第1話「幻」
「闇精霊、お願い」
闇精霊という精霊は、防御壁を形成する際に役立てられている。
でも、もともとは枯れた大地が時を止めてしまわないように、恵みを注ぐ存在でもある。
青く澄み切った空へ向かって跳び上がった闇精霊は、本来の力を発揮するために覚醒する。
「お見事」
ゆっくりと空が暗くなり、重たい雲が音も立てずに広がっていく。
ぽつりぽつりと瞬く間に雨が降り出し、それらは次第に激しく重い雨粒として地面に落ち始める。
(生徒が授業を受けてるうちに終わらせる)
雷の力を利用して戦うことを得意とする雷精霊が傍にいないのに、遠くで雷鳴を轟かせることができるのは闇精霊の力が存分に発揮されている証拠だと思った。
「こういうのって、ユウくんがやるべきことだと思うんだよねぇ」
「ユウのこと、信頼しているんですね」
「ユウくんはね、戦い以外の才に長けてるからねっ」
初めてお会いしたルド・ウィンは、フェリーさんよりも濃い茶の髪色をしていた。
表情がくるくる変わるところがクレアと似ていて、会うことができなくなった双子の片割れを懐かしくも思った。
「ルドも、補助的な役割が得意なのでは?」
「俺は、ユウくんを前にしたらぜ~んぜんっ」
もしも平和な世界を築くことができたら、クレアを含めた三人で楽しく話をするという未来もあったかもしれない。
そんな夢を頭の片隅で抱きながら、私は残されたわずかな時間をルドと言葉を交わす時間に費やす。
「エグバートくんたちと対立しなきゃなのに、無力すぎて嫌になる」
「……味方になってくれませんか」
「魔女様の味方にはなるよ。でも、俺はエグバートくんたちの敵だから」
自身の髪をめちゃくちゃにするように、ルドは頭を抱えた。
「って、自己紹介がまだだった!」
「初めましてって感じもしませんけどね」
「まあ、呑気に自己紹介してる場合じゃないかぁ」
気だるそうな雰囲気を纏っていても、ルドの笑顔は想像していたよりも綺麗に視界へと映る。
「ユウには生徒と教員の保護を担ってもらいたいので、力を貸してもらえますか」
「一応は、森契の盟だからねぇ。魔女様に協力するのは当然」
「とても心強いです」
「それ、社交辞令じゃないといいなぁ」
顔を合わせるのは初めてのはずなのに、その初めましての距離が一気に縮まってしまうほどルドは私と積極的に話をしてくれる。
「ブルックの次期当主と、フリントの当主には会ってないんだっけ?」
「会うべきなのか、会わないべきなのか……」
「怖い人たちじゃないから、魔女様が頼めばちゃんと協力してくれると思うよ」
ルドが私を勇気づけるように、朗らかな笑みを浮かべて言葉を向けてくれる。
「敵は敵でも、森契の盟だからね」
雨は次第に強まっていくのに、私たちは闇精霊のおかげで体を濡らさずに済むという特権を得る。
自分たちが、どれだけ精霊の力に守られているのかと感謝の気持ちを抱かずにはいられない。
「で、ステラ様を殺せばいいんだっけ?」
「私を殺す幻を見せて、偽物を混乱させようかなと」
我ながら物騒なやりとりをしているとは思うけど、これくらいのことをやらなければ犯人はずっと身を潜めたまま。
「偽物は、努力をやめた魔法使いですから」
「ステラ様の遺体が見つかっても、どうにもできないと」
このままでは、偽物のステラ・シャロが生き続ける世界が完成してしまう。
そうなる前に、私たちの方から事件を仕掛けることを計画した。
「幻精霊、おいで」
ルドは一枚の古びた契約札を取り出し、宙へと投げやった。
呼び出された幻精霊は暗い空を昇る勢いで、優雅に飛ぶ姿を魅せる。
「ステラ・シャロ様の遺体を、校庭に」
幻精霊は、幻という名が付くだけの力を秘めている。
主が望んだ幻想を生み出し、本物のような世界観を生み出す。
(フェリーさんの作った幻想も、本物みたいだった)
別の魔法使いを通して、自分が考えもしなかった精霊の活用方法を学んでいく。
フェリーさんを信じすぎるなと、本人から忠告を受けたあの日の出来事が既に懐かしい。
幻の血の海に包まれたときの恐怖は今も消えることがないけれど、消えない記憶は私の強さに変わる。
「こんな感じかな」
「想像していたよりも残酷な遺体ですね……」
「犯人をおびき寄せるには、もってこいだね」
校庭の中央には、まるで現実のように見える自分の遺体が横たわっていた。
血に染まった制服と、空から降り注ぐ雨と血が同時に流れゆく様は凄惨な光景を演出していく。
「じゃあ俺は、校舎に徘徊する魔物退治に行くね」
「ノクティス・アカデミアに通うみなさんの命を、どうかお守りください」
「魔女様の命令は絶対、だからね」
雨は、精霊が生きていくために必要な栄養素。
雨を摂取したいという願いが積もったとき、雨が降り、人間の命を喰らう魔物も招き寄せてしまう。
「無理なときは、絶対に駆けつけるから」
「ありがとうございます」
ルドは私の手を取り、両手でぎゅっと包み込んでくれる。
「ルドに出会えて、本当に良かったです」
「そういう言葉は、俺たちの目的が一致したときにね」
ルドの熱が離れた瞬間が、決戦の合図となった。
『ステラ様の、遺体……?』
音精霊は優雅な立ち居振る舞いで、ユウがいる教室へと飛び立った。
音精霊は聞くに堪えない音波を発生させて、相手の頭に混乱状態をもたらす力にも優れているとルドに教えてもらった。
(こんな力の使い方があるなんて……)
大きな戦闘でもない限り、音精霊の活躍する場所はないものだと思っていた。
けれど、音精霊は離れた場所の音を拾い上げることができるという新たな学びをルドは与えてくれた。




