第40話 新たなる旅の仲間と、京丹後の風に吹かれて
琴引浜掛津海水浴場の目の前に建つ、どこかノスタルジックな雰囲気をまとった海の家。潮風が心地よく吹き抜ける開放的なテラス席には、総勢十人の私たちに、先ほどまでハンガーノックで文字通り瀕死の状態だった姫川更紗さんと、その相棒である茅野京子さんの二人が加わり、テーブルを囲んで賑やかなランチタイムが始まっていた。
菱川さんは、先ほどまでの青白い顔が嘘のようにすっかり血色を取り戻し、目の前に置かれた特製の海の家ラーメンと大きな唐揚げの皿を前に、キラキラと目を輝かせている。
「んふぅ~っ……! やっぱり、運動したあとの炭水化物と塩分は五臓六腑にしみわたるわぁ……! 生き返るってこういうことやねんなぁ……!」
菱川さんは箸を器用に動かしながら、幸せを噛み締めるように大きく頬を膨らませた。その隣で、茅野さんは自分の冷やし中華の麺を上品にすすりながら、呆れたような、でもどこかホッとしたような笑みを浮かべて首を横に振る。
「先輩、さっきまで砂浜で『うちはもうダメや、あとは頼んだで……』とか遺言みたいなこと呟いてた癖に、復活した途端にこれですからね。呆れて言葉も出ないっすよ」
「ええやん、人間、ピンチを脱した後のご飯が一番美味しいんやから! それよりも京子、この唐揚げめちゃくちゃジューシーで美味しいで、ほら、一口あげるわ!」
「ちょっ、先輩、自分で食べてくださいって……人の話を聞いてないし……!」
二人の息の合ったテンポの良い掛け合いに、周りの席に座る僕たちも思わずクスッと笑ってしまう。そんな和やかな雰囲気の中、美怜さんが優しく微笑みながらグラスの麦茶を傾けた。
「それにしても、さっきからお二人の雰囲気を見ているとなんだかすごく楽しそうね。二人で海水浴に来たの?」
美怜さんのその問いかけに、菱川さんは唐揚げを飲み込むと、少し照れくさそうに頭をポリポリとかいて答えた。
「うん。実はうちら、今二人で夏休み旅行の真っ最中なんや。あてもなく行き当たりばったりな旅を楽しもうって意気込んで家を出てきたんやけど……見事にやってもうたわ……」
菱川さんの言葉に、美波さんが興味深そうに身を乗り出す。
「行き当たりばったりな旅、ね。それはそれでロマンがあって素敵ね。ちなみに、二人は普段はどこで何をしているの?」
「あ、私たちはっすね……」
と、それまで少し控えめだった茅野さんがすっと手を挙げて説明を始めた。
「私たちは京都市内にある創慧大学の経済学部に通っているんす。私は大学一年生で、このおバカ……じゃなくて、更紗先輩は二年生なんすけど、夏休みにちょっと足を伸ばして、丹後を旅して回ろうぜって盛り上がってしまって」
「えっ……! 創慧大の経済学部!?」
茅野さんのその言葉を聞いた瞬間、僕の隣に座っていた姫子さんが思わず声を裏返らせた。僕自身も、思わず目を見開いてしまう。
「それって……もしかして、文学部の私たちとは違うけど、大学のキャンパスが同じってこと……?」
美怜さんが驚いたように瞬きをすると、菱川さんと京子さんも「えっ?」と目を丸くして僕たちを見渡した。
「嘘……もしかして、皆さんも同じ大学の……?」
「うん、僕たちは創慧の文学部で、皆二年生なんだよ。僕の妹の七柰だけはまだ高校二年生なんだけどさ」
僕がそう説明すると、菱川さんは「ええーーっ!? まじか!? こんな広い日本海の片隅の、しかもただの砂浜で同じ大学の学生と遭遇するなんて、どんだけの確率やねん!」
と、椅子から飛び上がりそうな勢いで驚き声を上げた。
まさか、旅先でこんな偶然の出会いがあるなんて誰も想像していなかった。キャンパスですれ違っていたかもしれない二人と、こんな最高のシチュエーションで仲良くなれるなんて、奇跡としか言いようがない。
大学が同じという共通項が分かったことで、僕たちの距離は一気に縮まり、テーブルの上の会話はさらに弾みまくった。昨夜のバイトの苦労話や、みんなが買い揃えたキャンプギアの話題で盛り上がっていると、ふと姫子さんが両手をパンと軽く合わせ、何かを思いついたようにパッと明るい笑顔を浮かべた。
「ねえ!」
姫子さんのその元気な声に、みんなの視線が一斉に集まる。彼女はキラキラとした瞳で菱川さんと茅野さんを見つめながら、真っ直ぐな提案を投げかけた。
「よかったら、二人も私たちと一緒に、キャンプ旅行してみない?」
「えっ……? うちたちも一緒に?」
菱川さんが自分の鼻を指差しながら、目を丸くして聞き返した。隣にいた茅野さんも「え、初対面なのにそんな図々しいことしていいんすか……? 迷惑になりません……?」と、少しだけ恐縮した様子でオロオロと身を縮こまらせる。
けれど、七柰は「いいですね!」と、待っていましたとばかりに大賛成の笑みを浮かべた。
「せっかくこうして道端で出会ったのも何かの縁だし、一人より大人数の方がご飯も絶対美味しいですよ! 私たち今から京丹後の素敵なキャンプ場に向かうところなんです。ねえ、皆さんもそう思うでしょ?」
七柰に振られて、美怜さんも上品に微笑みながらゆっくりとうなずいた。
「そうね。旅は道連れ、世は情けって言うし、何より二人のおかげで今日の初日がすごくドラマチックで楽しいものになったわ。もし予定が許すなら、私たちと一緒にキャンプを楽しまない?」
「わぁ……! ほんまにいいん……? うち、さっき盛大にやらかしたとこやのに、こんな綺麗な顔のお姉さまたちはじめ、皆さんと一緒に旅行できるなんて夢みたいや……! それにキャンプやったら、宿泊費も浮くから旅費がめちゃくちゃ節約できるやん……!」
菱川さんは大喜びで両手を合わせ、感動のあまり瞳を潤わせた。茅野さんも「……まぁ、先輩のせいで最初から大迷惑をかけたんで、遠慮するのも今更っすね。私もご一緒させてもらえるならすごく嬉しいっす。よろしくお願いします」と、少し照れくさそうに頭を下げた。
こうして、僕たち十人のメンバーに加え、ハプニングを通じて奇跡的な出会いを果たした菱川さんと茅野さんの二人までが仲間入りすることになり、気がつけば、総勢十二人という大きな賑わいをみせる『大所帯キャンプ隊』が誕生していたのだった。
「よしっ、それじゃあメンバーもさらに増えて最高に賑やかになったところで、午後の部に向けてもう一回海を満喫しに行くよーっ!!」
姫子さんの掛け声を合図に、僕たちは海の家を後にし、再び透き通るような琴引浜の青い海原へと飛び出していった。
§
昼下がりの時間は、太陽の光が一番高く昇り、海の青さが最も鮮やかに輝く時間帯だった。
波打ち際では、菱川さんと茅野さんもすっかり元気を取り戻し、僕たちと一緒に波を追いかけてキャッキャと無邪気にってはしゃぎ回っている。
菱川さんは「見て見て、この平泳ぎの美しさ!」と自信満々に海へ飛び込んだものの、すぐに波に足を取られて「ぐはっ、しょっぱい!」と盛大に海水を飲んでジタバタし、茅野さんに「だから調子に乗るからっすよ!」と呆れ顔で引っ張り上げられていた。その光景を見ているだけで、周りみんなの笑い声が絶えない。
美怜さんと美波さんは、ビーチパラソルの下で少し冷たいドリンクを飲みながら、穏やかな海風に吹かれて優雅なひとときを楽しんでいる
。
姫子さんと咲さん、夢乃さんは、砂浜で綺麗な貝殻を探したり、穏やかな波打ち際で足をパチャパチャさせたりしながら、時折楽しそうにカメラのシャッターを切っていた。
僕と七柰、そして涼花さんは、少し深めの場所まで浮き輪を持って泳ぎに行き、波に揺られながらプカプカと浮かんで夏の浮遊感を満喫した。涼花さんは最初こそ「私、海の中で魚の精霊と目が合ったらどうしよう……」と緊張していたけれど、みんなと一緒に波乗りを楽しんでいるうちに、すっかり満面の笑みを浮かべるようになっていた。
午後三時を少し過ぎた頃、空の青さに少しだけ夕暮れの柔らかい茜色が混じり始める気配を感じながら、私たちは今日の宿泊地に向けて一度荷物をまとめることにした。
「よし、みんな! 存分に海を満喫したところで、今日のキャンプ場に向けてそろそろ出発するぞー!」
正樹叔父さんのよく通る声が砂浜に響き渡る。
僕たちは水着の上からそれぞれ上着を羽織り、車へと戻っていった。
§
琴引浜を後にした私たちは、車をさらに北西の方向、京丹後市の美しい自然に囲まれたエリアへと走らせた。
今日の宿泊地として予約してあるのは、キャンパーたちの間でもすごく評判が良い『HyggeBASE京丹後』という、北欧風の温かみとスタイリッシュな設備を兼ね備えた素晴らしいキャンプ場だ。
移動の車中、新しいメンバーである菱川さんと茅野さんの乗車割り振りが話し合われ、結果としてスペースに余裕があり、正樹叔父さんの楽しいキャンプ談義や旅の裏話をたっぷり聞けるという理由から、二人は正樹叔父さんの運転する大型キャブコンに乗り込むことになった。
「それじゃあ、更紗ちゃんに京子ちゃんは、こちらのキャブコンへどうぞ! シートもゆったりしてるし、快適だよ!」
正樹叔父さんがニコニコしながらドアを開けると、菱川さんは「わぁ、キャンピングカーの中めちゃくちゃ広くて秘密基地みたいや……! お邪魔しますっ!」と元気よく飛び乗り、茅野さんも「お世話になりますっす」と丁寧にお辞儀をして続いた。
一方、叶姉さんが運転するミニバンには、変わらず僕、七柰、美怜さん、美波さん、涼花さんの五人が陣取り、車中は夕方のドライブに向けた心地よい穏やかな空気に包まれている。
「ねえ、叶姉さん。キャンプ場に着く前に、ちょっと寄り道して地元の新鮮な食材を調達する予定だけど、近くに道の駅はありましたっけ?」
助手席の僕が後ろを振り返りながら尋ねると、叶姉さんは「よくぞ聞いてくれたわ、奏多。ちょうどキャンプ場の少し手前に、日本海の海の幸がゴロゴロ並んでる最高の道の駅があるから、そこに立ち寄っていくわよ」とニヤリと微笑んだ。
数分後、車は丹後の海岸沿いにある活気あふれ、潮の香りが漂う広い道の駅の駐車場へと滑らかに滑り込んだ。
二台の車から降りてきた十二人の大所帯のメンバーは、それぞれに財布やエコバッグを手に持ち、ワイワイと楽しそうに道の駅の特産品コーナーへと足を踏み入れた。
「わぁぁ……! 見てください、この魚売り場! サザエがすっごい大きいし、イカもめちゃくちゃ新鮮でツヤツヤしてるよ!」
七柰が水槽のコーナーに張り付いて目を輝かせる。
実際、そこには日本海の荒波にもまれて育った極上の海の幸が所狭しと並んでいた。
美怜さんは、並んだ新鮮なイカやサザエをじっと見つめながら、「今夜の晩餐は、この新鮮なサザエを私のスキレットでガーリックバター焼きにして、イカは香ばしくグリルしたら絶対に美味しいわね……!」と、早くも料理のインスピレーションを膨らませてうっとりしている。
「いいねぇ! じゃあ、このサザエのパックと、網焼き用のイカは私たちが贅沢に買っちゃいましょう!」
菱川さんと姫子さんが一緒になってカゴに次々と海の幸を放り込んでいく。茅野さんも「先輩、買いすぎるとお財布がパンクしますって……でも、確かにめちゃくちゃ美味しそうっす……!」と、すっかり食欲の誘惑に負けている様子だ。
道の駅の活気ある空気の中で、新鮮なサザエやイカ、地元の朝採れ野菜をたっぷりと調達し、僕たちのクーラーボックスはこれ以上ないほどの贅沢な宝物でパンパンに満たされた。
総勢十二人に増えた『大所帯キャンプ隊』は、それぞれの胸に最高の一夜への期待を膨らませながら、いよいよ今夜の宿営地である「Hygge BASE京丹後」へと、再び車を走らせていくのだった。




