第2話「偽物の正体」
『ステラ様なら、ここに……』
全員が授業に集中していたとは考えにくく、音精霊にわざと不快な音を発生させて生徒の気を校庭へと向けることに成功した。
教室内は一瞬にして、ざわめきが広がっていく。
『またいつもの女子生徒の遺体だろ』
『違うよ! ステラ様……』
『だから、ステラ様はここにいる……』
生徒たちが一斉に窓へと駆け寄り、校庭を見下ろしたところを校舎の影から確認する。
私は偽物のステラ・シャロと対峙するために、ゆっくりと校舎の中へと歩みを進めていく。
(大丈夫、大丈夫)
自分の日常を取り戻すための覚悟を決めたと言っても、大丈夫という暗示をかけなければ足が竦んでしまいそうになる。
ルドに助けを求めれば助けてくれると分かっているからこそ、私は私に与えられた役割をこなすために行動する。
「ステラ、行くぞ」
「え……」
「ステラそっくりの遺体なんて、警察の手には負えない」
「ユウく……っ」
全力で走り、校舎の中へと戻る。
不安そうな顔をした生徒たちが廊下に集合していて、私は曲がり角に身を隠しながら生徒たちの様子を伺った。
「森契の盟が、アカデミアの平和を守らなきゃいけない」
「待って……」
「戦う力がない生徒と教師を、俺たちが守るんだよ」
「待って……」
偽物と言葉を交わしているのは、同じ教室で時を過ごしてきたユウ。
ユウは恐怖に包まれた生徒たちの前に立ちはだかり、偽物と真正面から向き合った。
「どうした? 努力馬鹿の俺たちなら、異変のひとつくらい解決できるだろ」
「待って……待って……待ってください……」
「ここにいたって、誰も救えない」
魔法使いを育成するための機関に通い続けたところで、努力を諦めた魔法使いは何もすることができない。
耳を澄ませながら、ユウが焦りの感情に包まれていくノーナを煽ってくれることを期待する。
「どうした? ステラらしくない」
「だって……だって……」
「まるで、事件を解決する力を持ってないみたいだな」
「っ」
手の指を、何度も指を丸めたり伸ばしたりを繰り返す偽物。
その場にじっとしていられないらしく、少しずつ、少しずつ、ユウとの距離を取り始める。
「ステラ様! アッシュ家の力を見せつけてください!」
「殺人鬼を捕まえてください!」
「森契の盟さえいれば、この学園は平和になります!」
雨の音しか響いていなかった廊下は、あっという間にステラへと救いを求める声に支配されていく。
「ステラ様、お願い!」
ユウに恋心を抱いていたポニは、自分の無事を主張するように大きな声を上げた。
「行方不明のノーナを助けて!」
ユウがポニを護衛してくれたおかげで、彼女は今日も友人のために正義感を振るうことができた。
「きっと、きっと、あの子、今頃、怖い想いをして……」
声を震わせながら、ポニは偽物のステラへと縋っていく。
恋心を暴走してしまうこともあるけれど、ポニは友を想うことができる思いやりある少女。
ポニと同じ教室で過ごす人々は、彼女の言葉に同調していく。
「ノーナを助けて、ステラ様」
「ステラ様っ」
「ステラ様!」
多くの声に詰め寄られ、どこを見たらいいのか、どこに行けばいいのか、偽物は挙動不審になっていく。
「ない……きない……できないの! 私はっ!」
「音精霊」
偽物が本性を表す時機を見計らって、ユウが精霊の名を叫んだ。
「ユウ……く……」
「魔女様ごっこは終わりだ」
生徒たちは眠り羊の力を受けて、その場に崩れ落ちていく。
重くなった瞼を上げていられなくなった生徒たちは、安らかな眠りへと落ちていった。
(嫌な記憶なんて、残らない方がいい)
冷たい廊下に体を打ちつけることのないように、音精霊は柔らかな羊毛のようなものを生徒たちの体へと敷き詰めていく。
「ステラ・シャロを名乗るなら、救ってみせてください」
みるみるうちに、幻精霊が作り上げた世界が崩れていく。
「ステラ……シャロ……?」
偽物の顔が、元の三つ編み姿の少女へと戻っていく。
「私は、シャロ家の魔女です」
「っ」
静かに声を発しながら、ノーナに怒りの感情をぶつけないように配慮する。
拳を握り締めて、湧き上がる怒りの感情を逃していく。
「遅くなって、申し訳ございませんでした」
「こっちこそ悪かった。何もできなくて……」
「本物と偽物、ちゃんと見抜いてくれましたよ」
シャロ家が絶対という、一種の洗脳を受けている森契の盟。
時折、自己肯定感が低くなってしまうような気がしたから、私はユウへの感謝の気持ちを精いっぱい言葉に込めた。
「炎精霊っ! 私を助けなさいっ!」
精霊の力に慣れていないノーナを相手にしている暇はなく、私とユウはノーナの支援に現れた魔物を撃退させることに専念する。
「ユウ、アカデミアのみなさんの命を託します」
「戦う力はなくても、補助する力には自信ある」
「とても頼もしいです」
魔物の猛攻に対し、呼び出した雷精霊は鋭い目で相手を睨みつける。
「無視するなっ! 炎精霊! 炎精霊っ! 言うことを聞きなさい!」
雷精霊は瞬時に反撃を繰り返すと、外では雷鳴が響き渡った。
闇精霊が降らせた雨ではなく、本物の雨が激しく降り始める。
(距離を取らないと……)
ユウが得意の補助の力を発揮できるように、私は逃亡する素振りを見せながら生徒たちの距離を取っていく。
「逃げるな! シャロ家の魔女が、私との戦いに怯えるつもり!?」
自分と同じ顔をしたノーナは、上手い具合に私を追いかけてくれる。
それだけ感情任せになり始めているからこそ、私はますます都合のいい環境を手に入れる。




