第27話 湖風を抜けて、琵琶湖畔の特等席へ
六月下旬、梅雨の合間にふと顔を覗かせた眩しい青空が、夏の訪れを力強く告げていた。
左京区にある奏多と七柰の家の前には、昨日からの約束通り、小田切正樹叔父さんの愛車である大型のキャブコンバージョン(キャブコン)がエンジンを穏やかにアイドリングさせながら停車していた。
そのすぐ後ろには、叶姉さんの運転するミニバンがピタリと続き、二台体制での壮大なキャンプ旅の始まりを静かに告げている。
「おっ、みんな時間通りだな。おはよう!」
キャブコンの運転席から降りてきた正樹叔父さんが、爽やかな笑顔で声を上げる。無精髭の似合う精悍な顔立ちに、アウトドア用のラフなジャケットスタイルがプロの旅人としての風格を漂わせている。
「おはようございます、正樹叔父さん、叶姉さん。今日はよろしくお願いします」
「おはよう、正樹叔父さん! 叶お姉ちゃん!」
奏多と七柰が挨拶を返し、それぞれが自分のザックやキャンプ道具を車内へと積み込んでいく。
今回の移動において、正樹叔父さんのキャブコンに乗り込むメンバーは、運転手の正樹叔父さん、僕、七柰、美怜さん、そして前回は不参加だった波さんの5人だった。
一方の叶姉さんのミニバンには、姫子さん、咲さん、夢乃さんの3人が乗り込み、それぞれの車で今日の目的地である滋賀県・マイアミ浜オートキャンプ場を目指すことになっている。
「それじゃあ、出発進行!」
正樹叔父さんの合図とともに、キャブコンの重厚なエンジンが唸りをあげて動き出す。
車内は広々としており、まるで小さなリビングルームがそのまま移動しているかのような快適さだった。
キャブコンの特等席とも言える後方のダイネットスペースに腰を下ろした七柰は、窓の外を流れる街の景色を見ながら、どこか嬉しそうな表情を浮かべている。
「わあ、やっぱりこの車すごい広いねー。家のリビングみたいにゆったり寛げちゃう」
「だろ? こいつは俺の相棒だからな。撮影機材だけじゃなく、こうしてみんなを乗せて走るのにも最高の相棒さ」
運転席からバックミラー越しに微笑みながら、正樹叔父さんが軽快にハンドルを切る。
「車内とは思えないほど機能的で、とても快適な空間ですね」
美怜さんは窓際の席に上品に腰を下ろすと、持参したハンドクリームを優しく指先に塗りながら、車内を興味深そうに観察した。
その隣には、落ち着いた物腰で優しく微笑む美波さんが静かに座っている。
「本当に素敵なお車ですね。こんな大きなキャンピングカーに乗せていただけるなんて、今からキャンプが楽しみで仕方がありません」
美波さんが上品に微笑みながらそう言うと、七柰も「うん! おうちには招待できなかったからね。今回は美波さんも一緒で本当によかった!」と嬉しそうに頷いた。
「そういえば、美波さん。実家のカフェの仕事は、今回は大丈夫だったのかい?」
運転しながら正樹叔父さんがルームミラー越しに尋ねる。
「はい。両親やスタッフみんなが『たまには息抜きしておいで』って背中を押してくれて、お休みをもらえたんです。なので、思いっきり楽しみたいなって思っています」
美波さんが穏やかで優しい笑みを浮かべながら答えると、車内は一層温かく柔らかな空気に包まれた。
京都市左京区の住宅街を抜け、車は順調に東へと進んでいく。
車窓の景色は次第に都会のビル群から緑豊かな山々へと変わり、やがて視界が開けてくると、車は湖西道路(国道161号)へとスムーズに合流した。
「道路も空いてて順調だな。琵琶湖大橋もこの調子ならあっという間だぞ」
正樹叔父さんが快調にアクセルを踏み込む。車内では、先日のカートゲームの話題や、叶姉さんの小説の感想などで盛り上がり、まるで遠足のような和やかな時間が流れていった。
§
湖西道路を軽快に走り抜け、琵琶湖大橋を渡ってしばらく進むと、今日の旅程の最初の目的地である場所へと到着した。
「さて、まずは腹ごしらえといこうか。ちょうどお昼時だしな」
正樹叔父さんがキャブコンをスムーズに駐車スペースへと滑り込ませる。
そこは、琵琶湖のほとりに位置する『めんたいパークびわ湖』だった。
「わあ、すごいね。建物の上になんだか大きなキャラクターがいて、とっても賑やか」
車から降り立った美波さんが、お馴染みの明太子のキャラクターを見つけて穏やかに微笑む。
ここは、出来立ての明太子グルメが食べられることで知られる、とっても人気のテーマパークだ。
「ほんとね、すごく賑わってるわ。お腹の虫も鳴り出しそうだったところだし、ちょうどよかったわね」
美怜さんも優雅にジャケットの裾を整えながら、柔らかい微笑みを浮かべて施設へと歩みを進める。
もう一台のミニバンで到着した他のメンバーも合流し、全員で広々とした館内へと足を踏み入れた。
目の前には、ガラス越しに明太子の製造工程を見学できるコーナーや、食欲をそそる香りを漂わせるフードコーナーが広がっている。
「みんな、何食べる? 私はやっぱり定番のジャンボおにぎりかなぁ!」
姫子さんが目を輝かせてメニューボードを指さす。
「私は、ピリッとした辛さがクセになりそうな明太パスタが気になるわね」
咲さんが上品に微笑みながらメニューを選ぶ。
「じゃあ、みんなで色々買ってシェアしようよ!」
七柰の提案で、出来立ての明太子おにぎり、明太子豚まん、さらには明太子がたっぷり入ったソフトクリームまで購入し、施設のテラス席へと陣取った。目の前にはキラキラと輝く琵琶湖の絶景が広がっている。
「いただきまーす!」
全員で一斉にかぶりつく。
「んーーっ! 美味しいっ!! 出来立てだからプチプチ感が全然違うよ!」
姫子さんが両手でほっぺたを押さえて感動の声を上げる。
「本当ね、ピリッとした辛さと旨味が口いっぱいに広がって……とても美味しいわ」
美怜さんも一口味わうと、嬉しそうに目を細めた。
「うん、本当においしい。こうしてみんなで青空の下で食べるご飯は、格別の美味しさだよ」
美波さんも穏やかに微笑みながら、一口ずつ丁寧におにぎりを味わっていた。
絶品の明太子グルメに舌鼓を打ちながら、青空の下で食べる昼食は、旅の始まりを最高のかたちで盛り上げてくれた。
§
お腹がしっかりと満たされた一行は、再びそれぞれの車に乗り込み、今日のメインのキャンプ場へと向かう途中の買い出しスポットへと向かった。
車が向かったのは、湖岸道路沿いにある大型ショッピングモール『ピエリ守山』だ。
その敷地内にある、新鮮な食材を豊富に取り揃えていることで評判のスーパー『生鮮食品館 TOKUYA』へと到着した。
「よし、それじゃあ今夜と明日のキャンプご飯用の食材を調達するぞ。みんな、カートを押して各自好きなものをカゴに入れてくれ」
正樹叔父さんの号令のもと、総勢7名の『星キャン』メンバー(+プロの親族コンビ)がスーパーの広い店内へと繰り出していく。
そうして買い込んだ大量の食材や飲み物をスムーズに会計してもらい、正樹叔父さんのキャブコンの大きな冷蔵庫と収納スペースへと綺麗に積み込むことができた。
§
買い出しを無事に終え、車はいよいよ今日のメインステージである『マイアミ浜オートキャンプ場』へと到着した。
車窓から見える景色は、どこまでも広がる琵琶湖の青と、綺麗に手入れされた緑の芝生が広がる極上のロケーション。西日本トップクラスの高規格オートキャンプリゾートとして名高いその場所は、訪れた者誰もが息をのむほどの美しさだった。
「うわあ! すごい開放感! 海みたいに広い湖だね!」
美波さんがキャブコンの窓から穏やかに外を眺めながら、感嘆の声を漏らす。
管理棟に到着すると、正樹叔父さんが代表してスムーズに受付を済ませ、キャンプに欠かせない薪や炭もたっぷりと購入した。
「よし、それじゃあ指定されたサイトへ移動するぞ。俺はこのキャブコンで直接サイトに乗り入れるから、みんなはそれぞれのペースで準備しよう」
正樹叔父さんがハンドルを切り、広大なキャンプ場のオートサイトへとキャブコンを進入させる。
一方、叶姉さんは自身のミニバンを近くの共用駐車場へとスマートに停め、手荷物を持って合流した。
サイトに到着するやいなや、若者たちの動きは素早かった。
「よし、私たち星キャン組は、いつものように自分たちのテントを設営するよ!」
姫子さんの掛け声とともに、それぞれのメンバーが手際よく動き出す。
これまでの経験を経て、今やテント設営は彼女たちにとってお手のものだった。
ペグを打ち込むハンマーの音が小気味よく響き、次々と色鮮やかなテントが形作られていく。
「七柰、そっちのペグはもう少し深く打ち込むと安定するぞ」
「ありがとう、お兄ちゃん。助かるよ」
僕の丁寧なアドバイスに、七柰が笑みを返しながらしっかりとペグを固定していく。
一方、正樹叔父さんと叶姉さんは、キャブコンの車体横に巨大なオーニング(タープ)をウィングのように広げ、その下に頑丈なウッドテーブルやチェアーを配置して、あっという間に洗練されたアウトドアリビングを構築した。
「ふう、設営完了っと。やっぱり、プロのタープ設営は手際が良くてカッコいいですね」
僕が自分のテントのペグの最終確認をしながら感心して見上げると、正樹叔父さんはニヤリと笑った。
「これくらい朝飯前さ。さあ、みんな、いい汗かいたところで、ちょっと一息入れようか」
テントの設営がすべて完了し、綺麗に整えられたキャンプサイトの中央。
正樹叔父さんと叶姉さんが設営した快適なアウトドアリビングのテーブルの周りに、星キャンのメンバー全員が腰を下ろして一息ついていた。
心地よい琵琶湖からの湖風が吹き抜ける中、ふと、宇都宮こと姫子さんが怪しげにふふっと笑みをこぼした。
「ふっふっふ……。実はね、私、今回のキャンプのために新しいギアを手に入れたのだよ!」
「おっ、姫さん、何か新しいキャンプ道具を買ったんですか!?」
七柰が興味津々といった様子で身を乗り出す。
姫子さんは得意満面な顔をしながら、持ってきたリュックから大切そうに包みを取り出し、ジャーンと音を鳴らすようにテーブルの真ん中へとそれを置いた。
そこに現れたのは、キャンプ界隈で今もっとも熱い支持を集めている最新のLEDランタンたちだった。
「わあ! これ……!」
美波さんが目を輝かせて覗き見る。
テーブルの上に置かれたのは、テント愛好家の間で絶大な人気を誇るスノーピークの『たねほおずき』だった。
「おお、それはキャンパーの間で大人気の定番LEDランタンじゃないか。目の付け所がいいね」
僕が感心したようにランタンを手に取って眺める。
「ふふーん、すごいでしょ! これね、ただのランタンじゃないんだよ」
姫子さんは誇らしげに胸を張り、スイッチをポンと押してみせた。
すると、ランタンから温かみのある柔らかい光がふわりと広がり、さらに、本物のロウソクの炎みたいに、風や周りの音に反応してゆらゆらと光が揺らぐゆらぎモードへと切り替わった。
「わあ、きれい……。本当に本物の火が優しく揺れているみたいですね」
夢乃さんがうっとりとした表情で、その小さな灯りを見つめる。
「ほんとうに素敵だね。これなら夜のキャンプサイトが、ぐっと温かい雰囲気になりそう」
美波さんも優しく微笑みながら、ランタンの柔らかな光を見つめた。
「そうなの! 光量を細かく落とせる無段階調光ができるから、夜に星空観察をするときも邪魔しない、控えめで温かみのある暖色を灯せるんだよ。しかも手のひらサイズだから、テント内や首元、ザックに気軽に吊るすこともできるしね!」
姫子さんが熱心にその魅力を解説すると、咲さんが眼鏡の位置を直しながら感心したようにうなずいた。
「機能的だし、何よりデザインが洗練されていて素敵だわ。夜のキャンプサイトがぐっと雰囲気良くなりそうね」
「ええ、こういう灯りの演出ってとても素敵ですね。夜のテントの中でこれを点けたら、最高の読書タイムになりそうだわ」
美怜さんも新しいギアを優しく撫でながら、穏やかに微笑んだ。
「よし、それじゃあ夕食の準備を始める前に、絶好のシャッターチャンスだ。みんな、こっちに集まってくれ!」
カメラマンである正樹叔父さんが、首から下げた愛用のプロ用一眼レフカメラを構えながら、大きな声で皆を手招きした。
「記念撮影ですね! やったぁ!」
七柰が両手を上げてはしゃぐ。
そして、全員がキャブコンの横に広げられたアウトドアリビングの前にぎゅっと集まった。
「みんな、少し寄って寄って! いい笑顔作ってねー!」
正樹叔父さんがカメラの脇から声をかける。
「それじゃあ、撮るよー。はい、チーズ!」
パシャッ!
静寂な湖畔の空気の中に、シャッター音が心地よく響き渡った。
正樹叔父さんのカメラの液晶画面には、新緑の芝生と青い琵琶湖を背景に、最高の笑顔を浮かべた若者たちと、温かく見守る大人の姿が、最高の一枚としてしっかりと切り取られて写し出されていた。




