第8話「魔法使いを終わらせる」
「ルドは、精霊と縁を結び続けたい側の人間だと」
「俺は、ルドの優しさを利用しただけだよ」
「精霊との絆を結ぶことを望んでいる人物の力を借りる。それが容易なことなのか、苦渋の決断なのかは判断できません」
どんなに願いを込めても、私は表情を動かすことのできない残酷なシャロ家の魔女に見られるかもしれない。
それでも、口角を上げられるようになりたい。口角を上げたい。
「でも、エグバートさんは、何が最善かを考えることができる人です」
未来には希望しかないって思えるような、そんな笑みをエグバートさんに贈りたい。
「……俺にできることはあるのかな」
エグバートさんと一緒に外へ出たのは、私に魔物の脅威を知らしめたときだけ。
まるで体を酷使することを禁じられているように、エグバートさんはアッシュの家屋敷の中に閉じ込められている。それだけ、彼の命は重いということ。
「フェリーさんに、表舞台に出てきてもらうための力を貸してください」
「犯人の目星がついたってことかな」
「恐らく」
精霊という存在は、人間に力を貸すことを選んでくれた。
それでも人間を凌駕する力を預けるからこそ、シャロ家と森契の盟の血を引く者としか契りを交わしてはいけない。
それが、遥か昔に決められた掟。
「エグバートさんも、お気づきなのでは?」
時代が流れたからといって、その掟はたった一人の人物の手で破られていいものではない。
「むしろ、最初から一択……」
「さすがに、それは買いかぶりすぎかな。むしろ、まだ迷ってる」
光精霊の淡い光ではなく、月の光が世界を銀色に染めていく様子が窓に映り込む。
「フェリーに、ステラちゃんの救出をルドに依頼した。でも、フェリーの無実を証明するものは何も……」
「私に危害を加えるつもりがない。それだけで、十分です」
多くの星が瞬いている姿を見るだけで、届くはずのない星に手を伸ばした幼少期の頃を思い出す。
「シャロ家の血を引く私を守るために動いてくれた」
エグバートさんの真似をするわけではないけど、これは深刻になる話ではないと伝えるための表情を用意する。
「それが、フェリーさんが味方だと証明する唯一の証拠です」
未来への希望を表情で表現するのはとても難しいことだけど、なるべく柔らかな笑みを浮かべられるように努める。
「そんな目に見えないものを証拠とは……」
「私、フェリーさんと約束を交わしました」
顔を上げて、しっかりとエグバートさんの目を見る。
「これから私は無茶をするので、助けてくださいって」
断言的な物言いで、私はフェリーさんの無実を確信していると伝えていく。
「ステラ・シャロの偽物が徘徊したとき、森契の盟のみなさんはすぐに気づいてくれましたね」
「買い被りすぎ……」
「気づいたからこそ、ルドに協力を要請してくださったのかなと」
エグバートさんは一瞬だけ目を伏せて、小さな溜め息を溢れさせた。
「ステラ・シャロを生かすための最善を考えてくださったのは、森契の盟の方々です」
そして窓向こうに見える月明かりに目を向けてから、私に視線を戻した。
「……フェリーは、屋敷からほとんど出ない俺の代わりを務めてる」
「お二人の間に揺るぎない絆があるのなら、答えはひとつです」
「……アスマが、契約札を一般人に手渡している犯人」
「間違いなく」
はっきりとした口調で、エグバートさんの考えを肯定する。
「あとは、幻想を解く方法か……」
「偽物が表舞台に出てくれないと、いくら本物が登場しても信じてもらえないかなと……」
アスマさんは、フェリーさんに成りすましている。
ノーナは、ステラ・シャロに成りすましている。
だから、偽物は表舞台に立つことができないとエグバートさんに訴えを起こす。
「フェリーに、表舞台に立ってもらえばいいんじゃないかな」
「でも、幻を打ち消す方が先決……」
「主演は、舞台に立ってこそ華やぐ」
シャロ家と、契約札に属する一人の魔法使い歴史が終わる。
終わりが近づいていることが怖いのか、手にぎゅっと力を込めたとき。
「フェリーは、森契の盟の人間の中でも戦闘狂なんだ」
「戦闘、狂……?」
「意外だよね。あんな温厚そうなのに、魔物との戦闘を最も得意としてる」
エグバートさんの手が伸びてきて、私の手をしっかりと握った。
「フェリーが戦わざるを得ない環境を用意する」
互いの存在が、何よりの勇気と支えとなっていることを実感する。
「力でアスマをねじ伏せて、フェリーが本物だってことを証明する」
「それができるなら、もっと早く動けた……」
「生徒の平和を守るフェリー先生が、突然、意味もなく戦闘を始めちゃうわけにはいかないでしょう?」
「あ……」
はやる気持ちは、アスマさんに有利な展開をもたらしてしまうと反省する。
「戦闘狂のフェリー先生よりも、平和を愛するフェリー先生を支持しちゃう」
森契の盟は、ラピスレン国にとって崇めるべき存在。
それなのに、生徒たちからの行き場のない憎悪や怒りを背負っていたフェリー・モスさんの姿を思い出す。
「ただでさえ、フェリーはアリドミアの悪意をぶつけられる対象だからね」
「それで、フェリーさんは裏に身を置かざるを得ない……」
唇をぎゅっと結んで、唇に力を込めた。
その動作すら必要ないと言わんばかりに、エグバートさんは空いている片方の手で私の唇を撫でた。
「自分で、自分のことを傷つけないで」
アリドミアでの毎日には優しさが詰め込まれていて、自分が贄として捧げられたことを忘れてしまいそうになる。
「ステラちゃんと、フェリーの毎日を取り返してきてほしい」
「承知いたしました」
「立場的には、ステラちゃんの方が上だよ」
「まだ、あまり自覚がありません」
私を見送るエグバートさんの笑顔が、あまりにも優しすぎた。
シャロ家と森契の盟の絆が切れるという大きな出来事が控えているなんて思えないくらいの優しさが、この場所に広がっているのを感じた。




