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第20話 初夏の風に誘われて、京の都から大自然のステージへ


 六月初旬の朝、窓の外にはどこまでも澄み切った青空が広がっていた。

 初夏特有の柔らかくも力強い朝日の光が、静まり返ったリビングのフローリングを優しく白色に染め上げている。


 標高の高いあやべ温泉のひんやりとした朝とはまた違い、京都市内の朝はすでに爽やかな活気と、これから始まる旅への高揚感を運んできてくれていた。


「お兄ちゃん、準備は完璧? 念のための予備のタオルは持った?」


 リビングのソファの脇で、七柰は自分の愛らしいリュックサックを背負いながら、ピシッとした姿勢で僕の持ち物を厳しくチェックする。その表情はまるで小さな旅程管理人のようで、なんだか微笑ましい。


「大丈夫だよ、七柰。着替えもタオルも、モバイルバッテリーも完璧にバックパックに詰め込んできたからさ。それより、七柰こそ忘れ物はない?」


「うんっ!  私の準備はパーフェクトだよ!   だって今日は、あの『大森リゾートキャンプ場』で渓流釣りをして、夜はコテージで美味しいバーベキューに映画鑑賞会なんだもん。楽しみすぎて、昨日の夜はなかなか眠れなかったから荷物のチェックを何度も繰り返してたよ!」

 

 七柰は両手をギュッと握りしめ、パッチリとした目をさらに輝かせながら満面の笑みを浮かべた。その生き生きとした様子を見ているだけで、こちらの胸まで温かなエネルギーで満たされていく。


 僕たちはそれぞれの荷物をしっかりと背負い、玄関のドアを開けて外へと踏み出した。

 

 今日の僕の服装は、動きやすさを最優先にしたアウトドア・カジュアルスタイルだ。少し肌寒い朝の空気を見越して、肩の動きがスムーズなネイビーのマウンテンパーカーの下には、通気性の良いグレーのクルーネックTシャツを合わせている。ボトムスには丈夫でストレッチ性の高いカーキのクライミングパンツを穿き、足元はどんな悪路や川べりでも歩きやすいように、しっかりとしたホールド感のあるトレッキングシューズを選んでいた。


 一方の七柰は、明るいレモンイエローの薄手パーカーに、動きやすいインディゴブルーのストレッチデニム、そして足元は歩きやすいお気に入りのスニーカーというコーディネートだ。両肩にはピンク色のバックパックを背負い、すっかり頼もしくなったアウトドア女子の佇まいで、僕の少し前をスキップするように歩いている。


「お兄ちゃん、早く行こっ!  遅れちゃったら、みんなを待たせちゃうよ!」


「はいはい、分かってるよ。そんなに急がなくても時間には十分間に合うからさ」


 僕たちは朝の心地よい風を肌に感じながら最寄り駅へと急ぎ、そこから電車を乗り継いで、今回の待ち合わせ場所である京都駅へと向かった。


 電車を降り、賑わう京都駅の構内を抜け、待ち合わせ場所である中央コンコース近くの広々とした休憩所へと足を踏み入れた。


 待ち合わせの時間を少しだけ過ぎた頃、ふと視線の先に、見慣れた明るい笑顔のグループが目に入った。


「あ、奏多君、七柰ちゃーん!  こっち、こっちだよー!」


 ひときわ大きな声で手を振っていたのは、鮮やかなオレンジ色のカーディガンにデニムのロングスカートを合わせた、相変わらず華やかなコーディネートの宇都宮さんだ。彼女の周りには、すでに今日のメンバー全員が揃って待っている。


 僕たちが駆け寄ると、それぞれの個性が光る今日の装いが自然と目に入る。


 宇都宮さんは明るくスポーティーでありながら女性らしさを忘れないスタイル。


 その隣に立つ桐嶋さんは、動きやすさとスタイリッシュさを両立させたカーキのライトマウンテンパーカーに、ストレッチの効いた黒のスキニーパンツという大人のスポーティースタイル。足元には歩きやすいローカットのトレッキングシューズを合わせ、眼鏡の奥の瞳が朝の光を受けて知的にきらめいている。


 そして、そのすぐそばで穏やかに微笑んでいる永澤さんは、動きやすさを重視したマスタードカラーのパーカーにスリムなパンツというスタイル。その佇まいからは、どこか頼もしい『フィッシングマスター』としてのオーラがほんのりと漂っているように感じられる。


 さらに、少し離れたベンチの近くには、更科美怜さんと、そのお姉さんである今回から新しく仲間入りした美波さんの姿があった。


 更科さんは、落ち着いたネイビーのシャツワンピースに白いパーカーを羽織り、シンプルでありながら洗練された美しさを際立たせていた。


 そして隣に立つお姉さんの美波さんは、爽やかなライトブルーのジャケットに黒のパンツスタイルという、すらりとした長身を活かしたスタイリッシュな装いだ。初めての本格的なアウトドアとは思えないほど、都会的で洗練された雰囲気をまとっている。


「みなさん、お待たせしました!  遅れてごめんね」


 僕が頭を下げると、宇都宮さんが「ううん、全然!  私たちも今来たところだしね!」と朗らかに笑った。


「お兄ちゃん、遅くないよ。むしろみんなが早く集まりすぎなだけだよ!」


 七柰がすかさずフォローを入れ、その場にいた全員の笑い声が誘い出された。


「おはよう、水守君、七柰ちゃん」


 桐嶋さんが優しく声をかけてくれ、続いて更科さんと美波さんも穏やかな笑みを向けてくれる。


「おはようございます!  皆さん、今日も一段とおしゃれで素敵ですね!」


 七柰が元気よく挨拶を返すと、美波さんがしゃがみ込んで七柰の目線に合わせながら頭を優しくなでた。


「おはよう、七柰ちゃん。今日も一段と可愛いね。その黄色いパーカー、すごく似合ってるよ」


「わぁ、ありがとうございます、美波さん!  お姉さんもめちゃくちゃカッコよくて綺麗です!」


 七柰が目をハート型にして褒めたてるものだから、美波さんは「ふふ、ありがとう。なんだか照れちゃうな」と優しく微笑んだ。


「さてさて、全員が無事に集合したことだし、次のミッションに移るよ!」


 宇都宮さんが両手をパンと叩いて気合を入れる。


「ミッションって、なんですか?」


「決まってるでしょ!  バスに乗る前に、今日の買い出しを完璧に済ませておくことだよ!」


 京都駅の中央改札口からほど近く、駅から歩いてすぐのところにある『KOHYO(イオンモールKYOTO店)』へ、私たちはぞろぞろと移動した。


 朝十時のオープンに合わせて訪れた店内は、まだ空気も新しく、綺麗に陳列された食材や総菜が眩しいほどに輝いている。


「わあ、すごい!  品揃えがめちゃくちゃ豊富ですね!」


 七柰が目を丸くして広い店内を見渡す。

 今回のキャンプでは、昼食のお弁当や、夜のバーベキューの追加の食材、そして夜更かしの映画鑑賞会に欠かせないお菓子などを、ここで各自調達することになっていた。


「お弁当を持参していないメンバーは、ここで自分の好きなものを自由に選んでね。あ、ちなみに夜のBBQ用のマシュマロとか、おつまみスナックもこのカゴにどんどん放り込んじゃっていいからね!」


 宇都宮さんが大きな買い物カゴを片手に、まるで引率の先生のようにテキパキと指示を出していく。


 僕と七柰は、お惣菜コーナーへと足を向けた。


「お兄ちゃん、私、この『特製ロースカツサンド』にする!  それと、皆でシェア用にポテトサラダのパックも買っていかない?」


「いいね、それにしよう。僕は、この炭火焼き鳥重に惹かれたからこれにするよ」


 その近くの棚では、桐嶋さんが真剣な表情でサンドイッチやサラダのパックを見比べている。

 一方、永澤さんは和風のおにぎりセットを手に取りながら、「これ、お米がツヤツヤしていてすごく美味しそうです……!」と小さく感動していた。

 宇都宮さんと更科姉妹はお弁当を持参しているとのことで、お菓子などを見繕っていた。


 それぞれが自分の好きなお弁当やパン、飲み物、そして夜の映画鑑賞会用のポップコーンやスナック菓子、デザートのプリンなどをカゴいっぱいに買い込み、レジへと向かう。


 そうして、レジ袋いっぱいの戦利品を抱えた僕たちは、再び京都駅のバス乗り場へと戻ってきた。



   §



 京都駅から出発する『西日本JRバス』の車窓から流れる景色は、ビルが立ち並ぶ都会の街並みから、次第に緑豊かな山々と澄んだ川の流れへとその姿を変えていった。


 心地よい揺れを感じながら、バスに揺られること約一時間。


「お疲れ様、そろそろ目的地のバス停みたいよ」


 一番前に座っていた桐嶋さんが振り返って声をかけてくれる。


 バスがゆっくりと減速し、緑に囲まれた静かなバス停に到着した。


 バスを降りたと同時に、街中とは全く異なる、ひんやりとしていてどこか甘い木の香りが混じった極上の山の空気が、僕たちの体をふわりと包み込む。


「うわぁっ!  空気がめちゃくちゃ美味しい!」


 七柰が両手を大きく広げ、胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込む。


 バス停の少し離れた場所には、事前に予約しておいた大森リゾートキャンプ場の送迎車が、すでに優しくエンジンをアイドリングさせながら待っていてくれていた。


「お待たせいたしました。『星キャン』の皆様ですね。さあ、どうぞお乗りください」


 親切なスタッフさんの案内で大きな荷物をトランクに積み込み、僕たちは送迎車に乗り込んだ。


 車窓から見える景色はさらに自然の色を濃くし、渓流のせせらぎが聞こえてきそうな深い山の中へと進んでいく。


 そして、送迎車が木々のトンネルを抜けた瞬間、目の前に『大森リゾートキャンプ場』の全景がパッと広がった。


「「「わぁ……っ……!!」」」


 あまりの美しさに、全員から思わず感嘆の声が漏れた。


 敷地内には、澄み切った清流が美しく蛇行し、その両岸を鮮やかな新緑の木々が覆い隠すように生い茂っている。木漏れ日が水面に反射してキラキラと輝き、遠くでは鳥たちのさえずりと川のせせらぎが美しいハーモニーを奏でていた。


「すごい……写真で見ていたよりも、何倍も、何十倍も綺麗なところだね」


 キャンプ初体験の美波さんは、車窓から外の景色に釘付けになっている。


「すごいでしょ、お姉ちゃん。ここが私たちの次の冒険のステージ、大森リゾートキャンプ場だよ」


 更科さんが嬉しそうにお姉さんの手を軽く引っ張る。美波さんは深くうなずきながら、「本当に……私、こんなに素敵な場所に連れてきてもらえるなんて思っていなかったわ。感動しちゃった」と胸に手を当てて微笑んだ。


 送迎車が管理棟の前に静かに停車すると、僕たちは車を降りて新鮮な山の空気を改めて胸いっぱいに吸い込んだ。


「よし、それじゃあまずは管理棟でしっかりと受付を済ませようか」


 僕が声をかけ、全員で丸太作りの温かみのある管理棟へと足を踏み入れた。


 受付のカウンターでは、親切な管理人さんが笑顔で迎えてくれ、宿泊の手続きや利用上の注意点を丁寧に説明してくれた。


「今回皆さんがお世話になるのは、こちらの『第3コテージ』になります。鍵をどうぞ。何か困ったことがあればいつでも内線してくださいね」


「ありがとうございます」


 鍵を受け取った僕たちは、キャンプ場の敷地内を少し歩き、今回宿泊するコテージへと向かった。


 目の前に現れたのは、綺麗な木造りの可愛らしいコテージだった。テラスには頑丈なバーベキューコンロが設置されており、室内を覗くと、木の香りが漂う温かなリビングスペースと、清潔感のあるベッドルームが綺麗に整えられている。


「うわぁ、すごい!  テントもいいけど、このコテージもめちゃくちゃお洒落でテンション上がりますね!」


 七柰がコテージのふかふかしたソファにちょこんと腰掛け、嬉しそうに足をブラブラさせる。


「本当だね。これなら夜もぐっすり眠れそうだし、初心者の私でも本当に安心」


 美波さんも荷物をベッドの脇に置きながら、ホッとしたように柔らかな笑みを浮かべた。


「じゃあ、みんな!  荷物をここに置いて、少しだけひと息ついたら……いよいよ今回の最大のメインイベント、渓流釣りの道具を借りに行こうか!」


 宇都宮さんが両手を叩いてみんなの意識を再び引き締める。


「はいっ。 私、釣り竿の持ち方の予習をしてきましたから、絶対にお魚をたくさん釣り上げてみせますよ」


 永澤さんがフィッシングマスターとしての闘志を静かに燃やしながら、頼もしい笑顔でこぶしを握りしめた。


 コテージのテーブルに荷物を置き終えた僕たちは、身軽になった体で管理棟の隣にあるレンタルショップへと向かった。


 お店のカウンターで、永澤さんの指導のもと、全員分の渓流釣りの竿と、餌となるケースをしっかりと借り受ける。


「よし、道具は完璧ですね。それじゃあ、すぐ裏手にある専用の釣り堀エリアへ移動しましょう」


 永澤さんが胸を張って声を上げると、七柰は「やったぁ、いよいよ釣りだー!」と両手を挙げて飛び跳ねた。


 そうして、永澤さんを先頭に、僕たちは胸を高鳴らせながら、きらきらと輝く清流の水面が広がる釣り堀エリアへと足を踏み出した。 



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