第2話 運命の再会と、アウトドアへの扉
あの三人の女の子たちと出会い、滋賀・マキノの夜の林で満天の流星雨に言葉を失うほど感動したゴールデンウィークの前半が終わり、日常という名の現実が戻ってきた。
京都市左京区のキャンパスに響くチャイムの音。講義室のざわめき。ノートをめくる乾いた音。いつもの退屈で、けれど平穏な学生生活が再び動き始めている。
あの日、キャンプの夜に奇跡のような出会いを果たした彼女たちとは、名前は聞いたものの、連絡先を交換し忘れていた。
だからこそ、もう二度と会うこともないだろうと、どこか名残惜しさを抱えつつも仕方のないことだと割り切っていたつもりだった。
少しばかり残酷だけど、人生のすれ違いなんてそんなものだ。
そう思っていたはずなのに。
正午前のキャンパス内の並木道。
陽光が新緑の葉の間からこぼれ落ち、アスファルトの上に柔らかい木漏れ日の斑模様を描いている。
講義を終え、僕は文学部の校舎から続く並木道を一人歩いていた。
ふと、前方を歩く三人の女子学生の背中が目に入る。
どこかで見たような後ろ姿だなと思った瞬間、その内の一人のポケットから、白いハンカチーフがふわりと風に舞い、足元へ滑り落ちた。
本人は全く気づいていない様子で、そのままおしゃべりを続けながら通り過ぎようとしている。
僕は思わず駆け足でそのハンカチを拾い上げ、彼女たちの背中に声をかけた。
「あの、ハンカチ落としましたよ」
声をかけられた三人が、同時にピタリと足を止めて振り返る。
「あ、ありがとう──え?」
真っ先に振り返ったミディアムボブの女の子が、目を見開いて硬直した。
「あ……!」
「あーっ! あの時の!」
彼女の口から、驚きと歓喜が入り混じったような声が上がる。
「嘘……! なんで君がここにいるの!?」
「キャンパスですれ違うなんて、奇跡すぎませんか……!」
永澤さんが両手で口を押さえ、信じられないものを見るような目で僕を見つめている。
桐嶋さんも眼鏡の奥の目を丸くし、それからふっと驚きを和らげて上品に微笑んだ。
「世間って本当に狭いのね。まさか、同じ大学の生徒だったなんて」
思いがけない再会の高揚感に包まれながら、僕たちは並木道の脇のベンチへと移動した。
「あの時は本当に助かったよ。温かいスープと、あの悪魔的に美味しかったカマンベールアヒージョ……あれからずっと、あの味が忘れられなくって」
宇都宮さんが胸の前で手を合わせながら、あの日の感動を熱っぽく語る。
「そういえば、僕の方は自己紹介がまだだったね。僕は水守奏多。文学部の二年生だよ」
「そうなんだ! 私たちも三人とも文学部だよ! 咲ちゃんが三年生で私が二年生、で、夢ちゃんが一年生。あの時、連絡先を交換し忘れていたことを、後からめちゃくちゃ後悔していたんだよね。もう二度と会えないかもしれないって、夢ちゃんなんか泣いてたからね」
「ちょっと、姫子さん、なに嘘ついてるんですか! 泣いてなんていません! ただちょっと寂しかっただけで……」
顔を真っ赤にして抗議する永澤さんの姿に、周囲の空気が一気に和らぐ。
「そうだ、せっかくだから。今度こそ、ちゃんと連絡先を交換しようよ」
宇都宮さんの提案に、僕たちはすぐにスマホを取り出し、お互いの連絡先を登録し合った。これで、もう二度と連絡が取れなくなる心配はない。
「ねえ、水守くん。このあと講義の予定はあるの?」
「ううん、もう講義は終わったから、この後の予定はないよ」
「本当!? じゃあさ、これから一緒にどこかで、お昼ご飯食べながらお喋りしない?」
宇都宮さんの積極的な誘いに、桐嶋さんと永澤さんも「いいわね」「賛成です!」と大きく頷く。
「もちろん、大歓迎だよ」
こうして僕たちは、大学近くのハンバーガーショップに向かうことにした。
§
ジューシーなビーフパティと香ばしいバンズの香りが漂う店内で、アボカドチーズバーガーを頬張りながら三人と向き合い、会話は自然とあの日のキャンプのことへと流れていく。
「改めて、あの時は本当にありがとうね、水守くん」
ドリンクのストローをくわえながら、宇都宮さんが改めて感謝の言葉を口にする。
「本当にね。それに、あんな綺麗な流星雨、人生で初めて見たわ。あの夜を境に、私たちの頭の中、すっかりキャンプのことでいっぱいになっちゃったのよ」
桐嶋さんがフライドポテトをつまみながら、苦笑い混じりにそう打ち明ける。
「キャンプの経験者の知り合いなんて周りにいないし、教えてくれる人のあてが他にいないんだよね。だから、水守くんに再会できたのは、まさに天の助けっていうか、運命の巡り合わせだなって思ってるの!」
目を輝かせる宇都宮さんの勢いに、僕は思わず問いを返す。
「三人もキャンプを始めるつもりなの?」
「うん。実はそうなんだ。あの時見た満天の星空と、水守くんが作ってくれた食事と焚き火の温かさ、そして何よりキャンプっていう非日常の開放感が忘れられなくってさ。私たちも本格的にキャンプを始めてみようって話になったんだよね」
「そうなのよ。大学のサークルも、これまでのまったりお喋りするだけのエンジョイ路線から、思い切って『キャンプサークル』に本格的に方向転換するつもりで、今いろいろと企画を練っているところなの」
桐嶋さんのその言葉に、永澤さんも勢いよく同調する。
「そうなんです! サークルの名前も、『まったり乙女会』から『星空トーク会・キャンプ部』に改名して、絶対にあの感動を自分たちの手で再現するんだって、メンバーみんなで意気込んでるんですよ」
女子大生三人組の行動力と熱量の高さに、僕は少し圧倒されつつも、純粋にすごいなと感心させられた。
「すごいね。キャンプサークルとして本格始動するつもりなんだ。それじゃあ、まずはキャンプ道具を揃えなきゃいけないね」
「そうなの! それでね、水守君。キャンプ道具って、いったいどこで買えばいいの? ネット通販とかでも買えるみたいだけど、実物を見てサイズ感とか確かめたいし、何より何を買えばいいのかさっぱり分からなくって……」
宇都宮さんが眉を八の字にした困り顔で僕を覗き込む。
「そうだね。ネットで買うのも手軽でいいけど、最初はやっぱり現物を見て、触って、スタッフの人に相談しながら選ぶのが一番安心かな。京都周辺だったら、国際会館駅の近くに『WILD-1』っていう、関西屈指の大型キャンプ専門店があるよ。あそこに行けば、テントの展示もたくさんあるし、キャンプ道具なら何でも揃うからおすすめだよ」
「ワイルドワン! なんか名前からして本格的でかっこいい!」
宇都宮さんが身を乗り出す。
「行ってみたい! ねえ水守君、今から一緒に連れて行ってよ!」
「えっ、今から?」
「うん! ちょうど皆予定空いてるし、いいよね?」
宇都宮さんが両隣の桐嶋さんと永澤さんの顔を覗き込むと、二人はすぐに笑顔で頷いた。
「賛成よ。経験者の目利きに連れて行ってもらうのが一番効率的だわ」
「ぜひお願いします! 私たちだけで行ったら、よく分からないまま無駄なものを買っちゃいそうだし……」
「それでおすすめのキャンプ道具とか、選び方のコツとか、ぜんぶ紹介してほしいの!」
三人の熱意に押され、僕は思わず苦笑いを浮かべたが、特に断る理由もなかった。
「特に予定もないし、別にかまわないよ。国際会館まで地下鉄で一緒に行こうか」
「やったぁーーっ! 水守君、神様すぎっ!」
宇都宮さんが小さくガッツポーズを作り、永澤さんも「やりましたね、これで一気に道具が揃います!」とパチパチと手を叩いて喜んだ。
「悪いわね、水守君。私たちの勢いに巻き込んじゃって、急なワガママ言ってごめんさい」
桐嶋さんが少し恐縮した様子で頭を下げる。
「ううん、気にしないでください。僕も休日にキャンプ道具の新商品を眺めたり、お店をブラブラするのはもともと好きなので」
「ふふ、ありがとう。じゃあ、頼もしい先輩キャンパーのエスコートをたっぷり期待させてもらうわね」
眼鏡の奥の瞳をいたずらっぽく細めながら、桐嶋さんはそう言って微笑んだ。
こうして、僕たち四人はハンバーガーショップでのランチを終えると、京都市営地下鉄烏丸線に乗り込み、北の終点である国際会館駅を目指して出発することになったのだった。




