第26話 新たな風、プロの旅人カメラマンと小説家の来訪
訪れた二人の内、一人目は、小田切正樹叔父さん。
フリーランスのカメラマン・フォトグラファーとして、日本全国を飛び回っている人物だ。無精髭を少し生やした精悍な顔立ちに、ラフなジャケットスタイル。どこか自由な空気をまといながらも、その鋭い目はしっかりと目の前の若者たちを捉えている。
そしてもう一人は、その娘であり僕と七柰の従姉である、小説家の叶姉さんだ。 トレンドを押さえた爽やかなブラウスにロングスカート姿。知的で穏やかな雰囲気をまといつつ、その瞳には好奇心に満ちた輝きが宿っている。
「正樹叔父さん、叶姉さん。 どうしたんですか、突然」
僕が驚いて声をかけると、正樹叔父さんは豪快に笑った。
「いやなに、近くまで仕事で撮影に来てな。予定が早く片付いたもんだから、お前たちの顔が見たくなって、寄ってみたんだよ」
「そうなの。久しぶりに奏多君と七柰ちゃんに会いたくなってね。突撃しちゃった」
叶さんがいたずらっぽくウインクをしながら微笑む。
「わあ、大人のお客さんだ!」
姫子さんが目を丸くして二人を見上げる。
咲さんや夢乃さん、美怜さんも、突然の来訪に軽く会釈を返した。
「おっと、そっちはお客さんか? 賑やかだな」
正樹叔父さんが、面白そうに目を細める。
「あ、皆、紹介するよ。こっちは僕の叔父さんで、小田切正樹叔父さん。プロのカメラマンなんだ。愛車のキャブコンに撮影機材や三脚、ドローン、パソコンなんかを大量に積んで、日本全国を飛び回ってるんだよ」
僕が誇らしげに紹介すると、リビングから感嘆の声が漏れた。
「そして、こっちはその娘さんで、僕の従姉の叶姉さん。小説家をやってるんだ」
「すごい! カメラマンと小説家の父娘なんですか!?」
姫子さんが両手で口を覆い、圧倒されたように声を上げる。
「カメラマンのおじさんと、小説家のお姉さん……。なんだか、映画の世界みたいですね」
夢乃さんが穏やかに微笑みながら感心する。
「いやいや、そんな大層なもんじゃないさ。こっちは風の向くまま気の向くまま、あちこちの自然をレンズに収めてるだけだからな」
正樹叔父さんは照れくさそうに頭をかいた。
「ちなみに、お姉さんはどんな小説を書いてるんですか?」
咲さんが上興味津々といった様子で尋ねた。
「主にライト文芸の青春小説を書いてるよ。代表作は『放課後のアンサンブル~君と過ごしたあの夏~』だね」
叶さんが柔らかな笑みを浮かべて答えた瞬間──。
ぴくり、と美怜さんの肩がわずかに跳ねた。
彼女の涼しげな瞳が大きく見開かれ、信じられないものを見るかのように叶さんを凝視する。
「え……? それって、もしかして……高校生が吹奏楽部で全国金賞を目指す、あの青春ストーリーですか……!?」
美怜さんの声が、いつもよりもわずかに上ずっていた。
「そうだよ、よく知ってるね。もしかして、君、読者なのかな?」
叶姉さんが首をかしげると、美怜さんは普段のクールビューティーな雰囲気を完全に忘れ、一歩、また一歩と叶さんに詰め寄った。
「はいっ!! 私、その小説の大ファンで……! カナエ先生の描く繊細な心理描写も、音楽にかける熱量も全部が大好きで、他の作品もすべて読ませていただいています!」
美怜さんが熱っぽく語る姿に、僕たちは驚きのあまり言葉を失っていた。あの美怜さんが、ここまで感情をあらわにして興奮している姿など誰も見たことがなかったからだ。
「えっ、美怜さんがこんなに熱くなってるの、初めて見た……!」
姫子さんは目を丸くして驚きを隠せない。
夢乃さんも、「すごい熱量ですね……でも、大好きな作家さんに直接会えるなんて、夢みたいですよね」と目を細めて微笑んでいる。
「ふふ、そんなに熱心に読んでくれてるんだ。嬉しいね。じゃあ、今度サイン本をプレゼントしてあげるよ」
叶姉さんが優しく微笑みながら約束すると、美怜さんの表情がパッと花が咲いたように輝いた。
「ホントですか……!? 嬉しい……っ!」
子供のように両手を合わせて喜ぶ美怜さん。その愛らしい一面を目の当たりにして、リビングの空気がさらに温かな笑いに包まれた。
よっぽど嬉しかったんだな……。あんな美怜さんの顔、初めて見たかも知れない。
僕は内心でそう思いながら、嬉しそうにしている彼女を微笑ましく見守った。
§
全員がリビングのソファやラグの上に改めて腰を下ろし、賑やかなティータイムが再開された。
先ほどまでのカートゲームの熱気とはまた違う、和やかな空気が部屋を満たしている。
「ところで、さっきから気になってたんだけど、君たちはどういう集まりなんだい?」
正樹叔父さんがコーヒーカップを傾けながら、目の前の若者たちを見回した。
すると、咲さんがスッと姿勢を正し、上品に微笑みながら答えた。
「私たちは皆、キャンプサークルのメンバーなんです。『星キャン』っていう名前で活動してるんですよ」
「へえ、君たちが例の『星キャン』っていうキャンプサークルのメンバーなのか!」
正樹叔父さんは膝を叩いて嬉しそうに声を上げた。
「奏多から少し聞いていたけど、まさかこんなに可愛くて元気な子たちだったとはね」
「皆若くて可愛いよね。とってもフレッシュな空気が漂ってて、見ているだけで小説のネタが浮かんできそうだよ」
叶姉さんも楽しそうに目を細めて、みんなの顔を順番に見渡す。
「私たち、先月のゴールデンウィークからキャンプを始めて、そこからすっかりキャンプにハマっちゃったんです!」
姫子さんが元気よく手を挙げてアピールする。
「なるほど……。それなら、ちょうどいい話が
あるんだ」
正樹叔父さんがニヤリと意味深な笑みを浮かべる。
「よかったらさ、今度、俺たちと一緒にキャンプに行かないか?」
「えっ……!? 一緒にキャンプですか!?」
僕が驚いて聞き返すと、正樹叔父さんは力強くうなずいた。
「ああ。俺は撮影機材を積んだキャブコン(キャブコンバージョン)に乗ってるし、叶は自分のミニバンを持ってるからさ。その二台を使えば、機材も荷物もたっぷり積んで、みんなを快適に現地まで連れて行けるんだ」
「それはいいね。最近は一人であちこちのキャンプ場を巡ることが多かったけど、若い子たちとのキャンプなんて絶対に楽しそうだよ。ぜひ参加したいな」
叶姉さんも大賛成とばかりにうなずく。
「わあ、プロのカメラマンさんと小説家さんと一緒にキャンプなんて、すごすぎる!」
姫子さんが興奮を隠せない様子で両手を握りしめる。
「ただ、一つ確認しておきたいんだけどさ」
正樹叔父さんが少し真剣な表情になり、メンバーを見渡す。
「七柰ちゃんには以前からテントやシュラフを貸してるけど、ここにいる他の皆は、自分のキャンプ道具はちゃんと持っているのかい?」
その問いに、咲さん、夢乃さん、美怜さん、そして姫子さんがそれぞれに頷いた。
「はい、私たちは、先月のキャンプに向けて一通り買い揃えましたから大丈夫です」
咲さんが代表して答えた。
「あ、でもここにいない美波さんだけは、まだ自分の道具を持っていないんですよ」
僕がふと思い出したように言うと、正樹叔父さんは「だったら話は早いな」と豪快に笑った。
「じゃあ、その美波さんは俺のキャブコンの広いベッドスペースに泊まるといい。快適だぞー」
「わぁ、美波さん、すごく喜びそうですね! 実家のカフェの仕事で今回は残念でしたけど、次のキャンプならきっと参加できますし」
夢乃さんが嬉しそうに目を細める。
「じゃあ、私たち星キャン組は、いつものように自分たちのテント泊ってことですね!」
姫子さんが確認すると、正樹叔父さんは「そういうことだ!」と大きくうなずいた。
「それで場所はどこにするんですか? キャンプ好きのおじさんなら、絶対に良いところをたくさん知っていそうですけど!」
姫子さんが期待に満ちた目で正樹叔父さんに詰め寄る。
「ふふ、よくぞ聞いてくれた。それなら決まりだな。マイアミ浜オートキャンプ場なんてどうだい?」
「マイアミ浜……!」
七柰がパッと目を輝かせる。
「あそこ、すごく綺麗なところって聞いたことある! 琵琶湖のすぐそばの……!」
「そう。あそこは西日本トップクラスの高規格オートキャンプリゾートなんだよ。設備もきれいだし、初心者からベテランまで文句なしの環境さ」
「左京区のこの家から向かうとなると……、『湖西道路(国道161号)』や琵琶湖大橋を経由すれば、渋滞も少なくスムーズにアクセスできるね」
叶姉さんが地図を思い浮かべるように、冷静かつ的確にルートを分析して頷く。
「その通り、車でのアクセスも抜群にいいんだ。それに、何と言っても琵琶湖畔の素晴らしいロケーションが最大の魅力だからな」
正樹叔父さんが満足そうに髭を撫でる。
「レイクサイド・アクティビティとして、SUPやカヤックなんかもできるみたいだよ」
叶さんが、楽しげな情報を付け加えた。
その言葉に、全員の期待が一気に高まる。
「いいですね! 湖畔でのキャンプなんて、想像しただけで心が洗われそうです」
夢乃さんがうっとりとした表情で両手を胸の前で組む。
「湖畔のキャンプは魅力的よね。静かな波の音を聴きながらコーヒーを飲むなんて、大人の贅沢だわ」
咲さんも、微笑みながら納得の表情を浮かべる。
そして、美怜さんがふと瞳を輝かせ、少し身を乗り出した。
「私、カヤックがやってみたいわ。広い琵琶湖の上を自分の手で漕ぎ進むなんて、絶対に気持ちいいはずよ」
「お、アクティブ派だねぇ! いいねえ、すぐに予約の手配を進めちゃおうか」
正樹叔父さんが頼もしく胸を叩く。
「やったぁ! また皆でキャンプに行けるんだね!」
七柰が跳ねるように喜び、リビングのテンションは上がる一方だ。
プロのカメラマンである叔父さんと、人気小説家の従姉という心強い味方を加え、『星キャン』のメンバーたちの次の冒険の舞台は、滋賀県の美しい琵琶湖畔へと大きく広がろうとしていた。




