第18話 木漏れ日のカフェテラスと、次の冒険の予感
週明けの穏やかな午後、僕たちはいつものメンバー──通称『星キャン』の五人で、大学のキャンパス脇に続く緑豊かな並木道を歩いていた。
昨夜、あやべ温泉キャンプ場での楽しかった思い出の数々をグループLINEで振り返りながら、写真や動画を送り合っては大盛り上がりしていた時のことだ。
話の流れで「そういえば、更科さんの実家は大学の近くにあるお洒落なカフェで、お姉さんと一緒に働いているんだよね」という話題になり、「それなら今度、みんなで一度お店に行ってみようよ!」という展開になった。
そして今日、全員の午前の講義がちょうど終わる昼下がり、僕たちは更科さんの案内のもと、大学から歩いてほど近い場所にあるそのカフェへと向かっていた。
目の前に現れたのは、白を基調とした壁面に木目の温かみが映える、オープンテラス席を備えたとてもお洒落な佇まいの店舗だった。
お昼時のピークタイムを過ぎて、ランチの喧騒が一段落した店内は、心地よい午後の光に包まれていて客足もまばらだ。オープンテラスの木製テーブル席には、心地よい初夏の風が吹き抜けている。
「いらっしゃいませ」
カフェの入口から奥へと視線を向けたその時、ふわりと心地よいアロマの香りと共に、ウェイトレスさんが温かく声をかけてくれた。
髪を後ろでラフに束ね、肩から前へふんわりと垂らした、いわゆるルーズサイドテールのヘアスタイル。二十代前半くらいで、整った目鼻立ちや涼やかな瞳の雰囲気が、更科さんによく似たとても綺麗なお姉さんだった。
「ただいま、美波姉さん」
更科さんが嬉しそうにそう微笑む。
やはり、この人が更科さんのお姉さんだったようだ。
「おかえり、美怜。って、もしかして、あなたたちが美怜の言っていたキャンプ仲間の『星キャン』の皆?」
美波さんはパッと目を輝かせ、僕たち一人ひとりの顔を優しく見渡しながら微笑んだ。
「はい、そうです! 初めまして、宇都宮姫子です!」
宇都宮さんが元気よく一歩前に出て手を挙げると、美波さんはクスリと笑った。
「そう。男の子も含めて、みんな可愛い子ばっかりだね。美怜から話は色々聞いていたけれど、本当に素敵な仲間たち」
「お姉さんもすごく美人さんですね! さすが更科さんのお姉さんです!」
永澤さんが目を丸くして感嘆の声をあげると、美波さんは少し照れくさそうに頬を緩ませた。
「ふふ、ありがとう。それじゃあ、立ち話もなんだし、お好きな席にどうぞ。テラス席でも店内の席でも空いているからね。注文が決まったら呼んで」
美波さんの温かな誘導に甘え、僕たちは開放的な雰囲気が漂うオープンテラスの大きなテーブル席へと腰を下ろした。
木漏れ日が優しく差し込むテラス席に座りながら、宇都宮さんが「うわあ、すごくお洒落で落ち着く素敵なカフェ……」と辺りをキョロキョロと見回して目を輝かせている。
メニューを手に取り、それぞれが迷いながらも美味しそうなドリンクやスイーツを選んで注文を済ませた。
注文した品が届くまでのほんの短い間も、僕たちの会話の話題は自然と、あやべ温泉キャンプ場での大満足の思い出から、早くも「次回のキャンプ」へとスライドしていった。
「ねえ、みんな。あやべ温泉でのキャンプがあまりにも楽しすぎちゃって、私、もう次のキャンプのことで頭がいっぱいなんだけど……次のキャンプはどこに行く?」
宇都宮さんがマグカップを並べられたテーブルの上にポンと両肘をつき、ワクワクした表情でみんなを見回した。
「そうね、今度はまた違った趣向の場所がいいわね。例えば、自然の中で思いっきり体を動かせるような、アクティビティが充実しているところも魅力的だわ」
桐嶋さんが上品に微笑みながら、あごに手を当てて考え込む。
更科さんも「うん、それも楽しそうね。静かな森や湖畔とはまた違った体験ができる場所がいいかも」と優しく同意した。
「それなら、渓流釣りなんてどうですか?」
ふと、それまで控えめに微笑んでいた永澤さんが、きらりと目を輝かせて提案した。
「渓流釣り?」
僕が聞き返すと、永澤さんは少しだけ恥ずかしそうに頬を染めながらも、熱心に語り始めた。
「はい。実は私の実家が釣具店を営んでいて、子供の頃から父に連れられてよく川や渓流に行っていたんです。落ち着いたイメージに見られがちなんですけど、実は私、こう見えてけっこうなアウトドア派で……。釣り竿の扱い方とか、渓流での基本的なコツなら、私がみんなに教えることもできますよ」
まさかの永澤さんの意外な一面に、僕は「ええっ、そうなんだ。すごい頼もしいね」と驚きの声をあげた。
「そういえば夢ちゃんにはそんな特技があったね。いいよね、渓流釣り! 自分で釣った魚をその場で塩焼きにして食べたりしたら、絶対最高に美味しいやつじゃん!」
宇都宮さんが両手をパンと合わせ、すっかりテンションを跳ね上がらせる。
「ねえ、水守君。渓流釣りができて、キャンプも一緒に楽しめるオススメのキャンプ場って、どこかいいところを知らない?」
そのまま話を振られ、僕は少しだけ記憶の引き出しをめくりながら答えた。
「それなら、京都市の北区にある『大森リゾートキャンプ場』なんてどうかな? 京都市内でありながら、豊かな大自然と綺麗な渓流に囲まれていて、キャンパーの間でもすごく人気のスポットなんだよ」
「大森リゾートキャンプ場……響きからして、すごく自然が豊かそうだね!」
宇都宮さんがメモを取るような仕草で身を乗り出す。
「あ、そこ、私も名前だけ聞いたことがあります! お父さんが以前、何度か釣りに出かけていた気がします!」
永澤さんがポンと手を叩いて納得したように頷く。
「アクセスもけっこう良くてね、京都駅から西日本JRバスに揺られて一時間程度で行けるんだ。それに、事前に予約をしておけば、最寄りのバス停までキャンプ場の送迎車を出してもらえるから、荷物が重くても安心してアクセスできるんだよ」
「いいねえ、送迎までしてもらえるなんて至れり尽くせりじゃん! テント設営で疲れた体にも優しいし、最高じゃない!」
「距離的にも、遠すぎず近すぎず、ちょっとした小旅行程度のプチ旅気分を味わえそうね」
そう言う桐嶋さんと更科さんも、その魅力的なロケーションにすっかり心を惹かれているようだ。
「みんな、楽しそうだね。次のキャンプの計画で盛り上がってるの?」
そんな賑やかな僕たちの会話の隙間に、絶妙なタイミングで美波さんが声をかけてきた。
お盆の上には、僕たちが注文した色鮮やかなフルーツタルトや、カフェラテ、そして冷たいサイダーが綺麗に並べられている。
「あ、お姉さん、ありがとうございます!」
宇都宮さんが嬉しそうにスペースを空け、美波さんがテーブルへと丁寧にグラスやケーキを並べていく。
「そうだお姉さん! 私たち、今次のキャンプの行き先を相談していたところなんですけど、よければ、お姉さんも次のキャンプに一緒に参加してみませんか?」
宇都宮さんがまっすぐな瞳で美波さんを見上げ、思い切った提案を投げかけた。
「えっ……? 私が参加してもいいの?」
美波さんは思いがけない誘いに目を丸くし、自分の胸元を軽く押さえて驚いた表情を浮かべる。
「はい! 大歓迎です! ね、皆?」
宇都宮さんの呼びかけに、僕たちは「もちろん、ぜひ行きましょう」「賑やかになって絶対楽しいですよ」と口々に賛同の声をあげた。
「でもねぇ、私、キャンプなんて行ったことないし、そもそもテントとか本格的なキャンプ道具なんて何も持ってないの……」
美波さんが困ったような笑みを浮かべながら首を横に振る。
「それなら、僕の叔父さんが持っているテントや装備を借りることもできますし、それに、大森リゾートキャンプ場なら、快適なコテージやバンガローを借りるって手もありますよ」
僕が続けると、永澤さんもすかさずフォローを入れる。
「そうですよ! コテージやバンガローなら、アウトドア初心者のお姉さんでも安心してベッドで眠れますし、キャンプのいいとこ取りができちゃうのですごくオススメです!」
「それなら……なんだかすごく楽しそうだし、思い切って参加してみようかな」
美波さんはフッと優しく微笑み、窓の向こうの並木道を眺めるように遠くを見つめた。
「実はね、毎日このカフェでお店を手伝いながら、美怜が大学から帰ってきては『お姉ちゃん、前のキャンプでああだったこうだった』って、本当に嬉しそうに楽しかった思い出をいつも話して聞かせてくれてさ。その話を聞いているうちに、私もだんだん『キャンプっていう新しい世界に、私もちょっと触れてみたいな』って興味が湧いてきてたんだよね」
お姉さんのその言葉に、更科さんは「ちょっと、美波姉さん……そんな恥ずかしいことみんなの前で言わないでよ……」と、真っ白な頬をほんのりと朱色に染め上げた。
「あら、本当のことじゃない。美怜があんなにイキイキとした顔で楽しそうに語るなんて、家族としてもすごく嬉しかったんだから」
お姉さんの温かい言葉に、更科さんは照れくさそうにカップに視線を落としつつも、隠しきれない幸せそうな笑みをこぼしている。
その姉妹のほほえましいやり取りを見ていて、なんだか僕の胸の奥もじんわりと温かくなった。
「ねっ、お姉さん! キャンプは本当に最高ですよ! 一歩外に出て大自然の中で過ごしたら、今までの世界とは全く違った新しい扉が開けるはずです!」
宇都宮さんが力強く太鼓判を押すと、美波さんは深くうなずいた。
「ふふ、うん、期待してる。それじゃあ、そろそろお店の仕事に戻るわね。注文の品、ゆっくり味わって食べてね」
美波さんは優しくふわりと微笑みながら店内のカウンターへと戻っていった。
「やったね! お姉さんも次のキャンプに参戦決定だ!」
宇都宮さんがガッツポーズを作り、みんなで顔を見合わせて嬉しそうに笑い合う。
「更科さん、お姉さんと一緒に次のキャンプに行けるなんて、絶対もっともっと楽しくなりますね」
永澤さんがそう言ってにこやかに笑むと、更科さんも「うん、すごく楽しみだわ……みんな、ありがとう」と、これ以上ないほど柔らかく美しい笑みを返した。
「それじゃあ、詳しい日程や、大森リゾートキャンプ場の具体的な予約の進め方なんかは、あとでLINEのグループの方で相談していこうか。更科さん、お姉さんをそのグループに招待してあげてね」
僕がそう締めくくると、全員が「はーい!」「了解です」などと元気に返事をした。
こうして、木漏れ日が揺らめくお洒落なカフェのテラス席で、温かなコーヒーの香りに包まれながら、僕たちの次の冒険へのプロローグは幕を開けたのだった。




