第1話「初めての魔法学園」
「ステラ様、緊張のしすぎは体に毒ですよ」
朝の光があまりにも眩しくて、昨日の夜に大雨が降っていたことなんて忘れてしまいそうになる。
「すみません、あの……」
「学園に通うのが初めてということなら、尚更、肩の力を抜いてください」
艶やかな髪を結い上げた十四の少女に、初めて学園へ行くための身支度を手伝ってもらう。
双子の片割れであるクレアから外の情報をもらっていても、紺色を基調とした制服に身を固くしてしまう。
不慣れな魔法学園の制服に身を包むけれど、ユウほど着こなすことができていない自分に溜め息を吐きたくなる。
「学園って、何時間ほど通うものなの……?」
「七、八時間でしょうか」
「そんなに……」
私の身支度を整えてくれているのは森契の盟に属するヘイル家の第二令嬢ユマリ。
ユウの妹にあたる方で、私より四も下にもかかわらず随分と大人びた雰囲気をまとっていた。
「ノクティス・アカデミアは、魔法使いを育成するための学園ですが……」
「シャロ家と森契の盟の存在が強すぎて、魔法使いの価値は暴落中……で、合ってる?」
「その通りです。魔法学園でありながら、魔法使いとして努力を積み上げる人間は皆無に等しいかと」
銀糸で織り込まれた美しい模様が施されたローブが、ユマリにとても似合っている。
(制服、慣れないなぁ……)
制服に身を包んでから時間が経過しているはずなのに、私は魔法学園の制服に慣れることができない。
ユマリが着こなしている学園の制服に名残惜しい気持ちを抱きつつ、私は初めての場所へ向かう準備を整えるために深く息を吸い込んだ。
「アッシュ家の名を出すだけで、ステラ様は無敵になれてしまいます」
感情の起伏が少ないユマリが笑顔を見せることはないけれど、彼女の声には気持ちが込められている。
無敵という言葉に嘘がないことを感じられるだけで、私にとっては大きな希望になる。
「アッシュ家が統括している地域……」
「アリドミア、ですね」
「えっと、アリドミアは精霊不支持派が多いってこと?」
「アッシュ家が、権力を誇れるくらいの数がいるのは確かです」
とても十二とは思えない落ち着いた話し方をするユマリに安心感を抱くと同時に、違和感も生じる。
こういう話し方を強いられてきたのか、それともこういう話し方をする必要があったのか。
「でも、今のラピスレン国は、シャロ家と森契の盟なしには機能しません」
「嫌でも、精霊に頼らざるを得ない……」
「精霊を支持していなくても、精霊の必要性を感じている方がほとんどかと」
十二歳の少女らしくないユマリ。
もっと強くなりたいと言葉にしたユウに対して、不安が募るようになっていく。
「終わったか?」
扉の向こうから、欠伸交じりののんびりとした低音が聞こえてきた。
「気をつけて、いってらっしゃいませ」
「ユマリ、ありがとう」
ユマリは見回りの番というものを任されているため、今日は学園に通うことはできないらしい。
十二の少女らしい毎日を奪っている理由が魔物にあるというのなら、私は本当に精霊と縁を切るために動かなければいけない。
別れに寂しさを感じながらも、唇をぎゅっと結んで覚悟を示した。
「兄様、アスマ様、ステラ様のことをよろしくお願いします」
ゆっくりと扉を開き、廊下で待機してくれていた同い年のユウと対面する。
「当然」
「……ん」
ユウの隣には、とても印象的な銀色の髪の少年が同じ学園の制服姿で私のことを出迎えてくれた。
「こっちは、アスマ・ソーン。口数少ないけど、怒ってるわけじゃないから気にしなくていい」
「……森契の盟、ソーン家の次期当主」
「よろしくお願します」
「ん」
必要最低限の言葉しか発しないアスマさんと親しくなるのは、時間がかかりそうだと思った。
(嫌われてはいない……のかな)
今は遠い距離感にあったとしても、シャロ家を守るために存在している彼には信頼の気持ちを託せるようになりたい。
「似合ってる……制服……」
「あ……ありがとうございます」
ユウもユウで寡黙な印象があったからこそ、初めて着こなす制服を褒めるための言葉がユウから出てきたことに驚かされた。
礼の言葉が出遅れてしまったのに、ユウは私を気にかけることなくアッシュ家の屋敷の玄関へと向かっていく。
「エグバートくん、金持ちだから。制服が汚れたら、すぐに言って……」
「ありがとうございます」
贄としてアッシュ家に拾われた私は、アッシュ家へと身を寄せている。
着るものも、食べるものも、住むところも与えてもらっているのに、そのお礼を言う相手は、この場にはいない。
エグバートさんに会えないことに寂しさを感じて視線を床へと向けると、後ろを歩いていたはずのアスマさんが私の前へと歩み出る。
「怖がらなくていい……」
たった一言。
それ以上の言葉はなかったけれど、アスマさんの深い青色の瞳は私に落ち込むなという気落ちを送ってくれる。
「っ、すみません……」
前を歩いていたユウが右手で、自身の頭を抱えた。
「ユウ? なんで敬語……」
「そうでしたね……生贄として育てられてきたんですよね」
ユウとは同い年らしい喋り方ができると思っていたのに、彼は再び丁寧な話し方で言葉を返してきた。




