第34話 夏の足音と、欲張りな大遠征の作戦会議
七月頭の蒸し暑さが、アスファルトの照り返しとともに京都市内の街並みを包み込んでいた。梅雨明けが待ち遠しいこの季節、空は薄曇りの向こうにどこか夏の気配を孕んだ青を覗かせている。
いつものように部室代わりとして使っているファミリーレストラン『フルール』のボックス席には、お馴染みのメンバーたちが集まっていた。
窓際の特等席に陣取っているのは、僕、奏多。そして、いつだって周囲を明るい笑顔で巻き込む姫子さん、冷静沈着でありながら確かな洞察力を持つ桐咲さん、いつもおっとりとしていて優しい空気を纏う夢乃さん。
さらに、クールビューティーな美怜さんと、その美怜さんと前回の美山町でのソロキャンプで思わぬ出会いを経て『星キャン』に新しく加入した新メンバーとなった羽鳥涼花さんの姿があった。
総勢六人。テーブルの上には、それぞれが注文したアイスティーやメロンソーダ、季節限定のフルーツパフェなどが並び、カチャカチャとスプーンが触れ合う音が心地よく響いている。
「ふう、こう暑くなってくると、いよいよ本格的な夏のキャンプの季節が到来って感じがするよねぇ!」
姫子さんがストローをくわえながら、パッと両手を広げて大きな声を出した。その無邪気な笑顔につられるように、テーブルの空気が一気に華やぐ。
「そうね、姫。外はすっかり蒸し暑くなってきたけれど、こうして皆の顔を見ながらサークルの集まりをしていると、自然とテンションが上がってくるわ」
咲さんが上品にアイスティーのグラスを持ち上げ、氷を揺らしながら穏やかに微笑んだ。眼鏡の奥の瞳が、今日の集まりを楽しみにしていたことを物語っている。
「本当に……。美山のソロキャンプで美怜ちゃんに素敵なご縁があって、涼花ちゃんがこうして私たちの仲間になってくれたおかげで、サークルが一層賑やかになりましたよね。なんだか、すごく嬉しいです」
夢乃さんがふんわりと柔らかい笑みを浮かべながら、新加入の涼花さんの方へと優しく視線を向けた。
その言葉を向けられた涼花さんは、自分のアイスココアのカップを両手でギュッと包み込みながら、少しだけ照れくさそうに、けれど嬉しさを隠しきれないといった様子で小さく首を縦に振った。
「あ、ありがとうございます……! 私、まだ入ったばかりで、こんなに素敵な皆さんの中に混ざっていいのかなって緊張しちゃうんですけど……でも、こうしてファミレスでみんなとお話ししていると、本当に夢みたいで……」
お下げ髪を揺らしながら、涼花さんは目をパチパチとさせる。どこかおっちょこちょいでネガティブな一面がありながらも、一生懸命に自分の気持ちを伝えようとするその姿に、美怜さんはお姉さんのような温かい眼差しを向けた。
「涼花ちゃん、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。ここにいる人たちはみんな優しくて、キャンプのことになると途端に子供みたいにはしゃぎ出す人たちばかりだから」
「ちょっと美怜さん、それってどういう意味よー! 子供みたいって、私たちのことじゃない!」
美怜さんの言葉に、姫子さんがすかさずオーバーリアクションでツッコミを入れる。ボックス席全体にクスクスと楽しげな笑い声が広がった。
「ふふ、でも本当のことでしょう? ほら、今日の本題に入りましょ。私たち、そろそろ次の大きなイベントについて真剣に計画を立てなきゃいけない時期なんじゃないかしら」
美怜さんが優雅に微笑みながら話題を切り替えると、全員の表情がスッと引き締まり、そして期待に満ちた輝きを帯びた。
そう、今日の最大の目的──それは、やってくる長い夏休みに向けて、みんなでキャンプ旅行に行く計画を立てることだ。もちろん、今回から新しく仲間になった涼花さんも含めた全員での大遠征となる。
「待ってました、その話題……! 夏休みだよ、夏休み! 学校の授業やレポートから完全に解放されて、自由の翼を広げられる最高の季節がやってくるんだよ!」
姫子さんはテーブルの上に身を乗り出し、両手を握りしめて目をキラキラと輝かせた。
「夏休みのキャンプ旅行か……。確かに、これまでの週末だけのキャンプとは違って、スケジュールを大きく取れる絶好のチャンスよね」
咲さんは腕を組み、思考を巡らせるように少しだけ視線を天井に向けた。
「涼花ちゃんにとっても、みんなで行く本格的なグループキャンプはこれが初めてになるものね。しっかり思い出に残るような、素敵な計画にしなくちゃ」
美怜さんが新メンバーの涼花さんへ優しく語りかけると、涼花さんは胸の前で両手をぎゅっと組み、感動したような面持ちで大きく頷いた。
「はいっ……! 私、みんなと一緒に行く夏のキャンプなんて想像しただけでドキドキしちゃいます。先輩たちの足を引っ張らないように、荷物の準備も気合を入れて頑張りますから!」
「足引っ張るなんてことないから安心してよ、涼花ちゃん! みんなで助け合っていけば、どんな難所だって余裕でクリアできちゃうんだからね!」
姫子さんが力強く親指を立てて見せると、涼花さんはホッとしたように柔らかい笑みを浮かべた。
「せっかくの夏休みの大遠征なんだから、近場でのんびりするよりも、やっぱり思いっきり遠出がしたいよね! 時間の制約も少ないわけだし、たっぷり満喫できるように、期間としては……そうだなぁ、贅沢に『三泊四日』くらいで計画を立てちゃおうよ!」
姫子さんのその提案に、テーブルの雰囲気がさらに一段と熱を帯びた。
「三泊四日……! すごく本格的な長期キャンプですね。そんなに長い間、皆さんとずっと一緒にキャンプができるなんて、今からワクワクしちゃいます」
夢乃さんが両手を頬に当て、うっとりとした表情で夢想するように呟く。
「三泊四日となると、準備する荷物の量もこれまでの倍以上になるし、日程の組み立て方もすごく重要になってくるわね。でも、それだけの時間があれば、普段の週末じゃ絶対に行けないような遠くのエリアまで足を伸ばせるわ」
咲さんが思案げにしながら意見した。
「そうね。遠出をするとなると、移動距離も長くなるし、高速道路の利用料金や宿泊地のサイト代、食費やアクティビティの費用も含めて、それなりにまとまった予算が必要になってくるわ。となると、計画を進める上ですごく現実的な問題が出てくるわね」
美怜さんが冷静に分析しながら、グラスの水滴を指先でなぞる。
「うん、美怜さんの言う通りだよね。だからこそ、そのための資金をしっかり温存したり、新しいギアを買う余裕を得るって意味でも、計画実行の日までしばらくの間は、キャンプは控えたほうが賢明なんじゃないかなって思うんだ」
僕がそう付け加えると、全員が「確かに!」「それは大事だね」と深く納得したように頷いた。夏本番のビッグイベントを最高の状態で迎えるために、今のうちからお財布の紐をしっかり締めておこうという意識が、自然と全員の中で共有された瞬間だった。
「よし、予算の管理と事前の節約はみんなでしっかり徹底するとして……問題は、その大遠征をどうやって移動するかだよね」
姫子さんがストローを回しながら、首をかしげた。
「そうだね。今回は、僕たち『星キャン』のレギュラーメンバーに、涼花ちゃんが新しく加わって、さらにサポート役としてお馴染みのおじさんたちも加わるわけだから……総勢で何人になるんだっけ?」
僕が人数を指折り数えようとすると、涼花さんが少し緊張した様子で手を挙げた。
「あの、ええと……奏多さんたちのメンバーが6人で、それに前回の琵琶湖のときにご一緒したっていうプロカメラマンの叔父さんと、小説家のお姉さん……。それと美怜さんのお姉さんの美波さんも参加されるんですよね? ってことは……」
「そう! 美波さんも実家のカフェのスケジュールを調整して、今回は絶対に参戦するって張り切ってたからね! つまり、今回のキャンプ旅行の総勢メンバーは、なんと『10人』の大大所帯になるんだよ!」
姫子さんがパッと両手を大きく広げて数字を強調した。
「総勢10人か……! それだけの大人数が動くとなると、移動手段も前回と同じように、しっかり連携を考えないと大変なことになりそうね」
咲さんが眼鏡を押し上げ、真面目な顔になり指摘する。
「うん、だから移動は前回の大成功の再現ってことで、おなじみのあの2台体制で行こうと思うんだ。つまり、正樹叔父さんの運転するあの広々としたキャブコンバージョンと、叶姉さんの運転する安定感抜群のミニバンの2台だね」
僕がそう提案すると、みんなも「それが一番安心だね」「機材も荷物もたっぷり積めるし最高!」と口々に賛同した。
正樹叔父さんのキャブコンには撮影機材や大型のキャンプギアが満載できるし、叶姉さんのミニバンには快適な座席スペースがある。総勢10人の大移動を支えるには、これ以上ない心強い布陣だった。
「移動手段と大まかなスケジュール感が決まったところで……いよいよ一番肝心な『行き先とプラン内容』をどうするかだよね! みんな、今回の三泊四日でしたいこととか、行きたい場所の希望って何かある?」
姫子さんが司会者のようにキリッとした表情を作り、みんなの顔を順番に見渡した。
その質問を皮切りに、ボックス席のあちこちから、次々と個性豊かな希望や欲望が飛び出し始めた。
「私はね、今回の夏キャンプは絶対的な条件として『海水浴』がしたい! 夏の太陽の下で、綺麗な砂浜を走り回って、冷たい海にドボーンって飛び込みたいの! 浮き輪に揺られながらぷかぷか浮くのが、夏の最高の贅沢なんだから!」
姫子さんが両手を元気よく挙げて、真っ先に自分の希望を熱弁した。海というワードが出ただけで、彼女のテンションは一気に真夏モードへと突入している。
「海水浴ね……。確かに、夏のキャンプの王道といえば海だし、青い海と白い砂浜は外せない要素かもしれないわね。でも、せっかくの三泊四日なのだから、日本海の雄大な景色や、荒々しくも美しい海岸線の絶景っていうのも、大人のロマンがあってすごくいいわよね……」
咲さんは自分のグラスにストローを戻しながら、少し遠い目をしつつ上品に自分の希望を付け加えた。日本海の日本庭園のようなリアス式海岸や、夕暮れに染まる水平線を思い描いているかのようだ。
「海や絶景もすごく魅力的ですけど……私はやっぱり、『美味しいものが食べたい』です! その土地でしか味わえない新鮮な海の幸とか、地元の特産品を使った絶品グルメを、みんなと一緒にワイワイ囲みながらお腹いっぱい食べたいなぁって……あ、想像しただけでお腹が鳴っちゃいそうです」
夢乃さんは両手を自分の小さなお腹にあてがい、トロンとした幸せそうな表情でうっとりと微笑んだ。グルメという絶対正義の欲求に、テーブルのあちこちから「それには全力で賛成!」という相槌が飛ぶ。
「海の幸やグルメも素晴らしいけれど……私は、もう少しワイルドに自然を感じたいわね。例えば、緑深い山の中をトレッキングしたり、渓谷を巡ったりするような『山岳アクティビティ』。そういうところでしか見られないダイナミックな自然の造形美に触れるのには、すごく興味があるわ」
美怜さんは凛とした美しさをたたえながら、自分の希望をスッと提示した。知的な彼女らしい、自然の深層に迫るようなアウトドア志向が光っている。
「うわぁ……みんなの意見を聞いているだけで、やりたいことが全部詰まってて、すでに頭の中が楽しさでいっぱいになっちゃいます……! 海も、絶景も、美味しいものも、山も、全部体験できたら最高すぎるよぅ……」
新加入の涼花さんは、みんなの意見の豪華さに圧倒されながらも、目を星のように輝かせてパタパタと両手を揺らした。
「ねえ、みんなの意見を整理するとさ……海も、日本海の絶景も、極上のグルメも、そして山岳アクティビティも、全部やりたいってことだよね? それって、すごく欲張りすぎじゃないかな?」
僕が苦笑いを浮かべながらそう突っ込むと、姫子さんは「なに言ってるの、奏多君!」と胸を張って反論した。
「欲張りで何が悪いの! だって期間は三泊四日もあるんだよ? その時間を最大限に遊び尽くすためには、妥協なんて一切しちゃいけないの! 海も山もグルメも絶景も、全部欲張りに詰め込んだ『よくばり周遊プラン』を華麗に作り上げちゃえばいいんだよ!」
姫子さんのその力強い宣言に、ボックス席の全員が大きく頷き、目を輝かせた。
「賛成だわ、姫。欲張りと言われようとも、私たちが求める夏の思い出のハードルはそれくらい高くなくっちゃね」
咲さんがフッと誇らしげな笑みを浮かべる。
「うん、私も大賛成です! 最高の夏休みにするために、みんなの希望を全部叶えるよくばりプラン、絶対に実現させましょうね!」
夢乃さんが楽しげに言い、涼花さんも満面の笑みを浮かべた。
こうして、七月頭のファミレス『フルール』での作戦会議は、夏のビッグイベントに向けた最高にワクワクするエネルギーを全員の胸に残したまま、穏やかに幕を閉じていった。




