感を含んだ京丹後の朝の空気を震わせていた。
木々の隙間から差し込む柔らかい木漏れ日が、テントのキャンバスやタープの表面を優しく撫でるように照らし出していく。
昨夜までの賑やかで温かな熱気が心地よい余韻として残る中、静けさと爽やかさが同居する贅沢な時間が、この『Hygge BASE京丹後』の朝を包み込んでいた。
「ん……いい匂い……」
寝袋の温もりから名残惜しそうに這い出した七柰が、小さく伸びをしながらパチパチと目を擦る。寝癖のついた髪をそのままに、まだ半分夢心地な足取りでテントから顔を出すと、鼻腔をくすぐる香ばしい匂いにフッと表情を緩ませた。
「おはよう、七柰。よく眠れた?」
「うにゃ、お兄ちゃん、おはよー……。んもう、なんだかすごく美味しそうな匂いがして、一発で目が覚めちゃったぁ」
七柰がトコトコとリビングスペースに近づくと、すでに身支度を済ませた僕や姫子さん、美波さん、美怜さんの姿があった。朝の冷んやりとした空気を心地よさそうに吸い込みながら、彼女たちはすでに手慣れた手つきで朝食の準備に取り掛かっている。
「おはよう、七柰ちゃん。昨夜はあれだけ豪華なディナーを食べたのに、朝になったらお腹が空くなんて、さすが若い証拠だね」
美波さんが優しい微笑みを浮かべながら、マグカップにたっぷりと注いだ淹れ立てのコーヒーを差し出す。
「皆で作るキャンプのご飯って、なんであんなに魔法みたいに美味しいんですかねー! あ、お手伝いしますよ!」
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えて、そこの木のプレートを並べるのを手伝ってもらえる?」
「はーい!」
七柰の元気な返事が朝の森に響き渡ると同時に、他のメンバーたちも次々とテントから起きてきた。
それぞれが笑顔で「おはよー!」と声を掛け合い、あっという間にサイト全体が活気で満たされていく。
キッチンスペースでは、美怜さんが前夜の調理器具や食材をスマートに引き継ぎながら、朝食のメインづくりの真っ最中だった。
「よし、昨日のアクアパッツァで余った夏野菜とミニトマトも、無駄なくここで使っちゃいましょう!」
美怜さんが手際よく包丁を動かし、色鮮やかな野菜を一口大にカットしていく。スキレットにオリーブオイルを回し入れ、ジューシーなトマトやズッキーニをさっと炒めると、それだけで食欲をそそる芳醇な香りが辺りに広がった。
ボウルに割り入れた丹後産の新鮮な卵は、黄身がぷっくりと盛り上がり、いかにも濃厚で美味しそう。そこに塩・コショウとたっぷりの粉チーズを加え、菜箸で軽やかに混ぜ合わせる。
「美怜さん、卵の色がすごく綺麗だね。さすが地元のブランド卵」
「でしょう? 白身の弾力も違うし、火を通したときのふんわり感が格別なの。これに粉チーズのコクをプラスして……一気に流し込むわよ」
ジュワッという心地よい音とともに、色とりどりの野菜が入ったスキレットへ溶き卵が満たされていく。
美怜さんは弱火にして蓋をすると、「あとはじっくり、余熱で火を通すだけ。ちょっと目を離してる間に、パンの準備もしちゃおっか」と振り返った。
サイドメニューの準備を担当していた美波さんが、香ばしいロールパンとバゲットを別のスキレットに並べる。贅沢にバターを落とし、表面がこんがりとキツネ色になるまで丁寧に焼き上げていく。
「ん〜、バターがじゅわって溶けるこの匂い、反則級にいい匂いですね……!」
「でしょ? バター醤油をほんのり効かせたから、絶対にコーヒーにも合うはずだよ」
さらに、デザート・サイドとして用意されたのは、前日のフルーツ(桃やブルーベリー)をふんだんに使った特製ヨーグルトボウル。現地の直売所で追加調達したばかりのフレッシュな果実たちが、プレーンヨーグルトの白に鮮やかなグラデーションを描いている。仕上げにとろりとかかったはちみつの甘い輝きが、朝の光を浴びてキラキラと反射していた。
「皆、お待たせ。スキレット・オープンオムレツ、焼き上がったわよ」
美怜さんがミトンを両手にはめ、ジュージューと音を立てる熱々のスキレットをテーブルの中央へとドンと置いた。
黄色い卵のキャンバスに、トマトの赤と野菜の緑がパッチワークのように映え、その中心からはチーズとバターの芳醇な香りがふわりと立ち上る。
「うわぁぁぁ、すごい! めっちゃお洒落で美味しそう!」
「わあ、まるで絵本に出てくる朝ごはんみたいですね!」
メンバーたちの歓声が上がる中、各自のプレートに取り分けられたオムレツは、外側がふんわり、中はチーズがトロリととろける絶品。香ばしいバター醤油のロールパンを頬張り、冷たくてコクのある丹後ジャージー牛乳や、すっきりした酸味のレモネードをゴクッと飲み干す。
「生き返る……! この牛乳、めちゃくちゃ濃厚なのに後味がすっきりしてて最高です!」
「美味しい朝ごはんは、一日の最高の原動力になるね。さあ、しっかり食べて、今日の海側観光に備えよう!」
姫子さんの掛け声に合わせ、みんなで「いただきまーす」と改めて手を合わせる。
「んんっ……! このオムレツ、口に入れた瞬間にとろけるような柔らかさやわ! 隠し味の粉チーズとトマトの酸味が絶妙にマッチしていて、朝からこんな贅沢なものが食べられるなんて幸せすぎや……!」
菱川さんが目を輝かせながら頬を抑え、感動したように感嘆の声を漏らす。
それに続くように、茅野さんもふんわりとしたロールパンを一口かじり、うっとりとした表情を浮かべた。
「本当っすね……! バター醤油の香ばしさと、手作りの温かさが体にじわーっと染み渡るっす。昨日の豪勢なディナーの余韻に浸りつつ、朝は朝で全く違う方向性の美味しさ。美怜さん、美波さん、本当に素晴らしい朝食をありがとうございますっす!」
二人の心の底からの称賛に、料理を手掛けた美怜さんや美波さんも嬉しそうに微笑み返す。
賑やかで温かい朝食の時間が、ゆっくりと、けれど確実に過ぎていった。
§
お腹がしっかりと満たされたあとは、テントの撤収作業が待っていた。
「よし、皆、テキパキ片付けちゃおう」
僕の指示のもと、ペグを一本ずつ丁寧に抜き、寝袋やマットを空気を抜きながらコンパクトに畳んでいく。昨日あんなに苦労して建てたテントが、みるみるうちに元の収納バッグへと収まっていくのを見ると、楽しかったキャンプの終わりが少しずつ近づいている実感が湧いてきて、ちょっぴり切ない気持ちにもなる。
「あ、七柰ちゃん、そこのポール、しっかり拭いてからケースに入れてね」
「はーい! それにしても本当に楽しかったなぁ……。出ていきたくない病が発動しそうです」
七柰が名残惜しそうに呟くと、美怜さんがクスリと笑って頭をポンと軽く叩いた。
「なにいってるの 旅行はまだ始まったばかりよ。これからもまだまだ魅力的なスポットがいっぱいあるんだから」
「うんっ! そうですよね!」
全員で協力したおかげで、撤収作業は予定よりもずっと早く、スムーズに完了した。使わせていただいた『Hygge BASE京丹後』のサイトを、来たときよりも美しく、ゴミ一つない状態に整える。
最後に全員で記念の集合写真をパシャリと撮影し、心からの感謝を込めて管理人さんへ挨拶を済ませた。
「それじゃあ、いよいよ午前の海側観光へ出発進行!」
「「「おーーっ!」」」
姫子さんの掛け声に皆が腕を振り上げて答える。
荷物を綺麗に積み込んだ車に乗り込み、エンジンが軽やかな音を立てて走り出す。窓を少し開けると、どこか潮の香りを含んだ爽やかな海風が車内に吹き込み、次の目的地への期待感を否応なしに高めてくれた。




