第37話 キャンプギア会議、それぞれの新しい相棒
アルバイト初日の緊張と、それぞれの持ち場で繰り広げられた数々のドラマがようやく終わりを告げたその日の夜。
僕たちのスマホには、いつものメンバー全員を繋いだLINEグループのトークルームから、ビデオ通話の軽やかな着信音が鳴り響いていた。
スマホの画面をタップすると、パッと明るく切り替わった映像の中に、おなじみの顔ぶれが次々と映し出される。
画面の向こうには、『星キャン』の仲間たち──僕こと水守奏多、妹の七柰、姫子さん、咲さん、夢乃さん、美怜さん、そして美波さんと、涼花さんという、総勢8名のメンバーが勢ぞろいしていた。一つの画面に収まりきらないものだから、みんな我先にと顔を近づけ合っていて、まるで画面がパンクしそうなほどの賑やかさだ。
「みんな、お疲れ様ーーっ!」
最初に元気いっぱいの声を響かせたのは姫子さんだった。彼女は自分の部屋のベッドの上でくつろいでいるのか、リラックスしたジャージ姿でパタパタと手を振っている。
「お疲れ様、姫ちゃん。三人は無事に初日のバイトを乗り切れたの?」
画面の端でマグカップを傾けながら微笑んでいるのは美波さんだ。彼女の落ち着いた声を聞くだけで、今日一日の心地よい疲労感がふっと和らいでいくのを感じる。
「はい、お陰様で何とか初日は乗り切れました。でも、実は今日のバイト中にとんでもない事件が起きて……」
僕が苦笑いを浮かべながらそう切り出すと、画面の向こうの視線が一斉にこちらへと集まった。
『えっ、事件!? なにそれ、すごく気になる! お兄ちゃん、一体何があったの?』
七柰が目を丸くして身を乗り出す。
僕は隣にちょこんと座っている涼花さんをチラリと見てから、今日のランチタイムに起きたハプニング──涼花さんがお冷やの入ったグラスを盛大にひっくり返してしまい、お客さまの足元を濡らしてしまった一件を、面白おかしく、かつ彼女の名誉を守りつつ優しく説明し始めた。
「涼花さんが初めてのホール接客で一生懸命頑張ってたんだけど、緊張のあまりトレイの足元に躓いちゃってさ。お冷やを盛大にジャバァッてこぼしちゃったんだよね」
「ひゃうっ……! か、奏多さん、それをグループの前でバラすのは恥ずかしすぎますぅ……!」
涼花さんは画面の向こうのみんなに見られているのが分かると、真っ赤になった顔を両手で覆い、スマホのカメラから隠れるようにエビのように体を丸めて小さくなった。そのお下げ髪がブルブルと震えている。
「あらあら、涼花ちゃん、ドンマイよ! 初めてのアルバイトでランチのピーク時なんて、戦場みたいなものだもの。誰だって最初はそんなドジを踏むものだから、気にしなくていいのよ」
咲さんが優しいトーンで包み込むように笑いかけると、夢乃さんもふんわりと微笑んで頷いた。
「そうですよ、涼花ちゃん。失敗したっていいんです。私も昔、アルバイトを始めたばかりの頃は、お客さまの注文をまるっきり間違えて、全然違うグラタンを三皿も持って行っちゃった大失敗をやらかしたことがありますからね……!」
「えっ、夢乃先輩にもそんな黒歴史が……!?」
「ふふ、人間、誰しも通る道なのよ。それよりも、涼花ちゃんがそのあとどうやって立ち直ったのかの方が大切じゃない?」
夢乃さんと美怜さんが優しくフォローを入れると、涼花さんはそっと両手を顔から離し、潤んだ瞳で画面を見つめ返した。
「うう……皆さま、温かいお言葉ありがとうございます……。私、そのときは『もうクソ雑魚ナメクジな人生を終えて、山奥の洞窟で一人で暮らすしかない……』って本気で絶望しかけてたんですけど、姫子さんや美怜さん、奏多さんがすごく優しく励ましてくれて……後半は何とか無事に笑顔で乗り切れました……!」
『そうそう! 後半の涼花ちゃんは、見違えるくらいテキパキとお客さまを案内できていて、すっごく頼もしかったんだからね!』
姫子さんが親指を立ててグッと褒めてみせると、涼花さんは照れくさそうに頬をポリポリとかきながら、小さな声で「ありがとうございます……これからも頑張ります……」とはにかんだ。
『それじゃあ、ホール組がそんな大騒動を繰り広げている裏で、キッチンのほうはどうだったのかしら? 美怜ちゃん、料理の腕前を発揮できたの?』
画面の向こうで咲さんが興味津々といった様子で美怜さんに話を振る。
「キッチンのほうは順調そのものだったわよ。店長さんやベテランの調理スタッフの方たちからも、『包丁さばきが綺麗だし、指示を出す動きがすごく的確ね』って、何度も褒められちゃったんだから」
美怜さんは自分の紅茶のグラスを優しく揺らしながら、どこか誇らしげに微笑んだ。
『さすが美怜さん……! キッチンでも無双しちゃうなんて、カッコよすぎます……!』
涼花さんが目を星のように輝かせて拍手を送ると、七柰も「美怜さん、すごいね! 今度お店に食べに行くから、特製オムライス作って!」と無邪気にねだった。
『ふふ、喜んで作ってあげるわ。それにね、こうして毎日しっかり働いて、夏休みの三泊四日キャンプ旅行に向けた資金を確実に貯めていくんだって実感すると、毎日のシフトもなんだかすごくやりがいがあるのよね』
美怜さんがそう言って柔らかく微笑んだ瞬間、彼女の瞳がふと何かを思い出したようにキラリと輝いた。
「そういえばね、皆。今回のバイト代がしっかり入ったら、私、夏休みのキャンプ旅行に向けて、どうしても新しく手に入れたい『キャンプギア』があるのよね」
『おっ、美怜さんが新しいギアを欲しいなんて珍しいね! 一体どんなもの狙ってるの?』
姫子さんが身を乗り出して尋ねると、美怜さんは少しだけ頬をピンク色に染めながら、まるで秘密の宝物を打ち明けるかのように大切そうに言葉を紡いだ。
「スノーピークの『TAKIBIサンド スキレット』よ」
「たきびさんど、すきれっと……?」
七柰が首をかしげ、僕は「ああ、あれか!」と声を上げた。アウトドア雑誌やネットの特集で最近すごく話題になっている、あの長方形の鋳鉄製スキレットのことだ。
「そうよ、奏多君も知ってるわよね? あのスキレットね、リッドをしっかり活用すれば、焼く・煮る・蒸すっていう多様な調理の幅広さを一台で完璧にこなせる優れものなのよ。焚き火や炭火の中に直接放り込んで、ダイナミックな料理を楽しみたい場合にはこれ以上ないってあちこちで紹介されていて、調べれば調べるほど欲しくなっちゃって……」
美怜さんは熱っぽくその魅力を語り続ける。
「前回の美山でのソロキャンプや、これまでのグループキャンプを通じて、私、もっと本格的に料理の腕を磨いていきたいなって思うようになったの。みんなを美味しい料理でアッと言わせたいし、今回の夏休みの三泊四日の大遠征でも、このスキレットを使って最高の晩餐を振る舞いたいのよ。だから、今回は少しだけ思い切って……自分へのご褒美としても、ちょっと奮発しちゃおうって決めているの」
美怜さんのその真剣で、かつキャンプに対する熱い情熱がこもった眼差しを見て、画面の向こうの全員がうっとりと聞き惚れてしまった。
「すっごい本格的……! 美怜ちゃん、すっかり本格派の料理キャンパーの道を突き進んでるね!」
姫子さんが両手を叩いて感心すると、美波さんも穏やかな笑顔で頷いた。
「すごく素敵なチョイスだと思うわ、美怜。そんなこだわりの道具で作るお料理なら、絶対に美味しいに決まっているもの。私もすごく楽しみだなぁ」
「うん。楽しみにしてて。それに、お姉ちゃんも新しいギアを買ったのよね?」
美怜さんがふと思い出したように尋ねると、美波さんは「あ、そうなのよ!」と嬉しそうにパッと顔を輝かせた。
「私ね、これまでのキャンプを通じてすっかりアウトドアの魅力に心までハマっちゃって……。前回のキャンプが終わったあと、ネットで思い切ってテントとシュラフを購入しちゃったのよ」
「テントとシュラフ! 美波さんもついに自分のキャンプ道具を持ったんですね!」
七柰が嬉しそうに声を弾ませる。
「うん。美怜と一緒に使えるようにって、ゆったり寛げる『3人用のテント』を選んだの。これなら次のキャンプでも二人で快適に眠れるし、雨が降っても安心だなって思って。それとシュラフは、夏の夜の高原や湖畔でもしっかり快適に眠れるように、夏場から少し肌寒い季節まで幅広く使える『3シーズン用のダウンシュラフ』を揃えたのよ」
「わぁ、すごい……! お揃いのテントで美波さんと美怜さんが並んで寝るなんて、想像しただけで絵になりすぎます……!」
涼花さんが両手を胸の前で組んでうっとりすると、美怜さんも少し照れくさそうに微笑みながら「お姉ちゃん、ありがとう。次のキャンプでは私がそのテントを上手に設営するからね」と返した。
「ふふ、なんだかみんなが次々と新しいギアを揃え始めているのを聞いたら、私も負けていられないね! 私の物欲の炎に完全に火がついちゃったよ!」
姫子さんが両こぶしをグッと握り締めなが
ら、自分の欲しいものを高らかに宣言した。
「姫子さんは、何を買う予定なの?」
「私の次なるターゲットは……本格的な『ダッチオーブン』だよ! 重厚な鉄鍋でじっくりローストチキンを作ったり、丸ごとキャベツのスープを煮込んだりして、ワイルドなキャンプ飯をガンガン極めてあげるの!」
姫子さんの頼もしい宣言に、「おおーっ、ダッチオーブンはロマンがあるよね!」と僕も大きく頷いた。
「私はね、キャンプの夜に星空を見上げながら優雅に読書をするための、座り心地抜群な『キャンプ椅子』を新しく新調する予定よ。長時間座っていても全然疲れない最高の相棒を探しているの」
咲さんは自分の眼鏡を押し上げながら、上品に微笑んだ。
「私は……実は前々から憧れていた、『ハンモック』を買おうと思ってます。風に揺られながら、鳥のさえずりを聴きつつお昼寝するの、ずっと夢だったんです……」
夢乃さんが両手を広げて、風に揺られるハンモックのポーズを真似てみせると、みんなから「それ絶対気持ちいいやつだね!」と笑い声が上がった。
「私は、美怜先輩に教えてもらったソロキャンプの経験を生かして、自分用の『コンパクトなクッカーセットとチタンマグカップ』を買います! これで次のキャンプの朝、自分で淹れたコーヒーを飲むのが今から一番の楽しみなんです……!」
涼花さんも、自分の夢を語るように目をキラキラと輝かせながら元気よく手を挙げた。
「わぁ、皆次々と新しい道具を決めてるんですね! 私もね、欲しいものがあるんです。姫子さんが前回のキャンプで持っていた、あの可愛い『たねほおずき』の、さらにワンランク上の明るさと機能を持った上位モデルのランタン……『ほおずき』が欲しい! あの暖かく優しく揺らぐ灯りを、自分のテントの中に絶対吊るしたいの!」
七柰が、嬉しそうにパタパタと両手を揺らした。
「おっ、七柰ちゃん、いいところに目をつけたね! あの『ほおずき』の灯りは、夜のキャンプサイトを本当に魔法みたいに素敵にしてくれるから、絶対におすすめだよ!」
姫子さんが自分のことのように大賛成する。
「みんながそれぞれ、次のキャンプに向けて最高の相棒となるギアを考えているんだね。ちなみに僕は……ずばり『大型のタープ』を新しく買い換えるつもりなんだ。総勢10人の大所帯をしっかり雨風や強い日差しから守れるように、広々としていて設営しやすいスクエア型のタープをね」
僕がそう言うと、画面の向こうのみんなが「それすごく頼もしい!」「みんなの快適なリビングスペースがさらに広がるね!」と口々に賛同してくれた。
美怜さん、美波さん、姫子さん、咲さん、夢乃さん、涼花さん、七柰、そして僕。
皆がそれぞれの思いを胸に、アルバイトを頑張るなどして資金を貯め、この夏休みの三泊四日キャンプ旅行に向けて新しいギアを揃えていく。
スマホの画面越しに交わされる会話は、ただの道具選びの枠を超えて、これから始まる一大イベントへの期待感と、仲間たちとの絆をどこまでも温かく、そして力強く膨らませていった。
「よし、夏休みのキャンプを最高の思い出にするために、明日からのバイトも皆で力を合わせて頑張り抜こうね!」
僕が力強く宣言すると、画面の向こうのバイト仲間たちが最高の笑顔を浮かべ、一斉に「おーーっ!!」と元気いっぱいの声を響かせた。
夏の足音がもうすぐそこまで聞こえてくる夜、僕たちの胸の中は、新しい未来へのワクワクとした期待感でいっぱいに満たされていた。




