第39話 鳴き砂の波打ち際、倒れた少女と予期せぬ出会い
海の家の隅に設置された簡易更衣室や、車内のカーテンを上手に利用して、僕たちはさっそくそれぞれの水着に着替えることになった。
今日の日のために皆がそれぞれのセンスで選んだ水着のお披露目だ。
「じゃーん、私、今年の水着はこれにしたんだよ!」
先にサーフパンツに着替えて待っていると、最初に元気よくカーテンを開けて飛び出してきたのは姫子さんだった。
彼女が選んだのは、エネルギッシュな太陽の光によく映える、ビビッドなオレンジ色のヘルシーなビキニ。その上から透け感のある白いメッシュのショートパーカーを羽織り、健康的な美脚と引き締まったウエストが眩しい、まさに夏の海を体現したようなスポーティ&キュートなスタイルだ。
「似合ってるよ、姫子さん。すごく夏らしくて元気が出るデザインだね!」
僕が思わず声をかけると、姫子さんは「えへへ、ありがとう! 海といえばやっぱりオレンジでしょ!」と誇らしげに胸を張った。
続いて、少し恥ずかしそうにカーテンの隙間から顔を出したのは涼花さんだった。
「あ、あの……私、こういう水着はあんまり着たことがなくて……変じゃないですか……?」
恐縮しながらも彼女が身にまとっていたのは、可憐なフリルがあしらわれたパステルブルーのワンピースタイプの水着。清楚な雰囲気がありながらも、スカートの裾から伸びるすらりとした脚線美が引き立ち、彼女の純朴さと上品さが絶妙にマッチしている。
「そんなことないよ、涼花さん! すごく似合ってるし、お姫様みたいですっごく可愛いよ!」
七柰が駆け寄って涼花さんの手を取ると、涼花さんは顔を真っ赤に染めながら「うう、ありがとうございますぅ……なんだか気恥ずかしいです……」とモジモジと体を揺らした。
その七柰は、鮮やかなひまわり柄の元気なイエローのビキニにデニムのホットパンツを合わせ、ぴょんぴょんと跳ね回っている。
そうしていると、美怜さんと美波さんの姉妹がゆっくりとテントの陰から姿を現した。
美怜さんは、落ち着いたネイビーカラーをベースにしたシックな大人っぽいデザインのモノキニ水着に、大ぶりなつばの広いストローハットを合わせていた。その洗練された佇まいは、まるで南国のリゾート雑誌から抜け出してきたかのような圧倒的な美しさを放っている。
「その水着、すごくエレガントで美怜にぴったりね」
美波さんが微笑みながら、自身は上品なボタニカル柄のオフショルダービキニに、白いフレアスカートを合わせた清楚で涼しげなコーディネートを披露する。二人が並んでいるだけで、周囲の空気がフッと涼しく洗練されたものに変わるようだ。
咲さんと夢乃さんも、それぞれに大人の魅力を漂わせる素敵な水着姿を見せてくれた。
咲さんはワインレッドの落ち着いたタンキニスタイルで知的な美しさを際立たせ、夢乃さんはふんわりとしたフリルが可愛いラベンダーカラーのビキニにパステル調のパレオを巻いて、まるでおとぎ話の精霊のような優しげな雰囲気を醸し出している。
「みんなとっても素敵よ。それじゃあ、今日の最初のミッションに出発しましょうか」
美怜さんの穏やかな声掛けに背中を押され、僕たちはサンダルを脱ぎ捨てて、いよいよ琴引浜の白い砂浜へと踏み出した。
裸足になった足の裏から、さらさらとした乾いた砂の感触が心地よく伝わってくる。
琴引浜の砂は、石英の粒が非常に多く含まれているため、不純物がなくきれいに磨かれている。そのため、足を踏み締めるたびに、砂の粒子同士が擦れ合って「キュッ、キュッ」という不思議で美しい高い音が足元から響いてくるのだ。
「わぁ、本当だ! 歩くたびに可愛い音がする!」
七柰が自分の足元を見つめながら、面白がってその場で足踏みを繰り返す。
「本当ですね! なんだか、砂浜が私たちのお散歩を歓迎して歌ってくれているみたいです……!」
涼花さんも恐る恐る一歩を踏み出し、鳴る音を聞いてパッと顔を輝かせた。
僕たちは、パラソルの下に座る正樹叔父さんと叶姉さんに見守られながら、この世界でも珍しい「鳴き砂」の感触を全身で味わいつつ、波打ち際へとゆっくり歩みを進めていった。打ち寄せる波は透き通るように青く、冷たくて気持ちがいい。足首を洗う波の冷たさに、夏の暑さがスーッと引いていくのを感じる。
美しい自然の音と、仲間たちの弾むような笑い声が浜辺に溶け合い、これ以上ないほどの平和で楽しい時間が流れていた。
その時だった。
「ん……? あれ、あそこ……!」
先頭のほうを歩いていた姫子さんが、ふと足を止め、右前方の波打ち際から少し上がった乾いた砂浜の一角をじっと見つめた。彼女は不思議そうに首をかしげ、小刻みに指を差している。
「姫子さん、どうしたの?」
僕が声をかけながら彼女の隣に歩み寄ると、彼女は少し引きつった声で呟いた。
「なんだかあそこの砂浜に、人が横たわっているような気がして……。ねえ、皆、ちょっと待って! あそこ、何か……人が倒れてる!?」
姫子さんのその言葉に、それまでワイワイと賑やかだった僕たちの足取りがピタリと止まった。
全員の視線が一斉に指差された方向へと集中する。そこには、白い砂浜の上にうつ伏せに近い状態で、ぐったりと力なく横たわる一人の少女の姿があった。
「えっ……ウソでしょ、誰か倒れてる……!?」
七柰が不安そうに僕の袖をキュッと掴む。
「ただ事じゃないわね……! みんな、急ぎましょう!」
美怜さんの冷静な判断のもと、僕たちは一斉にその場所へと駆け寄った。
砂浜の上に倒れ込んでいたのは、一人のか弱く若いビキニ姿の女の子だった。
緩くウェーブした上品な栗色の髪が、ぐったりとした様子で周囲の砂の上に無造作に広がっている。彼女は固く目を閉じたまま、ゼーゼーと浅く荒い息を繰り返していた。その顔立ちは整っていてとても可愛らしいのだが、今は青白く、唇の血の気がすっかり引いている。
「っ……! ねえ、大丈夫!? 聞こえる!?」
姫子さんが慌てて彼女の傍らに膝をつき、その細い肩を優しく揺すりながら必死に声をかけた。
けれど、少女からの返事は一切なく、ただ苦しそうに眉間にしわが寄っているだけで、意識がもうろうとしているのが一目でわかった。
その緊迫した様子を目の当たりにした涼花ちゃんが、顔を真っ青に引きつらせて、その場にへたり込みそうになりながら震え声を漏らした。
「ひっ……! し、死んでる……!? ど、どうしよう、私たちがここにやってきた途端に、砂浜の精霊が力尽きてお星様に……! 私、呪われちゃうぅぅ……!」
パニックを起こしかけた様子の涼花ちゃんが頭を抱えてガタガタと震えている、そのまさに次の瞬間だった。
横たわっていた若い女性の目蓋が、ぴくりと微かに動いた。
そして彼女は、力なくその目をうっすらと開き、かすれにかすれた消え入りそうな声で、僕たちに向かってこうツッコミを入れた。
「か、勝手に……殺さんといて……うち、まだ人生これからやねんから……」
「あ、生きてた……よかったぁ……!」
涼花さんは腰を抜かしたような格好のまま、胸をなでおろしてホッと大きな安心のため息を漏らした。
どうやら命に別状があるわけではなく、かろうじて意識はあるようだったが、やはり顔色はひどく青白く、唇はカラカラに乾いている。
「しっかりして! 一体どうしたの、何か持病とか急な発作とか……?」
咲さんが心配そうに、彼女の額にそっと手を当てながら優しく問いかけた。その瞬間、遠くの方からパタパタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
「待たせたっす――っ!!」
そこに息を切らせて駆けつけてきたのは、ショートボブのヘアスタイルが特徴的な、ボーイッシュで活発な雰囲気の別のタンキニ姿の若い女の子だった。
彼女は両手に大きなコンビニのビニール袋やショップの袋をいくつも提げ、文字通り息を切らせながら、ゼェハェと激しく息を乱して僕たちのところへ飛び込んできた。
「ハァ、ハァ……! お待たせっす! 補給食を買って……って、えっ……!?」
走り込んできたボーイッシュな女の子は、見知らぬ僕たち大人数の一団が、倒れている友達を心配そうに取り囲んでいる光景を目撃し、その場で足がもつれたようにポカンと口を開けて固まった。
「な、なに……? なんか……めちゃくちゃ綺麗どころが何人も取り囲んでるんですけど……ここ、天国っすか……?」
彼女は姫子さんや美怜さんたちの姿をジロジロと見渡し、さらに驚いたように目をパチクリさせた。
「あの、私たち、通りかかったらこの人が倒れているのを見て心配になって……。もしかして、これって『ハンガーノック』?」
美怜さんが冷静に、スポーツ専門の用語を口にして、ボーイッシュな女の子に尋ねた。
「はんがーのっく……?」
姫子さんは聞き慣れないというように、眉をハの字にして頭の上に疑問符を浮かべた。
そんな彼女の疑問をすぐに察したのか、少し遅れて近づいてきた叶姉さんが分かりやすく説明してくれた。
「ハンガーノックっていうのはね、スポーツバイクを長時間走らせている時によく起こる現象のことだよ。事前の十分なエネルギー補給を怠って運動し続けてしまった時なんかに、体内のグリコーゲンが完全に底をついて、激しい低血糖状態と極度の疲労に陥っちゃうんだ。こうなると、手足の震えやめまいが起きて、文字通り一歩も動けなくなっちゃうの」
「そうなんすよ! 説明ありがとうございます、ほんとうにその通りなんす!」
ボーイッシュな女性は、自分の頭をポリポリとかきながら、申し訳なさそうな顔をしつつも、どこか呆れたような、やれやれといった表情で倒れている友達を見下ろした。
「先輩、『腹をペコペコに空かして海の家でお腹いっぱいグルメを堪能や!』とか言って、朝食を完全スルーしてビーチバレーしちゃってて……。水分もろくに取らずに、わけのわからない余裕をぶっこいて遊び続けてたら……案の定、この有様っすよ」
「うう……あかん……お腹すきすぎて、視界の端が白黒のテレビの砂嵐みたいになってきた……」
砂浜に寝転がったまま、栗色の髪の女の子が、ポツポツとした声で弱々しく呻いた。せっかくの整った可愛い顔が、空腹と疲労ですっかりしょんぼりしている。
「もうっ! だから言ったっすよね! 自業自得なんすからね! とにかくこれ食って飲めっす!」
ボーイッシュな女の子は、持ってきたビニール袋をガサゴソと乱暴にかき混ぜ、中からアンパン、チョコレート、大容量のスポーツドリンクなどを次々と取り出した。
「ほら、まずはそのスポーツドリンクを飲んで水分と塩分を一気に補給して、次にこのアンパンを口に詰め込むんす!」
「んぐっ……んぐっ……むぐぅ……」
仲間から手渡されたスポドリを、栗色の髪の女の子は必死の思いで口に傾け、続けて甘いアンパンを大きな口で頬張る。
糖分と水分が渇ききった身体に一気に染み渡っていくのだろう。数分間、私たち十人全員に見守られながらその場でじっとエネルギーの吸収を待つと、少女の顔色にみるみる血の気が戻ってきた。
「ふぁぁぁ……っ、生き返るぅ……!
栗色の髪の女の子はガバッと力強く上半身を起こし、青空を仰ぐように深く、そして大きな息を吐き出した。
「うう……炭水化物と糖分がしみる……全身の血管を駆け巡って細胞が喜んでるわぁ……! 完全復活や……!」
全身のエネルギーが復活したかのように、彼女の瞳にふたたび強い生気が戻ってきた。
そのあまりにも劇的な回復ぶりに、私たち一同は「よかったぁ……」と一斉に安堵のため息を漏らし、思わず拍手を送りたくなった。
「ほんとに、無事で何よりだったよ。激しい運動をする前、特に夏場は、お腹が空く前にこまめにエネルギーを補給しなきゃダメだからね」
美波さんが優しいお姉さん口調で諭すように微笑むと、更紗さんは恥ずかしそうに両手で自分の顔をパタパタと仰ぎ、ペコリと深く頭を下げた。
「本当にありがとうございました……! ご心配おかけしてすみません。うち、名前を菱川更紗って言います。こっちは、相方の茅野京子」
頭をポリポリと掻きながら照れ笑いする菱川さんと、そんな彼女をヤレヤレといった顔で見守る茅野さん。
そのどこかコミカルで温かいやり取りを、僕たちは微笑ましく見つめていた。
一連の騒動がすっきりと解決し、浜辺の空気が再び穏やかな夏のそれに戻った頃、時計の針はちょうどお昼の十二時を少し回ったところを指していた。
心地よい潮風を受けながら、姫子さんはキュッと両手を腰に当て、目の前に広がる美しい海の家の方向を指差しながら明るい声を響かせた。
「ねえ、皆! ちょうどお腹もペコペコになってきた頃だし、せっかくこうして素敵な出会いがあったんだから、一緒にあの海の家でお昼ご飯を食べながら、もっと色々お話ししない?」
姫子さんのその元気な提案に、菱川さんは目をパチクリさせたあと、パッと顔を輝かせて両手を合わせた。
「ほんまですか!? 海の家のご飯、めちゃくちゃ気になってたんよ! さっきは死にかけてたけど、いまは食欲のエンジン全開やから大歓迎や!」
「先輩、さっきあんなに倒れてたのに食欲だけは一丁前なんすね……。でも、私たちもお世話になったお礼もしたいし、ぜひご一緒させてほしいっす!」
茅野さんも苦笑いしながらも、どこか嬉しそうに頷いた。
こうして、琴引浜の美しい波打ち際で起きた思わぬハプニングは、新しい友人との温かい縁を結び、僕たちの夏休み大遠征キャンプの初日をさらに賑やかで忘れられないものにしていくのだった。




