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第4話 マドンナの影、キャンプ地を決める作戦会議


 大学で午前中の講義が終わり、キャンパスを包み込んでいた静けさが、一斉に学生たちのざわめきへと塗り替えられていく。

 

 講義棟の出口から溢れ出た人々が、それぞれの目的地へと散っていく中、僕たちは四人で待ち合わせの約束をしていた並木道のベンチへと向かった。


 陽光が新緑の木々の隙間からきらきらと降り注ぎ、アスファルトの上に心地よい木漏れ日のモザイクを描き出している。


「お疲れ様、水守君!」


 真っ先に僕の姿を見つけた宇都宮さんが、ふわりと軽やかなステップを踏みながら、嬉しそうに大きく手を振って駆け寄ってくる。その栗色のミディアムボブが春風に揺れていた。


「お疲れ様です、水守さん」

 少し遅れて上品に歩いてきた永澤さんが、きっちりとボタンの留まったブラウスの裾を整えながら、控えめに会釈をする。


「お待たせしたわね」


 最後に、銀縁眼鏡をかけた桐嶋さんが、片手に分厚い文学部の専門書を抱えながら、落ち着いた足取りで合流した。


 こうして四人が揃い、さてどこへ移動しようかと言葉を交わしかけたその時だった。

 僕たちの少し前方を、ふっと風を切るようにして一人の女子学生が通り過ぎていった。


 艶やかな黒髪のロングヘアが絹糸のように揺れ、その足元にはトレードマークである漆黒のニーハイソックスが上品なコントラストを描いている。

 整いすぎたその顔立ちは、アイドル顔負けの美しさを誇り、周囲の空気が一瞬で引き締まるような圧倒的な存在感を放っていた。


 彼女の名前は更科美怜(さらしなみれい)。

 同じ文学部の二年生で、講義の席が一緒になることもある。

 ただ、彼女は決して誰かと群れることはなく、いつも孤高に一人で行動している。

 学生たちの間では、その完璧な美貌と近寄りがたい気高さから学園のマドンナと称されているクールビューティーだった。


 彼女が通り過ぎたあと、宇都宮さんがその背中を羨望の眼差しで追って呟いた。


「ねえ、今の見た? 相変わらず綺麗だよねー、更科さん……。何と言うか、生きる世界が違いすぎるっていうかさ」


 宇都宮さんの言葉に、僕も思わず「そうだね」と小さく頷く。

 確かに更科さんは、どこからどう見ても絵画のように完璧な美しさを持っていた。


 けれど、ふと目の前にいる三人を見やる。

 彼女たちの持つ、どこか親しみやすくて等身大の可愛らしさや、表情豊かにコロコロと変わる魅力だって、更科さんのクールな美しさとはまた違ったベクトルで、かなりのものだと僕は密かに思っていた。


「そういえばさ、この間学食の近くで、男子たちが更科さんの噂をしてたんだよね。『あの冷たい目で見下されながら、”ゴミね”とか罵倒されたい』って、本気とも冗談ともつかない顔で話してたよ」


 宇都宮さんがクスクスと笑いながら、男子学生たちの間でまことしやかに囁かれている変な噂を暴露する。


「うわっ……それ、完全に変態のセリフじゃないですか。更科さん、そんなこと絶対に言わないでしょ。むしろ、ただ静かに冷淡にスルーされるのがオチですよ」


 永澤さんが顔をしかめて、心底呆れたように肩をすくめる。


「まあ、男のロマンってやつは時に理解不能の領域に達するものよ。でも、他人の恋バナや変態談義に花を咲かせている場合じゃないわ。皆揃ったんだから、そろそろ目的地に向けて移動しましょう」


 桐嶋さんがクールに話を切り上げ、キュッと眼鏡の位置を直した。


 僕たちは並木道を抜け、大学のキャンパスから歩いて十分ほどのところにある、彼女たちのアルバイト先であるファミレス『フルール』へと向かった。


 『フルール』の店内は、お昼時を過ぎていたためか比較的落ち着いており、大きなガラス窓から差し込む午後の光が、清潔感のある木目のテーブルを柔らかく照らしていた。


 奥のボックス席に腰を下ろした僕たちは、まず冷たいドリンクで喉を潤す。


「ふぅ、生き返る〜。そういえば、水守くんに言ってなかったけどさ、私たち三人で今、近くのマンションでルームシェアしてるんだよね。だから、このお店のすぐ近くに私たちの拠点があるの」


 ストローをくわえながら、宇都宮さんが楽しそうに明かす。


「ルームシェアか。なんだか楽しそうだね。毎日が修学旅行の延長みたいになりそう」


「そう、まさにそんな感じ! 夜中にお菓子食べながら恋バナしたり、課題に追われてパニックになったり、毎日ワイワイやってるの」


 満足そうにうなずく宇都宮さんに向けて、桐嶋さんがコーヒーカップを軽く揺らしながら言葉を継ぐ。


「私たちのサークル『まったり乙女会』改め『星空トーク会・キャンプ部』は、当然ながら大学公認のサークルじゃないから立派な部室なんてものはないの。だから、もっぱらこのバイト先のファミレスのボックス席を、臨時のたまり場にさせてもらってるわけ」


「なるほど、ここが乙女たちの作戦基地ってわけですね」


「そういうこと! それでね、水守君。いよいよ本題なんだけどさ」


 宇都宮さんが身を乗り出し、真剣な眼差しを僕に向ける。


「明日から待ちに待ったゴールデンウィークの後半が始まるじゃない? せっかくこの間ワイルドワンで買い揃えたばかりのピカピカのキャンプギアたちがあるんだから、早速この連休を使ってキャンプしに行きたいんだよ! でも、私たちだけでどこに行けばいいか全然分からなくって……。水守君、どこかオススメなところってない?」


 三人の期待に満ちた視線が一斉に僕に集中する。


「キャンプ場ね……。そうだなぁ、GWみたいな大きな連休の後半で、しかも僕たちみたいに電車や公共交通機関をうまく使って、女子大生が無理なく行けて、なおかつ景色が綺麗なキャンプ場となると、実はいくつかすごく素敵な選択肢があるんだよ」


 僕はポケットからスマホを取り出し、画面を見せながら、厳選した三つのキャンプ場の特徴を解説し始めた。


「まず一つ目は、王道の定番スポット、『近江舞子水泳場・キャンプ場』だね。場所は滋賀県大津市にあるよ」


 僕が名前を出すと、三人はすぐにメモの準備を整える。


「ここは、京都市内からJR湖西線に乗って三十分ほどの『近江舞子駅』で下車して、そこからなんと徒歩二分から七分くらい歩くだけで着いちゃうという、アクセスの良さが最大の売りなんだ。琵琶湖の西岸に広がる、関西では定番中の定番の白砂青松の浜辺でね、電車を降りてすぐに目の前に雄大な琵琶湖の青い水面が広がるんだよ」


「駅から歩いてすぐなのは、めちゃくちゃポイント高いわね」


 桐嶋さんが感心したようにうなずく。


「そして二つ目が、『六ッ矢崎浜オートキャンプ場』だね。滋賀県高島市にあるよ。ここはJR湖西線の『新旭駅』で下車して、駅からレンタサイクルを借りて約十七分こぐか、あるいはタクシーやバスで向かうんだ。琵琶湖の湖畔すれすれにテントを張れる、キャンパーに大人気の芝生のフリーサイトでね。遮るものが何もない目の前の琵琶湖から昇る朝日や、夜の満天の星空がものすごく美しくて、まさに湖畔キャンプの醍醐味が心の底から味わえる最高のロケーションなんだよ」


 あの日の夜空を思い出したのか、永澤さんが両手を胸の前でギュッと組んで「あの時の星空……本当に綺麗でしたよね」と溜息を漏らす。


「そして三つ目が、『笠置キャンプ場』。こちらは京都府木津川市にあるよ」


「京都府内なんだ!」


「そう。京都市内からJR奈良線と関西本線を乗り継いで『笠置駅』で下車、そこから徒歩約三分という近さ。木津川の河川敷にあるキャンプ場でね、関西の電車で行けるキャンプ場の代名詞的存在なんだ。駅を降りてすぐ目の前の川原に直行できるから、荷物が多くても比較的ラクに行けるのが魅力だね」


 三人は僕が挙げた三つの候補地について、それぞれの特徴やメリットを頭の中で反芻するように、じっと考え込んでいた。


「ふむふむ……。候補が三つあるんだね。どれも魅力的で迷っちゃうな〜」


 宇都宮さんが頬に人差し指を当てながら悩ましげな声を漏らす。


「どこも景色が良さそうね。駅からのアクセスを取るか、それとも自然のロケーションを取るか……悩ましいところだわ」


 桐嶋さんが腕組みをして眼鏡を押し上げる。


「湖畔のキャンプって、なんだかロマンチックでとっても素敵ですね……」


 永澤さんはすでにうっとりとした表情を浮かべている。


 静かにコーヒーを飲みながら、彼女たちの議論を見守る。どのキャンプ場を選んでも、きっと素晴らしい思い出になる確信があった。


 やがて、宇都宮さんが代表するようにパッと顔を上げて宣言した。


「よし! 私は今回は、『六ッ矢崎浜オートキャンプ場』を推すよ!」


 宇都宮さんの言葉に、桐嶋さんと永澤さんも力強く大きくうなずいた。


「賛成! やっぱり、私たちがキャンプに目覚めるきっかけになった星空の夜景が綺麗なところで、今度は自分たちの力でテントを張って、リベンジしたいわ」


「はい! あの日の感動を、今度は私たちが作るキャンプで味わいたいです!」


 こうして、話し合いの結果、湖畔のすぐ近くにテントを張れて、あの夜のような綺麗な星空が眺められるという、『六ッ矢崎浜オートキャンプ場』へ行くことが満場一致で正式に決まった。


 行き先が決まった瞬間、テーブルの上の空気は一気にワクワクとした高揚感に包まれ、彼女たちの頭の中はすでに琵琶湖畔でのキャンプのことでいっぱいのようだった。


「じゃあ、出発は明日の土曜日ね。お昼ご飯を食べてから、駅に集合ってことで。詳しいことは、また夜にLINEするよ。水守君もちゃんと準備しておいてね」


「え、僕も一緒に行くの?」


「当たり前だよ。水守君も、『星キャン』のメンバーなんだから」


 いつの間にか、そういうことになっていたらしい。

 意見を求められることもなく決められていたことだけど、彼女たちのサークルであれば楽しくすごせそうだ。


 これまではソロキャン派だったけど、グループでのキャンプも悪くないかもしれないと、僕は反対することなく彼女たちのサークルのメンバーになることを素直に受け入れた。




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