第7話「シャロ家は、現代においても最強」
「ユウー、落ちても拾えないからねー」
風精霊は、獅子と呼ばれる物語上の生物の容姿をしている精霊。
戦闘能力にも優れている精霊と思い込んでいたけれど、こうして移動する際にも力を貸してくれる精霊だということを初めて知る。
「悪い……あの、ローブの裾を掴んで……」
「むしろ掴んでください。落としてしまっても、エグバートさんは回収してくれないそうです」
「っ、あの人は……」
月明かりが照らす夜空の下、空を飛ぶことができたらどんなに素敵なことか。
そんな妄想の世界に反して、真っ暗な空からは多くの雨が降り注いでくる。
「はぁ、強くなりたい……」
風精霊を操っている私に、ユウさんの表情を確認する術はない。
でも、ローブの袖を掴んだユウさんの手に力が入ったような気がして、風精霊に優しく飛ぶように密やかな想いを託した。
「フェリーは、どこにいるかな」
「ここらへんを担当してるの、フェリーくんしかいないから死んでるかも」
「そういうこと言わない」
「すみません……」
どんなに速さある飛び方をしていても、風精霊は乗せている人間を落とすような無茶はしない。
下に広がる建物を眺める余裕すら与えてくれる安定感で、風精霊は人が空を飛ぶという夢のような時間を魅せてくれる。
(死が、身近な世界)
その昔、魔法使いたちは箒を使って空を飛んでいたという話を聞く。
けれど、ラピスレン国の魔法使いたちはお得意の魔法で空を飛ぶこともできなくなったという事実を受け入れていく。
(魔法使いとしての死も、近いうちに訪れる)
夢を見る時間はあっと今に終わってしまって、私たちは静寂に包まれた夜の街を訪れた。
「怖いときは怖いって言ってね」
「私は、シャロ家の魔女です」
「過保護になりすぎたかな」
街灯の明かりが私たちの影を長く引き伸ばし、その影がゆらゆらと揺れる様子が不気味に思えた。
それはユウさんが発した、《《死》》という言葉に影響され過ぎているのかもしれない。
「魔女の血筋が、今も残されているなんて……ね」
「シャロ家は、魔法を使えぬ者の血が混ざることを嫌いましたから」
「だからこそ、シャロ家は現代においても最強なんだろうね」
世界が深い黒に覆われる時間になっても、エグバートさんは朗らかな笑みは闇に飲まれたりしない。
彼はいつだって私を安心させるための笑みを向けてくれて、私も彼のような笑顔を浮かべられるようになりたいと気を引き締めたときのことだった。
「お迎え、ありがとうございます」
古い木造の家が立ち並ぶ街には似つかわしくない鉄のような匂いに気づいて、心臓が激しく動き出す。
冷たい汗が体を伝うような非日常に襲われているのに、私と対峙した青年はエグバートさんのような柔らかな笑みと優しい声を送って安堵の気持ちを与えてくれる。
「血飛沫すっごいけど、大丈夫?」
「返り血なので問題ないです」
明るい茶色の髪をした青年は、眼鏡をかけた博識そうな雰囲気をも持ち合わせいた。
青年は魔法使い特有のローブを身に纏い、その優雅さに惹かれかけた。
けれど、彼のローブが異様な赤で染まり、殺人事件が起きたかのような悲惨さを物語っていたことに気づいて一歩歩み出た。
「あの……! 本当に、お怪我はされていませんか」
差し伸べようとした手は、彼に届かなかった。
彼は一歩後退ってしまい、私は彼に手を伸ばすことができない。
「シャロ家の魔女様を穢してしまうと、僕が叱られてしまうので」
誰に叱られるのかという情報すら持ち合わせていない私に対して、彼は温かい笑みを向け続ける。
血に染まったローブを見て、なんらかしらの悲惨な出来事が起きたと察することができる。それなのに、彼は私を起きている事象に関わらせてくれない。
「かっこつけるのもいいけど、本当に怪我してないの?」
エグバートさんが、眼鏡をかけている彼の肩に乗っていた闇精霊を取り上げる。
すると空から降りしきる激しい雨が彼に襲いかかり、眼鏡をかけた彼はずぶぬれになってしまった。
「っ、エグバート。あなたって人は……」
雷鳴が遠くで轟く中、彼の体に付着した血液が雨水によって洗い流されていく。
ローブに染み込んだ血が流れ落ちることはないけれど、空から降り注ぐ雨は清めの水のように思えた。
「雨に洗い流してもらった方が早いと思って」
「ふざけるのもいい加減に……」
声を荒げそうになったところで我に返った眼鏡をかけた彼と目が合って、自身の声が漏れ出ないように彼は手の甲を口に当てた。
「森契の盟、モス家の当主……フェリーと申します」
精霊の闇精霊と契約している人間は雨に打たれることがないけれど、フェリーさんは全身で雨を受け止めていく。
その際に、柔らかな笑みを浮かべるところはエグバートさんによく似ているかもしれない。
「ステラさんがご無事で、本当に良かったです」
精霊の生贄になることだけを考えてきたのに、崖から落ちた私を出迎えてくれた人たちは過分すぎるほどの優しさを与えてくれる。




