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第35話 よくばりプランとアルバイトの扉


 数日後、再びファミレス『フルール』のボックス席に集まった僕たちは、前回の作戦会議で満場一致となった『夏の三泊四日大遠征・よくばり周遊プラン』の具体的な内容を発表し合う日を迎えていた。


 窓の外には、七月頭特有のうだるような蒸し暑さが広がっているけれど、お店の中は快適な冷房が効いていて生き返るようだ。


 テーブルの上には、僕が自宅のパソコンで夜な夜な調べてまとめた特製の行程表と、観光パンフレットが何冊も広げられている。


 今日のメンバーも前回と同じく、僕、姫子さん、咲さん、夢乃さん、美怜さん、そして新加入の涼花さんの六人だ。


「お待たせしました。あれから色々と考えたんだけど……ついに、今回の夏休み三泊四日『よくばり周遊プラン』の全貌がまとまったから、今から発表しちゃうね」


 僕が手元の用紙を高々と掲げると、ボックス席に座る全員の視線が一斉に集中した。みんなの瞳には、これから始まる大冒険への期待と興奮の色がハッキリと浮かんでいる。


「わぁ、待ってました……! 一体どんな欲張りなルートになったのか、今からドキドキしちゃいます!」


 涼花さんは自分のアイスココアのグラスをそっと置き、身を乗り出すようにして僕を見つめた。そのお下げ髪が期待でパタパタと揺れている。


「ふふ、奏多君がどんなプランを練り上げてくれたのか、すごく楽しみだわ。私たちのわがままを全部叶えるなんて、かなりハードなスケジュールになっていそうね」


 美怜さんは優雅に微笑みながら、腕を組んで僕の次の言葉を促した。


「よし、それじゃあ早速、一日目から順番に説明していくね。まずはタイトルをつけてみたんだ──『鳴き砂のビーチと、夕日ヶ浦の絶景温泉』!」


 僕がそう宣言すると、姫子さんが「おっ、初日からいきなり海全開だね!」と嬉しそうに声を弾ませた。


「そう! 【1日目】はね、まず午前中に左京区の自宅を出発して、京都縦貫道を経由して一気に丹後半島北部へ北上するんだ。そして、お昼前かお昼過ぎに到着するのが、あの有名な『琴引浜掛津海水浴場』!」


「わぁ、琴引浜……! 足の裏でキュッキュッと音がするっていう、あの有名な『鳴き砂』のビーチですね!」


 夢乃さんが両手をパッと合わせて目を輝かせる。


「その通り! 車を降りたら、まずは素足になってその砂の上を歩いて、足裏で鳴き砂の不思議な感触を体感してもらうよ。もちろん、そのまま真っ青な日本海の海に飛び出して、思いっきり海水浴を満喫するんだ。姫子さんの希望だった『海水浴』は、初日から全力で叶えるスケジュールにしてあるからね」


「やったぁーーっ! 初日から海に入れるなんて最高すぎるよ、奏多君! 思いっきりぷかぷか浮いて、綺麗な砂浜を走り回るんだから!」


 姫子さんは両手を高々と突き上げて大喜びした。


「そして、海を満喫して小腹が空いた夕方前には、近くの道の駅に立ち寄って、日本海ならではの新鮮なサザエやイカなどの海の幸を贅沢に調達する。それからその日のキャンプ地である

『Hygge(ヒュッゲ)BASE(ベース)京丹後』へ移動して、テントを設営したら、日本海の潮騒を聞きながら、ゆったりとした初日の夜を過ごすっていう流れだね」


「潮騒を聞きながらのキャンプなんて……ロマンチックすぎて、想像しただけで泣けてきそうです……!」


 涼花さんは胸元で両手をぎゅっと握り締め、うっとりとした表情を浮かべた。


「温泉もあるし、初日としてはこれ以上ないくらい贅沢で優雅なスタートね。すごくバランスが良いわ」


 咲さんも上品に頷きながら、スケジュール用紙をじっと見つめている。


「続いて、【2日目】のタイトルは──『海の京都から『森の京都』へ! 舟屋群と渓流・滝めぐり、そして夜の夢花火』!」


 僕が次のページをめくると、さらにメンバーたちの関心が引き付けられた。


「二日目は朝から盛りだくさんだよ。まずは起床して、姫子さんや美波さんたちが中心になって、キャンプ場の朝食を美味しく作ってくれるところからスタート」


「おっ、朝ごはん担当は私たちに任せてよね! みんなが一日を元気よく出発できるように、気合入れて美味しいのを作るんだから!」


 姫子さんが頼もしく胸を張ると、美怜さんも「私も朝の準備、しっかりお手伝いするわね」と優しく微笑んだ。


「朝食を済ませたら午前中は海側観光として、あの『伊根の舟屋』に立ち寄るよ。海沿いにずらりと立ち並ぶ独特の家並みを、専用の遊覧船に乗って海側からじっくり見学するんだ。船の上からカモたちへの餌やりも楽しめるから、すごく楽しい思い出になるはずだよ」


「伊根の舟屋! テレビや写真でしか見たことなかったから、自分の目で本物を見られるなんてすごく嬉しいです。遊覧船も絶対楽しいやつだぁ」


 夢乃さんがワクワクした様子でパチパチと拍手をする。


「そして、昼食を食べた後の午後からは、ガラリと雰囲気を変えて内陸側──兵庫県北部の香美町や養父市方面へ大移動! 『日本の滝100選』に選ばれている『但馬大仏・諸杉神社』や、名瀑として知られる『音水滝(おんずいたき)』といった、極上の涼しい渓流・滝スポットを巡るんだ」


「滝……! マイナスイオンをたっぷり浴びて、綺麗な川での川遊びや、ヤマメのつかみ取り・釣り体験なんかもできるのね。山岳アクティビティをやりたいっていう私の希望も、しっかり組み込まれてるじゃない」


 美怜さんの瞳が嬉しそうにキラリと光った。冷たい清流での川遊びや魚との格闘を想像して、早くもワクワクしているのが伝わってくる。


「そう! 大自然の涼しさを全身で体感したあとは、夕方になってから香住や浜坂の港町へ立ち寄って、新鮮な白イカや地魚をたっぷりと買い込んで強力なクーラーボックスに入れちゃう。そしてそこから向かうのが……今回の二日目の最大のハイライトの一つ、『城崎温泉街での夏祭り』なんだ!」


「えっ……! 城崎温泉の夏祭りって……!?」


 涼花さんが驚きのあまり、思わず声を裏返した。


「そう! 夕方からはレトロな城崎温泉街に到着して、浴衣姿でそぞろ歩きながら夕食や買い出しをしたり、温泉街の情緒溢れる雰囲気を満喫するよ。そして夜の21時からは、なんと夜の温泉街で『夢花火』が打ち上がるんだ! 間近で迫力ある花火をみんなで見上げて、夏の夜の思い出を最高潮にしちゃおうって計画さ」


「わぁぁーーっ! 城崎温泉で夏祭りなんて、それだけでも贅沢なのに、夜に花火まで見れちゃうなんて最高すぎるよ、奏多君!」


 姫子さんは両手をパッと広げ、まるで今すぐ浴衣を選びに行きたいといった勢いで大興奮した。


「花火のあと、21時半からは城崎温泉から車で約10分という抜群の近さにある『気比の浜キャンプ場』へ移動するよ。花火のあとの移動時間が短いから、夜遅くなってもスムーズにテントへ戻って休める完璧な動線になってるんだ」


「移動がスムーズなのはすごく助かるわね。温泉街の情緒と夜の花火、そして快適なキャンプの組み合わせなんて、大人の夏休みとしても完璧だわ」


 咲さんもその緻密なスケジュール感に深く感心したようにうなずいた。


「そして、【3日目】のタイトルは──『山陰ジオパークの「地底・海中世界」を探検する日』!」


「おっ、三日目はジオパークの探検だね! どんな冒険が待ってるのかな?」


 姫子さんが身を乗り出して先を促す。


 ジオパークとは、珍しい地層や火山、断層などの地球科学的に大切な見どころ(ジオ)が含まれるエリアのことだ。


「午前中は、絶景ジオパーク観光として『香住海岸の遊覧船』または『山陰海岸ジオパークの洞窟めぐり』に乗船するよ。ミニバンでは絶対に入っていけないようなダイナミックな断崖絶壁や、青の洞窟のような神秘的な海蝕洞を海上から間近で見学するんだ。シュノーケリングの代わりに、船の底から海底の魚や信じられないほどの透明度を観察できるから、スリル満点だよ」


「わぁ……! 青の洞窟なんて、まるで映画の世界みたいです! 船の上から海の中が透けて見えるなんて、絶対感動しちゃいます……!」


 涼花さんは目を丸くし、すっかり冒険の主人公になった気分で聞き入っている。


「そして午後は、少し内陸へ足を延ばして歴史ある『出石(いずし)の城下町』へ行くよ。風情ある白壁の街並みをみんなで散策しながら、名物の『出石皿そば』を何枚食べられるか大食い対決に挑戦したり、伝統の『皿そば打ち体験』をしたりして、文化とグルメを同時に楽しむんだ」


「出石皿そば! 小さなお皿に盛られたお蕎麦を何枚も重ねていく、あのテレビでよく見るやつ! 私、お蕎麦大好きだから何枚食べられるかすごく挑戦してみたいよ!」


 姫子さんが自分の胃袋の容量を確かめるように、お腹をトントンと軽く叩いた。


「皿そば打ち体験も面白そうね。自分たちでお蕎麦を打って、そのあとすぐに食べるなんて、最高の食育だし思い出になりそうわ」


 咲さんも感心したようにうなずく。


「そして三日目の夜は……なんと、但馬牛のステーキや焼肉をキャンプ場で盛大に味わいながら、遮るもののない満天の星空を眺めてまったり過ごすっていうフィナーレさ」


「但馬牛のステーキ……! 海鮮や夏祭りのあとに、まさかの高級ブランド牛ですか! 奏多さん、このプラン、贅沢すぎて罰が当たりませんかね……?」


 涼花さんが冗談めかして両手で顔を覆うと、ボックス席全体に楽しげな笑い声が広がった。


「最後に、【4日目】のタイトルは『空の駅とローカル鉄道の旅情を味わいながら帰路へ』!」


「いよいよ最終日かぁ……。寂しいけれど、最後まで盛りだくさんなんだよね?」


 涼花さんが少し名残惜しそうに尋ねると、僕は力強くうなずいた。


「もちろん! 午前中は、日本海を見下ろす断崖絶壁にある『余部(あまるべ)クリスタルタワー・空の駅』へ行くよ。かつて特急列車が走っていた赤い鉄橋の歴史に触れながら、専用エレベーターで一気に高台の展望台へ上がって、日本海のどこまでも続くパノラマビューを最後に満喫するんだ」


「余部橋梁……! あのテレビやニュースで有名な空の駅ね。あそこからの景色は、旅の締めくくりにふさわしい絶景だわ」


 美怜さんもそのチョイスに深く納得したように微笑んだ。


「そしてお昼以降は、北近畿豊岡自動車道から京都縦貫道を経由して、一気に左京区の自宅へ帰還! 途中にある『丹波マーケス』などの大きな道の駅に立ち寄って、特産の黒豆パンや新鮮な地元野菜をお土産にどっさり買い込んで、三泊四日の大冒険を無事に完結させるっていうスケジュールだ!」


 僕が言い終えると、ボックス席からは「おぉーーっ!」という大歓声と盛大な拍手が巻き起こった。


「泳いで、ドライブして、舟屋を見て、遊覧船に乗って、城下町を散策して、極上の海の幸に但馬牛、さらには城崎温泉での夏祭りと夢花火まで……本当にバラエティ豊かすぎて、書ききれないくらいの最高の夏の思い出が作れそうね!」


 美怜さんは感心したように目を細め、完璧なプランにうっとりと酔いしれている。


「すごいよ、奏多君! 私たちのわがままをこんなに綺麗に、しかも無理なく完璧にまとめ上げるなんて、もう旅行代理店のプロ顔負けの腕前だよ!」


 姫子さんは自分のことのように胸を張り、隣に座っていた僕の肩をバシバシと力強く叩いた。


「本当に……。こんなに充実した三泊四日なら、一生忘れられない最高の夏休みになりますね。早く行きたくて、今からカレンダーを毎日数えちゃいそうです」


 夢乃さんは両手を胸の前でギュッと組み、幸せそうな笑顔を浮かべた。


「みんな、このプランで決定ってことでいいかな?」


 僕が改めて問いかけると、全員が「もちろん大賛成!」「異議なしです!」と満面の笑みで大きく頷いてくれた。


「さっそく、正樹叔父さんたちにLINEでこのプランを送りつつ、今回の三泊四日について相談の連絡をとってみようっと」


 僕は自分のスマートフォンを取り出し、画面をタップしながらメッセージの入力画面を開いた。


 文章を打ち込んで数分後、既読マークがついたかと思うと、すぐに正樹叔父さんから頼もしい返信が返ってきた。


「あ、正樹叔父さんからもう返事が来たよ。『おお、めちゃくちゃ面白そうなよくばりプランじゃないか! 途中には城崎の夏祭りや花火まで組み込まれてるなんて最高だな。その期間なら、俺も叶もスケジュールは完全に空けてあるからノープロブレムだ。任せとけ!』だってさ」


 僕がスマホの画面をみんなに見せながら読み上げると、ボックス席のあちこちから「やったぁ!」「叔父さんたち、フットワーク軽くて最高すぎる!」と歓声が上がった。


「これで移動の強力な布陣もバッチリ決まったわけだし、あとは本番に向けて準備を進めるだけね。でも、さっきの計画を聞いて改めて思ったけれど、これだけの規模の三泊四日の大遠征となると、高速代やキャンプ場のサイト代、城崎温泉での散策費用や毎日の美味しいグルメ代も含めて、それなりにしっかりとした資金が必要になってくるわよね」


 美怜さんが現実的な視点に戻り、グラスの氷をスプーンでカチャカチャと鳴らしながら言った。


「そうなんだよ! だからこそ、今日からその資金を温存する意味でも、計画実行の日までしばらくの間は、キャンプは控えて、バイトをがっつり頑張ってキャンプ資金を貯めておかなきゃいけないんだよね!」


 姫子さんは自分の両こぶしをグッと握り締め、力強く宣言した。


「そうだね。僕もこの夏の一大イベントを絶対に成功させたいから、この機会にバイトを始めようと思ってるんだ」


 僕がそう言うと、美怜さんはフッと上品な笑みを浮かべ、自分のアイスティーのストローを指先でクルッと回した。


「私も、今回の遠征に向けて新しいキャンプギアがいくつか欲しいし、そのためには自分でお金を稼がなくちゃいけないわね。だから私も、これからは本格的にバイトを始めようと思っているの」


「えっ、美怜さんもバイトを始めるんですか!?」


 涼花さんが目を丸くして驚きの声を上げる。いつもお洒落でクールな美怜さんが働く姿を想像して、新鮮に感じたようだ。


「ええ。社会勉強も兼ねてね。それに、自分で稼いだお金で買うキャンプ道具のほうが、愛着が何倍も湧くもの」


 美怜さんが涼しげな横顔でそう答えると、その隣で涼花さんは少しだけもじもじしながら、自分の洋服の裾をキュッと引っ張った。


「あの……私、実はまだ大学に入ってからちゃんとしたアルバイトをしたことがなくて……。でも、こうしてみんなと一緒に遠くのキャンプへ行くなら、やっぱり自分の力でしっかり資金を稼ぎたいし、先輩たちの足手まといになりたくないんです……! だから、私も……できれば一緒にバイトを始めたいです……!」


 涼花さんは少し不安そうな、でも勇気を振り絞ったような真剣な眼差しで、僕たちを順番に見回した。


 その健気で一生懸命な姿に、姫子さんはパッと顔を輝かせ、まるで自分のことのように嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「ねえ、だったらさぁ……! 三人とも、この『フルール』で一緒に働かない!?」


「えっ……!? この『フルール』で、ですか!?」


 涼花さんは驚きのあまり、思わず声を裏返してしまった。


「そう! 実はここだけの話、このファミレス『フルール』って、今ちょうど新しいスタッフのアルバイトを募集しているところなんだよ! いつも私たちがこうして長居して部室代わりに使わせてもらってるお礼も兼ねて、ここで一緒に働けたらめちゃくちゃ楽しくない!?」


 姫子さんは両手をパンと叩きながら、名案だと言わんばかりに満面の笑みを浮かべた。


「確かに……。私たちがいつもお世話になっているお店だし、学校の講義の合間や放課後の時間もシフトを調整しやすそうだから、通勤の面でもすごく合理的だわ」


 美怜さんも、そのアイデアの合理性と楽しさに納得したように深くうなずいた。


「このお店なら、店長さんもすごく気さくで優しい方だし、初めてのアルバイトで緊張する涼花ちゃんにとっても、僕たちが近くにいるから安心できる環境かもしれないね」


 僕がそう言って微笑みかけると、涼花さんはパッと顔を明るくさせ、不安がすっと消え去ったような笑顔で大きく頷いた。


「はいっ……! もしご迷惑じゃなければ、私、ぜひこの『フルール』でアルバイトを始めてみたいです! 皆さんたちと一緒に働けるなら、どんなに忙しくても絶対頑張れます!」


「ふふ、決まりね。じゃあ、私と奏多君と涼花ちゃんの三人で、この『フルール』の新しいアルバイト仲間として、夏休みのキャンプ資金をガッツリ稼ぎまくりましょうか」


 美怜さんが美しく微笑みながらグラスを持ち上げ、まるで乾杯するかのように宙へ軽く傾けた。


 こうして、僕、美怜さん、そして新加入の涼花さんの三人が、いつものファミレス『フルール』で一緒にアルバイトとして働くことが、その場でトントン拍子に決定したのだった。


 夏の足音がもうすぐそこまで近づいてきている青空の下、僕たちの胸の奥には、これから始まるバイト生活への少しの緊張感と、それを乗り越えた先にある最高の夏休みキャンプ旅行へのワクワクした期待感が、温かく、そして力強く満ちあふれていた。






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