第11話「敬愛」
「お屋敷での生活と比べると、騒がしいですよね」
おとなしい印象を与えるノーナだけど、声を発したときに感じられる美しさが彼女の魅力だと強く思う。
「でも、この屋敷では感じられなかった騒がしさが、私は好きですよ」
「アッシュ家のご令嬢に褒められたら、ここにいるみんなが調子に乗ると思います」
どれだけ凶悪な事件が起こっても、ここだけは変わらない日常が続いているかのように思えた。
「森契の盟以外の魔法使いは、とても無力です」
それだけ、優しくて柔らかな雰囲気をまとっているノーナに救われている同級生も多いということなのかもしれない。
「なので……最初は、魔法学園に通うことの意味が見出せませんでした」
ノクティス・アカデミアは、魔法使いを育成するための機関。
でも、シャロ家の魔女と森契の盟に属する魔法使いの驚異的な力を前に、ほとんどの魔法使いは戦意を喪失している。
魔法使いとして、高みを望むことを忘れてしまっている。
「森契の盟の方々と繋がりを持てるのなら、とてもいいことなのかなって」
「お兄様やおばあ様に、ノーナの言葉をお伝えしますね」
「ありがとうございます、ステラ様」
ノーナとの会話を通して、森契の盟への尊敬の念は尽きないということを強く感じ取った。
森契の盟に継承されている精霊と縁を結ぶことのできる契約札は、それだけ大きな価値を示しているということ。
「私たち庶民からすると、森契の盟は敬愛すべき存在」
ノーナの声には、確かな尊敬の気持ちが込められている。
彼女が控えめな性格をしているからこそ、強く惹かれる者への熱意がより伝わってくるのかもしれない。
「シャロ家は、自分たちの利益ばかり考えて……」
でも、シャロ家と口にしたときのノーナの表情が冷たいものへと変化を見せた。
「魔物の脅威から、私たちを守ってくれるのは森契の盟だけ……」
ノーナが抱えているものを知る必要があると思ったのに、私たちの会話は途中で終わってしまった。
「あ……雨ですね」
突然、天井の照明が明るく輝く。
空を灰色がかった雲が覆ってきたことが理由で、明かりを必要とした人が教室を照らした。
「さっきまで、あんなにも綺麗な空だったのに……」
シャロ家の人間は、契約札なしに精霊と約束を交わすことができる。
ノーナに気づかれないように、私は力を貸してくれる精霊へと心で語りかける。
(闇精霊、お願い)
防御に徹した闇精霊を呼び出し、大きな見えない膜で防御壁を張るように指示を出す。
「きゃぁ」
天井から吊り下げられ、淡い光を放って教室を照らす魔導灯。
魔力を源とする照明器具が、何かに引き裂かれるような音を立てて割れた。
硝子の破片が四方八方に飛び散り、生徒たちは悲鳴の声を上げる。
「何?」
ポニが落ち着いて周辺を見渡すと、目の前にいたノーナは机の下に身を隠そうとした。ほかの生徒たちも同様に、恐怖の中で身を守ろうとした。
(良かった、間に合った)
教室全体が一瞬にして混乱に陥るところだったけど、闇精霊が張ってくれた防御壁が硝子の破片から生徒たちを守った。
(自分の身も守れないくらい、魔法使いが衰退してる……)
闇精霊の存在に気づいたユウと視線を交え、互いに何かが起きていることを確認し合う。
「誰か、怪我してない? 大丈夫?」
自分も混乱しているはずなのに、ポニは持ち前の明るさで教室にいる人たちを気遣っていく。
率先して他人を優先できるところを、たくましいと思った。
「ほら、ノーナ」
「うん……ごめん……」
生徒たちの安全を確認しながら、ポニは机の下に逃げようとしたノーナの腕を引く。誰もが何が起こったのか理解できないまま、恐る恐る顔を上げていく。
「俺たち、ステラ様のおかげで助かったんだよ」
箒を取ってきたユウが、散乱した硝子の破片を落ち着いた様子で片付けていく。
そして、混乱のさ中に陥っている生徒たちに、安心できる材料をばら撒いていく。
「ステラ様が?」
「じゃあ、今のは魔物……?」
ノクティス・アカデミアは魔法使いの育成機関でもあり、精霊や魔物に理解のある人たちが通う場所。
そういう事情が功を奏し、魔物の仕業だと理解した生徒たちは元の平穏な時間を取り戻していく。
互いが無事だということを確認し合っているうちに、私はこっそりと教室を抜け出す。
(教室は、ユウに任せて……)
ユウとは一言も交わしていないのに、役割分担ができるくらい関係は深まっているのだと信じたい。
その信頼に応えられるだけの働きをしたいと願うものの、魔法使いにだって何が起きているのか分からないことを歯痒く思う。
「風精霊」
精霊の力を借りるために風精霊の名を呼ぶ。
「生徒に気づかれないように、駆け回って」
ひっそりとした声で風精霊に問いかけると、精霊の風精霊は大きく頷いてくれた。
(ほかの教室でも、魔導灯が……)
廊下に出ることで、ほかの教室からも大きな悲鳴が上がっていることが確認できる。
「隠れながら、行動できる?」
生徒たちの不安や恐怖を少しでも減らすために、風精霊も闇精霊にも生徒の前に姿を見せないでほしいとお願いした。
理解を示してくれた精霊たちは、姿を消すほどの速さで行動を始めていく。
(生徒たちがいる中で、陰を倒す)
遠くで雷鳴が響いたのが、合図だったのか。
生徒たちは急いで教室へと戻り、廊下には私一人だけが残された。
「これが、魔物……」
割れなかった魔導灯の明かりが揺れ、陰が不気味に踊るように私へと攻め込んでくる。
「私が相手になります」
空に浮かぶ雲が厚みを増し、灰色がかった雲が完全に青空を覆い隠した。
風が強まり、窓硝子が揺れる。
どこからか漂う冷たい空気が、手に震えをもたらしそうになる。




