第11話 温泉キャンプの幕開けと、新しい相棒の炎
ついに待ちに待ったキャンプ当日がやってきた。
朝からそわそわと落ち着かない様子でリビングを行ったり来たりしている妹の七柰は、玄関の鏡に向かって何度も自分の服装や髪型をチェックしている。
「お兄ちゃん、早く早く! 遅刻しちゃうよ!」
大きなバックパックをすでに背負い込み、早く出発しようと玄関のドアノブに手をかけながら僕を急かしてくる。
「おいおい、そんなに慌てなくてもキャンプ場は逃げないぞ。忘れ物がないか、ちゃんと最後にもう一度確認したのか?」
僕は呆れたような苦笑いを浮かべながらも、リビングの最終点検を済ませて玄関へと向かった。
今日の七柰は、動きやすさを重視したアクティブなアウトドアコーデに身を包んでいる。下半身はストレッチ性の高いカーキのカーゴパンツに、足元は歩きやすいハイカットのトレッキングシューズ。上半身はパステルイエローのマウンテンパーカーの下に吸汗速乾性のボーダーTシャツを合わせ、頭にはお気に入りのキャップを浅くかぶっている。
いかにもこれから自然の中へ繰り出すというワクワク感が伝わってくる若々しい装いだ。
一方の僕は、汚れが目立ちにくく機能的なチャコールグレーのクライミングパンツに、動きやすいダークグリーンのアウトドアシャツ、そして足元にはタフなビブラムソールのスニーカーという出で立ちだ。
正樹叔父さんから借り受けたテントや、新調した薪グリルなどの重い荷物をしっかりと支えられるよう、両肩には頑丈な大容量バックパックをしっかりと背負い込んでいる。
家を出発した僕たちは、軽快な足取りで最寄り駅へと向かい、そこから待ち合わせ場所である主要駅へと電車に揺られて向かった。
胸を高鳴らせながら目的地の駅へと降り立ち、待ち合わせ場所である駅の広々とした休憩スペースに足を踏み入れると、すでにそこには今日のメンバーである四人の姿があった。
宇都宮さん、桐嶋さん、永澤さん、そして更科さんの四人は、それぞれ大きなザックや荷物を傍らに置きながら、仲良く楽しげに話し込んでいた。
四人の今日のコーディネートも、それぞれ個性的で非常に魅力的だった。
宇都宮さんは、彼女らしい明るさを引き立てるオレンジ色のパーカーにデニムのショートパンツ、そして動きやすいレギンスを合わせた元気いっぱいのスタイルだ。
桐嶋さんは、知的な雰囲気を漂わせるネイビーのウィンドブレーカーにすっきりとしたシルエットのスリムパンツを合わせ、足元には機能的なローカットシューズをスマートに履きこなしている。
永澤さんは、淡いピンクベージュのマウンテンパーカーにふんわりとしたフレアスカート風のキュロットパンツを合わせ、どこかガーリーで可愛らしさを残したアウトドアコーデにまとめている。
そして、新しく僕たちの仲間として加わった更科さんは、シックな黒のストレッチパンツに、上品なベージュのマウンテンパーカーを羽織り、シンプルながらも洗練された大人の気品が漂う美しい着こなしを見せていた。その艶やかな黒髪が風に揺れ、彼女の凛とした美しさをさらに引き立てている。
「お疲れ様! 待ってたよー!」
僕たちの姿を見つけた宇都宮さんが、満面の笑みで大きく手を振りながら駆け寄ってきた。
「おはよう、二人とも。今日はいいお天気になって本当によかったわね」
桐嶋さんが穏やかな笑みを浮かべながら眼鏡の位置を軽く押し上げる。
「おはようございます! 七柰ちゃん、そのパーカーとっても似合ってて可愛いですね!」
永澤さんが七柰に歩み寄り、パッと目を輝かせながら嬉しそうに声をかける。七柰も「ありがとうございます、夢さんのお洋服もすごく素敵です!」と元気よく笑顔で返す。
そして、少し離れたところで上品に佇んでいた更科さんも、私たちに気づくと柔らかく微笑みながら歩み寄ってきた。
「おはよう。水守君も、七柰さんも、今日は誘ってくれてありがとう。なんだか、すごくワクワクしちゃうわね」
「美怜さん、おはようございます! 今日は一緒に最高の温泉キャンプにしましょうね!」
七柰が嬉しそうに更科さんの手を軽く握ると、更科さんは少しだけ頬を染めながら「ええ、楽しみにしているわ」と優しくうなずいた。
久しぶりに顔を合わせた六人は、しばしの間、今日の行程や道中の期待感について弾むような言葉を交わし合った。
「それじゃあ、みんな揃ったことだし、そろそろホームへ向かおうか!」
僕の合図で、皆それぞれの荷物をしっかりと持ち直し、電車へと乗り込んだ。
§
電車を乗り継ぐ道中も、車内は和気あいあいとした賑やかな雰囲気に包まれていた。
山陰本線に揺られ、緑深い山々や清らかな川の景色を眺めながら北上し、綾部駅へと降り立つ。
綾部駅からは、駅チカの『フレッシュバザール綾部幸通り店』というスーパーに立ち寄り、冷凍ハンバーグなどの夕食と明日の朝食のための食材を買った
そうして駅の南口に戻り、ローカルな雰囲気を醸し出す綾部市のコミュニティバス(あやバス)の上林線に乗り込む。
車窓から見える田園風景やのどかな集落の景色に、都会の喧騒がすっかり遠ざかっていくのを感じながらバスに揺られること約三十分。
僕たちは『二王公園前』のバス停で下車した。
バス停を降りてすぐの目の前には、豊かな緑と美しい自然に囲まれた、今回の目的地である『あやべ温泉キャンプ場』の広大な敷地が広がっていた。
「うわあ! 空気がすごく澄んでいて、深呼吸するだけで身体の中がきれいになるみたい!」
永澤さんが両手を広げ、心地よい山の風を全身で受け止めながら感動の声をあげる。
「ホントですね! まるで別世界に来たみたい!」
と七奈も肩を弾ませながら続く。
いやがおうにも期待が高まる中、管理棟へと向かい、まずは受付を済ませる。開放的なフリーサイトの利用手続きを行い、キャンプの必須アイテムである薪と炭をそれぞれ購入した。
案内されたフリーサイトに足を踏み入れた瞬間、メンバー全員が思わずその場に立ち止まり、息をのんだ。
周囲を囲む豊かな木々の緑、どこまでも高く青い空、そして手入れの行き届いた美しい芝生が広がるサイトの光景は、絵画のように完璧な美しさだった。
遠くからは小鳥のさえずりや風に揺らめく木々のざわめきだけが聞こえ、日常のストレスや疲れがすべて洗い流されるような静穏な時間が流れている。
「すごい……。前回の琵琶湖の湖畔も素晴らしかったけれど、ここの山の自然も息が詰まるくらい綺麗……。本当に、こんな素敵な場所に来られてよかったわ」
桐嶋さんが感嘆のため息を漏らしながら、目を細めて周囲の景色を見渡す。更科さんもその圧倒的な景観を前にして、静かにうっとりとした表情を浮かべていた。
「感動してる暇はないぞー! まずは何よりもテントの設営を終わらせちゃおう!」
宇都宮さんの元気な声かけを合図に、僕たちはテキパキと動き出した。
前回の六ッ矢崎浜でのキャンプ経験がしっかりと活きているのだろう。宇都宮さんたちは自分たちのテントのポールを組み立て、手際よくフライシートを広げていく。一度経験している分、前回のような戸惑いは一切なく、驚くほどスムーズに作業が進んでいく。
「七柰、こっちは正樹叔父さんから借りてきたテントだよ。説明書通りにインナーテントを広げて、このポールをスリーブに通していこう」
「はい、お兄ちゃん! 任せて!」
初めてのキャンプ設営に挑戦する七柰は、僕の的確な指示に従いながら、真剣な眼差しでテントのフレームを組み立てていく。叔父さんが大切に使ってきたそのテントは状態も非常に良く、軽くて組み立てやすい設計になっていたおかげで、七柰も楽しそうにペグを打ち込んでいくことができた。
全員が頑張りをみせ、あっという間にそれぞれのテントが綺麗に立ち上がり、僕たちの小さなキャンプ村が完成した。
テントの設営を無事に終え、心地よい達成感に包まれる中、僕は持参した大きな荷物から箱を取り出した。
「よし、それじゃあ次はこれの出番だな」
僕は先日自宅に届いたばかりの、ユニフレームの薪グリルのパーツを丁寧に広げ、専用のキャリーケースから取り出した。
ステンレス製の本体をカチッと組み立て、頑丈なロストルと重厚なゴトクをセットしていく。無骨でありながらも洗練されたその美しいかまど型のフォルムは、キャンプサイトの雰囲気を一段と引き締めてくれた。
その様子を近くで見ていた宇都宮さんたちが、興味津々といった足取りでトコトコと近づいてくる。
「おっ、水守君、それ新しいキャンプギア?」
宇都宮さんが目を丸くして薪グリルを覗き込む。
「この独特の形、すごくかっこいいですね……!」
と永澤さんも興味津々だ。
さらに、少し離れたところで作業道具を片付けていた更科さんも、その新しいギアの存在に気づいて歩み寄って来た。
「あ、これ……。キャンパーの間ですごく評判がいいって雑誌で読んだことがあるわ。人気の商品よね、私も気になっていたの」
更科さんが感心したような表情でステンレスの輝きを見つめると、七柰も誇らしげに胸を張った。
「すごいですよね! これ、この間自宅に届いたばかりの最新の薪グリルなんですよ!」
「へえー、これなら薪をくべやすそうだし、何より料理がすごくしやすそう!」
宇都宮さんがゴトクの部分を指先で軽くツンツンと触れながら感心する。
みんなの期待の視線を集める中、僕は薪グリルの中に丁寧に薪を組み込み、スターターを使って火を点けた。
パチパチと心地よい音を立てながら、力強いオレンジ色の炎がステンレスの炉内で美しく立ち上っていく。
その熱を感じながら、すぐにチタンのケトルにたっぷりの新鮮な水を注ぎ、グリルのゴトクの上にしっかりと載せた。
数分後、シュンシュンと優しい湯気が立ち上り、お湯が見事に沸騰する。
ドリッパーに挽きたての豆をセットし、熱々のお湯をゆっくりと注ぎ入れていくと、周囲の空気に香ばしいコーヒーの芳醇なアロマがふわりと広がった。
「お待たせ。新しく買った薪グリルで最初に淹れた、記念すべき特製コーヒーだよ」
僕はマグカップに丁寧に注ぎ分け、みんなへと手渡していく。
「わあ、いい香り! いただきます!」
宇都宮さんが両手でカップを包み込み、ふーふーと息を吹きかけながら一口すする。
「んんーっ! 美味しい! 薪の炎で沸かしたお湯で淹れたコーヒーって、どうしてこんなに格別な味がするんだろう!」
永澤さんも目を細めながら幸福感に浸り、桐嶋さんも「本当ね、香りがすごく豊かで身体の芯から温まるわ」としみじみと頷く。
そして、更科さんもカップに口をつけ、その優しい味わいにふっと頬を緩ませた。
「……うん、すごく美味しい。薪の温もりとコーヒーの苦味が絶妙にマッチしていて、旅の疲れがすーっと癒やされていくみたい……。このグリル、本当に素晴らしいギアね」
初めて参加した七柰も「お兄ちゃんのコーヒー、最高!」と満面の笑みを見せる。
青々とした木々に囲まれたあやべ温泉キャンプ場の爽やかな空気の中、新しく加わった「薪グリル」の炎を囲みながら、僕たちは温かいコーヒーを片手に、かけがえのない最高の一休みの時間を満喫していたのだった。




