第5話「孤独じゃない」
『シャロの魔女様は、信じる力に長けてる』
でも、シャロへの尊敬の念が伝わってくるからこそ、彼の想いを無下にはできない。
『だから、今の時代でも最強の魔法使いだ』
悲観的な状況下であるはずなのに、声を届けてくれる彼は穏やかで呑気な喋り方をやめない。
「幻精霊を手の内に加えれば、偽物の仮面を剥ぐことができますね」
『そういうことっ』
私たちが生まれる前から続いている、シャロ家と森契の盟の絆。
初めて出会う彼への信頼が高まっていくのは、きっと気のせいではないのかもしれない。
『今、魔女様をそっから連れ出すねぇ』
「え?」
あまりにも素っ頓狂な声を上げた自覚はあるけど、この難攻不落と呼んでもいい場所をどうやって攻略するつもりなのか頭に疑問符がたくさん浮かび上がった。
「待ってください、精霊の力ではどうにも……」
『森契の盟ってね、シャロ家が大切で大切で仕方がないんだ』
贄の私はずっと、シャロ家の双子としての絆しか築いてこなかった。
妹の存在が私の支えで、私のすべてだった。
『魔女様を救うためなら、なんだってやるよ』
姿の見えない彼だけど、きっと柔らかな笑みを浮かべてくれているような気がした。
『魔女様に出会うために、俺たちは力をつけてきたから』
外の世界に、無償の愛情を授けてくれる人が待っていたことを知っていく。
『一人で無理なら、二人でやればいいんだよ』
無償の愛なんてものは存在しないけれど、無理矢理に絆を繋ぎとめているだけに過ぎないけれど、絆を理由に手を差し伸べてくれる人がいるなら手を繋ぎたい。
『シャロ家の魔女は、孤独じゃない』
思ってもいなかった言葉を投げかけられたせいなのか、私は彼に返す言葉を見失ってしまう。
「その言葉、妹にも届けたいです」
『だったら尚更、ここから出ないといけないねぇ』
ここから脱出することができたら、彼と会うことができるのか。
それとも彼は精霊との縁を繋ぎ続けるために、私との再会を拒むのか。
「攻撃魔法と、精霊の力を壁に撃ち込みましょう」
『呪文なんて唱えるの、久しぶりかも』
「奇遇ですね」
『え?』
寂しさを含んだ彼の声に、私は信頼を託そうと思った。
「私も贄になってから、久しぶりに呪文を唱えました」
『……ラピスレン国、終わっちゃうね』
「それも、時代の流れかもしれません」
未来に待つのは、魔法使いにとっての絶望かもしれない。
でも、私たちの間には、笑みが広がっているような気がした。
(上手く笑えてるといいな)
シャロ家の贄として生きていくには、自分の持つ力を隠す必要があった。
それが感情を表現するのが苦手になった理由であると気づいたときには、手遅れ。
今の私は、理想通りに笑むことができない。
感情を抑える癖は簡単に消えてくれないけど、笑えるようになりたいって気持ちが生まれるようになったのは大きな進歩だった。
「drastarligonht」
『raysofleilsolight』
唱えた呪文は、私を夜の闇が世界を包み込んでいる世界へと誘ってくれた。
月明かりのようなものが部屋には存在していたけど、外の様子を確認できない環境下は時間の感覚を狂わせた。
やっと満天の星空を目にすることができて、安堵の気持ちが込み上げてくるのを感じる。
『偽物の魔女様が徘徊してるから、表立った動きは取れないところがねぇ』
「本物が、偽物になるということですね」
『理解の早い魔女様のこと、俺、大好きになっちゃいそう』
異空間から抜け出したあとも、名も知らぬ彼は偽物が滞在するアッシュ家に付き添ってくれた。
『フリント家が魔女様の隠れ場所になる手筈だけど、もう少し探索する?』
「協力をお願いします」
『りょーかいっ』
声だけを頼りにする不安定さは今も続いていて、いつ彼が精霊との縁を切ることを選んだ私を見捨てても可笑しくはない。
常に緊張感が走る中、私は誰にも見つからないように配慮しながらアッシュ家の屋敷を歩き回る。
『本物が姿を隠すっていう歪を、覆してやりたいねぇ』
本物のステラがいなくても、日常を取り戻しつつあるアッシュの屋敷。
偽物がヘイル家のみなさんと楽しげに笑いながら過ごしている様子が視界に入ってきて、私が歩んできた数日間はなかったことになっている。
「あの……」
『ん? 声しか聞こえなくて、不安?』
屋敷の柱に身を隠していると、心の中で思っていることをずばりと指摘されて言葉を見失ってしまった。
『姿を現すのは楽なんだけど……』
変わらない日常が広がっている中で、本物は屋敷の中で一人かくれんぼを続けている。
異常を続けなければいけない私に付き合ってくれる彼は時折、声に寂しさを含んでくる。
『会ったら、寂しくなっちゃうでしょ? 魔女様とは敵対する考えを持つ者だから』
戻ってきた世界では、完全に自分の存在は無意味。
それなのに、声をかけ続けてくる彼がいることに私は勇気づけられていく。
『本気で好きになるの、俺は怖いかなぁって』
顔が見えない彼の声に、胸が締めつけられそうになった。
『フェリーくんと一緒で、序列が低い人間は夢も見られない』
まだ本気で誰かを好きになったことはないはずなのに、誰かに抱いている恋心を否定されたかのような寂しさ纏う空気に心が痛い。
『本気で魔女様を好きになっても、その先に未来はな……』
「フリント家の方ですか?」
昼間に降っていた雨が上がったことを知らせるため、月明かりが活気づいていく。
月の恵みを受けるために、私は深く息を吸い込んだ。
「ウィン家の方、ですね」
『そんな風に探ってくるの、ちょっと狡くない?』
顔は見えなくても、相手の反応を伺って答えを導き出す。
狡いという言葉を投げかけられた割に、ウィン家のご子息の声に不快さは込められていなかった。




