第8話「シャロ家が嫌いだから」
「フェリーくん、怪我の治療は俺がやる」
ここまで一言も発していなかったユウさんが、フェリーさんの傍に歩み寄って肩をぽんと叩いた。
「ステラ様、精霊を戦闘用に召喚できるかな」
「可能です」
何と戦うのかなんて想像もつかない。
けれど、私に優しさを与えてくれる人がいるのなら、私はその優しさに応えるために力を添えたい。
迷うことなく、私は答えを返した。
「うん、心強い返事だ」
私の頭を優しく撫で、懐から一枚の契約札を取り出したエグバートさん。
彼に置いていかれないように、ユウさんとフェリーさんと距離をとってエグバートさんの隣へと並ぶ。
「今、俺たちが約束を交わしている存在を、精霊って呼んでいる」
エグバートさんは深呼吸をし、契約札を空中に放った。
契約札は宙を舞い、彼の手から放たれた力は約束を交わした精霊へと伝わっていく。
「精霊の力を借りている俺たちが、どうして精霊との縁を切りたがっているか」
まるで太陽を思い起こすような強い光と共に、精霊の陽精霊が姿を現す。
豹を模した容姿をしている陽精霊は、エグバートさんにかしずく。
そして、今か今かとエグバートさんの言葉を待っているかのように静かに佇む。
「ステラ様っ!」
後ろから、危機を知らせるユウさんの声が聞こえる。
こうして私を助けるための声をくれる人がいるから、私は力を行使することができる。
「雷精霊」
エグバートさんが動くよりも早く、私は約束を交わした虎の容姿をした精霊の雷精霊に声を飛ばす。
何をしろと命じなくとも、雷精霊は私を襲撃しようとしていた陰のような存在を捉えた。
「お願い」
雷精霊は静かに頷き、精霊の力を人に捧げるために動き回ってくれる。
空から鳴りやまぬ雷鳴なのか、雷精霊から放たれる光なのか判断がつかないほどの眩さに目を塞いでしまう。
それでも人間に害のない光だと信じて、再び目を開く。
「陽精霊、ステラ様に手を貸すんだ」
二体の精霊が夜の闇夜を駆け、鋭い風が吹き抜け髪を揺らしていく。
雷精霊と陽精霊は、私の背後を襲おうとしていた獣のかたちをした陰を取り囲む。
人に危害が加わることがないように陰へと食らいつき、一体の陰は一瞬にして消滅してしまった。
「あの陰みたいな存在」
陽精霊が次なる陰を察知し、雷精霊と共に行動を始める。
まるで始めから二体で一つだったと言わんばかりの連携で、これ以上に頼もしい存在はないと言い切れるくらいの活躍を見せていく。
「あの陰を、俺たちは魔物って呼んでる」
精霊に向けていた視線をエグバートさんに向けると、私が惹かれた穏やかな笑みが消え失せていた。
彼が、笑みを浮かべる余裕すらない事態を受け入れるために覚悟を決める。
「魔物による、人間の殺戮」
主人に何か起きたことを察したのか、エグバートさんと約束を交わしている陽精霊は陰の消滅を確認すると同時に主の元へと駆け寄った。
「それを止めるために、俺たちは精霊との縁を切りたい」
私と約束を交わしている雷精霊が、ゆっくりとした足取りで戻ってくる。
「魔物というのは、精霊が変貌を遂げた姿ということですか」
「実際に、魔物へとなり果てた精霊が存在することは確認できてる」
私は雷精霊に触れ、怪我をしていないかどうかを確かめた。
あんなに勇ましい戦いを繰り広げていたのに、雷精霊は怪我などしていないと知らせるために懐いてくる。
「シャロ家は、精霊支持派。アッシュ・ヘイル・モス家は、精霊不支持派ってことになるかな」
怪我なく帰ってこられたことに安堵すると、やむという言葉を知らずに降り続けてきた雨の音が止まった。
「ステラ・シャロ様。精霊と縁を切るために、どうか力をお貸ください」
雲がゆっくりと裂け、月の光が優しく差し込んできた。
雨を避けるときに利用されることが多い闇精霊がふてくされた表情を浮かべたため、肩に乗っている闇精霊の喉元を優しく撫でる。
「それが、贄の私に与えられた役割なら」
雨が止んだことで視界が一気に広がり、街の様子を初めて鮮明に視界へと映すことができた。
「私は、私を殺そうとしたシャロ家が嫌いです」
ずっと笑っている必要なんてどこにもないのに、エグバートさんはここで本来の笑みを取り戻した。
私に安堵感を与えるために笑ってくれたのだと気づいて、自分のために何かしてくれる存在のありがたさを噛み締める。
「シャロ家が嫌うことには、喜んで力をお貸しします」
後ろで待機しているユウさんとフェリーさんの顔を確認するには、距離が離れすぎている。けれど、この選択が三人の明るい未来に繋がると信じたい。
「国を守るために、終わらせましょう」
凝り固まって上がるはずのなかった私の口角が、初めて上を向いた気がした。




