第13話 消えたハンバーグの謎と、温かな救世主
白熱したモルック対抗戦で心地よい汗を流し、芝生の上で大いに笑い合ったあとは、沈みゆく夕日が山々の稜線を茜色に染め始める時間帯へと移り変わっていた。
「はぁ〜、思いっきり体を動かしたら、なんだか喉が渇いてきたね!」
宇都宮さんが両手を頭の後ろで組みながら、大きく背伸びをして声を上げる。
「確かに、このタイミングでちょっと冷たいものでも飲みに行きがてら、本館の雰囲気を覗きに行かない?」
桐嶋さんの提案に、全員が「いいですね!」「賛成!」と即座に同意した。
僕たちはモルックの道具を片付け、小休憩を兼ねてキャンプ場のすぐ隣にある『あやべ温泉』の本館へと連れだって移動することにした。
本館のロビーに足を踏み入れると、心地よい空調で整えられた空間と、どこか懐かしい温泉宿特有の穏やかな空気が迎えてくれる。
売店の冷蔵ケースには、地元の特産品を使った冷たいサイダーやアイスクリームがずらりと並んでおり、僕たちはそれぞれお気に入りの冷たいドリンクを購入して、ロビーのソファで束の間のクールダウンを楽しんだ。
温泉に浸かるのは夕食のあとの大きなお楽しみにとっておくとして、ロビーの大きなガラス窓から見える美しい夕景を眺めながら、みんなでワイワイとお喋りに花を咲かせた。
ひとしきり冷たい飲み物で喉を潤し、リフレッシュした僕たちは、「よし、それじゃあそろそろ自分たちのサイトに戻って、いよいよお待ちかねの夕食の準備を始めようか!」と、再びキャンプサイトへと戻ってきた。
すっかり辺りが薄暗くなり始めた頃、僕たちは薪グリルの周囲に集まり、夕食のメインである煮込みハンバーグを作ろうと、クーラーボックスから食材を取り出す作業に取り掛かった。
「ええと、それじゃあまずは、『フレッシュバザール』で買ったメインの冷凍ハンバーグのパックを出して……あれ?」
僕がクーラーボックスの中を上から下までゴソゴソと探し回るが、目当ての冷凍パックの姿がどこにも見当たらない。
「お兄ちゃん、どうしたの? 早くハンバーグの煮込み作ろうよ、お腹ペコペコだよ」
七柰がクッカーを手にして待ち構えている横で、僕は手元を何度も確認しながら冷や汗をかき始めた。
「いや、それが……どこを探しても、冷凍ハンバーグのパックが入ってないんだ……!」
その言葉を聞いた瞬間、テントの設営や買い出しを手伝っていたメンバーの手がぴたっと止まった。
「えっ……? 入ってないって、そんなバカなことあるわけないでしょ? だって、あんなに楽しみにしていたメインの食材だよ!」
宇都宮さんが目を丸くして立ち上がり、僕の持っていたクーラーボックスの中を自ら覗き込む。
けれど、そこにあるのは野菜やベーコン、ドリンク類だけで、肝心の冷凍ハンバーグの姿は跡形もない。
「ちょっと、水守君。もしかして、そもそもスーパーで買うの忘れていたんじゃないの……?」
桐嶋さんが少し呆れたような視線を向けてくる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 買うのを忘れたわけないよ! レシートをちゃんと確認してよほら!」
僕は慌ててポケットからスーパーのレシートを取り出し、みんなの前に広げた。そこには確かに『和牛入り特製冷凍ハンバーグパック(4個入・×2)』という文字がしっかりと印字されている。
「本当だ……ちゃんとレシートには入ってます……」
永澤さんがレシートの文字を指で追いながら、困惑した表情で首を傾げた。
「レシートにあるのに、実物が無いってどういうことですか? じゃあ、いったいどこに消えちゃったんですか?」
七柰が不安そうな顔で僕の袖をキュッと掴む。
「……ねえ、もしかしてさ……」
宇都宮さんが周囲をキョロキョロと見回しながら、声をひそめて言った。
「盗まれた……?」
「えっ……!?」
全員が思わず声を上げる。宇都宮さんは隣のフリーサイトをチラリと指差した。
その隣のサイトでは、体格のいいキャンパーグループが、大きなバーベキューコンロで豪快に肉を焼いて盛り上がっている。
「だ、だって見てよ、あそくだってすごく良いお肉を焼いてるじゃない! もしかしたら、私たちが目を離して温泉に行っている間に、誰かが故意に私たちの食材を盗んでいったのでは……!? あそこに私たちのハンバーグが……!」
宇都宮さんが被害妄想をフル回転させ、映画のワンシーンのような推理を繰り広げる。
「ちょっと姫、落ち着いてよ。そんな物騒なことあるわけないでしょ……」
桐嶋さんが頭を押さえてやれやれといった表情を浮かべるが、今度は別の可能性が浮上してさらに場が混乱し始めた。
「ううん、待ってください……。もしかして、私たちが買い出しのあと、クーラーボックスに入れるのをすっかり忘れて車の中に放置しちゃったせいで、途中で溶けてダメになっちゃったのでは!?」
永澤さんが両手で頭を抱えながら、さらに恐ろしい仮説を口にする。
「で、ダメになったのを見た誰か……あるいは自分が、『やばい、溶けた!』って焦って、どこかに隠蔽工作として隠したのでは!?」
「いやいや、僕たちは電車とバスで来てるから車なんて無いだろ! 隠蔽する場所なんてこのキャンプ場のどこにあるっていうんだよ!」
僕が必死にツッコミを入れるが、一度火がついた疑心暗鬼の連鎖は止まらない。
「じゃあ一体、あのハンバーグはどこへ消えたっていうの……」
全員が腕を組んで頭を悩ませる中、ふと、僕の脳裏にスーパーでの買い出しの光景がフラッシュバックのように蘇ってきた。
「……待てよ。そういえば、スーパーで買い物をしたときのことだけど……」
僕はその場のみんなの視線を集めながら、記憶をたぐり寄せるように話し始めた。
「あのとき、『フレッシュバザール』のレジカゴでさ、保冷が必要な冷凍ハンバーグのパックを大きめのエコバッグの一番下にポンと入れたんだ。そして、その同じバッグの中に、普段使いの財布も財布ごと放り込んでいたんだよ……」
「財布と冷凍ハンバーグを、同じエコバッグに……?」
更科さんが静かに眉をひそめながら、僕の言葉の続きを促す。
「そう。それで、モルックが終わったあとで『冷たいものでも飲みに行こう!』って、みんなで温泉の本館のロビーに移動しただろ? あのとき、本館の券売機や売店のレジの前に立ったとき、飲み物代を払うためにエコバッグから財布を取り出そうとしたんだ」
そこまで話したところで、皆の表情にハッとするような光が灯り始めた。
「あ……!」
「思い出した! お兄ちゃん、あのとき券売機の前で……」
七柰が自分の両手をパチンと合わせ、声を弾ませる。
「そう! あのとき、バッグの底にあったあの冷たくて重いハンバーグのパックまで、財布と一緒に一緒に引っ張り出してしまって……。 たぶん、レジのカウンターやロビーのソファのところに、『ポロッ』と置き忘れてきてしまったんだ……!」
推理が綺麗に一本の線につながった瞬間、全員が「それだーーっ!!」と絶叫した。
「なーんだ! 盗まれたわけでも、隠蔽されたわけでもなくて、単なる置き忘れじゃない!」
宇都宮さんが力が抜けたようにその場にペタリと座り込み、みんながドッと笑い出した。
「なんて初歩的なミスなのよ、水守君らしいというか……。でも、それが本当なら、まだ本館のどこかにあるか、誰かに回収されているはずよ」
桐嶋さんが立ち上がり、早速みんなで本館の受付や売店へ探しに行こうと提案した。
僕たちは急いでキャンプサイトを飛び出し、先ほどまでいたあやべ温泉の本館へと駆け戻った。
息を切らせながらフロントの受付カウンターへと近づくと、そこにいた親切そうな女性スタッフさんが、僕たちの顔を見るなり、「あっ!」と声を上げて優しく微笑んだ。
「もしかして、さきほどロビーのソファあたりで、冷凍のハンバーグパックを落とされていませんでしたか?」
スタッフさんがカウンターの下から取り出したのは、まぎれもなく僕たちが探していた、あの『フレッシュバザール』の袋に入った冷凍ハンバーグのパックだった。
しかも、ご丁寧に「これ、冷凍品だから温かいところに置いておくと傷むといけないと思って……」と、わざわざ本館の業務用の冷蔵庫で大切に預かって保管してくれていたのだ。
「ああっ! それです、それです! 僕が置き忘れてしまったハンバーグです!」
僕が深々と頭を下げて安堵の息を漏らすと、七柰や宇都宮さんたちも「よかったぁぁ……!!」と次々に手を合わせて歓声をあげた。
「ご迷惑をおかけしてすみません。わざわざ冷蔵庫で預かっていただいて、本当にありがとうございます」
更科さんも上品に頭を下げながら、スタッフさんに心からの感謝を伝える。スタッフさんは「いいえ、キャンプのお客様にはたまにあることですから気にしないでくださいね。美味しいハンバーグ、楽しんでください!」と、太陽のように温かい笑顔でそれを手渡してくれた。
消えたハンバーグ事件という思わぬハプニングは、あやべ温泉のスタッフさんの温かな心遣いによって、笑いと安堵に包まれながら見事に解決したのだった。
僕たちは無事に帰ってきた冷凍ハンバーグを大切に抱えながら、今度こそ満面の笑みで自分たちのキャンプサイトへと戻り、いよいよ待ちに待った夜の晩餐へと向かう。




