第12話 香ばしい甘さと、芝生を揺らす白熱のモルック対決
あやべ温泉キャンプ場の爽やかな風が吹き抜ける中、僕たちは新しく導入したユニフレームの薪グリルを囲み、最高に贅沢で甘いひとときを満喫していた。
香ばしいコーヒーで心も体もすっかり温まったあと、次なるお楽しみとして始まったのが、薪グリルの熾火を利用したスイーツ作り──名付けて『究極の焼きマシュマロ&スモア対決』だ。
「さあさあ、コーヒーの次はデザートの時間だよ! ただマシュマロを焼くだけじゃなくて、誰が一番美しく、完璧なきつね色に香ばしく焼き上げられるか、みんなで競い合ってみようか!」
宇都宮さんが両手をパンと叩きながら、満面の笑みでマシュマロの入った大袋とビスケット、そして板チョコレートをテーブルの上に並べた。
「面白そうですね! 私、こういうのけっこう得意かもしれません!」
永澤さんが目をキラキラさせながら、さっそく長めの竹串に真っ白でふわふわのマシュマロを突き刺していく。
薪グリルのゴトクの隙間から覗く炭火は、ギラギラとした強い炎から、食材をじっくりと加熱するのに最適な真っ赤な熾火へと変わっていた。遠赤外線がしっかりと行き渡るその絶好のタイミングを見計らい、僕たちは各自の竹串をグリルへと近づけていく。
「ただ火に近づければいいってもんじゃないのよね。炎の先端じゃなくて、この熱せられた空気と炭の輻射熱を利用して、じわじわと回転させながら全体に熱を通すのがコツなんだから」
桐嶋さんが眼鏡のブリッジをくいっと持ち上げながら、まるで職人のような鋭い眼差しで自分のマシュマロをクルクルと回す。その表面はみるみるうちにこんがりとした美しい黄金色に染まり始めていた。
その隣で、じっと自分のマシュマロを見つめていた更科さんが、上品にふっと微笑んだ。
「ふふ、咲さんの焼き方も綺麗だけれど……実はね、こういうスイーツこそ、少しのこだわりで劇的に味が変わるのよ」
「美怜さん、何か秘密のテクニックでもあるんですか?」
七柰が興味津々といった様子で更科さんの手元を覗き込む。更科さんは少しだけ照れくさそうな、けれど自信に満ちた表情を浮かべながら、優しく説明を始めた。
「うん。ただ表面をきつね色にするだけじゃなくてね、一度外側の薄い皮膜をカリッと香ばしくキャラメリゼするように焼き上げて、それをわざと一度ほんの数秒だけ火から離して余熱で中の糖分をトロトロに溶かすの。そうすると、外側はサクッと、中は驚くほどクリーミーで濃厚な食感になるのよ」
更科さんが言う通りに、竹串を絶妙な距離感で微調整しながらクルクルと回していくと、彼女のマシュマロは見る見るうちに完璧なまでに均一なきつね色に輝き始めた。表面がツヤっと光り、内側からとろりと甘い香りが立ち上る。
「わぁ! すごい、まるで高級洋菓子店に出てくる焼き菓子みたい!」
永澤さんが思わず感嘆の声をあげる。更科さんはその香ばしく焼き上がったマシュマロを、用意していた二枚の全粒粉ビスケットと濃厚な板チョコレートの間にスライドさせ、優しくサンドした。
「ほら、こうしてスモアの完成よ。ちょっと食べてみる?」
更科さんが差し出した出来立てのスモアを、七柰が一口かじりつく。
「んんーーっ!? なにこれ! 外側がサクッとしてて、中のマシュマロがとろ〜り溶けて、チョコとビスケットの塩気と甘さが完璧にマッチしてる! めちゃくちゃ美味しいです、美怜さん!」
七柰があまりの美味しさに両手で頬を押さえながら悶絶する。それを聞いた宇都宮さんも「負けてられない!」とばかりに自分のマシュマロを焼き直し、次々と特製スモアを作り上げていく。
僕たちもそれぞれのスモアを頬張りながら、「甘い……香ばしくて最高だ」「コーヒーとの相性が抜群すぎる」と口々に歓声をあげ、薪グリルの周りは終始温かい笑い声と幸せな空気に包まれていた。
§
薪グリルで香ばしいスモアを存分に味わったあとは、少し緩んだ体をシャキッと目覚めさせるために、あやべ温泉キャンプ場の広大な芝生サイトへと移動した。
「さてさて、美味しいデザートでお腹がいっぱいになったところで、次はしっかり体を動かすレクリエーションといこうか!」
宇都宮さんが両手を腰に当て、気合十分といった様子で声を張り上げる。
「体を動かすって、具体的に何をするんですか?」
七柰が首を傾げると、宇都宮さんは持参していた大きな布袋から、木製のピン(スキットル)と投げ棒を取り出した。
ズラリと並んだ数字の書かれた木のピンを見て、桐嶋さんが「あら、これって最近あちこちで人気の……」と目を細める。
「そう! フィンランド発の投擲スポーツ、『モルック』だよ! 今日はこれを使って、チーム対抗戦でガッツリ盛り上がろうと思うんだ!」
宇都宮さんの提案に、みんなのテンションが一気に跳ね上がる。せっかくのグループキャンプなのだから、全員参加の真剣勝負が一番盛り上がるのは間違いない。
「チーム分けはどうするんですか?」
と永澤さんが尋ねると、宇都宮さんがニヤリと笑って紙きれを取り出した。
「ふふふ、そこは公平に、このくじ引きで決めましょう!」
小さな紙片を折って混ぜ合わせた中から、僕たちはそれぞれ一枚ずつ引いていく。紙を開いてチームメンバーを確認した瞬間、思わず歓声やどよめきが上がった。
運命のくじ引きの結果、チーム分けはこうなった。
【奏多・七柰・更科美怜チーム】
VS
【宇都宮姫子・桐嶋咲・永澤夢乃チーム】
「おっ、私とお兄ちゃんと美怜さんが同じチームだ! やったね、美怜さん、力を合わせて勝ちに行きましょうね!」
七柰が更科さんの腕を嬉しそうにギュッと抱きしめると、更科さんも「ええ、足を引っ張らないように頑張るわね」と優しく微笑み返す。
一方の女子チームも負けてはいない。
「ふふん、こっちのメンバーは私に咲ちゃん、そして夢ちゃんという強力布陣だからね! 手加減なしでボコボコにしちゃうんだから!」
宇都宮さんが強気に腰に手を当てて宣戦布告すると、桐嶋さんも冷静な笑みを浮かべながら眼鏡を光らせた。
「ええ、戦略的な投擲で確実に得点を重ねさせてもらうわ」
こうして、あやべ温泉キャンプ場の美しい芝生の上で、白熱のモルックチーム対抗戦が盛大に幕を開けたのだった。
ルールはシンプル。数メートル離れた位置からモルック(木の棒)を下手投げで転がし、1から12までの番号が書かれたスキットル(ピン)を倒していく。
複数本倒れれば「倒した本数」が点数になり、1本だけ倒れればその「ピンに書かれた数字」がそのまま得点になる。
そして、最初にぴったり50点を獲得したプレイヤー(またはチーム)の勝ちとなる。
ただペナルティもあって、モルックを投げて3回連続で1本もスキットルを倒せなかった場合は、その場で脱落)となるし、50点を超えてしまうと、一気に25点に減点されてしまうという過酷なルールもある。
「最初の先攻は……私たち、奏多チームからね!」
気合十分の七柰が、最初のモルックをしっかりと手に取り、投擲ラインへと立った。
「七柰、変に力まないで、狙うのはあの真ん中の密集地帯だ。下からフワッと転がす感じでいけよ」
「うん、任せてお兄ちゃん!」
七柰が息を整え、ゆっくりと腕を振ってモルックを放つ。
木製の棒が芝生の上をゴロゴロと転がり、ガチャンと心地いい音を立ててスキットルの群れに突入した。
「あ、当たった! 何本倒れた!?」
七柰が指差すと、スキットルが『5』『8』『11』など合計4本ほどパタパタと倒れていた。
「お見事、初投から4点獲得だ」
僕が声をかけると、七柰は「やったぁ!」と両手を挙げて飛び跳ねた。
続いて、後攻である宇都宮チームの第一投目は、リーダーの宇都宮さんが意気揚々と登場した。
「ふふん、これくらい私に任せなさいって! 狙うは一撃高得点、あの12のピンだよ!」
宇都宮さんが大きく振りかぶってモルックを投げ放つ。
けれど、力みすぎたのか、モルックは狙いから大きく外れてしまい、ポコンと乾いた音を立ててかすかに『2』のピンをかすめただけだった。
「あ……れ……? まっすぐ投げたはずなのに……!」
宇都宮さんが頭を抱えてしゃがみ込むと、チームメイトの桐嶋さんと永澤さんがすかさずフォローに入る。
「姫、ドンマイよ。モルックはそんなに甘くないんだから」
「そうです、次がありますから頑張りましょう!」
和やかな笑いに包まれながら、ゲームは徐々に白熱の度合いを増していく。
中盤戦に差し掛かると、ゲームは一気に頭脳戦へとシフトした。バラバラに散らばったスキットルをどこ狙うかによって、得点が大きく変動するからだ。
ここで圧倒的なセンスを見せたのが、更科さんだった。
「ふふっ、こういう計算して狙いを定めるゲーム、嫌いじゃないわ」
更科さんは涼やかな表情でモルックを構えると、華麗なフォームでスナップを効かせて投げ放った。
モルックは狙いすましたように『10』のピンだけをピンポイントで直撃し、見事に1本だけを倒してパタリと止まった。
「すごっ! 美怜さん、1本だけ狙い撃ちして10点ゲットじゃないですか!」
七柰が目を丸くして大興奮すると、更科さんは少しだけ照れくさそうに髪を耳にかけながら微笑んだ。
「うわぁ、更科さんめちゃくちゃ上手じゃない! 私たち、ピンチだよ、咲ちゃん!」
宇都宮さんが焦りの表情を浮かべると、桐嶋さんが落ち着いたトーンで前に出た。
「慌てないで。ここから私たちが一気に巻き返せばいいのよ。狙うはあの散らばったピンの隙間ね」
桐嶋さんの冷静で正確な投擲により、女子チームも着実に得点を重ね、両チームの点数はまさに互角のデッドヒートとなった。
そして、勝負はいよいよ最終局面。
どちらのチームも得点が40点台後半に突入し、あと数点でぴったり50点に届くという痺れるような場面を迎えた。
「お兄ちゃん、次の私たちのターンで、もしスコアを計算し損ねたら一気に25点に逆戻りしちゃうよ! どうしよう、何点を狙えばいいの!?」
七柰がハラハラしながら僕の袖を引っ張る。現在私たちのチームは46点。あと必要なのは、4点だ。
「落ち着いて計算しよう。4本倒せばちょうど46+4で50点、完全勝利だ。だけど、もし5点以上倒しちゃったら一発で25点に減点だから、慎重に4本だけを巻き込むように狙うんだ」
プレッシャーが最高潮に達する中、チームの運命を託されたのは、ここまで冷静な妙技を見せてきた更科さんだった。
「……任せて。しっかりと狙いどおり倒してみせる」
更科さんは深く息を吸い込み、集中を高める。その凛とした横顔に、僕たち全員が固唾を飲んで見守った。
更科さんが静かにモルックを放つ。
放たれた木の棒は、美しい弧を描きながら芝生を滑り、見事に狙い違わず密集したピンの群れへと滑り込んだ。
ガシャ、ガチャン!
倒れたピンの数を、全員が息を止めて数える。
「い、一本、二本、三本……そして四本……!」
七柰が叫んだ瞬間、スキットルはぴったりと4本だけが綺麗に倒れていた。
「やったぁぁーーっ!! ぴったり50点達成だーーっ!!」
七柰と僕、そして更科さんが思わずその場でハイタッチを交わし、歓喜の声をあげる。
「あぁー、やられたぁ! あそこでぴったり4本を狙い撃つなんて、更科さん、カッコよすぎだよー!」
宇都宮さんがガックリと両膝をついて悔しがりながらも、最後は清々しい笑顔で拍手を送ってくれた。
「お見事だったわ、美怜さん。私たちの完敗ね」
桐嶋さんと永澤さんも笑顔で拍手に加わり、芝生の上は温かい祝福の拍手と笑い声でいっぱいに満たされた。
新しく導入した薪グリルでの甘いスモア体験と、芝生を揺らした白熱のモルック対抗戦。
初めての温泉キャンプの始まりは、最高の笑顔と新しい絆の深まりと共に、忘れられない最高の思い出として僕たちの胸に深く刻まれていった。




