第25話 週末、奏多の家に『星キャン』集合!
週末の朝。
白く眩しい光が、リビングの大きな窓からたっぷりと差し込んでいた。
閑静な住宅街にある、奏多の家。そのリビングの中央では、ソファのクッションをどう配置するかで七柰が真剣な表情を浮かべている。
「うーん、これじゃあみんなが座ったときに狭いかな……。こっちのラグも、もう少し端に寄せた方が……」
「七柰、そんなに気負わなくても大丈夫だよ。みんな気さくな人たちなんだから」
キッチンカウンターにもたれかかりながら、マグカップに注いだ温かいミルクティーを一口飲んで僕が苦笑する。
今日は、これまでのキャンプで絆を深めた『星キャン』の面々がこの家に遊ぶに来ることになっている。
メンバーは、姫子さん、咲さん、夢乃さん、美怜さんの4人だ。美波さんは残念ながら実家のカフェが週末の書き入れ時ということで不参加だけど、「また今度絶対混ぜてね!」とメッセージが届いていた。
僕たちの両親はといえば、母さんは以前から楽しみにしていたママ友たちとのミュージカル鑑賞で朝早くからお出かけ中。
父さんはというと、不意に入った休日出勤の対応のためにオフィスへと向かっていった。
つまり、今日のこの大きな家は、完全に若者たちの貸し切り状態というわけだ。
「だって、お兄ちゃん! ちゃんとおもてなししなきゃって思うじゃん。初めてのお家への招待なんだよ?」
七柰は頬を少し膨らませながら、テーブルの上をもう一度きれいに拭き直した。
キャンプでともに過ごし、お互いの距離はどんどん縮まり、彼女たちとの関係は、すでにただのサークル仲間を超えた、大切な友人へと変わっている。
「そうだな……。そのみんなは、そろそろ来る頃か」
時計の針が午前十一時を少し回ったその時、玄関のチャイムが軽やかな音を響かせた。
「皆さん、いらっしゃい!」
七柰が玄関の扉を勢いよく開けると、そこには華やかな笑顔を浮かべた4人の姿があった。
「こんにちは、七柰ちゃん! お邪魔するね」
真っ先に入ってきたのは姫子さんだ。大きな目を輝かせながら、玄関を見回して声を上げる。
「うわあ、すごい広い家だねー! 玄関だけでうちのリビングより大きい気がするよ!」
「ほんとね、それに真新しくて綺麗だわ」
続いて入ってきた咲さんが、上品に靴を揃えながら感嘆の声を漏らす。
「お邪魔します、奏多君、七柰ちゃん。今日は本当に楽しみにしてました」
夢乃さんが優しげな微笑みを浮かべながら続き、最後に美怜さんが、静かに一歩前へ出る。
「お邪魔するわね」
「皆、来てくれてありがとう。それじゃあ、スリッパに履き替えて上がって」
促して皆をリビングへと案内した。
「適当にくつろいでね」
「奏多君、ご両親はお仕事ですか?」
夢乃さんがリビングの棚に飾られた家族写真を見つめながら尋ねる。
「うん、母さんはミュージカルに出かけてて、父さんは急な休日出勤。だから今日は僕たちがこの家を完全に乗っ取ってる状態かな」
「へえ。じゃあ、私たちがどう過ごそうと自由ってことだね!」
姫子さんが冗談っぽく言うと、七柰がすかさず「それは困ります! 散らかしたりするとお母さんに後で怒られちゃうから!」とツッコミを入れ、玄関は和やかな笑い声に包まれた。
リビングのソファやラグの上にそれぞれの荷物を置き、全員が落ち着いたところで、お茶を飲みながら自然と先日のキャンプの話題になった。
「あの渓流釣りはホントに楽しかったわね」
咲さんがマグカップを両手で包み込みながら、思い出を振り返りながら微笑んだ。
リビングの空気がふっとあの日の川辺の風景へと引き戻される。
「皆上手に釣れてましたよね」
と夢乃さんが笑顔で相槌を打った。
「ね! 炭焼きにしたニジマスも絶品だったし!」
姫子さんが両手を軽く広げて弾けたように言う。
「あのとき姫子さんが作ったアクアパッツァ、本当に美味しかったわよね。魚介の出汁がしっかり効いていたし」
美怜さんがうっとりとした表情で呟く。
「姫の料理の腕前のおかげね」
咲さんが感心したように姫子さんを見ると、七柰が誇らしげに言った。
「ですよね! 姫子さんの料理あってこその『星キャン』です!」
「夜のシネマナイトも良かったね。ホラーでは美怜さんが怖がりすぎてたけど」
僕がからかうように美怜さんを見ると、彼女は、「……蒸し返さないでよ。奏多君の意地悪」と可愛らしく頬を膨らませた。
§
「さて、そろそろお腹も空いてきた頃だし……今日のメインに取り掛かろうか」
僕が時計を見て立ち上がると、姫子さんが
「待ってたよ! 奏多君の料理の腕前、初めてだから楽しみにしてたんだ!」
「今日のメニューはね、キャンプの雰囲気をそのまま家でも味わえるやつだよ」
僕がキッチンの戸棚から取り出したのは、重厚感のある大きめのフライパンだった。
「お昼はキャンプご飯風のメニュー、『カリッと香ばしいペパライス』!」
「へえ。あの某有名店の味を自宅で再現するわけね。いいチョイスだわ」
美怜さんが感心したように言う。
「お兄ちゃんの料理の腕も中々のものですから、期待していいですよ!」
と七柰が自分のことのように胸を張った。
僕は手際よく材料を準備していった。美しくサシの入った牛肉の薄切り、鮮やかな黄色のコーン、小口切りのたっぷりのネギ、そして食欲をそそるガーリックチップ。熱伝導率の高い大きめのフライパンをコンロに置き、強火でしっかりと熱していく。
「まずはフライパンをしっかり温めるのがコツなんだ。ここに……」
ジュッ! という勢いよい音とともに、中央にご飯がドーンと豪快に盛り付けられる。その周りには、まだピンク色を残したフレッシュな牛肉の薄切りが綺麗に並べられ、上からたっぷりのコーン、ネギ、黒こしょう、そして一片のバターがポンと乗せられた。バターが熱でゆっくりと溶け出し、香ばしいガーリックの香りと混ざり合って、リビング全体にたまらない匂いが広がっていく。
「これだけでも食欲をそそられる匂いです……」
夢乃さんは目を細めてフライパンを覗き込み、スマホを取り出して手際よく写真を撮影した。
「香りだけでもご飯が食べられそうね」
咲さんも眼鏡を上げながら期待の色を瞳に滲ませる。
「ここからが仕上げだよ。食べる直前に、目の前で特製ソースをジュッとかけて、一気に豪快に混ぜ合わせる!」
僕は言うとともに、手元に用意していた特製醤油ベースのガーリックソースを、熱々の具材めがけて回しかけた。
ジュワアアァァッと激しい音とともに湯気が一気に立ち上り、醤油の焦げる香ばしい匂いが部屋中を支配する。
「おっ、なかなかの演出だね! お見事!」
思わず身を乗り出すほどダイナミックな演出に、姫子さんのテンションも上がる。
スプーンを手にした僕が、底にしっかりと火が通るように一気に、かつ手早く全体を混ぜ合わせる。お米の一粒一粒にタレとバターが行き渡り、綺麗なきつね色に染まっていく。
「よし、完成。みんな、取り分けて食べてみて」
熱々のフライパンから、それぞれの小皿にペパライスを取り分けていく。
「「「いただきます」」」
全員で揃って一口頬張ると、「んんーーっ! おいしいっ!!」と姫子さんが両手でほっぺたを押さえて悶絶した。
「お肉がジューシーで、コーンの甘みと黒こしょうのピリッとした辛さが絶妙ね……。すごく美味しいわ」
美怜さんも上品に頷きながらスプーンを進めた。
「底の方を見てください。おこげがパリッとしてて、これがまた最高なんですよ」
七柰が自分の皿の底を見せながら得意げに言う。
「ほんとだ! このおこげのカリカリ感がたまらないね、最高!」と姫子さんが感嘆し、咲さんも「こういう食感のアクセントは嫌いじゃないわ」と、満足そうに微笑んだ。
皆でワイワイと賑やかにフライパンを囲みながら食べる昼食は、どんな高級レストランの料理よりも贅沢で、温かい時間に満ちていた。
そうして、美味しいお昼ご飯ですっかりお腹が満たされた後、リビングは片付けられ、今度はテレビの前に全員が集まっていた。
「ふう、食べた食べた……もう満腹だよ」
お腹をささえながらソファの背もたれに体を預ける姫子さんに、七柰が笑いかける。
「姫さん、食べた分は今から消費してもらいますよ! ほら、ゲーム起動しますから!」
画面に映し出されたのは、某髭の配管工が主人公の、お馴染みのカートゲームだ。アイテムを駆使してコースを駆け抜け、順位を競い合うパーティーゲームの定番だった。
「私、こういうデジタルな駆け引きは案外得意なのよ」
美怜さんが涼しげな笑みを浮かべながらコントローラーを手に取る。
「ちょっと美怜さん、まさか隠れゲーマーだったりするの!?」
美怜の余裕のある態度に、姫子さんが身構える。
「よし、じゃあ6人でグランプリモード勝負です! 最下位になった人は、青汁一気飲みで!」
七柰のその宣言に、全員の闘争心に火がつく。
「それは負けられないわね。最下位だけはなんとしても阻止しないと」
咲さんが真剣な顔をしてコントローラーを握りしめる。
レースがスタートすると、リビングは一気に戦場と化した。
「あ、ずるい! 今のは絶対バナナの罠でしょ!」
「ふふふ、予測が甘いわよ、姫」
「うわああ、サンダー避けたかったのにぃぃ!」
アイテムが飛び交うたびに、悲鳴と歓声が入り交じる。
美怜さんはクールな表情を保ちつつも、絶妙なタイミングでミニターボを決め、華麗にトップ争いに食い込んでいく。
僕は一歩引いた位置から、皆の楽しそうな様子を微笑ましく眺めつつ、自分の番が回ってきても冷静に立ち回っていた。
「あら、奏多君、そんなところですれすれを狙っても無駄よ」
「うわ、美怜さんのブロックが地味にいやらしいんだけど!」
「勝負に慈悲は不要よ。ふふっ、もらったわ」
手に汗握るデッドヒートが繰り広げられ、リビング中が熱気と笑い声で満たされていたその時だった。
ピンポーン。
心地よいチャイムの音が、賑やかな部屋の中に響き渡る。
ゲームのBGMの裏で、全員がパッと動きを止めた。
「ん? 誰だろ、母さんはまだ帰ってくる時間じゃないし……父さんは会社だし……」
僕が首を傾げながらコントローラーをテーブルに置く。
「もしかして、宅配便かな? 私が出てくるね!」
七柰がパタパタと足音を立てて玄関へと走っていった。
そしてしばらく。
七柰とともに、見慣れた二人の大人の男女がリビングに姿を見せた。




