第6話「別邸」
「俺、正直、ウィンの家系が好きじゃないんだよねぇ」
漆黒の空には無数の星々が煌いているのに、精霊と関わりのある私たちを包み込む空気には重みがあって美しさも見つけられない。
『ルドって呼んで』
それでも言葉を返してくれるのなら、私も言葉を返し続けたいと思う。
いつだって心を閉ざしてもいいはずの関係性なのに、その心を開いてくれる人がいるのなら、私も応え続けたいと強く願う。
「ルド」
『初めて、シャロ家の魔女様に名前呼んでもらえた』
声を返してくれるだけで、胸がいっぱいになる。
早くルドの笑顔に会いたいと願うものの、その願いを口にすることだけは躊躇ってしまう。
(精霊と共存することを望む人がいる一方で、精霊と縁を切ることを願っている人がいる)
贄としての私を救ってくれたアッシュ家のためにも、私は精霊との縁を切るために動くことを選んだ。
『ステラ様の体が冷えても困るから、そろそろフリント家に……』
「ルド、ひとつだけ尋ねてもいいですか」
なるべく足音を立てないように、アッシュ家の屋敷から遠ざかる準備を整える。
『そんなに深刻にならなくても、俺はステラ様に隠しごとしないよ?』
「……ありがとうございます」
心を読む精霊は存在しないと分かっていても、ルドは私の不安な気持ちを丁寧に汲んでくれる。
「誰の命令で、私を探しに来てくださったのですか」
庭に足を踏み入れると、ふわふわの茶色い毛並みの精霊が一斉に駆け寄ってきた。
深刻な話の途中に、光精霊は空気も読まずにすり寄って来る。
「光精霊、落ち着い……」
「見つけた」
背後から、温かい声がかけられる。
「本物のステラちゃん」
驚いて振り向くと、そこには優しい瞳で私を見つめるエグバートさんがいた。
『あとは、エグバートくんに託すね』
ルドの声が消えていく。
これが最後の別れと言わんばかりの寂しさを含んだ声が、遠ざかっていく。
「エグバート、さん……」
光精霊は興味津々に私たちを見上げていて、見られているという感覚は顔に新たな熱を運んでくる。
「おかえり、ステラちゃん」
彼の声に反応するように、精霊の光精霊はくるくると尻尾を振りながら私たちを取り囲んだ。
「事情が事情だから、食欲もないかもしれないけど」
少しも疑うことなく、少しも躊躇うことなく、私はアッシュ家の屋敷に招き入れられた。
私が招かれたのはアッシュ家の別邸のような場所で、確かにここなら《《本物のステラ》》を隠しておくことができるのかもしれないと思った。
「何か食べたい物、ある?」
「エグバートさん、お身体は……」
「今日は体調がいいかな。ありがとう、気遣ってくれて」
この家屋を使用している人はいないらしく、私とエグバートさんの声しか響かないことに緊張感が走る。
経年劣化の跡を感じる木製の床を踏みしめながら屋敷を進んでいくと、古風な棚や引き出しが所狭しと並んでいる簡易キッチンへと案内された。
薄暗い光が窓越しに差し込み、落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
「危険な目に遭わせたお詫びに、なんでも作っちゃうよ」
「お料理、されるんですか……?」
「アッシュの次期当主が、何をやってんだって感じだよね」
足元の木の床が微かに軋む音、掛け時計の秒針の進む音が聴覚を撫でていく。
静寂しか漂っていなかった別邸に音があることを感じ取り、それらの音は次第に心地よく響くようになっていく。
「適当に作っちゃう……」
「邪魔にならないようにするので、傍にいてもいいですか」
エグバートさんは料理に勤しむような言い回しをした割に、簡易キッチンに設置されている小さな窓から見つめていた。
「本当はエグバートさんのお手伝いをしたいのですが……」
月明かりの美しさと、古びた簡易キッチンの対比に魅入られているのかもしれない。
でも、エグバートさんの瞳に少しでも寂しさという感情があるのなら、私は彼を独りにしておけないと思った。
「料理をやったことがないので、お役に立てるか……」
「ありがとう、ステラちゃん」
エグバートさんの言葉に耳を傾けられる幸福を感じながら、私はエグバートさんの横に並んで立った。
「ゆっくりでいいよ」
「は、い……」
エグバートさんが指導しながら、丁寧に包丁の持ち方を教えてくれた。
私は彼の指示に従い、慎重に包丁を握る。
「歪でも大丈夫」
初めての感触に少し戸惑いながらも、ぎこちない手つきでじゃがいもを刻む。
皮むきを担当してくれたのは、隣で微笑んでいるエグバートさん。
「あの……風精霊を呼んだ方が早い……」
「俺たちは、精霊との縁を切る派。精霊の力を借りないで、頑張って」
「これからは、魔法を使う練習が必要になるんですね……」
「ステラちゃん……包丁、使う気ないね……」
こんなにのんびりと作業を進めていたら、朝がやってくる。
そんなことを思ってしまうのに、エグバートさんは私の作業を温かく見守ってくれる。
「俺ね、体が弱いこともあって、あんまりアッシュの家に歓迎されてなくて」
手の作業を止めて、隣にいるエグバートさんに視線を向ける。
「手、動かして」
「精霊を呼ばせてください……」
「包丁を使うのは、主からの命令」
「贄ってことも、忘れてました……」
私のお腹を満たすための調理時間というのも本当の話。
でも、こういった重い話をするための調理時間というのもあるのかなと思った。
「俺はね、この別邸で育てられてきたんだ」
「隔離……ということですよね」
「ステラちゃんほど、酷い生活ではなかったと思うけどね」
私はじゃがいもを切るだけでもいっぱいいっぱいなのに、エグバートさんは器用ににんじんや玉ねぎを理想のかたちに整えていく。




